09.重すぎる剣
その事件は、騎士クラブで起こっていた。
騎士クラブとは、フェアリアル学園に通う生徒たちの中で、将来騎士になる事を目指して切磋琢磨する生徒たちが集まって活動するクラブである。
その騎士クラブで所有している剣の一つが突然無くなってしまった事件があった。誰かが間違って持ち帰ったのかもしれない、と思っていてクラブメイトは誰も気に留めていなかった。
しかし次の日。
確かに剣は戻ってきていた。しかし、重すぎて誰にも持てなくなってしまっていたのだ。何かの魔法がかけられているのは間違いないのだが、何の魔法がかけられていて、どうやって解いたらいいのか、全く分からず、頭を悩ませているのだという。
「それは、確かに困りますね。」
「そうなんですよー。もう本当手詰まりです!」
ゼノは大きくため息をついた。
どうも、何人もの力自慢の生徒が持ち上げようと奮闘したらしいのだ。
だがびくともしなかった。
先生たちにも報告して、かけられている魔法を見てもらったのだが、何もわからなかった。
「何かの魔法がかけられていて、そのせいで持ち上がらないことだけはわかってるんだけど、それ以外は全然。」
ゼノは腕を組んで、大きくため息をついた。
「もうその剣は飾っておけばいいだろ。」
ルークは投げやりに答えた。心底どうでも良さそうな言い振りに、ゼノは肩を落とした。
「もっと興味持ってくれよ。でもさ。そのぉ……ちょっとね。その剣がどうしても必要なんだよなあ。」
「な、何か……あるんですか?」
シルフィーはまだゼノに話しかけるのに勇気がいる。気さくで壁を感じさせないから話しかけることはできるのだが、どうも緊張が解けない。
けれどゼノは挙動不審なシルフィーの態度なんて気にせず普通に返してくれる。
それがシルフィーには何より嬉しかった。
「あー……実はその剣、もうすぐ開催される剣術大会で使うヤツなんスよ。」
「剣術……大会……?」
「そ!年に一度のクラブ内で先輩後輩関係なく模擬戦をやるんスよ。現役の騎士の人も見学に来てくれて、そこで優勝したら騎士に推薦してくれる事もあるって。みんなこの大会を目指して頑張ってるんス。」
「そ、それは……。すごく大事な大会ですね。」
ゼノはゆっくりと頷いた。
「誰かの策略でイタズラしているのか、それとも妖精のイタズラか。どっちにしろ大会までには解決したくって。」
「ふむ。それは魔導書の仕業じゃな。」
ラビがそう答えた。みんなが目を丸くしてラビに視線を向ける。
「なるほど魔導書ですか。」
「え?何?魔導書って?」
そんな中、ゼノだけは話についていけていなかった。
「えっと、魔力を持った本のことを魔導書と言うんです。」
「へえ。そんな本があるんスね。」
「誰かが借りた本がたまたま魔導書で、何かに反応して魔法が発動しているんじゃろう。」
「その魔導書のリストは無いのですか?」
ラビは首を横に振った。
「ない。魔導書は作者自身も無意識に魔力を込めてしまう事があるから、どれが魔導書なのか分からないんじゃ。まあ、何冊かは把握しているがな。」
「へえ。どんな本があるんスか?」
「『灰かぶり』『森の義賊』『長靴をはいた猫』俺が知っているのはこの三冊だけじゃ。」
「本の題名だけだと魔法の内容は全然想像出来ないですね。」
シルフィーはため息をついて唸った。魔法に詳しいシルフィーも、魔導書は見たことがない。未知の領域なのである。
ルークも同様に黙って考え込んでいる。
ただ一人ゼノだけが明るく「わさっぱりかんねえや」と笑っていた。
「とにかく、その本を見つけ出せばいいわけスよね!」
「あ。貸出簿、確認しましょうか。まだ図書室開いてないから、貸出中の本は少ないはず。その中にもしかしたらそれっぽい本があるかも……。」
「そうじゃなシルフィー。貸出簿はこっちじゃ。」
ラビと一緒に歩くシルフィーの後ろ姿を見送りながら、ゼノはチラリと横に立つルークへと視線を向けた。
ルークは愛おしいそうにシルフィーを見つめ続けている。魔王と恐れられ、ほんの数週間で学園を掌握したルークがこんな表情できるとは思ってもいなかった。
「なあ、ルーク。」
「何だ。」
「ハットン嬢って、あの魔法伯爵の令嬢だろ?」
「ああ。そうだ。」
「どこで知り合ったんだよ。」
ハットン魔法伯爵は、国内でも有名な魔法士を輩出する貴族である。魔力が強いことは勿論、数多くの功績を残し、今の魔法の礎を築いた魔法使いの祖とも言われている。
しかし、魔法に打ち込んでいてあまり人との交流を持たない出不精なところがあるため、お近づきになりたい貴族は山ほどいるが、実際知り合いになるどころか、見たことがある貴族も少ないと聞く。
根っからの引きこもり貴族なのである。
ゼノとルークは年が一緒という事もあり、幼い頃からの知り合いであった。たまに一緒に遊ぶこともあったし、一緒に剣技を学んだこともある。
そんなルークがまさか魔法伯爵のご令嬢・シルフィーと知り合いだったとは全く知らなかった。
「親同士が仲良くてな。昔から知ってた。」
「そうなのかよ!俺、ルークとの付き合い長いけど初耳だよ!教えてくれてもいいじゃん。」
「絶・対・嫌・だ。」
とてつもなく嫌そうな顔をされてしまった。
そんなルークの様子から、シルフィーのことをとても大事に想っていることがわかる。
皆が知る魔王ルークは、利用できるものは何でも利用する。だが、ルークはシルフィーを利用するどころか匿って隠しているようにも見える。
それには執念さえも感じてしまうほどに。
ゼノは背筋に悪寒を感じた。
「うわ。独占欲強すぎ。」
「当然だ。」
ルークは不敵な笑みを見せた。
幼い頃に出会い、ずっと憧れていた。けれど、ずっと、ずっと手を伸ばしても手に入らなかったのだ。
ようやく。
ようやくこの手の中に落ちてきた。
絶対に離さない。
「誰にもシルフィーは渡さない。」
そんな自信たっぷりのルークの様子に、ゼノはぼんやりとした不安を覚えた。
「……あのさ。」
「ん?」
「もし違ったらマジ失礼だからごめんな。先に謝っとく。」
「?なんだ?」
「ハットン嬢の婚約破棄はお前が仕組んだの?」
「……。」
ルークはゼノの質問から視線を逸らした。
「お、おい!マジで教えてくれよ!怖えよ!」
その様子からゼノはますます焦り、ルークを問い詰めた。体を揺すり、すがるような思いでルークの答えを待った。
そんな必死なゼノの様子に、ルークはため息をついた。
「違う。」
そして悔しそうに顔を歪めた。
「それが出来たらとっくにしていたさ。」
シルフィーが婚約したと聞いた時、ルークはシルフィーのもとを訪ねた。その時、シルフィーは嬉しそうにヒューズの事を語っていた。
そんな嬉しそうなシルフィーを悲しませるような事、ルークにはとても出来なかった。
悔しかった。
自分が一番シルフィーと仲が良いと思っていたのに、一歳年上の男に奪われていった。
自分が年下だからいけなかったのか。
魔法が上手く扱えないからダメだったのか。
悔しくて悔しくて、でも、どうしようもなくて。
きっと、時間と共にシルフィーへの気持ちも薄れていくと思って思いを全部飲み込んで、シルフィーの婚約を祝福した。
けれど時間が経てば経つほど、想いは募っていく。
あの時のことを思い出すと、今は奇跡のように思う。
「じゃあたまたま婚約破棄したハットン嬢に再会して、勢いで結婚したわけか。」
「そうだ。」
「へえ〜。」
生暖かいゼノの視線が鬱陶しいし、気恥ずかしい。
「よかったな!」
「ああ。」
だが屈託なく笑うゼノの笑顔は嫌いではない。心から喜んでくれている様が分かるので尚更何も言えない。