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アルフレイドの場合

曇天続きの冬空が、久しぶりによく晴れている。

執務室にいたアルフレイドは黒い髪をぐしゃりと乱暴に握って掻きあげ、その美しい顔をおもいきり歪めて言った。


「あぁ……もうすぐ噂の悪女がここへ来てしまう」


悲愴感たっぷりの表情は、いつも涼しい顔で魔物を討伐している騎士と同一人物とは思えないほど情けない。

このたび、めでたく結婚が決まったとは到底思えない雰囲気だった。


「なぜこんなことに」


そんな主人に対し、従者のダナンは憐れむような目を向ける。


「残念だが諦めるしかありません。あなたが言ったんですからね?『恋愛経験豊富で、男を手のひらで転がせる余裕のある女性が好きだ』と」


「…………そんな貴族令嬢がいると思わなかったんだ」


18歳で両親を相次いで亡くし早5年。23歳になった今でも独身を貫いているアルフレイドに、「早く結婚して跡取りを」という声は多々届いていた。

自分自身も当然その必要性は感じていた。

しかし、どうしても結婚する気になれなかったのは女性に対する苦手意識があったからだ


「あんな希望は冗談だとわかるだろう!?」


「でもご自分で言ってしまいましたからね」


「くっ……」


アルフレイドは国王の甥にあたる。

王子がいるとはいえ、王位継承権は第2位で玉座を狙える位置にいることは間違いない。

しかも、騎士としての実力は高く国への貢献度も高いとあれば、彼を担ぎ上げようとする者もいる。


新年の宴では、数多くの令嬢を紹介された。

しかしまともに話を聞いてしまえば、見合いを了承したことになってしまう。

国王陛下や王妃までが「今年こそ結婚を」と急かしてきたこともあり、焦ったアルフレイドは酔った勢いで「俺は好みの女性としか結婚しません」と宣言した。


──結婚するなら遊び上手な人がいいですね。恋愛経験豊富で、男を手のひらで転がせる余裕のある女性がいれば結婚します。


その場にいた、高位貴族の箱入り娘たちとは正反対のタイプをあえて口にした。


貞淑さを大事にしてきた令嬢たちが、いくら何でも「私はこんなに遊んでいます!」とアピールできるわけがない。

だが、王妃が本当にアルフレイドの希望通りの令嬢を探してきた。


「カーマイン伯爵令嬢か……。社交界で『悪女』と噂らしいな」


聞いた話では、その令嬢は双子の姉妹で「男心をよく知る妖艶な美女」だそうだ。

交際した男は数知れず、貴族令息の間では一度お相手願いたいと名が上がるほど。まさに悪女な伯爵令嬢らしい。


「『カーマイン伯爵令嬢』はかなり有名な恋多き女みたいですね。あなたが出した条件にぴったりです」


「まさかそんな貴族令嬢がいるとは。しかも二人も」


「アルフレイド様がいい加減なことを言ったとわかっていて、あえてそんな女性を探してくるとは……。王妃様、なかなかやりますね」


感心している場合か、とアルフレイドは従者を睨む。


「俺に王位簒奪の野心はないというのに、なぜそこまで警戒するのか?」


「国王陛下は単純に伯父として見合いを薦めているのはわかりますが、王妃様は我が子かわいさからでしょう。エリック王子にはお世辞にも将来性が感じられませんから不安なんですよ」


アルフレイドより2つ下の21歳。唯一の王子だというのに気弱で、いつも国王陛下と王妃の陰に隠れているエリックの頼りない顔が二人の頭に浮かぶ。

いとこ同士とはいえ、アルフレイドが持っている逞しい体躯も強い魔力も、魔物を一撃で仕留められる剣の腕も何もかも王子にはない。


「人の心がわかる優しい男なのにな」


少年だったアルフレイドが茶会で令嬢たちから逃げ、庭に隠れているときによくエリックが菓子を持ってきてくれた。かなり昔のことだが、アルフレイドにとって彼は穏やかで優しいといった印象が強い。


「王には向かないでしょう。優しい男は」


ため息交じりにそう言ったダナンは、ここではっと悪女のことを思い出す。


「って今はそんな話ではなくて……どうするんです?カーマイン伯爵令嬢のこと」


「そうだった」


アルフレイドの顔に再び絶望の色が浮かぶ。

実はつい最近まで「こんな辺境までどうせ来ないだろう」「途中で逃げ出すはず」と思っていた。しかしその予想は外れ、彼女を乗せた馬車はこちらへ向かっているという。


「恋愛経験豊富な女を妻にできるわけがない……!絶対にすぐ愛想を尽かされる」


「そこはまぁ、努力で何とか?」


「なると思うか!?俺は一度たりとも恋愛などしたことがないんだぞ!?」


椅子から立ち上がり、なぜかダナンに対して叫ぶアルフレイド。完全に八つ当たりだとわかっているが、今はこの部屋に二人しかいないのだから従者に愚痴を言うしかない。


「アルフレイド様は見掛け倒しですから……。社交界では色々と言われていますけど、ただのヘタレ童貞ですもんね」


「うるさい。だいたい、俺の中身も知らずに寄ってくるのがいけないんだ!集団で取り囲まれたら手も足も出るわけがない!」


舞踏会やパーティーのたびに令嬢たちに囲まれた記憶は、アルフレイドにとって思い出したくないものばかりだった。

幼い頃から、王国一の美貌と称され女性たちに囲まれてきた。が、それは彼にとって喜べるようなものではない。


「夜会に出れば好奇の目に晒され、気を抜けば暗がりに連れ込まれかけ、昔から災難ばかりだった。しかも王都の騎士学校に通っていた時期は、特につらいことばかりだった……!」


身に着けたものは頻繁に盗まれ、髪や爪入りの恋文が何通も届き、アルフレイドの部屋に侵入しようとする令嬢も多々現れた。

「おまえに恋人をとられた」という言いがかりは、数えきれないほど聞いた。

その恋人とやらの名前を聞いても、一言も会話を交わしたことはなく顔も浮かばない。それなのに、「覚えていないだと!?」と相手はますます逆上する。


そして、気づいたときには「目が合ったら恋に落ちる」「声を聞いたら妊娠する」「夜を共にした女性は星の数ほど」「伝説の性豪」など事実無根の噂で有名になってしまった。


さらには、15歳のとき未亡人の伯爵夫人に襲われかけたのがトラウマになっている。


「たまたま参加した友人の誕生日パーティーで『気分が悪いから馬車まで送ってくれ』と初対面の未亡人に頼まれ、同情したのが間違いだった。馬車の中で突然迫られ、すぐに逃げようとしたら相手がドレスの裾を踏んですべって勝手に転び、床に腰骨を打ち付けて立ち上がれない怪我を負った……。それがなぜか次の日から俺が未亡人を抱き潰して足腰立たないくらいにした、と噂が広がり大変な目に遭った」


「あ~、そんなこともありましたね」


元気かな、あの未亡人。と完全に他人事のダナン。

銀髪を耳にかけ、はははと明るく笑う。


「あれ以来、なぜか社交界では俺に抱かれたと自慢する女が増えた」


「アルフレイド様と一夜の遊びを経験するのがステータスなんですかね?表では貞淑なふりをしながら、裏ではイイ女ぶりたいときのアクセサリーのようにされて……」


必要最低限の社交しかせず、しかも両親亡きあとは新年の宴を除けばほとんど領地を出ていない。それなのに、アルフレイドは社交界を賑わす恋多き男として認知されていた。


しかし、肝心の本人は未だ一度も女性と交際したこともなければ婚約者もいない。


「俺は女性の手を握ったこともないんだぞ……!?悪女の夫が務まるのか!?」


アルフレイドは追い込まれていた。


「国を守る騎士として、領地を任される公爵として、情けない姿は見せられない。だが女性経験がまったくないと知られれば、悪女からはどんな蔑みの目を向けられるか」


「鼻で笑われそうではありますね」


「それは嫌だ」


「これが個人の問題なら正直に話して謝って帰ってもらうこともできただろうに……名家の当主にそんなことはできません。かわいそうなアルフレイド様」


背負っているものが大きすぎた。なぜか少し楽しげなダナンを横目に、アルフレイドはぐっと拳を握り締めて覚悟を決める。


「本当の『俺』は隠し通す!経験豊富な余裕のある男を演じてみせる!」


その宣言に、ダナンは驚いて目を瞠る。

同じ年の彼は幼少期から一緒に育ってきたため、いかにそれが難しいかをわかっているのだろう。


「本当に大丈夫ですか?見た目は問題ないですが、ほら、中身は生真面目ゴリラだからアルフレイド様」


「誰が生真面目だ」


「気にするのはそこですか?」


「いいか、ダナン。努力は裏切らない。いい男も演じられるはずだ」


「えええ……」


呆れるダナンに構わず、アルフレイドは壁際にかけてあった上着を羽織る。


「どちらへ?」


「決まっているだろう、カーマイン伯爵令嬢を迎えに行くんだ。王都育ちなのにはるばる辺境まで来てくれるんだから、せめて城塞都市の入り口までは迎えにいく」


「うわ……まじめ」


晴れた日は、領民たちの動きも活発になる。

城門や橋は馬車で混雑し、特殊な通行証がなければ待ち時間が長くなる。


騎士隊の先導があった方がいいだろう。

アルフレイドはそう考え、自分の隊を率いて迎えに行くことを決めた。


「まじめとかそういうことじゃない。騎士として、公爵家当主として礼儀は果たさなければ」


「そういうところですよ!?もう今さらですが、もっと貴族社会の駆け引きを……」


「行くぞ」


「まったくあなたという人は」


ダナンは文句を言いつつも、アルフレイドの後に続いた。

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