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困惑令嬢と空回り令息  作者: 夕鈴


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第18話 空回り令息の願い

イナベラは休みの日に伯爵夫人に呼ばれていた。

伯爵夫人にお茶に招待された後は侍女にエリオットにお茶を淹れてほしいと頼まれて、一緒にお茶をしていた。


「イナベラ、最近は楽しいか?」

「はい。楽しいです。」


イナベラは不機嫌な顔をしているエリオットに困惑していた。


「どうされました?」

「僕より、レアナと親しい様子が…。」


イナベラはエリオットが拗ねていることに気付いた。ベンの友人にそっくりだった。


「お仕事は終わりますか?」

「ああ。終わった」

「でしたら、構ってくださいませ」

「え?ああ。もちろん。何しようか」

「エリオット様の喜ぶことを教えてください。私は貴方のことを知りませんもの」

「え?」

「たまにはエリオット様がお話してください」

「僕は君が傍にいてくれるだけで充分なんだけど。どうしようか・・・」


いつの間にかエリオットの眉間の皺がなくなったので、イナベラはほっと息をついた。悩んでるエリオットを見て笑った。


「エリオット様、私、お買い物に行きたいんです。連れて行ってくれますか?」

「もちろん。出かけようか」


イナベラは行きたい場所があったので、エリオットにお願いした。

ライアンのおすすめの素材屋に行ってみたかった。ただ貴族街にあるので、一人では足を運ぶのはためらってしまった。



レアナに刺繍のことは話していなかった。ライアンとのことは内密にとオリオンに言われていた。

ライアンおすすめの店はイナベラの見たことのない布や素材がたくさんありイナベラは目を輝かせた。ただ値段も恐ろしかった。商品に目を輝かせて、値段を見て真っ青になっているイナベラにエリオットは笑った。イナベラは店主にライアンに教わった言葉を告げると別室に案内された。

イナベラは粗相をしたのかと顔を真っ青にした。

着いたのは布や素材が乱雑に置いてある部屋だった。


「こちらの商品は劣悪品で売り物にならない商品です。お気に召すものがあれば原価でお譲りします」


イナベラにはどれも立派なものだった。価格は高くてもイナベラが手を出せない価格ではなかった。イナベラは明日から刺繍を頑張ることを決めて散財することにした。目を輝かせ素材を見ているイナベラをエリオットは微笑ましくみていた。


「イナベラ、気に入った?」

「はい。どの品も素晴らしいです。私でも買えます。エリオット様はお好きな色はありますか?」


エリオットは青い布を手に取った。


「夜着を仕立てたら着ていただけますか?」

「え?僕、この布は君に身につけてほしい。僕用?」

「はい。貴方とレアナに」

「レアナ?」

「はい。よくうちにお泊まりに来るんです。ただ私の服は恐れ多く。母が仕立てて服を上機嫌に来てくださいますが」


エリオットは服も持たずに泊まり行くレアナに文句を言うことにした。

ただでさえイナベラとずっと一緒にいることが憎らしかった。


「僕から言うよ」

「いえ、お揃いが好きなようなので、せっかくなので贈ろうかと」

「お揃い?」

「はい。母が私とお揃いで仕立てた服を喜んでくださってます。粗悪な素材ですのに」

「羨ましいな」

「エリオット様も母の仕立てたものが欲しいんですか?」

「男爵夫人のセンスは素晴らしいけど、欲しいのはイナベラの作った物だ。僕も君とのお揃いがほしい」

「お揃いですか・・。夜着を同じ布で仕立てましょうか?でも専属の針子のほうが」

「作ってくれる?」

「はい。エリオット様のためなら喜んで」


満面の笑みを浮かべるイナベラにエリオットの機嫌が良くなった。

二人でいくつか布を選んだ。レアナのための布もエリオットが選んだ。

代金をイナベラを宥めてエリオットが支払った。商品は伯爵邸に送った。

エリオットはレアナと行った花園が素晴らしかったという話を思い出して、貴族街の公園に誘った。咲き誇る花にイナベラはこぼれるような笑みを浮かべた。手入れの行き届いた場所は洗練されて美しかった。泉にはボートが浮かんでいた。


「せっかくだからボート乗ろうか」

「エリオット様、私は上手に漕げません」

「僕が漕ぐよ」

「進みますか?」

「行こうか」


困惑するイナベラの手を引いて、エリオットはボートに乗ることにした。

ボートが進むとイナベラははしゃいでいた。


「エリオット様、進んでます。すごいです」


エリオットはこんなに興奮しているイナベラは初めて見た。


「あちらに進むことはできますか?」


イナベラが指さした場所は水が噴き出していた。近くまでボートを進めるとイナベラが噴き出す水に手を伸ばした。濡れてもいいかと噴き出す水の中にボートを進めると歓声があがった。


「水が気持ち良い。綺麗です」


エリオットは一人の世界ではしゃいでいるイナベラに見惚れていた。昔のような無邪気な少女がいた。

突然立ち上がったイナベラがふらついたので慌てて腕を掴んで抱き寄せた。ボートが激しく揺れたので、強く抱きしめたまま座りこんだ。

イナベラはエリオットの腕の中できょとんとしていた。


「落ちたら危ないよ」

「ごめんなさい。」

「怒ってないよ」

「良かったです。腕疲れましたか?」


エリオットは腕は疲れてなかった。ただ自分の腕の中にいる少女を手放したくなかった。

周りに人もいなかった。久しぶりに本当の意味で二人っきりだった。


「このまま少し休ませて」


イナベラは困惑しても、大人しく静かにしていることにした。

暖かい腕の中は心地良かった。


「そろそろ戻らないとか。でも離れたくない」


イナベラはベンのようなエリオットにクスクスと笑い出した。


「お邪魔でなければこのままでもいいんですが、漕げませんね」

「いいの?」

「はい」

「君に触れてもいいかな」


抱きしめたり、手を繋ぐことは触れることにはならないのかとイナベラは不思議に思った。

エリオットが不思議なのはいつものことだと思い頷いた。


「はい。私はエリオット様のものなのでお好きに触れていただいて構いません」


イナベラは自分の頬に手が当てられ、近づいてくる顔に目を閉じた。エリオットは逃げる様子のないイナベラにそっと唇を重ねた。イナベラは目を開けると赤面しているエリオットの顔があり肩を震わせて笑った。あんなに令嬢に囲まれているエリオットが口づけで赤面するとは思っていなかった。エリオットは笑い出すイナベラに笑みをこぼした。自分の腕の中で笑っている少女が愛しかった。額に口づけをおくると、きょとんとしてイナベラに頬に口づけを返され、さらに体の熱があがった。

イナベラは熱くなったエリオットの体が心配になり、体の向きをかえた。ボートを自分で漕ごうとするも進まなかった。重いオールを必死に動かすイナベラの手の上にエリオットは自分の手を重ねて漕ぎだした。イナベラは歓声をあげた。エリオットが漕いでるのはわかっていても自分で漕いでいる気がした。

はしゃいでいるイナベラにボートを降りたらこの姿が見れなくなるのは寂しく感じたエリオットの手が止まった。


「エリオット様?」

「イナベラ、いつもこんな風に過ごしてくれないか?」

「え?」

「礼儀正しい男爵令嬢姿もいいけどさ、僕の前で無邪気に。」


困惑しているイナベラに正直に話すことにした。遠回りの言葉が伝わらないのはよく知っていた。


「僕はレアナに嫉妬している」

「え?」

「同じ伯爵家だ。なんで僕には敬語なの?」

「レアナはお友達です。」

「僕達は将来家族になる。それなのに」

「恩あるエリオット様に失礼な態度はとれません」

「恩を感じる必要はないのに」

「どれだけ救われたかは助けられた者にしかわかりません」

「僕のせいだろう?」

「え?」

「君に嫌がらせをするのは僕のファンだ」


昔の自分なら同意した。でも最近は違うことに気付いた。人気者のエリオットの傍にはイナベラをふさわしくないと言う令嬢もいる。エリオットに構って欲しいといから意地悪する令嬢も。ただ理由はなんでもよくて楽しんでいる令嬢もいる。最近はエリオットは諫めてくれていた。それでもやめない令嬢を見て、エリオットの所為ではないと思った。彼女がイナベラに意地悪するのはエリオットのためではない。ご令嬢自身のためである。


「エリオット様が命じたんですか?」

「してない」

「それなら違いますよ。」

「僕が君に付き纏わなければ」


イナベラは付き纏っている自覚があることに驚いた。エリオットには自分の顔は見えないので表情を作るのはやめた。力を抜いて、エリオットに体を預けた。


「そんな風に思うこともありました。学園で私の言葉を聞いてくれるのは、ライアンと博士だけでした。でも、エリオット様が私に意地悪しなければ出会えませんでした。二人のお陰で世界は広がりました。それにエリオット様はたくさん助けてくださいました。ライアンや博士、レアナも好きです。でも私が一番お役にたちたいと思うのはエリオット様です。それにまた助けていただけると信じております。時々怖いですが、私は貴方の側が安心します。」


エリオットはイナベラの言葉に悲しむべきか喜ぶべきかわからなかった。


「意地悪」

「昔のことですが、できればもうやめて下さい。」


エリオットは意地悪したつもりはなかった。今度、友人に相談しようと決めた。


「気をつけるよ。」

「昔の意地悪は忘れることはできません。でもそれ以上にかけがえのない物をたくさんもらいました。エリオット様は私に幸せをくださいます。私は貴方にお返ししたいのに全然できません」


エリオットはイナベラの顔が見れないのが残念だった。自分に体を預けて、力を抜いているのは嬉しかった。


「僕は君が傍にいるだけでいいんだけど。なら、敬語やめてくれないか。距離を置かれているみたい。それに僕はイナベラの家族に憧れてる。うちとは違う。」


伯爵家は男爵家ほど気安くない。イナベラはエリオットが寂しがっていることに気付いた。たくさんの人に囲まれているのに甘えん坊なベンと一緒とは思わなかった。


「エリオット様に敬語をやめれば、ご令嬢達に不敬と責められてしまいます」

「二人の時だけでいいから」

「わかりました。エリオット様のお願いはいつも不思議です」

「ありがとう。あともう少し二人で過ごす時間が欲しい。最近の君はレアナとばっかり」

「ベンみたい。レアナは私の所為で孤立してるの」

「え?」

「レアナがいつも庇ってくれる。レアナは私の傍にいなければ、たくさんの友達ができるわ。それでも傍にいてくれる友達を無碍にはできない。」


レアナは友達を作ろうとすればいくらでもできる。作っていないのは必要ないからである。それにイナベラの知らない所で便利な駒を増やしている。

言っても困惑させるのがわかるので、エリオットは訂正しないことにした。


「時々はレアナがいてもいい。社交のない休みは僕と過ごしてくれる?」

「ずっと伯爵家で過ごすとベンが拗ねるの」

「僕が男爵領に行くよ。」

「それは困ります」

「どうして?」

「うちの領民は遠慮がないから。レアナに収穫を手伝わせたときは血の気が引いたわ。レアナが優しいから良かったけど、」


レアナが収穫を手伝ったと聞いたら自分の従兄が驚愕するだろう。

男爵領以外なら絶対にありえない光景だ。レアナは狡猾であり、優しくはない。

自分も同じかとエリオットは笑った。


「僕も収穫手伝うよ。食用の草も覚えたし、肉も狩って捌いてあげるよ」

「え?」

「イナベラが間違えたら大変だろう?」

「忘れてって言ったのに」

「僕、イナベラのことは全部覚えているから難しいな。今日は泊まってくれる?」

「ご迷惑ではなければ」

「寝るまで僕の傍にいる?」

「ベンみたい。せっかくなので物語を読みましょうか?」

「楽しみだ」

「冗談なのに」


イナベラは寂しがりやのエリオットに付き合うことにした。

濡れた体もいつの間にか乾いていた。伯爵家でイナベラの宿泊を歓迎されて、イナベラは引いていた。使用人は最近はイナベラをとられたエリオットの機嫌が悪くて困っていた。

伯爵邸ではイナベラはエリオットの部屋で縫物をしながら過ごしていた。

抱きしめられることが増えたが気にしなかった。エリオットの機嫌が直ったことにほっとしながら手を進めていた。


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