偽悪女が好きなもの
城の三階にある回廊を通り、長い廊下を歩いていく。
その突き当りにある大きな茶色の扉、そこがアルフレイド様の執務室らしい。
紺色の騎士服を纏った護衛たちが、私を見ると驚いた目をしていた。
多分、彼らは初日に「リネット」の状態で会ってしまった人たちだ。
アルフレイド様も晩餐のときは驚いていたから、彼らの反応は理解できる。
私は気づかないふりをして、控えめに笑って話しかけた。
「ごきげんよう。アルフレイド様は今お会いできるかしら?」
「しばしお待ちを……!」
茶色の髪の男性がすぐに確認しようとしてくれた。
ところがほぼ同じタイミングで内側から扉が開き、さらりとした銀髪が見える。
「リネット様?」
ダナンさんだった。
その左腕には書物や報告書などを抱えている。
私はお姉様がしていたように、少しだけ首を傾げ上目遣いで尋ねた。
「アルフレイド様はおられます?少しお話したいのですが……」
「ええ、大丈夫です」
彼はにこりと笑うと、私を中に案内してくれた。
黒や赤茶色の落ち着いた調度品、本棚が並ぶ部屋は荘厳な雰囲気で、おじいさまの書斎を思い出す。
きっと先代公爵様からそのまま引き継いだのだろう。アルフレイド様よりもずっと年配の方が使っていそうな、古めの内装だった。
「失礼いたします」
私はマイラと共に、ダナンさんの後についていく。
アルフレイド様は白いシャツにダークブラウンのトラウザーズにベストといった軽装で、応接セットの椅子に座っていた。
テーブルには高級そうな箱が置いてある。
あれ?商談の最中だった?
でも執務室にいるのはアルフレイド様とダナンさんだけだ。
「リネット、どうかしたのか?」
アルフレイド様は私と目が合うとすぐに立ち上がる。
高位貴族ってもっと偉そうな感じだと思っていたけれど、この方はいつも私に配慮してくれている。
「お仕事中にすみません」
私はスカートの裾を軽く持ち上げ、アルフレイド様に向かって頭を下げた。
「たくさんの贈り物をありがとうございました。おかげさまで快適に過ごせそうです」
「あぁ、今日だったか」
私は「ええ」と言って微笑む。
できるだけ優雅に、お姉様のようにと意識しながら。
「好きな物は見つかったか?」
「はい。このドレスもティペットも……新しいものです」
「ティ……?」
「あっ、これです」
私は首元にあるふわふわのそれに両手で触れて見せた。
アルフレイド様はじっと私を見下ろし、何かを確認するように視線を巡らせる。
な、何……?
どこか不審な点でもあった?
少し不安げな目をした私に気づくと、アルフレイド様は気まずそうに笑った。
「いや、気に入った物が見つかってよかった。王都の流行りとはまた違うだろうから」
王都の流行り?
それは私も知らない。
ずらりと並んだ眩い生地や宝石に目がくらくらして、どれも素敵に見えた。
こんなときお姉様なら何て答えるかしら?
できる限りの想像力を働かせ、私はお姉様になりきって答えた。
「流行りは追うのではなく生み出すものですから」
ふふふと余裕ありげな笑みを浮かべる。
自分で言っていて恐ろしくなる発言だけれど、きっとお姉様なら澄ました顔で自信満々にそう言いそう。
アルフレイド様も納得したご様子だった。
「俺もそう思う」
「ええ、私たち気が合いますね」
「あぁ、そうだな」
「ふふふふふ」
「ははははは」
よくわからないけれど、悪女らしく乗り切れた。
ちょっとホッとした。
立ったまま笑い合う私たちに、ダナンさんがにこやかに椅子を勧める。
「アルフレイド様、座ってお話になられては?」
「あ……それもそうか。リネット、こっちへ」
ちょうど休息を取るつもりだった、と彼は言う。
私は勧められるままに席に着こうとして、窓の外にあったものに気を取られてしまう。
「っ!」
「どうした?」
窓の外は雪が止んでいて、城を囲んでいる壁や針葉樹の手前に二つの尖塔が見える。
そこには大きな灰色の砲台もあった。
「あれは……!」
「旧時代の砲台だ。今は使われていないが、あれがどうかしたのか?」
アルフレイド様も私の視線を辿り、窓の方を見ている。
この方はこの風景を見慣れていて、希少性に気づいていらっしゃらないのね……!
私は窓に駆け寄り、ガラスに張り付くようにして砲台を見つめる。
間違いない、あれは私の好きな英雄譚に出てくる砲台だわ。
茶色のレンガ造りの大きな円形は挿絵とまったく同じだった。
何ていうことなの……!?
まさかこんなに近くに素敵なスポットがあったなんて!
「昔はあれを使って魔物から城を守っていたのですか?」
歴史的建造物、いや、もはや古代遺産なのでは?
アルフレイド様の顔を見ると、なぜそんなことを聞かれるのかと不思議そうにしていた。でも、彼は私の質問に丁寧に答えてくれる。
「そうだ。昔といっても二百年以上前になるが、街ごと壁で囲うまでは魔物がこのあたりにも来ていたらしい。今では絶滅した飛竜を倒すための武器として魔法武器の大砲を使っていたんだ」
「こんな街中にまで魔物が?それで攻撃力に秀でた砲台が城にあるのですね」
「あぁ、範囲は狭いがそのぶん正確に狙った的を撃てることで人的被害を抑えられる」
なるほど、と納得する私は食い入るように外を見続けていた。
歩いてすぐに行ける距離にあったのに、曇り空のせいで気づけなかったんだ。
私はおずおずとアルフレイド様にお願いをする。
「あの、あちらまで散歩をしてもよろしいでしょうか?」
「え?それは構わないが……何もないぞ?」
アルフレイド様は困惑した様子で、でもすぐに許可をくれた。