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手ごたえを感じている夫

アルフレイドの執務室にて。

やってきたマイラは、リネットが風邪と診断されたと簡潔に報告をした。


「薬を飲んで休めば回復するとのことです」


「そうか、わかった」


書机に向かっていたアルフレイドは、安堵から息をつく。


「リネットがゆっくりと休めるよう、どうかよろしく頼む」


「かしこまりました」


マイラは一瞬、それだけかと驚いたような顔をした。


「どうかしたか?」


「い、いえ……」


口をつぐみ、頭を下げるマイラ。

それを見ていたダナンが横から口を挟んだ。


「マイラさんは叱責されると思っていたのでは?公爵夫人に風邪を引かせたので」


「そうなのか?」


アルフレイドが尋ねると、マイラは「はい」と小さな声で答える。

そんなこと考えもしなかった。アルフレイドは平静を装いつつも困惑する。


「……リネットは君を叱ったか?」


「いいえ!」


「ならば、俺が口を出すことではない。君はリネットの世話係だ。まだここへ来て少ししか経っていないが、よくやってくれているとメイド長からも聞いている。それに……君といるときのリネットは楽しそうだ」


邸の中で、マイラとリネットが話しているところを何度か見かけた。

会話までは聞こえなかったが、二人が主従を超えて楽しそうにしているのは伝わってきた。


(こんな辺境までついてくるくらいだ、マイラもリネットを慕っているのだろう)


そんなマイラが、リネットの世話を疎かにするわけがないと思った。


「部下の管理は上官の仕事だ。リネットが風邪を引いたことがマイラの責任なら、マイラの上官であるリネットにもまた責任があることになる」


「アルフレイド様、お二方は騎士ではありません」


ダナンに横から突っ込まれ、アルフレイドは話題を元に戻した。


「リネットには何も心配せず休んでほしい。それから、君も王都から来たばかりなのだから休息は大事にするように。必要な物はダナンを使って手配してくれ」


「ああ、それで私は呼び戻されたわけですね」


ダナンは、本来なら今日まで謹慎中のはずだった。

それが、邸の離れでひたすら騎士隊の予算配分について書類を確認した後、新しいインクを取りに行こうとしたときに偶然アルフレイドの姿を見かけ、腕にリネットを抱えていたので慌てて追ってきたらしい。


アルフレイドはリネットを寝室に送り届けてすぐにダナンの謹慎を解き、メイサ医師を呼びに行かせた。

そして……「よく考えてみれば謹慎中のおまえより俺の方が罰を受けている」と言って執務室に二人揃って戻ってきた。


「俺はいったん仕事を続けるが、明日には一度リネットの様子を見に行くつもりだ」


「わかりました。リネット様にそのように伝えます」


マイラは深々と頭を下げてから執務室を出ていった。

執務室に入ってきたときの緊張気味な顔つきと違い、いつものマイラだった。


「では、私もメイド長やメイサ医師と今後のことを話に向かいます」


そう言って出ていこうとしたダナンを、アルフレイドは引き留める。


「待て」


「何でしょう?」


「リネットのことなんだが……」


アルフレイドの真剣な声音に、ダナンは自然に向き直った。

口元に手を当て、悩みながらアルフレイドは告白する。


「俺は、女心というものをついに理解したかもしれない」


「…………」


執務室に沈黙が落ちる。

アルフレイドは昼食時に起きたことを話し出した。


「リネットが『アルフレイド様が素敵すぎてつらいです』と言ってくれたんだ」


「顔が、ですか?」


「違う!昼食時に会話をしていたら、俺を素敵だと……。俺は自分でも気づかないうちにリネットの心を掴んだらしい!」


「気づかないうちに」


アルフレイドが力説する傍らで、ダナンはまったく理解できないという顔をしていた。


「やはりきちんと向き合うことが大事だったんだ。政略結婚に必要なのは恋愛経験などではない!言葉だったんだ!」


アルフレイドは、確かな手ごたえを感じていた。

ダナンからは「本当に?」という声が聞こえたが、アルフレイドはリネットと近づけたと確信していた。


「まあ、アルフレイド様が自信をつけてくれたならよかったです」


「ああ、もう逃げない」


王妃が決めた相手だが、リネット自身からは悪意を感じない。

派手な装いを好んでいても、言動は控えめでわがままなんて一度も言わなかった。


アルフレイドは己の直感を信じることにした。


「リネットと対話し、よりよい夫婦関係を築けるよう努力しようと思う」


「ちょっと硬すぎません?アルフレイド様らしいですけれども」


ダナンは苦笑いだった。

見た目に似合わない生真面目さを発揮するアルフレイドには慣れているが、結婚もこうなるのかと呆れる様子が伝わってくる。


「まずは仕事を片付けなくては。リネットが休んでいる間に」


妻を見舞うこともできない状況では、夫としてあまりに不甲斐ない。

アルフレイドは深夜まで机に向かった。



そして翌朝。

リネットの熱が下がったと聞いたアルフレイドは、鍛錬のあとに朝食を済ませ、温室で育てられた鮮やかなオレンジ色のカレンデュラを持って見舞いに向かった。


「まさか花を妻に贈る日が来るとは」


自分にこんなときが訪れるとは思わなかった。

アルフレイドは驚く。


喜んでくれるだろうか。昨日より元気になっているだろうか。

案じる気持ちから、足早に廊下を歩く。


リネットの寝室の前までやって来ると、花束を抱えてノックをする。

来訪は伝えてあるはずで、マイラを通じて「お待ちしております」という返事はもらっていた。


「リネット、俺だ」


扉の前で告げると、中から「どうぞ」と可愛らしい声がした。

思っていたよりも、声は元気そうでほっとする。


ガチャリとドアを開けると、中にはマイラともう1人若いメイドが揃って立っていた。

ベッドの天蓋は開いていて、リネットが上半身を起こして待っているのが見えた。


「おはようございます、アルフレイド様」


「!?」


枕に背中を預け、座っているリネット。

長い金髪は、右側でひとつにゆるく結んでいる。

けれど、その顔は白いレースの布でぐるぐる巻きにしてあった。


「熱は下がって、すっかりよくなりました。ご心配をおかけしました」


にこりと笑う……多分笑っているリネット。

アルフレイドはベッドから少し離れたところで足を止め、唖然となる。


(これは一体どういうことだ!?療養の儀式か!?顔に布を巻き付けるのが王都流なのか!?)


アルフレイドは大いに混乱した。



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