蕎麦屋
「ちょっと出かけてくる」
「いつものところ?」
後ろから女房が声をかける
オレは、下駄をつっかけて、いつもの蕎麦屋に向かう
雨上がりの夕暮れ
西の空は、オレンジ色に染まり
東の空は、どんよりとねずみ色
蕎麦屋の横の紫陽花の白が夕陽にあたり光っている
暖簾をくぐり
引き戸をガラガラと
「オヤジ、いつもの」
「はいよ」
冷や酒と鶏もつ煮
ガラスの徳利には、水滴がついている
おしぼりでちょいと拭き
おちょこになみなみとそそぐ
うまい!
ひとくちで、飲み干し、鶏もつをパクリ
うまい!
ふと隣を見ると
小料理屋の女将がひとり酒
襟足からの白いうなじが、若い娘には無い色香を感じる
オレは、何を見てるんだ
目を背けようとした瞬間
女将がこちらを見て、目があった
「こんばんは」
「おひとりで珍しいですね」
と、声をかけた。
「今日は、お休みで、子ども達とお墓参りに行ってるの」
そうだ、この女将後妻さんだった。前妻は、病気で亡くなったんだ。
それで、ひとり酒か
ひとり寂しく飲む酒は、か
おちょこにそそぐ、その仕草も色っぽいな、
ご一緒にいかがですか?
と、喉元まででかかったが、
それはやめておこう。
その時、女将の携帯が震えた。
開けて見ている顔に、笑みがこぼれた
「帰ってきたみたいなので、お先に失礼します」
と、足取りも軽く帰って行った。
「オヤジ、おあいそ」
「はいよ、今日は早いお帰りで」
「おー、ほてった顔を夜風にあてながら帰るよ」
「またのおこしを」
さてと、かわいい古女房のいるわが家に帰るか。
黒森冬炎様の「雨徳利」(あまとくり)
を読ませて頂き、蕎麦と徳利から、思いつき書かせて頂いた作品です。
黒森様の「雨徳利」は、リズミカルでいて粋な感じの素敵な御作品です。
是非是非ご覧になってみて下さい。