女心
朝、目覚めると熱は下がっていた。
頭も気分も、昨日よりすっきりしている。
が、様子を見に来たマイラが私の顔を見て青褪めた。
「おはようございます、リネットさ……ま!?」
「おはよう。え?私の顔に何かついてる?」
「メイド長ぉぉぉ!!キエナ!ルイザ!誰か!」
取り乱すマイラは珍しい。
そして、こんな風にメイドたちを呼び集めるのは初めてだった。
「どうしたの?」
私は上半身を起こし、右手で目のあたりを擦ろうとする。
「痛っ」
指が触れた瞬間、ピリッと痛みが走った。
目の周りだけでなく、頬も熱を持っているみたいだ。
「え……?」
「リネット様、お顔が……!」
「私の顔、何だか変じゃない?ねぇ、鏡を持ってきてくれる?」
マイラはすぐに手鏡を持ってきてくれた。
渡す手がやや震えている。
鏡で自分の顔を確認した私は、ぎょっと目を見開いた。
「何これ……!!」
もしかして腕や足と同じく、蕁麻疹が顔にも出ちゃった!?
ヒリヒリするし、かゆい。
それでも触れてみると、ざらっとしていて昨日までの肌とはまるで違うものになってしまっていた。
すぐにメイド長がメイサ医師を呼んでくれて、メイドたちが用意してくれた冷たいタオルで顔を冷やしながら診察を受ける。
皆ハラハラした様子でそれを見守っていた。
「蕁麻疹ですね。腕や腿と同じく、塗り薬を使ってお休みになってください」
「な、治りますよね?」
一生このままだったらどうしよう。
そんな不安が頭をよぎる。
しかしメイサ医師は優しく笑って言った。
「ええ、お顔のことですから心配なさるのも無理はありません。ですが、一日で治るものでもございませんので今は……」
とにかく薬を塗って、寝るしか方法はないらしい。
熱が下がったのに、今度は全身のかゆみに耐えなければならないなんて……。
「リネット様、ひとまずパン粥やスープを召し上がってはいかがでしょう?おいしいものを食べて、蕁麻疹のことは忘れませんか?」
タオルを持って来てくれたキエナが、おっとりとした口調でそう言った。
耐えるしかないのなら、おいしいものを食べて忘れようというのは理解できる。
目覚めてすぐ顔がおかしなことになっていたから、今まで水しか飲んでいなかった。
私のお腹が今初めて「ぐぅ」と小さな音を立てる。
それを聞いたルイザが「では私が……」と言って食事を取りに行ってくれた。
マイラとメイド長は、メイサ医師から受け取った軟膏の量と塗る時間を二人で確認している。
「この顔じゃ、しばらく部屋から出られないわね」
「入浴も軽く拭く程度にしておきましょう。大丈夫です、きっとすぐによくなりますよ」
キエナはそう言って励ましてくれた。
私も頷く。
「出かける予定もないし、誰かに会うわけでもなくてよかった……はっ!」
「どうかしました?」
そういえば、アルフレイド様がお見舞いに来てくれるってマイラが言ってなかった?
不思議そうな顔をしているキエナの肩越しに見えるマイラに向かって、私は恐る恐る尋ねる。
「ね、ねぇマイラ。アルフレイド様って何時にいらっしゃるの?」
マイラがこちらを振り向く。
「お時間はわかりません。お仕事が忙しそうだったので、手が空き次第いらっしゃるのだと思いました」
「どうしよう……!!」
こんな顔でアルフレイド様に会えない!!
お見舞いを断る?でもそれって失礼よね……。
仮病を使ったらきっと余計な心配をかけてしまう。
「ダメ、こんな状態じゃ……お化粧しなきゃ会えない!」
狼狽えていると、皆は困った様子で顔を見合わせた。
いつも化粧をしてくれるマイラは、悲しそうな顔で私を見る。
「お化粧はできません。痛むでしょうし、それに治るのが遅くなります」
「そんなぁ……」
貴族女性にとって、夫は敬うべき相手だ。
公爵夫人ともなれば、化粧もせずに夫と顔を合わせるのは不敬だとマナーの本に書いてあった。
「公爵閣下は騎士ですよ?怪我人も見慣れていますから、蕁麻疹くらい気づかないのでは?」
キエナがなかなか大胆な発想を口にする。
いくらなんでもさすがに気づくと思う。
でもそれより何より、私が見られたくないのだ。
「こんな顔を見せられない!恥ずかしいのよ……!」
「困りましたね」
メイド長も眉尻を下げ、どうすればいいか悩んでいた。
話し合っているうちに食堂に行っていたルイザが戻ってきて、私はパン粥とスープを食べながらどうするべきか考え続けた。
清潔な寝衣に着替えも済ませ、再びベッドに入っても解決策は浮かばない。
「リネット様、どんな貴婦人も病気のときはただの人ではありませんか?アルフレイド様はお優しい方ですので、ご理解くださると思います」
「そうかもしれないけれど……!」
マイラは「諦めてそのままの姿で見舞いを受け入れるしかない」という意見だった。
メイド長も同じ意見らしい。
「ううっ、どうしてこんなことに……」
嘘をついた罰なんだろうか?
私はがっくりと肩を落とす。
「お嬢様、食べたら寝ましょう。考えてもどうにもなりませんし」
「キエナ、そのきっぱりと言ってくれるところ好きだわ。でも悲しい」
「はいはい~。寝ましょう寝ましょう」
メイドたちにベッドに押し込まれ、私は起きたばかりなのに再び寝ることになった。
目はばっちり冴えていて、とても眠れそうにない。
「それでは、何かありましたらお呼びください」
全員が寝室から出ていって、私は一人きりになる。
しばらくおとなしく横になっていたが、やはり眠気はやってこなくてベッドから抜け出した。
ふと目に留まったのは、チェストの上に置いてあった編みかけのレース。
ここに来てから練習し始めて、それはリボンというには長すぎるまでになっていた。
「……これで顔を隠せる?」
銀色の編針とレースを手に取った私は、暗い気持ちに光が差し込んだ気がした。
これをもっと編んでヴェールみたいにできれば、顔を隠したままアルフレイド様に会えるかも!
さっそくベッドの上でせっせと続きを編み始める私。
────でも、間に合わなかった。
アルフレイド様がお見舞いに来てくれるのが早すぎて、慌てた私は自分の顔にそれを巻き付けるしかできなかった。