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悪女じゃなくても

私が好きな本『ログワールの英雄騎士』は、王位争いのごたごたで城から離れた王子様が、立派な騎士となりドラゴンを倒し、最後は財宝を手にしてお姫様と結ばれるお話だ。

遠い国で実際にあった出来事をモデルにしているらしい。


何が起ころうとも正義を貫き、勇ましく、困難に立ち向かう様は、剣など持ったことのない私でも胸が震えた。


──と、これはあくまで憧れであって、私は騎士にも英雄にもましてお姫様にもなれないことは知っている。


「リネット様、アルフレイド様がおでかけになるそうです」


「わかったわ。お見送りにいきます」


窓辺の横の椅子に座って本を読んでいた私は、分厚い革の表紙のそれをそっと閉じて立ち上がる。


「あぁ~緊張してきた……」


この三日間、アルフレイド様とは顔を合わせていない。

何でも領内の東端にある街に小型の魔物が大量発生したらしく、アルフレイド様は領主としてその対応で忙しいのだとメイド長から聞いた。


アルフレイド様からは「ゆっくり休んでくれ」と一言だけメッセージが届き、会えないうちに私の具合はすっかりよくなり蕁麻疹も消えた。


でももう、派手な悪女メイクはしないと決めたのだ。

服装も動きやすさ重視のワンピースにショート丈のジャケットを合わせ、露出なんてほとんどない格好を選んだ。


アルフレイド様は今の私を見てどう思うかな?

蕁麻疹の出た状態も見せちゃったから、拒絶はされないと思うけれど……。

しばらく時間が経ったせいで、お見送りをするだけなのに緊張してきた。


「アルフレイド様からいただいた香水は使われますか?」


マイラが気を利かせ、そう尋ねる。

アルフレイド様からもらった香水はまだ一度も使っていない。


「ううん、それは大事に取っておきたいの」


「わかりました」


軽く髪を整えてから部屋を出る。

公爵家の広い玄関ホールにはすでに使用人たちが集まっていて、騎士らの姿もあった。アルフレイド様はダナンさんと言葉を交わしているのが見える。


初めて会ったときと同じ、紺色の隊服姿があまりにもかっこよくて色気が漂っていて目がくらみそう。

さ、さすがは王国一の美形と名高い騎士様……!

この人を騙そうとしていたなんて、身の程知らずにもほどがあると今さら実感する。


「リネット?」


階段を下りてきた私にアルフレイド様が気づく。

私は足早に彼に近づき、「おはようございます」と挨拶をした。


「おでかけになると聞いて、お見送りに来ました」


「そうか……風邪はもう治ったのか?」


「はい!おかげさまでこの通りです」


にこりと笑いかければ、アルフレイド様も同じように笑みを返してくれる。


「俺はあさっての昼までここを開ける。東の森へ行ってくる」


「わかりました。どうかお気をつけて」


魔物と戦うことになるのだろうか?

一瞬、不安げな目をした私に気づいた彼は安心させるように笑みを深めた。


「心配ない。俺のことよりもリネットの方こそ、しっかり栄養を取って温かくして……もう無理はしないこと」


「っ!」


アルフレイド様の目は優しかった。

私の今の姿も受け入れてくれる、それが伝わってくる。


「リネットはリネットだから。──俺が言ったあのくだらない結婚条件は忘れ去ってくれ」


え?いいの?悪女じゃなくてもいいの!?

私は驚いて目を見開く。


「その服もとても似合っている」


「ありがとうございます……!」


私はリネットでいていいんだ。

お姉様の真似をしなくてもアルフレイド様のそばにいられるんだ……!

よかった。ホッとしたら自然に口角が上がる。


「私、全身全霊でアルフレイド様のために尽くします」


「いや、えっと普通でいい。普通で」


この命!アルフレイド様と公爵家のために!

騎士にはなれないけれど忠誠を尽くそうと思った。


「アルフレイド様、そろそろお時間です」


ダナンさんがにこにこしながらこちらを見ていた。

しまった、周りにたくさんの人がいることをすっかり忘れていた。


「いってらっしゃいませ。おかえりをお待ちしております」


そう言うと、アルフレイド様は私を左腕で抱き込み短い抱擁をくれた。

彼のにおいがして、自分の顔が一瞬で真っ赤に染まるのがわかる。


「いってくる」


「は、はい」


さっと腕を解き、背を向けるアルフレイド様。

そのまま颯爽と歩いていってしまい、騎士たちもそれに続く。


出かける前に頬にキスをする、というのは本で読んだけれどもしかすると抱擁も慣習の一種なの?それともアルフレイド様が女性に慣れているから?


わからない。

でもちょっと嬉しかった。


あさっての昼に戻ると彼は言った。

たった二日。ほんのちょっとの間のことなのに、早く会いたいと思ってしまった。


騎士たちがいなくなった玄関ホールは静寂が広がっていて、メイドたちが微笑ましそうな目で私を見ているのに気づいたのはしばらく経ってからだった。



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