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03.可愛いかった幼馴染み


 シルフィー=ハットン、フェアリアル学園の二年生になりました。


 婚約破棄されたものの、シルフィーの生活はほとんど変化がなかった。元よりカリナの研究室に引きこもりがちで学園ではほとんど空気のような存在だったこともあり、婚約破棄の噂を聞くこともなく、平穏な日々を過ごせていた。

 外は次第に暖かくなってきて、過ごしやすい季節なった。精霊たちの姿もチラホラ見かける。気持ちよさそうに飛び交う姿を見ていると、こちらまで明るい気持ちになっていく。何人かの生徒が精霊たちを眺めながら散歩している姿も見かける。

 今日は本当に散歩するには最高だと思う。

 そんな散歩日和に、シルフィーは少し薄暗い図書室にいた。


「幸せ。」


平積みされ山のように積み上がっている本に囲まれて、シルフィーはそう漏らした。ポカポカと温かな外の光が図書室に差し込み、さらに心地よい気持ちになる。シルフィーの表情は大変穏やかで安らかなものだった。


「そんな事を言う令嬢はシルフィーくらいじゃろうな。」


本の山からひょっこりと顔を出したのは丸いフォルムの猫であった。手入れの行き届いた毛並みはもふもふしている。服もきっちりと着て、マントまで羽織っている。長靴を履いて二足歩行しているが、足が短いので歩みが遅い。だがぽてぽてとシルフィーに歩み寄ってくる姿がなんとも愛らしい。


「ラビさん。」


長靴を履いた猫の名前は『ラビ』と言う。この学園の図書室を守護する知恵の精霊である。ラビはシルフィーを囲む本の山を見て怒声をあげた。


「全くもう!この辺の片付け、全然終わってないではないか!また本読んでいたんじゃな?」

「へへ。ごめんなさい。」


まさにラビの言う通り、シルフィーは心地よい日差しを浴びながらのんびりと読書していた。もうどのくらい本を読んでいただろう。時間も忘れて、すっかり読みふけってしまっていた。

 反省の色の見えないシルフィーに、ラビはため息をついた。


「図書の整理を手伝ってくれるのは嬉しいんじゃがな、これじゃいつまでたっても図書室開けられないではないか。」

「うーん。このままでもいいんじゃないですか?私、この図書室独り占めできるの嬉しいし。」

「よくない!」


 教室で授業を受ける時以外、シルフィーはほとんど図書室にこもっている。

 新年度を迎えた図書室は、図書の整理期間として始めのうちは閉まっているのだが、シルフィーは図書の整理を手伝う代わりに図書室で過ごさせて貰っているのである。

 だが、シルフィーはよく図書の整理を忘れてこうやって読書に没頭してしまっていた。


ーーこうして本読んでいたら、現実逃避できるしなぁ。


そう思いながらも、ラビの視線が痛いので、渋々と片付けを始めた。

 片付けを始めると、知らなかった本を見つける事が出来て、ついつい読み始めてしまうのだ。そんな本の誘惑にシルフィーはいつも負けてしまう。


ーーああ、この本も楽しそう。


またもや面白そうな本を見つけてしまったシルフィーは、ふらふらと手を伸ばした。


 と、その時。


 ガラ、と図書室のドアが開く音が聞こえて、シルフィーはビクッと体を震わせた。

 誰かが間違って入ってきてしまったのだろうか。そう思ったシルフィーはこそこそしながらも、図書室の入り口へと向かった。

 そして、本棚に隠れるようにしながら入ってきた人物を伺う。

 そこには、肩くらいまである黒髪を一つに結った背の高い男性がいた。初めて会うはずなのに、シルフィーはどこか懐かしさを感じた。いつもなら緊張して震えてしまうのだが、そこまで彼には緊張しない。シルフィーは、その男性をじっと見つめて記憶を探る。けれど、シルフィーは思い出せない。


 男性は図書室の入り口あたりで何かを探すようにキョロキョロしていた。

 シルフィーはきゅっと下唇を噛んで、勇気を出して一歩を踏み出した。


「あ、あ、あの……。すす、すみません。とっ図書室はまだ開けて、いないん、です。」


シルフィーがそう声をかけると、男性がシルフィーの方を向いた。


 切長の鳶色の目が鋭くシルフィーをとらえる。

 その視線に、シルフィーは体をこわばらせた。気持ちはまるで肉食獣に狙われる草食獣のようであった。


「そうですか。この図書室はいつ開くんですか?」

「あ。あ。えっと……。」


声は落ち着いているが、何か探られているような気持ちになる。シルフィーは答えに困って、後ろを振り返った。そこには、本棚に隠れていたラビがシルフィーを見守ってくれていた。シルフィーはラビに助けを求めるように視線を送った。

 ラビはシルフィーの意図に気付いたようで、ため息をつきながらも前に出てきてくれた。


「図書の整理が終わり次第じゃよ。悪いがまだまだ終わってなくてのう。」


 ラビの言葉に棘を感じて、シルフィーは視線を逸らした。

 一方、男性はラビを見て少し目を丸くした。


 この国の魔法は、精霊の力を借りて発動させる。しかし精霊と言っても人間の目に見えるのは光の塊のようなものがほとんどである。姿形を持ち人間にも見える精霊もいるのだが、そんなにたくさんいるものではない。

 そのため、ラビを初めて見た人は大抵同じ反応をするのだ。


「失礼ですが、貴方が噂の知恵の精霊、ラビさんですか?」

「そうじゃよ。さすが生徒会長じゃな。」


どうやら目の前の男は生徒会長だったようである。出不精で世事に疎いシルフィーは全く知らなかった。そして名前も全く覚えていない。


「今回は生徒会長として、図書室にお願いがあって来たんです。」


生徒会長は少し申し訳なさそうな表情をしている。


「実は早く図書室を利用したいという声が生徒会に多数寄せられていまして。せめていつ頃開くのかだけでも教えていただけませんか?」


 その言葉はラビにもシルフィーにも刺さった。

 確かにのんびり作業していた二人のせいで例年よりも図書室が開くのが遅いのである。


「す、すまない。なるべく早く……一週間後には開けられるようにする。」

「ラビさん!それは無茶ですよ!」


 なんせほとんど終わっていないのである。

 小さくもふもふした猫一匹と、非力な引きこもり女子生徒一人では到底一週間では終わるはずもない。


「シルフィーが本を読んでばかりだからじゃろうが!ツケが回ってきたんじゃよ!」


ラビは腰に手を当てて、むすっとした表情で怒った。しかし言っている事は事実であり、シルフィーは何も言えなかった。


「え。シルフィー……?もしかして、貴方はシルフィー=ハットン?」


生徒会長が驚いた声を出した。


「はい。私はシルフィー=ハットンです。この学園の二年生になりました。」

「やっぱり!シルフィー!」


 生徒会長が先程とは打って変わってぱっと明るい表情を見せた。刺されるのではないかと思う程怖かった生徒会長の雰囲気が一気に和らいだ。

 あまりの変貌ぶりにシルフィーもラビも驚いた。

 生徒会長はそんな二人なんてお構いなしに嬉しそうに笑って、シルフィーの方へと歩み寄って来る。

 しかしシルフィーは突然の生徒会長の態度に戸惑って焦って呆然と立ち尽くしていた。

 そんなシルフィーに向かって、生徒会長は笑顔でどんどんと近付いてくる。


 シルフィーは、逃げたくて、でも逃げられなくて、震えるしか出来なかった。

 ぷるぷると小刻みに震えながら、シルフィーは顔を青くしていた。

 気分はまるで判決を言い渡される前の加害者である。


「俺だよ、シルフィー!昔よく遊んでくれたじゃないか。……もしかして、忘れちゃった?」


 キラキラした鳶色の瞳を向けられて、「忘れました」とは言えなくなってしまった。

 シルフィーは頭をフル回転させて記憶を辿った。


 もとより引きこもりがちで魔法一筋だったシルフィーには、昔から誰かと遊んだという記憶が少ない。親も人見知りだったので社交界にも疎くて、貴族同士の付き合いも限られていたのだ。

 しかし一人だけ、そんな人見知りで引っ込み思案で引きこもりのシルフィーの後ろをついてきてくれていた年下の子がいた。

 珍しく親同士が仲が良かったのでよく遊んでいた。長い黒髪に、くりくりした大きな鳶色の瞳をした可愛らしい子だった。けれど、シルフィーが魔法の修行を本格的に始め、ヒューズとの婚約も決まってからというもの、めっきり会わなくなってしまったのだ。


 あれから数年経ってしまったが、どんな風に成長したことだろう。

 確か、名前は……。


「…………ルーク?」

「覚えててくれたんだ!」


ルークは喜びに満ち溢れた表情で、シルフィーに思いっきり抱きついた。


「会いたかったよ!シルフィー!」


 シルフィーは頭の中がぐるぐると回っていた。

 シルフィーの記憶の中のルークは可愛らしいままで止まっていて、目の前の男性とは結びつかないのだ。細く見えるが、しっかり鍛えられたルークの胸の中に閉じ込められて、シルフィーは顔を真っ赤にして意識が飛びそうになっていた。

 シルフィーは死に物狂いでジタバタと暴れて、ルークの腕の中から逃れた。そして慌てて逃げるようにルークとの距離を取る。ラビの後ろに回って、じりじりとルークとの距離を保っている。

 そんなシルフィーの態度に、ルークは少し残念そうな表情を見せた。くりくりした大きな瞳は、獲物を狙う肉食獣のように勇ましい目つきになっていて、見つめられるとさらに逃げたくなってしまう。けれど、逃げ出したら逆に追いかけられて、追い詰められて、捕まりそうな気がして、逃げずに一定の距離を取る。


「ごめんね。驚かせちゃったよね。」

「まあ……。」

「何じゃ。知り合いか?」


ラビは訳が分からないと首を傾げていた。


「はい!そうなんです!俺とシルフィーは親同士が仲がよくて、よく遊んでいたんです。」

「ああ、幼馴染みというヤツか。ならば積もる話もあるだろう。」


そう言ってラビは図書室の中央にある机を指差した。


「ほら、茶でも出してやるからあの辺に座っとくれ。」


 ラビはシルフィーに目配せした。

 その視線から、生徒会長を説得させて図書室開室の時期を延ばしてもらえ、という命令が下される。


ーーそんなの無理だよ、ラビさん!


シルフィーは今、肉食獣に捧げられる生贄の気分であった。






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