悪女の才能がない
アルフレイド様との昼食中に熱を出した私は、寝室へと運び込まれた。
マイラやメイドたちの手を借りてなんとかドレスを脱ぎ、柔らかな着心地の寝衣に着替えると、即座に公爵家の侍医がやってくる。
「メイサ・スコットと申します。前公爵の代から侍医をしております」
白髪交じりの金髪を後ろですっきりまとめた上品なおばさま、といったメイサ医師はこの街の出身だと言う。
「どうか、私のことはリネットと……くしゃんっ!あの、お呼びく……」
最後まで言えなかった。
寒気がして、ますます熱が上がっている気がする。
ベッドに大きな枕を重ねてもらい、背中を預けて診察を受ける。
「熱に喉の腫れ、鼻汁、めまい……、随分とお疲れのようですね」
私を診察したメイサ医師は、こどもを慈しむような優しい声でそう言った。
「治癒魔法でもこれは治りません。風邪ですわ」
やっぱり。
診断結果はただの風邪だった。
よくはないけれど、おかしな病気じゃなくてよかったとちょっと安堵する。
「馬車移動の疲れ、それから環境の変化によるストレス、思い当たる原因が色々ありますね」
「は、はい」
「ただでさえ免疫力が下がっているところに、イールデンの寒さはおつらいでしょう。王都のご令嬢とこちらの者では寒さに対する適応力が異なりますので……しばらくはお召し物も厚手の物を選んでください」
メイサ医師は遠慮がちにそう助言する。きっと私が露出の多いドレスを着ていたことを知っているのだろう。公爵夫人の趣味に口を出すのは……でも言っておかなければ、という気遣いが伝わってきた。
「以後気を付けます」
幸いにも、お姉様のドレス以外にもアルフレイド様に買ってもらったドレスがある。
厚手のショールもボレロも、私が着なかっただけで用意されていた。
オシャレは我慢と聞いたことがあるけれど、男性を惹きつける悪女は寒さに強くなきゃなれないらしい。
私にはその才能がないということを実感する。
「あの、先生」
「はい、何でしょう?」
「実はさきほどから体がかゆくて……」
寝室に戻ってきてから、だんだんと腕の内側や内腿あたりが痒みを訴えてきていた。
寝衣の袖をまくってみれば、肌が赤くなっていてところどころ膨らんでいる。
メイサ医師は私の腕を見て、すぐに「これは蕁麻疹ですね」と答えた。
これも風邪を引くとよくあることだそうだ。
「これまでに蕁麻疹が出たことは?」
「ありません。風邪を引いた記憶もないです」
物心ついてからは熱を出したこともなかったので、まさか自分が風邪を引くなんてと正直言って驚いている。
「私が丈夫じゃなかったなんて……」
貧乏だし、健康でもなければ何の取り柄もなくなってしまう。
そう思ったら途端に心細くなってしゅんと落ち込んだ。
それを見たメイサ医師は、私を励ます。
「環境が変われば誰でも体調不良になります。今は弱っているだけです。鍛え上げた騎士でも遠征で移動が続けば風邪を引きますから」
メイサ医師は話しながら緑色の粉末を袋から取り出し、それを受け取ったマイラがカップに入れた白湯にそれを混ぜて溶かした。
見るからに苦そうな薬湯が出来上がったが、差し出されれば飲むしかない。
私は少しずつ薬湯を口にする。
「消化にいいものを食べ、しっかり休んでいれば治るでしょう。あとで飲み薬と塗り薬を届けさせます」
メイサ医師はそう言い残し、寝室を出ていった。
私の症状が軽いものだったため、メイド長やマイラもホッとした顔を見せた。けれど、私がこうなってしまったのは世話係である自分たちの責任だと二人は謝罪を口にした。
「本当に申し訳ございませんでした」
「そんな……!」
悪女らしい装いを、と無理をしたのは私の責任だ。
マイラから「アルフレイド様がいないときだけでも普段の装いを」と言われたのに、毎日ずっと薄着を貫いたのも私なのだ。
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって。反省します」
二人のせいではないと私も謝った。
「ところでアルフレイド様は……?」
私をここまで運んでくれた彼は、ダナンさんに「着替えとか診察とかありますから!」と言われ、渋々といった表情で別れた。
あの後もしばらくは廊下にいてくれたそうだが、さすがに仕事があるので戻っていったという。
ぐったりしている私を見た彼は、悲愴な雰囲気だった。
ものすごく心配をかけてしまったのだと今さら思う。
「アルフレイド様に、私は大丈夫だって伝えてくれる?」
「かしこまりました」
マイラがすぐに執務室へ向かってくれることになり、メイド長は軽めの食事を持ってきてくれると言う。
二人が部屋を出ていくと、私はおとなしくベッドで眠ることにする。
ぽすんと枕に顔を埋めれば、清潔なリネンの香りがした。
「……自分を偽るのって難しいのね」
ここへ来てから、何不自由ない暮らしをさせてもらっていた。
それなのに熱を出してしまうなんて。
自分がずっと気を張っていたのだとわかる。
瞼を閉じると、思い出すのはアルフレイド様の顔。
──俺は君を知りたいし、きちんと向き合いたいと思っている。
まさかあんな風に言ってもらえるなんて思いもしなかった。
私は、騙すことしか考えていなかったのに……。
本当のことを言っていいのかな?
実はご所望の悪女は姉の方で、私はただの貧乏伯爵令嬢なんだって。
破談になるのが怖くて、自分を偽っていましたって。
「はぁ……」
ため息が熱い。
頬に張り付いた髪を右手で払い、寝返りをうつ。
「がっかりさせたくないな……」
本当のことを告白したら、何ておっしゃるだろうか?
アルフレイド様のことを考えながら眠りについた。