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困惑令嬢と空回り令息  作者: 夕鈴


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第3話 空回り令息の失策

イナベラは放課後は薬草園で刺繍をしていた。

弟のためのハンカチにペガサスの刺繍を挑戦していた。最近はイナベラは何もなくても訪ねていた。ライアンと博士と三人でお茶をする時間を楽しんでいた。ライアンはイナベラが博識なため話すことが楽しかった。

お互いに何の思惑のない相手と一緒にいるのは気楽だった。

イナベラにとって放課後の薬草園での一時は至福の時間だった。

だがそれ以外は違っていた。

今まではイナベラはエリオットのことは迷惑に思いながらも気にしなかった。不愉快さを我慢して適当に受け流していた。ただ最近のエリオットがおかしいため困惑していた。

昼休みになると、本を持って訪ねてきた。借りた本にお礼を言って返すと頷き、強引に新たに本を渡され、食事に行かないかと問いかけられた。

今まではイナベラの言葉なんて聞かずにエリオットは隣で食べていた。問いかけられても残念ながら小間使いで男爵家のイナベラに断る選択肢はなかった。


「いつも弁当はどうしているんだ?」

「朝に厨房を借りてます。」

「自分で作るのか?」

「はい。」


エリオットは友人のイナベラの言葉を聞けと言う言葉を意識していた。ただイナベラは自分からは全く話さないためエリオットが話さないと沈黙の時間になっていた。

エリオットの周りの令嬢達は勝手に話しかけてきたためエリオットから話題をふることはなかった。


「刺繍は完成したのか?」


必死に話題を探したエリオットは失言に気づいた。

ぼんやりと箸を進めていたイナベラはベンを思い浮かべた。


「はい。喜んでくれたので、また新作を刺繍しております。」


エリオットの予想に反してふんわり笑うイナベラに目を奪われていた。


「喜んでくれるとは思っていましたが、想像以上に気に入ってくれました。私は貢ぐ女性の気持ちがよくわかりました」


エリオットは嫌な予感がした。ただここで問い詰めて、これ以上怯えられるのは避けたかった。


「もうすぐ、ペガサスの刺繍が終わります。次は何を刺繍しようか悩みます」


イナベラは楽しそうに語っていた。


「誰に贈るんだ?」

「ベンですよ。またあの子の好きな冒険物語の中から考えます。」


エリオットはライアンの名前が出ないことに安堵した。


「ベンか。元気にしているか?」

「はい。あの子はいつも元気です。勇者様の真似をして、木の棒を振り回してます。」


木の棒と聞いて、イナベラの家が裕福でないことを思い出した。


「僕の子供の頃の木剣を譲ろうか?」


エリオットの言葉にイナベラは我に返った。隣で話すのはライアンではなく、エリオットだと思い出した。ぼんやりしていた自分を反省した。お弁当から顔をあげて恐る恐るエリオットの顔を見ると上機嫌な様子に警戒した。イナベラは穏やかな顔を作った。


「そんな高価な物はいただけません。」

「もう使わないから。」


エリオットから物を貰うなんて恐ろしかった。

後から多額の請求書がくるかもしれない。どんな意地悪を言われるかわからなかった。

イナベラは怯える気持ちを隠して穏やかな笑みを作った。


「お気遣いありがとうございます。お気持ちだけで十分です」

「僕が教えるよ」

「え?」

「自衛の心得はあっても困らないだろう?」

「エリオット様、うちには指導料をお支払いできるほど」

「人に教えるのも鍛錬になるから。」


イナベラは一瞬迷った。ベンを喜ばせたい。だが目の前にいるのは意地悪なエリオットである。やはり後から多額のお金を請求されても困る。そして、イナベラは伯爵家のエリオットをおもてなしできる気がしなかった。ベンがエリオットに不敬を働くこともたやすく想像できた。恐ろしい光景にベンに諦めてもらうことにした。一番大事なのは生きることである。


「うちには、もったいないお話です。」


エリオットの気分を損ねないように丁寧に謝罪した。丁度よく休憩時間の終わりが近づき、エリオットとこれ以上話す時間がないことに安堵していた。食事を終えて教室に戻ったイナベラは今日も長いため息を隠れてついていた。


***

エリオットはまた友人に相談していた。

友人はエリオットの空回りに笑っていた。最近はエリオットの相談が愉快で仕方なかった。エリオットはイナベラについては友人を頼りにしていたので、毒舌を吐くこともなく、素直に教えを聞いていた。


「イナベラ嬢は警戒したんだろう。剣を贈られるのも弟の指導をつけてやるとか怖いよ。お前、全く信用されてないから。まずお前をもてなすだけでも、男爵家にはきつい。」

「ただ休みも一緒に過ごしたいだけ」

「それ言うなよ。絶対に怖がられるから。今は信頼を取り戻さないと。でも贈り物の相手が弟で良かったな。伯爵家が下位貴族の子供を集めて、剣の訓練指導して、偶然仲良くなれば不可能ではないか。」


イナベラとエリオットの様子を見るとイナベラが絶対に頷かないのはわかった。友人は一緒にいることさえも嫌がられていることは言わなかった。

エリオットとベンが仲良くなれば可能性はゼロではなかった。本人に嫌われているなら周りから攻めるのも一つの方法だった。


「お前の家って」

「うちならできるけどさ、お前、子供と仲良くできんの?」

「協力して。礼は弾む。」

「必死だよな。まあいいけど、手伝えよ」

「もちろん。企画から資金援助までやるよ。名前と場所と騎士の提供だけしてくれれば」


エリオットは武門伯爵家の友人に頼ることにした。

友人は、冗談を本気にしたエリオットの必死さに免じて手を貸すことにした。


***

学園にはイベントが色々ある。イナベラにとって救いなのは強制参加ではないことだ。時々開かれるダンスパーティも足を踏み入れたことはない。上位貴族が参加する夜会など怖くて出たくなかった。イナベラのクラスの令嬢達は出会いを探して喜々として参加をしていた。イナベラは図書室か薬草園で過ごすことにしていた。ダンスパーティの翌日はクラスメイトやエリオットが荒れることが多いので警戒する日だった。

先日贈り物の授業があった。用意された物に手紙を添えて贈る。贈り物は学園で支給された物の中から選べた。個人で用意した物を贈るのも許されたが、貧乏男爵令嬢のイナベラはいつも支給品の中から選んでいた。贈り主と贈り物によって手紙の内容が変わるので、教師が評価した後贈り主に届けられた。年に2回ある授業だった。イナベラは最初の授業の時は贈る相手がいないため困っていた。試しに担当の教師に贈ったらお礼状をもらったので、安堵した。教師に贈ることが許されるとわかったので毎回担当の教師に贈っていた。エリオットに自分に贈れと命じられない限りは。

イナベラは偶然エリオットの机の上の贈り物の山を見て引いていた。周りの生徒の話によるとたくさんもらえると男としては嬉しいものらしい。よくわからないが、イナベラは自主的にエリオットに贈ることは一度もなかった。

エリオットの机の上は今回も令嬢達の贈り物で山ができていた。学園の課題であり、お返しは不要とされていたためエリオットは礼状だけを返礼していた。

友人はエリオットの机の上の贈り物の山に苦笑していた。


「相変わらず、すごいな」

「迷惑な授業だよ。欲しければあげるよ」


エリオットはイナベラからの贈り物がないことに落胆していた。


「誰に贈ってるんだろう・・」


友人はエリオットの力のない声に笑った。


「さぁな。」

「やっぱり僕に贈ってくれていたのは好意じゃないのかな。僕が返礼を用意しても受け取ってもらえなかった。他の令嬢は喜んで受け取るのに。」

「お前が欲しいと言えば贈るしかないだろうな」


友人はエリオットに現実を突きつけた。エリオットのイナベラについての認識が間違っていることはよくわかっていた。落胆しているエリオットの肩を叩いて次の授業のために移動を促した。

二人は廊下で教師と親しそうに話すイナベラを見つけた。


「先生、本当によろしいんでしょうか?」

「使わない物だから」

「ありがとうございます」


教師はイナベラに支給されたハンカチに刺繍をいれて贈られた。見事な物だったのでお礼を尋ねると、いらない紙が欲しいと言われたので用意した。イナベラは紙の束を大事に抱えて、礼をして別れた。イナベラはベンのために刺繍の図案を書く紙が欲しかった。思いもよらない収穫に笑みを浮かべていた。ただ気分が上がったのは一瞬だけだった。

イナベラはエリオットを見つけて、顔を顰めた。気配を消して気付かない振りをして通り過ぎることにした。イナベラはエリオットに集中しており、前方不注意だった。駆けてくる男子生徒とぶつかり、転んで紙の束をばら撒いてしまった。


「悪い。大丈夫か」

「私の不注意で申しわけありません」

「ごめん。俺、急ぐから」


男子生徒はエリオットの殺気を受けて、青い顔をして立ち去った。赤毛の令嬢には近づくとエリオットに報復されるのは一部の男子生徒の中では有名なことだった。イナベラは自分の髪を見て不快な顔をする生徒は見慣れていた。気にせずに紙を拾うことにした。エリオットに気付かれないことを祈りながら必死で集めていた。

友人はイナベラを見て冷気を出して動かないエリオットの肩を叩いた。


「手伝いたいなら止めないけど、その顔やめろ」

「は?」

「不機嫌になると冷たい空気を出すの自覚したほうがいい。その顔と雰囲気で行けば彼女じゃなくても怖い。」


エリオットは友人の言葉に穏やかな顔を作って、足元の紙を集めることにした。紙を見て顔を顰めた。イナベラが必死で集めているのはゴミだった。イナベラは紙を拾っているエリオットを見て顔を青くした。さらに急いで集めて、どう逃げようか悩んでいた。


「イナベラ、それ処分しようか?」

「え?」


イナベラは声をかけられ恐る恐る顔をあげて、怖い顔をしているエリオットの言葉に悩んだ。放っておいてほしいと言いたいのを我慢した。自分の紙に伸びる手を反射で避けた。イナベラにとって貴重な紙である。エリオットの持っている紙の束は諦めることにした。


「申しわけありません。授業に遅れますので失礼します」


イナベラは礼をして、足早に立ち去った。エリオットとは関わらないのが一番である。

友人は茫然としているエリオットの肩を叩いた。


「なにしてんの?」

「ゴミを押し付けられたから、かわりに。」

「彼女にとってはゴミじゃないよ」

「は?」

「お前の伸ばす手を見て怯えてたよ。」

「やはりか・・・。どうすれば」

「謝って、その紙を渡してやれよ。」


エリオットは友人の言葉に力なく頷きイナベラを追いかけた。授業に遅れるのは気にしなかった。教室では、イナベラはベンのための図案を描いていた。エリオットはイナベラの机の上に紙の束を置いた。イナベラは人の気配と視界に入った紙の束に恐る恐る顔をあげるとエリオットがいた。

わざわざ自分を追いかけてまで意地悪をしたいエリオットにため息を我慢して穏やかな顔を作った。


「これ返そうと」


イナベラは気まずそうな顔をしているエリオットが怖かった。

教師が来たので、エリオットはイナベラの机に紙を置いて立ち去った。イナベラはエリオットから解放してくれた教師に感謝した。よくわからないが、紙は大切に鞄にしまうことにした。クラスメイトの視線を集めていることは気にせず教科書を開いて授業に集中することにした。

イナベラは授業が終わったので教室から逃げたかった。ただ小間使いとして昼休みはエリオットを待つべきとわかっていたので長いため息を溢した。

気付くと令嬢に囲まれていたのでため息を飲み込み平静な顔を作った。

ダンスパーティの翌日は令嬢達の機嫌が悪く、意地悪を言われるのはよくあることだった。


「イナベラ様、よい御身分ですこと」

「エリオット様に用事を押し付けるなんて」


高慢にイナベラを睨みつける令嬢達にさらにため息を飲み込んだ。


「身に覚えはありません」

「貴方のために授業に遅れたのよ」


相変わらず身に覚えのない言いがかりをつけられていた。イナベラの言葉はやはり届かなかった。


「婚約者の立場を利用していつもエリオット様を呼び出して」

「わきまえなさい」


自分を睨む令嬢を見て時間の無駄だと知っていたが返答しないと機嫌をさらに損ねるので話すことにした。


「そのようなことはしてません。」

「まあ!?」

「私はエリオット様との時間も望んでおりません。」

「え?」

「それならどうしてここにいるのよ。待ってるんでしょ?」

「私は婚約などしてませんが、代っていただけるなら喜んでお譲りします」

「バカにしているの!?」

「代わりにお役目を引き受けてくださるなら、邪魔しないように退散致します。」

「なら、さっさと消えて!!目障りよ」


イナベラは礼をして荷物を持って立ち去った。令嬢達がエリオットの相手をしてくれるのは大歓迎だった。初めて自分の言葉が通じたことに少しだけ感動していた。

エリオットは今度こそ謝ろうと、イナベラに会いに教室に行くといなかった。


「エリオット様、ご一緒させてください」


令嬢はエリオットの視線がイナベラの席にあるので不愉快な気分を飲み込み、エリオットの腕を抱き微笑みかけた。


「イナベラは?」

「存じません」

「何か言ってた?」

「エリオット様との時間をくださると。私は男爵令嬢の言葉と思えません。お諫めしようとしたら、睨まれて、なにも言えませんでした」


エリオットは自分の腕を抱いて、潤んだ瞳で見つめる令嬢を静かに見つめた。


「僕が好きで彼女と一緒にいる。一度も彼女に呼び出されたことなんてない」

「え?」

「僕の行動が誤解を生んですまない。ただ僕の時間をどう使うかは僕の自由だ。僕のことでイナベラを責めるのはやめてほしい」


エリオットに見つめられて、令嬢の頬が染まった。


「エリオット様がおっしゃるのなら」

「僕は用があるから失礼するよ」


エリオットはうっとりしている令嬢の手を解いて、イナベラを探しに行った。令嬢が我に返るとエリオットの姿はなくイナベラの席を睨んだ。いつも特別扱いされるイナベラが憎くてたまらなかった。

その頃エリオットは裏庭の隅で本を読んでいるイナベラを見つけた。


「イナベラ、隣いいかな?」


イナベラはエリオットに目を丸くして至福の時間の終わりを悟った。断る選択肢はなく平静な顔を作った。


「はい」


イナベラはエリオットに睨みつけられる理由はわかっていた。やはり教室で待たなければいけなかったのかと頭を下げることにした。


「ごめん」


言われた言葉にイナベラは驚いて頭をあげた。苦言の嵐を想像していた。


「え?」


「ゴミを押し付けられたと勘違いした。」


予想外の言葉にさらに混乱していた。最近のエリオットは変だった。それでも紙を届けてもらったのは事実なので頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます」


「いや、それは」

「エリオット様!!」


イナベラはエリオットが怖かった。ご令嬢がエリオットに声をかけて近づいてきたので、頭を上げて立ち上がった。エリオットに睨まれているが気にしないことにした。


「私は失礼します」


イナベラは立ち去った。令嬢達に囲まれるエリオットを見て追いかけてこないことに安堵の息をついた。教室で令嬢達が荒れていそうなので、図書室で時間を潰して授業が始まる直前に教室に戻ることにした。

エリオットは友人に話すと盛大に笑われた。エリオットはただ掛ける言葉を悩みながらイナベラを見ていただけだった。ただエリオットが見つめるだけでもイナベラは睨まれると認識していた。

エリオットはイナベラとの関係に悩み、ベンに近づくための催しを早急に企画することにした。友人は予定が随分早まって焦ったがエリオットが主体で用意するなら任せることにした。


***


イナベラは上位伯爵家で下位貴族の子供の集まりがあると聞いて不安しかなかった。

お弁当を食べながら目の前にいる上位伯爵家のエリオットを頼るしかなかった。意地悪を言われようと背に腹はかえられなかった。一歩間違えれば男爵家存亡の危機である。


「エリオット様、恐れながらお伺いしても」


エリオットはイナベラから声をかけられ、気分が浮上した。イナベラはエリオットの期待するような視線が苦手でも、ベンのために平静を装い視線を逸らさなかった。


「なに?」

「下位貴族の子供の集まりの話はご存知ですか?」

「知ってるよ」

「弟が参加を希望してます。無礼を働いて不敬罪になったりは」


顔を青くしているイナベラに、エリオットは怯えさせないように優しく微笑んだ。


「子供を集めるから、そんなことにはならないよ。主催の家を僕は知ってる。イナベラの弟を傷つけることは絶対にないよ」

「あとで、多額の請求書が…」

「ありえないよ。」

「あの子が何か壊したりしたら、ベンはやんちゃで、」

「参加する家に何かを請求したりしないよ。伯爵家として、下位貴族の指導も務めだから。何も怖がることはないよ。」

「申し訳ありません。こんなことを」

「気にしないで。もし、困ったことがあれば遠慮なく頼ってくれていいから」

「ありがとうございます。」


イナベラはエリオットの善意の言葉に戸惑っていた。

エリオットはイナベラに頼りにされたのが嬉しく、イナベラの曖昧な笑みには気づいていなかった。


***

エリオットの企画した催しは成功した。ただエリオットは招いてないのに自主的に参加を表明した伯爵家の子弟達に囲まれていた。

エリオットと交遊を深めてこいと命じた令嬢達の存在は予想外だった。

エリオットの思惑など知らないベンは友人をたくさん作り上機嫌で心配そうな顔で待っているだろう姉の下に帰還した。


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