お出迎え
「リネット様、アルフレイド様がイールデンの東門に到着なさったそうです」
「えっ!?もう!?」
公爵夫人用の書斎で書類とにらめっこしていた私のところへ、マイラが知らせを持ってきた。
まだ正午すぎで、予定よりも早いお戻りだった。
「とても順調だったそうです」
マイラは笑顔でそう言った。
私もほっとして笑顔になる。
「急いでお出迎えしないと!」
私は急いで書斎を出て、広い邸の中を速足で移動する。
「公爵夫人って走れないのがつらい」
「これでもマナー違反の速さですよ……?」
品性を損なうとかで、公爵夫人は走ってはいけない。常に優雅で落ち着きのある淑女でいなければいけないとわかっているものの、早く玄関まで行かないとアルフレイド様が着いてしまうと気持ちばかりが焦る。
「近道をします!」
廊下には使用人の目がある。
私は本館からいったん中庭に出て、人工の小川にかかった橋を飛び越えるようにして走り、食料保存庫を通り抜けた。
「リネット様、いつの間にこのような近道を!?」
マイラが走りながら尋ねてくる。
「公爵邸の見取り図を見ていたときに、ここは通れるなって思っていたの!悪女ドレスじゃ寒いから無理だったけれど、今ならどこでも通れるでしょ?」
「なるほど……ああっ、リネット様!扉は私が!」
「大丈夫よ」
自分で扉を開け、ここで一度ドレスの裾を整えてから歩いていく。
たまたま廊下を歩いていた、洗濯かごを持ったランドリーメイドの女の子が私の登場に「えっ?」と目を丸くしていたけれど、笑顔で「ごきげんよう」と言ってごまかした。
そうして玄関前に到着したとき、一拍置いてからタイミングよく扉が開く。
少しひやりとした空気と共に、アルフレイド様とダナンさんの姿が見えた。
「おかえりなさいませ」
スカートの裾をつまみ、軽く頭を下げて出迎える。
無事に戻ってきてくれたことが嬉しくて、私は笑顔でアルフレイド様を見上げた。
「ただいま、変わりなかったか?」
優しい眼差しにどきりとする。
たった二日会えなかっただけなのに、なぜか胸が熱くなった。
「はい……変わりありません。皆、いつも通りです」
「そうか」
「あ……でも」
「ん?」
邸の皆はいつも通りだ。
私もとても元気にしていた。それは事実なんだけれど……。
「やっぱりアルフレイド様がおられないと寂しかったです」
早く帰ってきてほしいなと、ふとした瞬間に思っていた。
使用人の皆はよくしてくれて、パーティーの準備も始まって、やるべきことは山積みなのにアルフレイド様に会いたいなんて。
私はいつからこんなに寂しがり屋になったのか不思議なくらいだ。
「…………」
「アルフレイド様?」
おかしい。
目が合っているのにアルフレイド様の反応がない。
「アルフレイド様?」
「あっ……すまない、意識が飛んでいた」
「え!?そんなにお疲れだったのですね!?すみません、どうでもいいことを言ってしまいましたね」
帰ってきたばかりなのだから疲れていて当然だわ。
私ったら余計なことを言ってアルフレイド様の足を止めてしまった。
でも、アルフレイド様は勢いよく私の肩に手を置いて言った。
「どうでもよくない!疲れていないし永遠に聞いていられる」
「永遠に」
そんなにずっと話せるかしら……?
話題が尽きてしまう気がした。
アルフレイド様と見つめ合いながら、私は目を瞬かせる。
「あの~アルフレイド様。まず着替えた方がよいのでは」
「っ!」
ダナンさんが苦笑いで進言する。
アルフレイド様は私から手を離し、さっと後ろへ下がった。
まるで逃げるような態度が気になった。
「すまない、戻ったばかりで汚れていると思う……触れて悪かった」
「いえ、そんなことは!」
私は驚いて全力で否定する。
「汚れているようには見えません。それに、私ならいつでもどこでも触っていただいて大丈夫です!」
視察帰りだというのに爽やかで美しい。
アルフレイド様が汚れているようには感じられない。
お気遣いは不要です、そう伝えたかった。
ところがにこりと笑う私の前で、アルフレイド様がふらりとよろめいた。
「いつでもどこでも……?」
「アルフレイド様!?」
私は慌てて彼の腕を取る。
「やっぱりお疲れなのでは!?すぐにお部屋へ!」
「あ~リネット様、お気になさらず」
「どうして!?倒れかけてるじゃないですか!?」
ダナンさんは「平気です」と軽く流すように言い、心配していないようだった。
「リネット、俺は疲れていない」
アルフレイド様がすっと姿勢を正し、いつもの凛々しい雰囲気に変わる。
え?こんなに人ってすぐに回復するものなの……?
騎士だから?
よくわからないけれど本当に平気らしい。
私はアルフレイド様の腕からそっと手を離す。
彼は一度咳ばらいをして、笑みを浮かべて言った。
「今夜は夕食を一緒にどうだろうか?」
「よろしいのですか?」
私がしばらく風邪で寝込んでいたので、アルフレイド様と一緒に食事をするのは久しぶりだった。
嬉しくなって口角が上がる。
「はい、楽しみにしています」
夕食のお誘いに舞い上がる私。
あまり浮かれるのは淑女としてどうかと思ったので、必死で堪えたけれど多分堪え切れていない気がする。
「それでは、またのちほど」
「ああ、また」
騎士らを連れ、階段を上がっていくアルフレイド様。
さらりとなびく黒髪が素敵で、後ろ姿もとても素敵だった。
私はアルフレイド様の背を見つめながら、斜め後ろに控えていたマイラに話しかける。
「落ち着きのある大人の男性って素敵。私とは心の余裕が違うわね」
「そうでしょうか……?公爵閣下も動揺なさるのだと私は驚きましたけれど」
「どういうこと?」
「えっと、それは私の口からはちょっと」
説明しにくいです、とマイラは言う。
「それよりリネット様。夕食までに書類の確認を」
「あっ!そうだった!」
お披露目パーティーに向けてやるべきことがたくさんあるんだ!
私のサインがなければ進められないものも多いと、執事やメイド長から聞いていた。
書類の山を思い出した私は、急いで書斎へ戻っていった。




