アルフレイドは迷走中
──パタン……。
リネットの寝室の扉が静かに閉まる。
アルフレイドが廊下を歩けば、すれ違う使用人たちが道を譲って頭を下げた。
まっすぐに伸びた背筋に逞しい四肢は、凛々しい騎士そのもの。
だが、その心はかなり乱れていた。
(なぜレースでぐるぐる巻きだったんだ!?リネットの考えがわからない……!)
女心を理解した(気がする)はずなのに、自信はたった一日で崩れ落ちる。
アルフレイドは悩んでいた。
これまで女性に迫られることはあってもまっすぐに向き合ったことはなく、己の不器用さを痛感する。
(一言尋ねれば解決するのになぜ聞けない!?騎士同士なら剣を交えれば性格や思考がわかるのに)
傍から見れば涼しい顔で歩いているアルフレイド。
当主として、騎士として常に立派であろうと努力してきた結果、誰にも異変に気付いてもらえない。
執務室に戻ってきたアルフレイドは、人の目がなくなった途端に絶望を表情に滲ませる。
この鬱々とした気分を叫び声を上げて晴らしたいくらいだったが、見栄と意地でどうにか呑み込んだ。
「妻とは何だ?対話とは?」
口から漏れ出た独り言。
奥の続き間で分厚い書物を手にしていたダナンがそれを耳にし、「何だ?」と顔を出す。
「人間とは……?」
「哲学ですか?」
ダナンは不思議そうな顔でこちらを見ている。
花束を手に、上機嫌で見舞いに行った主人が悲愴な顔で戻ってきた理由がわからないといった雰囲気だった。
(俺はどうすればいい?メイド長やマイラに聞けば答えはわかるだろうが……)
アルフレイドは扉の前で立ったまま、ぎゅっと拳を握り締める。
わからないことが悔しい、そんな気持ちが湧いていた。
「どうかしました?リネット様に追い返されたんですか?」
「リネットはそんなことしない。多分笑顔で迎えてくれた」
「多分、とは……?」
直接会ったんですよね?とダナンが首を傾げる。
(ダナンなら……いや、ダメだ。俺が自分で解決しなくては!)
アルフレイドは決意した。
「俺が俺自身でリネットを理解してみせる!」
「は?」
突然の決意表明に、ダナンは困惑していた。
しかしアルフレイドは真剣だった。
「第三隊の訓練はこれからだな?」
「はい。え?まさかもう一度訓練に行くおつもりですか?」
「あぁ、頭の中を整理するためにも剣を振った方がいいと思うから」
「時間はありますが、少し休まなくてよろしいので?」
「いい」
このまま書類仕事をしても捗らないことは明確で、それならば……と体を動かしながら考えることにした。
アルフレイドは、この日二度目の訓練へと向かった。