ご令嬢と王子様 その3
今回から読んでも大丈夫な様に書いているつもりですが、前作・前前作を読んで頂いてからの方がより楽しめるかもしれません。
とある農業大国ですくすくと育つ、今はまだ幼き王子とその婚約者たる令嬢。
将来美人になる事が簡単に想像がつく容姿のふたりだけど、今はまだ可愛らしさと生意気さの塊。
そのふたりは今日も仲良く王宮の王家用食堂で向かい合わせに座って、王家の食事を担当する使用人達に壁際から見守られながらお昼を摂っている。
現在はデザート。
給仕をしている給仕メードが、王子達に名前を告げながら配膳を行った。
「――――現地では手掴みで食べるのが流儀だそうですが、ナイフとフォークで切り分けても良いとか」
「御座・候? なんだこれ、ただの焦げ目をつけてカリカリにした円柱型のパン以外に見えないけど?」
その出された物に疑問を持った王子が、メードへ目を輝かせながら訊ねる。
王子なんて最上級に近い身分の者に話しかけられても動揺しないで淡々と応じるメードの様子には、誇りさえ感じられる。
が、口許をよくよく見れば、微かにだが光るナニカが窺える。
「ごく最近この国に流れてきた異国のお菓子のレシピから作ったのだそうです。 中に“餡子”と呼ばれる甘く煮た豆が入っています。」
「甘く煮た豆? 豆が甘くなるのか?」
「砂糖を加えないと、煮るだけでは甘くなりません。 レシピ通りにやってもあまり甘味が有りませんでしたから。
そこで料理長が殿下方には物足りないだろうと皮には蜂蜜を、アンコゥには砂糖をレシピより多めに入れております」
「へぇ。 でもそれにしても、変な名前だね」
「それは我が国の発音でどうしてもそんな言い方になるだけで、現地ではもっと綺麗な言葉の発音になるそうです」
「そうなんだ」
そう。 この国とは違う文化のお菓子が、ついにやって来た。
こう言う未知の食べ物に関しては、大体二通りの反応に別れる。
どんな理由か警戒して避けようとする者と、好奇心で早速と挑戦する者。
「おほぅっ!!」
王子は後者でしかも無作法と白い目で見られるかも知れない手掴みで恐れず挑戦し、大口を開けてゴッザ・ソーロゥのパリッと焼けた皮とアンコゥを一緒に口にした結果として、椅子から飛び降りて奇声を上げる事になった。
ついでにゴッザ・ソーロゥを口に入れたまま奇声を上げたので、王子の口のまわりや床や卓が大惨事になっているが、それどころじゃない。
王子の奇声で食堂に居合わせた全員がまとめてビクついて、王子を見つめたまま固まったから。
一番早く我に返ったが、心なしか顔の血の気が薄まっている令嬢が王子へ駆け寄り、正気か確めようとした瞬間に、王子が壊れた。
「んままままままーーーっ!!!」
小鳥が羽ばたく練習しているみたいに両腕をバタバタさせながら叫ぶ王子。
この王子の奇行に、令嬢は驚かなかった。 気を強く持ったのだろう。
「殿下っ!? 急にどういたしましたの!
メードは? なんで居ないんですの! どなたか、どなたか居りませんか!!」
声をかける令嬢に気付かず、なおもバタバタする王子を心配し叫ぶ令嬢だが、少し待っても誰も来ない。
ふたりの食事をずっと見守っていたはずのメード達も、どうしてか消えていた。
普通なら呼ばずともふたりの側には常に誰かが居て、何かがあれば適切な人員が飛んで来るはずなのだ。
……ちなみに誰も居ない場合は、最終手段として護衛をしている影が姿を現す手筈になっているのに、それすら来ない。
王子が壊れ、令嬢がおろおろしているまま、数分。
「見た目は地味だけど、口に溢れる甘さの洪水が派手過ぎる! これは絶対に追放してやるーー!!」
正気に戻った……と言えるか疑問だけど、王子が言葉らしい言葉を発した。
この王子、以前から食べ物に追放と言い放つ変な言動をしていたが、令嬢から注意を受けて影響力を知り、使う場面を選ぶようになった。
なったのは良いのだけど、なんかもう吹っ切れた様に敢えて狙って使う事が増えた。
主に王子が本当に気に入った食べ物の場合が多い。
「追放の意味は何度も説明をして差し上げて、殿下も分かっておりますわよね!?」
本当に追放する気はないと分かっていても、婚約者としては対外的なものも有って見逃せず、注意をする令嬢。
だが王子は悪びれない。
「これの評判を高める追い風を得る目的で民に放出したいから、縮めて追放だと言うんだ!」
「無茶苦茶なこじつけではありませんか!!」
何ともひどい。
言い訳にすらなってない言い訳を聞いた令嬢が思わずツッコみを入れてしまう程にひどい。
~~~~~~
「で」
「で、ってなんですのよ」
あれからしばらくして、控え室からメード達がスルッと登場し全ての後始末をするからと作業を始め、お昼の会食は終わった。
ゴッザ・ソーロゥを食べそびれていた令嬢は王宮の自室へ戻る直前でそれに気付き、ちょっと落ち込んだ気持ちになっていたのだが、自室には食べそびれたソレがいくつかテーブルに置いてあり気分を持ち直す。
そして令嬢がテーブルの椅子に座り、令嬢付きの侍女がそっとゴッザ・ソーロゥの隣にお茶を置いた瞬間に、コレだ。
「王子殿下が美味しい物を食べておかしくなって、お嬢様が誇張無しで狼狽えていたと、メード達の間で伝わってきていますので」
で とは、先程までのお昼の出来事だった。
しかも妙に意地悪そうな口調で言ってきた。
普通なら無礼なメードだと叱られてもおかしくないが、そこはこのふたりの今までの積み重ね故の気安さ。
だって主人を前にして、テーブルの対面に座るメードなどまず居ないだろうに、ふたりきりだといつもこうなのだ。
ちょっと意地悪な年の離れた侍女と、ちょっとひねくれた愛情を向けられるご令嬢にしか見えない。
実際には血の繋がりなど無いただの主従関係だが、これがふたりの距離なのだ。
「なんでもう、メード達の間で広がっているのよ……」
お茶を飲みながら、侍女へ昼食での事で愚痴ろうとしていたのに、既に大体の事が知られてると分かり溜息がもれる。
まあ自室にゴッザ・ソーロゥがあるのだ。 知られていても不思議じゃないかと、気を持ち直す。
暖かいお茶のカップに両手を当てて、小さな不機嫌を溶かしていたら侍女が言う。
「王宮の食堂を担当するメード達は、お嬢様方の面白い姿を見られる特権を持っていると、上から目線で偉そうに言ってくるのですよ」
……給仕メード達からマウントを取られて、その憂さを令嬢で晴らしている疑惑有り。
「なんでそんな程度で給仕メード達は上から物を言えるのよ……」
令嬢があきれて物を言えば、
「今回は特に、食事中だと言うのにお嬢様が王子殿下と口付けしあえる距離まで近寄ったと、やたら憎たらしい笑顔で言われまして」
侍女が意地悪な言い方をして、
「どうなったら、そこまでねじ曲がった話になりますの!」
「そこまで側に、いつでも寄り添いたいとは思っているのですよね?」
「…………っ!! この意地悪!」
「ふふっ。 お嬢様のお顔を真っ赤にさせて遊ぶのが生き甲斐ですので」
「本当に意地悪なんだから!」
「これが生き甲斐であり、お嬢様への親愛表現ですので」
ふたりでじゃれあう。
令嬢がその疑惑を察して口が一瞬だけ引きつったが、目を一度ゆっくり瞑ったら、いつもの令嬢に戻った。
多分、諦めたか何かしたんだろう。
やたらと大げさにお茶を口にする。
すると、少し嬉しそうな令嬢の顔になる。
「これは中々に香ばしいですわね。 これは何のお茶ですの?」
最近のお茶は王宮の料理長の趣味である、普通なら捨てられる部分の野菜を使ったお茶作りで、それをこうして王宮で配っているのだ。
ヒトの好みで評判は多少別れるが、概ね好評。
「じゃがいもの皮を乾燥させたお茶だそうです」
「へぇ。 じゃがいもの皮のお茶はこんな風味になるのね」
「これはスープとして料理に添えられていても、不思議では無い味かも知れませんが」
「そうね、じゃがいもですものね。 もしこれに玉ねぎを始めとした、香りと味の強い野菜の皮を色々足したら、もっと美味しくなったりは?」
「するでしょうが、それをしたらもはやスープになっていますね」
「それもそうだわ。 なら香りと味の強い野菜ではなく単純に牛乳と混ぜて、じゃがいもの冷製クリームスープ風とかも面白そうね」
「確かにそれも面白そうです。 ちょうど今牛乳がありますので、早速やってみますか?」
お茶の話から、変な所に話題が飛んでしまった。
ちなみに現実の牛乳は、乳脂肪分が固まらないよう処理してあるので飲みやすいが、その処理が出来ない頃は脂肪分の塊が牛乳の水面に浮いていた。
なお、この世界の牛乳は魔法で飲む直前に脂肪分を細かく砕いてから出すので、ほとんど現代の牛乳と同じ感覚で飲まれている。
「……なんで牛乳があるのよ」
紅茶ならミルクティーも想定して用意も有るだろうが、これは野菜のお茶。
用意されていると思わなかった令嬢は、思わずジト目となる。
が、そんなのはこの侍女に影響を与えない。
「ゴッザ・ソーロゥには牛乳がとても合うのではないかと、料理長が持ってきましたので」
むしろ令嬢の方が影響を受けてハッとする。
なにせ今の今までゴッザ・ソーロゥの存在を忘れていたのだ。
「そうだったわ! 早く食べないと冷めてしまいます! 食堂で食べられなかったこれを、食べてやりますわよっ!」
この令嬢の表情がコロコロと変わる様に、侍女の眉が小さく下がる。
なんだかんだ意地悪をするが、やはりこの令嬢を好きなのだろう。
が、それを感じさせる様子は直ぐ様変わり、とても悪そうな顔に変わる。
「お嬢様がゴッザ・ソーロゥの美味しさを感じた瞬間に、まるでそこらの子供みたいに足をバタバタする未来が見えますね」
これはもはや挑発である。
令嬢はもちろん食い付く。
「そんなはしたない真似を、する訳が無いじゃないの! 見てなさいっ」
「はいはい。 すぐムキになる姿は、はしたないですよ。 お嬢様」
「この……見てなさい!」
侍女に熱操作の魔法で暖め直してもらったゴッザ・ソーロゥを食べたご令嬢。
「んん~~~~~♪」
とか嬉しそうに唸りながら、足をバタバタさせました。
しかもその後にゴッザ・ソーロゥを牛乳と合わせてみて、再びバタバタさせたそうな。
~~~~~~
蛇足
王子
元々子供だし、甘いのは普通に好きだったのだが、今回をきっかけにして甘味にはまりかける。
が、ぽっちゃりしそうになった所で指摘されて、我に返って我慢を覚える。
ご令嬢
大分慣れてきた王宮だけど、それでもプレッシャーなりなんなりで気疲れはする。
それを侍女が(意地悪な形だろうと)解してくれるので、なんだかんだと大切に思っている。
今回の王子の奇行で、正気に戻そうと肩を掴んで揺さぶっていたら、唇同士が当たっていたかも?
なんて妄想はしてない。 してないったらしてない(本人談)
パーラーメード
美味しい物を食べて喜ぶ可愛い殿下達の姿を、特等席で見られる最高の役職。
なお国王陛下をはじめとした、ミスが許されない厳格な食事をする場面でも仕事をせねばならない点は、見ないものとする。
だからさ、料理で喜ぶ可愛い子供達を見るのは癒しなんじゃー。 と、それを心の拠り所とする人達。
ご令嬢が助けを求めても、誰も来なかった理由
殿下の面白い壊れっぷりに完全撃沈で身悶えてた。
影達の中には耐えきって平静を保てた奴もいるが、殿下達に危険は無いとして動かなかった。
いや、外部からの狙撃とか物理的な危険を警戒してた。
ご令嬢の侍女
ご令嬢を大切に思ってはいる。 そこは本当。
ご令嬢への意地悪を面白いと思っている。 これも本当。
ご令嬢と王子の仲が良好なら良いなと望んでいる。 これも本当。
給仕メードへ思うところは無い。 これはウソ。
ゴッザ・ソーロゥ
この国の、低い身分の者に定着する。
パッと手で持って、パリッと食べられる手軽さが良いらしい。
高い身分の者は魔改造されてゴッデス・ソーロゥと言われるようになったお菓子の方が定着した。
パリッとするホットケーキみたいな平べったい形(大判どら焼きみたいなの)になり、中のあんはバター&生クリーム入りになり、生クリームドバドバの果物ドサドサのフルーツソースダラダラになって、皿に載せてナイフとフォークで頂くパフェみたいなの。
あまりにも太りやすいので、たまにしか食べられないご馳走状態に。
料理や食材名
今回のゴッザ・ソーロゥはネタにしたいから強引で特別だけど、それ以外は大抵“異世界の言語を日本語に翻訳した”から同一の(又は同一の物に近い)名前を出しております。
ヴィシソワーズは地名由来の料理名だから、異世界でこの名前はおかしくね? とのご指摘は遠慮頂いております。
じゃがいも
じゃがいもは有りまぁす!
……異世界ですからね。 陸地の事情とか環境とか植生とか、地球そのまんまではないのでこの農業大国はじゃがいも(の種芋)を入手済みなのです。
なので、じゃがトマ問題(じゃがいもやトマトは中世より後の時代でヨーロッパに伝わった物だから、中世イメージの世界では存在しない)も無いのです。
魔法
熱操作以外にも、もちろん有ります。
貴族で一番使われているのは、解毒魔法。
何か口にする前に、必ずと言って良いほどかけてから食べます。
なので食事に毒を混ぜるとか、生卵の食中毒とかは、大体回避できる世界です。