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告白?

ヴェールのついた帽子はすぐ手に入った。

本来は夏のおでかけの際に日焼け防止で使う物らしい。淡い水色でかわいらしい上に、蕁麻疹の出た顔をうまく隠してくれて今の私にぴったりだ。


昨日、アルフレイド様が来てくれたときはあんなレースしかなかったけれど、これがあれば安心だ。

ベッドに座り、おでかけ用の帽子をしっかりと被る。


マイラによれば、今日もお見舞いに来てくれると連絡があったらしい。

お忙しいのに二日連続で来てくれるなんて申し訳ないと思いつつ、お会いできるのは嬉しかった。


「よかったですね、大切にしていただけて」


「ええ、ありがたいわ」


アルフレイド様は優しい。

妻として、私のことを思いやってくれている。


「政略結婚もしてみるものね」


私はマイラに笑顔でそう言った。

両親にも興味を持ってもらえなかった私が夫に大事にしてもらえるなんて……。想像もしていなかった。


窓の外はうっすらと陽が傾いていて、少し前まで木々を覆っていた雪もすっかり溶けている。真っ白な光景も美しいと思ったけれど、春らしい新緑色の葉が茂る様子に気分が明るくなるようだった。


「ただ、問題はいつ本当のことを告白するか……よね」


声のトーンが一気に沈む。

近いうちに「私はアルフレイド様がお望みの恋多き女じゃない」と打ち明けなければと思っている。


もしも「条件と違う!」と拒絶されてこの結婚がなかったことになれば、姉が持ち逃げした支度金を返さなければならない。カーマイン伯爵家にはとてもそんなお金は……。

それに、即離婚だなんてアルフレイド様の経歴に傷をつけてしまうことになる。

この縁談をまとめてくれた王妃様には、なんて報告すればいいんだろう?

爵位はく奪、一家離散。そんな末路が頭をよぎる。


でも、もうこれ以上黙っていることはできない。


「赤いドレスだってお化粧だって、アルフレイド様は『とても似合っている!』って褒めてくれたから、やっぱり派手な女性の方がお好みなんだろうけれど……私はお姉様みたいにはなれない」


「リネット様……」


マイラは眉根を寄せて悲しげな顔をする。


「アルフレイド様に優しくしてもらった分、私もアルフレイド様にきちんとお返ししたいから。本当のことを話して、あの方の判断にお任せするわ」


覚悟は決まった。

大丈夫。今はちょっと体が弱ってるけれど、風邪が治ったら働くこともできるはず。支度金は一生かかってでも自分でお金を稼いで返そう。


アルフレイド様に会えなくなるのは寂しい。

ずっと一緒にいたい、と思っている。

そんな気持ちに気づいてしまって、胸がずきりと痛んだ。


「リネット様はどうしてご自分が損をする方を選ぶのですか?もっとしたたかに生きてほしいです」


「マイラ」


困り顔で笑うマイラは、隠し通そうとは言わなかった。

二人とも「仕方ないね」という気持ちで笑い合う。


「でもこれが私だから」


心から謝ろう。

改めてそう思ったとき、寝室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「失礼いたします、キエナです。公爵閣下がいらっしゃいました」


私は深呼吸をしてから、「お通しして」と答える。

マイラが緊張気味に扉の方へ近づいていき、それを開けた。


まずは挨拶をして、お見舞いに来てくれたことにお礼を言って、それから具合がよくなっていることを報告して、えっと……そのあとできちんと打ち明ける!

心の中で、アルフレイド様に話すことを確認する。


どきどきする胸を右手で押さえていると、アルフレイド様が部屋へと入ってきた。


「リネット、調子はどうだ?」


その手には、白い箱を持っていた。ドレスやバッグが入っているような箱だった。


アルフレイド様はヴェール付きの帽子をかぶっている私を見て、ほんの少し足を止めた。

どこかほっとしたように、その目が和んだように見えた。


「アルフレイド様?」


私が呼びかけると、彼はまた歩き始めベッドサイドにやってきた。

そして笑顔に変わる。


「あぁ、よかった。正解だった」


「?」


アルフレイド様が持ってきた箱を開ければ、中には淡いピンク色の帽子が入っていた。

今私が被っている物と同じく、ヴェールが付いている。


「昨日のリネットを見て、あれから考えたんだ。それで、もしかして顔を見られたくなかったのではないかと思って」


「正解です……」


「ははっ、やっぱり。寝込んでいて化粧をしていないから、俺に顔を見られたくなかったのだろう?無遠慮に寝室に押しかけたと反省した。まぁ、でもまたこうして来てしまったんだが……」


「押しかけただなんて!お見舞いに来てくださって、私はとても嬉しかったです」


アルフレイド様はベッドサイドに用意してあった椅子に座り、私の被っているヴェールに目線を向ける。


「一足遅かったようだが受け取ってくれるか?」


「は、はい。ありがとうございます」


私は帽子を両手で持ち、じっとそれを見つめる。

全体に小さな花の刺繡が施されていて、とてもかわいい。


私のためにアルフレイド様がこれをわざわざ用意してくれたんだ。

きちんと説明しなかったから、悩ませてしまった。


あぁ、私は自分のことばかりでダメだなぁ。

後悔で言葉が詰まった。


今、ベッドサイドに飾っているカレンデュラの花といい、この帽子といい、アルフレイド様が選んでくれた物は本当に素敵だった。


「あの……」


「ん?」


小さく絞り出した声。

私は被っていた水色の帽子をそっと取る。

アルフレイド様は私の顔を見て、少し驚いた目をした。


赤い斑点と腫れが目立つ顔は見せたくなかったけれど、きちんと説明しなくてはと思ったのだ。


「お目汚しを……すみません。ご覧の通り、蕁麻疹が出ていて……それで昨日は咄嗟にレースでごまかそうとしたんです」


医師からはそのうち治ると言われたこと、でも数日はこのままだということを説明する。


「これは、痛むのか?」


アルフレイド様は戸惑っているようだった。

女性のこんなに荒れた肌を見たことがないのかもしれない。

私は手元の帽子に目を落とし、苦笑いで答える。


「まだ少しだけ。昨日より痛みは引きました」


「そうか……」


「見苦しい顔を見せたくなくて、恥ずかしくて、それで……ごめんなさい」


少しの沈黙の後、アルフレイド様の大きな手が私の手に労わるように重なった。


「では、今見せてくれたのはなぜなんだ?」


「それは」


彼の手は温かかった。

問いかけてくる声音も穏やかで、打ち明けなければという緊張感が少しほぐれていく。


「アルフレイド様は私と向き合うとおっしゃいました。だから私も、まっすぐにお応えしなければと思ったのです。ーー本当の姿をお見せしないと、って」


幻滅されるかもしれない。

そう思うと怖かった。

でも彼は優しい目で笑いかけてくれる。


「俺は、見苦しいとは思わない」


きっぱりと言い切られ、私は思わずアルフレイド様の顔を見つめる。


「化粧をしていなくても……?」


「風邪なんだから仕方ないだろう。たしなみとして化粧は必要なのだろうが、俺自身はリネットが化粧をしなくても別に構わない。リネットはリネットだろう?」


「でも、着飾っていないとアルフレイド様の妻として……あの、お好みから外れませんか?」


「好み?」


アルフレイド様は、何のことかわからないといった反応をする。

私は恐る恐る結婚条件について尋ねた。


「王妃様の使者から、アルフレイド様は『恋愛経験豊富で、男を手のひらで転がせる余裕のある女性が好きだ』という風に伺いました」


「っ!!」


「こんな状態の私は、アルフレイド様の結婚条件を満たしていないと思うのです」


化粧の問題以前に、本当の私はまったく条件を満たしていないわけで。

必死で騙そうとしていたわけで。


「私が『私』でいると、アルフレイド様のお好みに合わないので……お化粧とか服装とか?ですね、何とかしないとって必死で偽りを……騙していて申し訳ございません」


ちゃんと説明できているだろうか?

不安げに話す私。


アルフレイド様の顔をちらりと見ると、なぜか青ざめていた。

え?もしかして全然違う内容で伝わっていた?

条件は間違いだったのかも、という期待を抱く。


「アルフレイド様は、『恋愛経験豊富で、男を手のひらで転がせる余裕のある女性が好きだ』という条件を指定なさったんですか?」


「……言った」


言ってた。

私の期待は打ち砕かれる。

やはりアルフレイド様は恋多き女がお好みなのだ。


「すみません。こんな姿で」


さっと帽子を被り直す。

私の様子に、アルフレイド様は慌てていた。


「リネット、これには事情があって……!」


「?」


がっしりと手を握りこまれ、痛いくらいだった。

アルフレイド様が縋るような目で見てくる理由がわからず、私はきょとんとする。


──コンコンコン!


「「っ!!」」


寝室の扉が強めにノックされ、私たち二人はびくりと肩を揺らす。


「ダナンです。アルフレイド様、緊急の知らせが入りました」


扉の向こうからダナンさんの声がする。いつもの明るい声音ではなく、とても急いでいるように感じられた。


アルフレイド様はパッと私の手を離し、足早に扉の方へ向かう。その背中を見つめる私を振り返ることはなく、「また明日来る」と言い残して寝室を出ていった。


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