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05.契約交渉

 「契約、結婚?」


 まさかの提案に、シルフィーは一瞬何を言われたのか分からなかった。けれど、ルークは楽しそうに笑っている。まるでものすごくいい提案だと言わんばかりの満面の笑みである。


「そう。」


ルークはこくこくと頷いてシルフィーの手をぎゅっと握った。突然のことにシルフィーは身をこわばらせてしまった。慌ててルークを伺うと、ルークはおねだりするように上目遣いでシルフィーを見つめてきた。

 そんなルークにシルフィーは何も言えず顔が熱くなるのを感じた。


「そそ、それって……どっどんな契約?」


そして、勇気を出して絞り出したような小さな声で尋ねた。人見知りで引っ込み思案のシルフィーには、たとえ幼馴染みとは言っても久しぶりに会ったらイケメンになっていたルークには緊張してしまう。

 それを感じ取ったのか、ルークはシルフィーの手を離してゆっくりと距離を取ってくれた。


「俺もシルフィーも結婚は興味ないし、魔法の勉強をしていたい。けど俺たち貴族は婚約していても不思議じゃない年齢だろ?周りは婚約しろだの結婚しろだのってうるさいじゃないか。だったら互いによく知った相手といっそ結婚しちゃえばいいんじゃないかなって思うんだ。俺とシルフィーは昔からの知り合いだし、一緒に魔法の勉強もできる。契約結婚するにはぴったりの相手だろ?」

「え、えぇ。」


 明るく話しているが、かなり思い切っている。確かに婚約破棄されたシルフィーに、二度目の婚約話があるとは思えない。一方ルークは見ての通りイケメンの公爵子息なのだから、結婚相手なんて引く手数多だろう。

 何故こんな提案をしたのだろうか。

 そう思って怪訝そうに顔を歪めていると、ルークが慌てて付け加えた。


「安心して!シルフィーが嫌がる事はしないから!それぞれ相手がいたら周りは何も言わないだろ?周りを黙らせるための契約だよ。」

「そんなに、困ってるの?」


 ルークは肩を窄めて苦笑した。

 

「プレゼントされた手作りのお菓子に髪の毛が入っていたり、俺の親も知らない間に初対面の相手と結婚手続き進められていたりしたよ。他にも……まあ色々ね。」

「それは……。」


シルフィーは言葉を失った。髪の毛にも驚くが、知りもしない相手との結婚が勝手に進められていたら怖い。

 確かにそれよりは知り合いのシルフィーの方が安心できるだろう。


「…………ルークはそれでいいの?」

「ん?」

「私なんかがかりそめの奥さんで、本当にいいの?」


シルフィーは自分に自信が持てなかった。婚約破棄されても当然の野暮ったい見た目に、勉強だけの面白みもない女なのだ。

 だからヒューズからも婚約破棄された。

 それをつい思い出してしまい、シルフィーはぎゅっと胸を掴まれるような気持ちになった。


「シルフィー。」


 ルークはシルフィーの手をぎゅっと握った。

 優しいぬくもりに、シルフィーは頬が熱くなった。


「シルフィーは俺の憧れなんだよ。かりそめでも奥さんになってくれると嬉しいよ。」


ルークにそう言われると、くすぐったい気持ちになる。ヒューズの時も感じたことのない感情に、シルフィーは戸惑った。

 年下のイケメン幼馴染の提案を断る理由も思い付かない。

 どうせ貰い手はないし、結婚も出来ないだろうから、誰かの役に立つ事をしてもいいかもしれない。


「よ、よろしくお願いします。」


シルフィーはルークの提案にのることにした。


「こちらこそよろしくね!」


シルフィーの返事に、ルークは満面の笑みになった。そして、勢い余ってそのままシルフィーに抱きついた。

 それはあまりに突然のことで、シルフィーはその衝撃に耐えきれず、ついに意識を手放した。


「あれ?シルフィー?」


ルークは自分の腕の中でピクリとも動かないシルフィーの顔を覗き込んだ。シルフィーは顔を真っ赤にしてぐったりとしている。

 ルークはやりすぎてしまったか、と思ったがそれも後の祭りである。シルフィーを支えるように、優しく抱きしめるしかできなかった。


「ふふふっ。ははははっ!!」


二人の様子を見守っていたラビが耐えきれずに笑い出した。


「全く嘘つきじゃなぁ。」

「ラビさん。」


涙を流して笑うラビを、ルークは冷たい目で見た。


「シルフィーが婚約破棄された事を知らん奴なんかいないじゃろ。」

「さあ。俺は入学したばかりですから。」


 シルフィー=ハットン伯爵令嬢と言えば、国内随一の魔法の使い手として有名なハットン伯爵の娘として貴族で知らない者の方が少ない。

 シルフィーを見た事がない生徒も『シルフィー=ハットン』という名前に聞き覚えはあるものだ。その生徒が婚約破棄されたとなれば、噂にならない訳がない。幸運なことに、シルフィーの耳には噂話は入らなかったようだが、一時期学園の話題はそれで持ちきりだった。

 新しく入ってきた生徒だろうと知らない者の方が少ないほど、有名な話である。


「入学してすぐに生徒会長の座を手に入れ『魔王』と恐れられるイエガー公爵子息様が何を言っておるのやら。」


 ラビはニヤニヤと笑った。

 生徒会長の地位にいる者が、その噂を耳にしないはずがないのだ。知っていてシルフィーに悩みを相談して、契約結婚の話までした。

 全てルークの策略である。

 それを知らないのは、ルークの腕の中で目を回しているシルフィーだけ。


「ラビさんだって、分かっててシルフィーに俺の相手をさせたんでしょ?」

「いやー。なかなかに見ものだったぞ。魔王もあんな顔も出来るんじゃな。」


 ラビもルークの事を見かけた言葉あっても詳しいことは噂でしか知らなかった。しかもルークの噂はどれも侮れないものばかりで、下手に敵に回したくはないと思っていたのだ。

 そんなルークが、シルフィーの前では無邪気に笑っていたのだから、ラビはものすごく驚いた。

 そしてこれを利用しない手はないと考えたのだ。

 ラビだって一週間でこの図書室の整理を終わらせようと思ったら徹夜を覚悟していた。だが上手くシルフィーが交渉してくれれば、もしかしたら融通を利かせてくれるかもしれない。

 そう思ったのだ。

 しかし、ルークには考えがお見通しだったようである。ルークはにっこりと作り笑顔を見せた。


「ここの図書室はいいところですね。」

「ん?気に入ってもらえて何よりじゃ。」

「ええ。とても気に入りました。」


そうして腕の中のシルフィーを抱きしめる力を強めた。


ーー全く。シルフィーを見ている時だけは優しい顔するんじゃな。


見ていて蕩けるような優しい顔をしている。


「明日も来ます。」

「ん?」

「お手伝いしますよ。図書の整理。」


まさかの回答に、ラビは苦笑した。


ーーまあ。人手が増えたから良しとするかの。


そして、そう前向きに考えるようにした。




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