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偽悪女はお買い物が苦手

「こんなに豪華なドレスや装飾品を買ってもらって、本当によかったの……?」


色とりどりのドレスが並ぶ衣装室で、私は呆然とそれを眺めていた。

今あるのは既製品で、これから数回に分けてオーダーメイドのドレスが届くらしい。


ついさきほどまで、私は大人数のスタッフに囲まれて衣装選びをしていた。


「これってダナンさんの配慮?それともアルフレイド様からの指示?」


私は「あと二着あれば十分か」と思い、装飾の少ないシンプルかつ露出多めのお姉様っぽいドレスを選んだ。紺色と紫で落ち着いたカラーだけれど、レースやコサージュでしっかりと華やかさもある。

これでよし、そう思ったのだ。


でも……甘かった。


『お目が高いです!こちらは自由に宝石をつけていくデザインですわ。奥様らしい、奥様のためのドレスを一緒に作りましょう!』


唖然としたわ。そんなドレスがあるの!?とやや頬が引き攣った。

もちろん、宝石を追加したらお値段は跳ね上がる。

ものすごく高くなる。


マイラに確認してもらったところ「公爵閣下はどれでも好きな物を好きなだけ発注するように」とサロンの代表者に伝えていたらしい。


遠慮する私、たくさん買って欲しいスタッフたち。

にこにこ笑顔に負けて、私は「公爵夫人にふさわしい装いをお願い」と頼んだのだった。


抽象的なお願いだったのに、皆は「かしこまりました!」とものすごくやる気を見せていた。ここが腕の見せ所、といった空気を感じたわ。


「お買い物で経済を回すのも夫人の務め、か」


資産を持つ人間は金を使わなければならない。

そんなことを思い出す。


でも、わからない。

貧乏伯爵令嬢には、「必要な物を必要な時に何とか費用を捻出して買う」という感覚しかない。


妻のドレスを作ったくらいで公爵家の財産はなくならないんだろうけれど、私のために使うというのが「それでいいの?」と腑に落ちない。


採寸や注文を終えた私は、衣装室で唖然としていた。


さっそく着替えさせられた薄紫色のドレスは、胸元でアメジストがキラキラと輝いている。ふわふわのチュールはずっと触っていたいくらいに気持ちいい。


「素敵ね」


私だって年頃の娘だから、こんなに素晴らしいドレスを着られて嬉しい。

今になってようやくじっくり衣装を見ているのはどうかと思うけれど……それでも今ようやく衣装に胸がときめいた。


「私、偽物なのに」


アルフレイド様は、私のことをお望みの「恋多き女」だと思ってこんなによくしてくれているのだろう。まさか偽物だとも知らずに……。


ごめんなさい。

騙してごめんなさい。

胸がずきりと痛み、無意識に手で押さえる。


でも、私にはほかに方法がない。お姉様のような悪女を演じきるしか……!


「失礼いたします」


ガチャリと扉が開き、マイラが入って来た。

彼女の手には、まるで狐のしっぽのようにふわふわのティペットがある。


「それは?」


「寒さ凌ぎに、と思いまして」


そういうとマイラは私の首元に手を伸ばす。


「こうして首に巻いて、リボンで結ぶと……」


「温かい!ありがとう」


ネックレスが見えなくなるけれど、襟のようでとても温かい。

柔らかい感触に幸せを感じる。


思わず頬ずりしてしまいそうになって、「化粧がつく!」と気づいて寸前でやめた。


マイラは私が喜んでいるのを見て、満足げに微笑んだ。

そしてすぐに怪しげな笑みに変わる。


「しかもこの繊維、軍支給のマントにも使われるほど耐久性があるそうです」


「何ですって……!?」


騎士様も使っているの!?

途端に食いついてしまう。


「ゲイルさんから聞きました。魔物の一種である蚕が生み出す特殊な絹が原料で、さらにそれをイールデン独自の加工技術で柔らかくも硬くもできるそうなのです」


「まぁっ、そんな原料と技術があるのね。さすが歴史ある公爵領……。確かおじいさまの残した書物にも『はるか北の領地に素晴らしい布がある』とあったような」


もっと知りたい、今すぐ書庫へ行きたい。

そんな衝動に駆られる私。


でもここで、「今は悪女に専念!」と思い直す。


「いけない、今はダメ」


被りを振る私を見て、マイラが申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「すみません、リネット様がお喜びになるかと思ってお伝えしましたが今じゃなかったですね」


「ううん、ありがとう。大丈夫よ」


「ところで、さきほど公爵閣下がお戻りになられたそうでして……」


「え?視察から戻られたってこと?」


「はい、今は執務室におられます」


城に戻って来たアルフレイド様は、着替えをして執務室にいるらしい。

今度の情報源はメイド長だった。

これは「ドレスのお礼を言いに行く時間がありますよ」と教えてくれているのだと察する。


きっと私のことも向こうに筒抜けなんだろうけれど、こんな風に情報が回ってくるのはありがたい。


「さっそく、アルフレイド様にお礼を伝えに行くわ。この素敵なドレスを見てもらいたいもの」


「はい、そのようにいたしましょう」


「その前に……」


衣装室を出る前に、深呼吸を繰り返す。

本当の私ではなくお姉様みたいになりきらないと。


そういえば、悪女ってどんな風にお礼を言うんだろう?

「気に入りました」って言えばいい?

とにかく、満面の笑みは違うよね。


落ち着いて、贈り物は慣れているという余裕は見せつつも、感謝を伝える。

……難しい!


「本にはお礼を言うときは『潤んだ瞳で相手を見つめながら』って書いてあった」


目を潤ませるために、カッと目を見開いてしばらく停止する私。


「リネット様、まばたきはしてください」


「そうよね。無理やりはよくない」


これは違う。

さすがに気づいた。


目薬をさしてから行こう。

私は自室で目薬を使ってから、マイラに化粧直しを手早くしてもらってアルフレイド様のところへ向かった。


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