いきなり初夜ですか!?
リネット・カーマイン、18歳。
どこにでもいる伯爵令嬢(貧乏だけれど)から突如として舞い込んだ政略結婚で公爵夫人になった。
ここまでは私の知っている私のこと。
でも、たった今から未知の世界へ飛び込んでいかなくてはならない。
「これが夫婦の寝室……!」
魔力で稼働しているアンティーク調の四角いランプが煌々と光っていて、広いベッドは二人といわず五人は一緒に眠れそうなサイズ。光沢のあるレースがついた天蓋付き、寝室の中央でどーんと存在感を放っている。
ふかふかの大きな枕は6つもある。
え?そんなに必要ですか?
ベッドサイドに置いてある花から甘い香りが漂っていて、明らかにオトナな演出がなされた寝室はつまりそういう雰囲気作りがなされた特別仕様だろう。
「いよいよ『恋多き女』の本領発揮ね……?」
顎に手をあて、この部屋の雰囲気には似つかわしくない深刻な表情で私は悩んでいた。
今日、まだアルフレイド様とはお会いできていない。
彼は朝から鍛錬と執務に追われ、午後には会議と視察を行い、城へ戻ってきたのは私が夕食を終えた後だった。
このまま会わずに1日が過ぎるのかと思いきや、従者のダナンさんが直々に私にメッセージカードを持ってきてくれたので驚いた。
そこにはきれいな文字で「ゆっくりできただろうか?」と私を気遣い言葉が並んでいた。そして、最後にはこうも書かれていた。
──今日からは同じ寝室で過ごそう。
すでに私たちは夫婦なので、同じ寝室で眠っても何の問題もない。
でもまさか今日そうなるとは思ってもみなかった。
「これをアルフレイド様が……?」
初夜のお誘いに目を瞬く私。
ダナンさんは「ちょっと抵抗していましたが」とぽつりと呟く。
「いえ、互いのことを知るには共に過ごすのがよろしいかと」
「はぁ……」
戸惑ったけれど、いつかは乗り越えなきゃいけないのだからと覚悟を決めた。
私はマイラに支度を頼み、薄いネグリジェにガウンを着て移動する。
覚悟は決めたと思ったものの、寝室に到着すると胸がドキドキして緊張感で息苦しいほどだ。
アルフレイド様が来たときに、私はちゃんと経験豊富な女性の仮面をかぶっていられる?
本には「少し恥じらうそぶりを見せる」「相手を焦らす」と書いてあったけれど、数多くの女性を抱いてきたアルフレイド様を相手にそんなのが通用する?
不安がピークに達したとき、扉をノックする音がした。
私はびくりと肩を揺らし、うわずった声で「どうぞ」と返事をする。
扉が開くと、そこには紺色のガウンを着たアルフレイド様がいた。
彼は寝室の中を見て一瞬足を止めたが、無言で私の方へ近づいてくる。
「……ねば、戦わねば……勝てない」
「??」
暗い表情で何やらぼそぼそと言葉を発している。
それを聞き取ろうとするも、よく聞こえなかった。
何かの儀式なの?低い声は呪文を唱えているようにも思えた。
目が合うと、今度は私に向かって何かを言っていた。
それもやはり聞き取れない。
「あ、あの……アルフレイド様?」
呼びかけると、はっと我に返ったように口を閉じる。
少しだけ困ったような目をした彼は、咳払いをしてから言った。
「普通に話してもいいだろうか?」
「はい、ぜひ」
「よかった……」
これがイールデン流の初夜の儀式だったのだろうか?
それとも、普通のことなの?
わからない。でも質問すると私が不慣れだと気づかれそうで、何事もなかったかのように笑顔を作る。
「お待ちしておりました」
「あ、あぁ。旅の疲れはいいのか?馬車はつらかっただろう」
「はい。大丈夫です。ゆっくり休みましたので」
「そう、か」
ぎこちない空気が漂う。
彼は私を見たり見なかったり、視線を彷徨わせている。
寝室の支度が整っているかチェックしているの?
これは何か話しかけた方がいいのかな?
わからない。
焦りが込み上げてきたとき、アルフレイド様が先に尋ねた。
「……このようなことはよくあるのか?」
「え?」
何の話だろうか?
一瞬わからなかったけれど、アルフレイド様はさっき馬車移動の疲れについて気遣ってくれていたので、そのことだろうと見当をつける。
「そうですね、普段は」
ここで私は気づいた。「普段はまったく邸から出ないので~」なんて正直に言えば、夜会などで遊び慣れていないことがバレてしまう!
少し言葉に詰まりながらも、私は答えた。
「えっと、好きですから……よくあります」
「好き!?」
お姉様は出かけるのが好きだった。
馬車に乗って、友人の邸での茶会やパーティーに頻繁に行っていた。
恋人と旅行にも行っていた。だから馬車の旅は慣れているはず。
私はできるだけ自然に、にこりと笑って言った。
「慣れているのでどうかお気遣いなく!」
「慣れ……」
「はい、それなりに」
「それなりに!?」
アルフレイド様は目を見開いて息を呑む。
あれ?思っていた反応と違う。
どうしてこんなに驚いているの?
しんと静まり返った寝室で、私たちは互いの顔を見つめ合っていた。