04.距離感がおかしい
図書室は壁一面に本棚があるが、真ん中あたりには一人用の机もあれば大きな机もあり、読書スペースもしっかりと確保されている。かなり広い空間のため、奥に行けば行くほど専門的な本が置かれている。入口付近は授業で使うような基礎的な学問書や小説などが置かれている。ルークとシルフィーは、入口付近にある四人用のテーブル席に座っていた。ラビはお茶の用意をしてくると言って、事務室の方へと行ってしまったので今は席を外している。
シルフィーは心の底からラビに早く帰ってきて欲しかった。
隣に座るルークの視線が、獲物を狙う狩人のようで生きた心地がしないのだ。
「俺、シルフィーがこの学園に入るって聞いて、必死で魔法の勉強したんだ。」
「そ、そうなんだね。」
近い。
しかも肩と肩が触れそうなくらい近い。
そもそも何故隣に座っているのだろうか。目の前の席に座ってほしいものである。
シルフィーだって昔の頃のように懐いてくれるのは嬉しい。
だが、こんなにもイケメンに育ってしまって、免疫の少ないシルフィーは近付かれるだけで緊張してしまうのだ。シルフィーは出来るだけ遠くに離れて欲しいと心から願った。
ルークの雰囲気に合わせて和気あいあいと話しているが、話の半分は頭に入って来ていない。
しかし、このままではずっとルークのペースである。何とか逃げ道を作らなければと思い、シルフィーはルークに話しかけた。
「えっと……その……ルークは、生徒会長に、なったんだ、ね。」
「うん!一刻も早くシルフィーに会いたくて!もういっそ権力握っちゃえて思ったんだ。」
どえらい事を聞いた気がする。
しかし顔良いせいで何もかもが有耶無耶にやっているような気持ちになる。
笑顔で答えてくれたルークだったが、生徒会長になった後誤算もあったようで、少し表情を暗くした。
「けど生徒会長って仕事多くてシルフィーを探すのに時間かかったんだよね。でもまさかここで偶然会えるなんて思ってもみなかったな。」
「それは私もだよ。すごくビックリしたんだから。」
ルークは目を細めて、シルフィーの顔を覗き込んだ。
「嬉しかった?」
「そ、そりゃあ、ね。」
顔がいいからって反則である。子どもの頃のようにあどけない態度でそんな事言われると、大きく鼓動が跳ねる。可愛かったあの頃と違い、今はとてもカッコいいので心臓に非常に悪いのだ。シルフィーはそっとルークの肩に手を置いて、距離を取ろうと力を込めて押し返した。
「ごめん。ルーク、少し離れてもらえるかな。」
「あ……ごめん。近すぎたよね。」
ルークは申し訳なさそうに距離を取ってくれた。少し興奮しすぎてしまったかと、ルークは表情に影を落とした。しかし、そんな事気付かないシルフィーは、ほっと胸を撫で下ろして、ポロリと本音をこぼした。
「うん。ルークすごくカッコ良くなったから近いと本当ドキドキしっぱなしで心臓に悪いんだよ。」
「っ!」
安心しきった表情で、へらっと笑ってみせてくる。そんなシルフィーの笑顔を見て、ルークは動きを止めた。全く他意のないシルフィーの様子に、ルークは重く深いため息をついた。
「シルフィー、それは反則だよ……。」
「?何が?」
ルークは手で顔を覆って、表情を隠している。シルフィーの首を傾げている姿も直視できないでいるようだった。
シルフィーは訳が分からずじっとルークを見つめていた。
しかし、その時、ルークの後ろの方でジェスチャーするラビが目に入ってしまった。
ーー何か……応援されてる??
ラビの喜ぶ姿に、何が良かったのか全く分からないシルフィーはさらに首を傾げた。
「……ねえ、シルフィー。」
立ち直ったらしいルークが、少し話しにくそうに声をかけてきた。
「どうしたの?」
「俺、ちょっと悩んでる事があって……。」
「え。どうしたの?」
年下幼馴染のルークに頼られているのは、悪い気分ではない。シルフィーはちょっとしたお姉さんの気分でルークに優しく寄り添った。ルークはシルフィーに困ったような笑顔を向けた。
「婚約ってさ、やっぱりしなきゃいけないのかな。」
シルフィーは体をこわばらせた。
つい最近婚約破棄したばかりのシルフィーには耳が痛い話である。しかし、きっとルークはシルフィーが婚約破棄したことなんて知らないのだ。悪気はないのだと思い、シルフィーは笑顔を心がけた。
「俺、最近婚約話がすごい多くてさ。やりたい事やっていたいのに。」
「ルークは何がやりたいの?」
「魔法の勉強!シルフィー見習って学んでたらハマっちゃってさ。」
あどけないルークの表情に、シルフィーは心から笑顔になった。自分の好きなものを好きだと言ってもらえるのは何とも嬉しいものなのだ。
「ふふ。魔法、面白いでしょ?」
「うん!そういえばシルフィーは学年一位の成績なんだってね。」
「よく知ってるね。」
「そりゃ生徒会長だからね。俺ももっともっと勉強したいなあ。」
ルークの言葉に、シルフィーも頷いた。
「私も魔法の勉強だけしていたいなあ。」
「?シルフィーには婚約者いるでしょ?」
「あー……へへ。婚約破棄されちゃったんだ。」
「え。」
「だからちょっと図書室で休憩中なの。のんびり図書室を独り占めできるって贅沢でしょ。」
ルークが俯いてしまった。
シルフィーはルークに気を遣わせてしまったと思い、慌てて付け加えた。
「気にしないで!私、そこまで気にしてないの!むしろ今の方が幸せ、なーんて、ね。」
必死に言い訳してみるが、ルークの表情は変わらない。シルフィーは、久しぶりに会った年下の男性にする話ではなかったな、と後悔した。
シルフィーも何を言えばいいか、分からず視線を泳がせた。
すると、ルークが口を開いた。
「ねえ、シルフィー。」
ルークはじっとシルフィーを見つめてきた。その真剣な眼差しに、シルフィーは顔が熱くなっていく。
ルークがシルフィーを見つめる目はいつも熱い。
この目に捕われると、どうしても視線を外せない。瞳に吸い込まれるように見つめてしまうのだ。
「俺と、契約結婚しない?」