優しい旦那様
「アルフレイド様?」
「いや、何でもない……」
戸惑う私。
でも彼は何でもないと言うとすぐに私の手を取った。
自分とは違う大きな手に、心臓がどくんと跳ねる。
「ひえっ」と小さな悲鳴が漏れそうになったのを寸前で堪えた。
彼は私をベッドまで連れて行き、そこへ腰かける。
私も同じように座り、バクバクと激しく鳴る心臓の音を懸命に抑えようとしていた。
手を繋いだまま、また無言の時間が訪れる。
隣を見れば、アルフレイド様は硬い表情をなさっていた。
……もしかしてお疲れなのでは?
ここで私は、ある可能性を思い至る。
「アルフレイド様、もしや私を気遣ってくださって……?」
「は?」
私を迎えに来てくれたくらい優しい人だ。
きっと初夜を遅らせると妻に失礼だと思って……?
「結婚したのに妻を寝室に呼ばなければ、私が使用人に侮られると心配してくださったのですか?」
そういえば本に書いてあった。
夫の愛情が妻の立場を決めると。
寝室に呼ばれない妻はバカにされ、邸の中での立場が弱くなっていくと。
「討伐や執務でお疲れなのに、私のために初夜を……とお考えだったのでは?」
「……違うな」
「違うんですか!?」
私は驚いて目を瞠る。
絶対にそうだと思ったのに、あっさりと違うと言われた!
「では一体?」
その言葉とほぼ同時に、アルフレイド様の手が私の肩にかかり、ベッドの上に押し倒される。
仰向けに倒れた私の上に、覆いかぶさるようになったアルフレイド様の綺麗なお顔が見えた。
ええっ!?今そんなタイミングだった!?
わからない。わからなさすぎる。
でも、この方はこういうことにも慣れているだろうし……つまりこれが正しい流れ!?
「………………」
「………………」
見つめ合うこと数秒。
笑顔を作る余裕なんてなく、私の顔は引き攣っていたと思う。
これは、妻としての務め。
初夜は大事。
アルフレイド様に気に入ってもらわなければ……!
様々なことが頭の中を駆け巡る。
でも、怖さの方が勝ってしまった。
手や唇がかすかに震え出した。
ところがその瞬間、アルフレイド様はさっと身を起こした。
「そう怯えるな。何もしない」
「あ……」
気づかれた。失望されたのでは、と今度は別の恐怖に襲われる。
私に背を向けて座った彼に、縋るような目を向けてしまった。
でもアルフレイド様はまったく怒っていない、いつも通りの声音で話し始める。
「リネットこそ疲れているのでは?同じ寝室で眠るといっても、必ずしも抱き合わなければいけないわけじゃない。疲れた妻に無理強いするほど俺は飢えてもいないしな」
「っ!」
何て優しい方なの!?
私が怯えているのに気づいていたのに、疲れているせいだって……気づかないふりをしてくれるなんて!
そういえばマイラも言ってた。「女性が躓いても指摘しないのが遊び慣れた男性だ」って。
やっぱりアルフレイド様もそうなんだ……!
あえて私の非を指摘しない、心の広い方なのね……!
私は感極まって、起き上がるとすぐにアルフレイド様の背中に抱き着く。
「うあっ!?」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
「ああ、礼を言われるほどのことでは……」
この方が夫でよかったかも。
胸がいっぱいで、心からの笑顔になる。
「それでは、一緒に眠りましょう」
「え?」
さぁさぁ、と私はアルフレイド様の腕を引く。
彼は遠慮がちに私の隣に寝転び、そしてぐっと唇を引き結んで目を閉じた。
私も毛布をしっかり被り、アルフレイド様の横顔を少しだけ眺めた後で目を閉じた。
二人で並んで眠ると温かく、次第に眠気がやってくる。
明日、明日こそしっかり初夜をやり遂げられるようにがんばらなきゃ。
そんなことを思いながら、私は眠りに落ちていった。
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