似た者同士
視察から戻ってきたアルフレイド様は、約束通り夕食を共にしてくれた。
テーブルの上には、羊肉とキャベツの煮込み、海鮮入りトマトスープ、マッシュポテトにチーズや卵の燻製などたくさんの料理が並んでいる。
「こちらの食事にはもう慣れたか?」
アルフレイド様が私を気遣ってくれる。
私は笑顔で答えた。
「はい。王都ではあまり羊肉を食べる機会がなかったので、こんなにおいしいなんて驚きました」
柔らかいお肉、最高!
伯爵家では牛か豚の干し肉の入ったスープがよく出てきていたが、こんな風に大きな肉の塊が入った煮込み料理なんてほとんど食べたことがない。
「それに、温野菜も甘みがあって好きです」
王都の貴婦人たちはやたらとサラダを食べる。新鮮な生野菜を食べられるのがステータスだからだ。
味付けは塩とレモン汁といったシンプルなドレッシングのみ。
食べられるだけありがたいが、私は温野菜の方が好きだった。
「こちらでは体を温める料理が多いから」
「そのようですね。ホッとする優しい味がして幸せな気分になれます」
勢いで嫁いでしまったけれど、食事の好みが合う場所で本当に良かった。
私は笑顔で食事を頬張りながら、運がよかったと幸せを噛み締める。
「ところで雪が降っている間はどのようにして野菜の収穫を?」
王都は暖かい。
でも、生野菜はすぐにダメになってしまうから保管が大変だった。
うちは貧乏だから魔法道具の保温庫は小さいものしかなかったし、料理人は祖父の代からいてくれるおじいちゃんシェフ。私もときおり、料理を手伝っていた。
「王都でも冬は根菜ばかりの日が続くこともありましたのに、ここは毎日様々な野菜を食べられますよね」
いくらお金があっても物がない状態が本当の貧困だと本に書いてあった。
公爵家といえど、領地が豊かでなければこれほど食事にこだわれないと思う。
アルフレイド様は私の質問にさらりと答えた。
「魔法道具のおかげだ。父の代から、魔物から採れる魔石を安価で流通させ生活に役立つ魔法道具の開発を支援してきたんだ」
「まぁ……魔石はとても高価な物だと思っていました」
「王都では、な。ここでは領民であれば王都の半値以下で買える。だから農具も工場も魔法道具が活用されていて、温度調節された場所で一年中うまい野菜が作れるようになった」
食糧の確保は、領主の器が試される。
クラッセン公爵家は領民にとってとてもいい領主だった。
「食べ物の心配がなくなれば領民たちは喜びますね」
「あぁ、ただ温かい場所には魔物や野生動物が寄ってくるからいいことばかりではないな。穀倉地域は特に見回りの兵ががんばってくれている」
「そうなんですか」
私はまだ実際に見たことはないけれど、城塞都市から一歩外に出れば大小さまざまな魔物に出会うらしい。
魔物がすべて危険なわけではなく、愛玩動物のような物もいるというが、人間を捕食する種もいるというから恐ろしい……。
「領民を守るのは領主と騎士団の義務だ。領民がいなければ領地は成り立たない」
アルフレイド様は当然のようにそうおっしゃった。
貴族の一部には労働者を下に見る人もいるのに……。
領地運営は代理人に任せ、便利で華やかな王都に滞在したままでいる人も多い。
こんなに立派な方なのに、どうして王都で遊び人だと噂が流れてしまったのだろう?
そして私はそれを信じてしまっていた。
「リネット?」
「あっ、はい。あの、今回の視察もそうだったのですか?魔物が大量発生したのは森や穀倉地域を荒らして……?」
アルフレイド様はグラスの水を飲んだ後、「いや」と小さく首を振る。
「理由はまだわからない。でも東の森で発生したわけではなく、どこかから移動してきたようだった」
駆除は順調に進み、今のところ被害は最小限に抑えられている。
これからも地域の兵士たちが引き続き監視を続けるという。
でも、原因がわからないと不安よね……。
私が深刻な顔をしていると、控えていたダナンさんが笑顔で言った。
「雪くらげはそこまでの脅威ではありません。ご心配は無用ですよ」
「人は襲わない?」
「ええ」
アルフレイド様や騎士の人たちも、怪我をするような戦闘はなかったらしい。
ちょっとホッとした。
「ところでリネット」
「はい」
アルフレイド様が私をじっと見つめ、反応を窺うようにする。
なぜか緊張が走り、和やかな空気が一変する。
何?
一体なのを言われるの?
私は真剣な顔で彼の言葉を待つ。
「一度、イールデンの街へ行かないか?」
「え?」
「パーティーの準備で忙しいだろうが、ずっと邸の中にいるのも気が滅入るのでは……と」
「街へ?」
嬉しい!
引きこもりとしては邸から一歩も出なくても平気だけれど、街は見てみたかった。
「行ってみたいです!」
そう答えると、アルフレイド様は嬉しそうに目を細めた。
もしかして私が断ると思っていたの……?
引きこもりってバレていた?いやでもそんなはずはない。
「では、予定を調整して近いうちに出かけよう」
「はい!ありがとうございます」
初めてのおでかけ。
街を見学できるんだと思ったら喜びが込み上げる。
にこにこと笑っていると、ダナンさんもまた嬉しそうに言った。
「初デートですね、お二人の」
「!?」
「なっ……!」
私は驚いて目を見開く。
アルフレイド様もダナンさんを見て絶句していた。
え?これってデートなの!?
いわゆる視察ではなくて!?
しかも二人で行くんですか!?マイラや騎士の人たちも一緒に行くのだと思い込んでいた。
デートだと言われるとどきどきしてきて、急に恥ずかしくなってくる。
「あの、街へは私たち二人で……?」
念のため、アルフレイド様に聞いてみる。
彼は戸惑いの表情を浮かべていたが、次第に真剣な顔に変わった。
「二人で行こう」
本当にデートだった!
人生で初めて、アルフレイド様とデートをする。嬉しくて頬が緩むのがわかる。
「楽しみです……とても」
はにかみながら、素直な気持ちを伝えた。
アルフレイド様も私を見つめ、にこりと笑い返してくれる。
「デートなんて初めてです」
ぽろっと本音が漏れる。
「あぁ、俺も……」
「え?」
「あっ!!」
初めて?アルフレイド様も?
思わず聞き返すと、アルフレイド様はしまったという顔をして目を逸らした。
遊び人ではないと気づいてはいたけれど、もしかしてアルフレイド様も女性とでかけたことがない……?
え?こんなに素敵な人が?
これまで一度も?
目を瞬かせる私。
こちらを見てくれないアルフレイド様。
食堂に沈黙が流れる。
ダナンさんは何も言わず、苦笑いを浮かべてアルフレイド様を見ていた。
「あ~あ」と小さな声が聞こえた気がする。
アルフレイド様はよく見ると顔が少し赤くなっていて、さっきの言葉が真実味を増す。
いつも凛々しく素敵な人なのに、こんな風に赤くなるなんてかわいい。
かっこよくて、かわいらしい人。
アルフレイド様の新たな一面を知れて嬉しくなった。
「絶対に連れて行ってくださいね?私、パーティーの準備がんばりますから」
それだけ伝え、私は食事の続きを再開した。
アルフレイド様は「ああ」と返事をしてくれて、私は笑顔で食べ進めた。




