第16話前編 困惑令嬢の療養生活
エリオットがイナベラの見舞いに男爵邸に訪れると男爵夫妻とイナベラとベンが出迎えた。
エリオットは傷も消え、顔色の良いイナベラに安堵した。
「エリオット様、ようこそ。ゆっくりしていってください」
「イナベラ、せっかくだからご案内してあげたら?」
「お母様、エリオット様に案内できるような場所はありません」
「姉上、僕が案内するよ」
「ベン、そういうことではないの」
イナベラだけが困惑していた。伯爵家のエリオットのおもてなしはできない。エリオットの訪問を聞いたのは今朝だった。男爵夫妻はあえて教えなかった。娘なら恐縮してお断りの手紙を送ることはわかっていた。
「イナベラ、よければ案内してもらえないか?」
エリオットは男爵領のことを知っている。ただ男爵夫人の気遣いに甘えることにした。
「お客様を案内なさい。いってらっしゃい。ベンは準備しないと、今日はラット様が来る日でしょ?」
「母上、僕がエリオット様を案内するよ」
「ベン、気持ちだけ受け取るよ。ラットとの訓練が終わったあとに、遊んであげるよ。イナベラ、僕はベンの邪魔をしたくないんだけど・・」
イナベラは苦笑するエリオットを無邪気な顔で見ている弟の顔を見て頭を撫でた。
「ベン、私が案内するわ。訓練に行ってきて。エリオット様、ベンの訓練のあとお茶に付き合っていただけますか?」
「もちろん。ベンの為にいくらでも時間は作るよ」
イナベラがエリオットの言葉に嬉しそうに笑った。
「ベン、よかったね。エリオット様、待っていてくれるから訓練頑張ってらっしゃい」
ベンは頷き、イナベラの傍を離れていった。
イナベラは母に渡された肩掛けを羽織った。エリオットの差し出す手に手を重ねて歩き出した。
「元気そうで安心したよ」
「ご心配ありがとうございます。腕さえ治れば問題ありません。まさかエリオット様が見えるとは思いませんでした」
「迷惑だった?」
「いえ。ただ立派なおもてなしができません。それに今の私はなんのお役にたてません」
「隣にいてくれればいいよ。君がいないと学園もつまらない。」
「ご謙遜を。うちの領民が無礼を働いてもお許しください」
「不敬を咎めるほど僕の心は狭くないよ」
「失礼しました。今朝、母から聞いて驚きました。こんな簡素な支度ですみません」
「似合っているよ。」
「お嬢様!!」
イナベラは呼ばれる声に笑顔で手を振った。エリオットは歩いていると会う人全てに親し気に話しかけられる様子に戸惑っていた。
「お嬢様、お隣にいる人はだれ?」
「初めての人だ!!」
イナベラは自分の腰に抱きつく子供の頭を撫でた。
「偉い人だから失礼には気をつけて」
「わかった。あとで父さんとミルク持ってくね。はやく良くなってね」
「ありがとう。貴方の家のミルクで栄養つけて早く元気になるね。治ったらまたお菓子を持っていくね」
「うん。僕はお嬢様たちのために牛のお世話頑張る」
「えらいわ。そろそろお父様が怒るから戻らないと」
「うん。お嬢様、またね」
イナベラは歩くたびに領民に声をかけられて、中々進めなかった。いつもなら構わない。領民と過ごす時間も好きだった。ただ今日は勝手が違った。
「申しわけありません」
「楽しいからいいよ。慕われてるんだな」
エリオットは無邪気にずっと笑っているイナベラに目を奪われていた。
「ありがたいことに。」
領民に男爵一家は人気があった。
些細なことでも男爵一族はすぐに話を聞き、対応してくれた。夫婦喧嘩の仲裁も男爵はお手の物だった。
エリオットはイナベラが男爵領を大事に想う気持ちが一緒にいて伝わってきた。
「お嬢様、ほら。好きだろう?」
イナベラは差し出される果実を受け取り戸惑った。いつもならそのまま噛り付いた。ただエリオットの前ではできない。右手が使えず、切ることもできない。
いつも嬉しそうに食べるのに困惑しているイナベラに男は心配した。
「お嬢様、また草を食べたんですか?」
イナベラは時々食用でない草を間違えて食べてしまうことがあった。イナベラにとって料理の材料を採集にいくのは日常的である。草も立派な食材である。イナベラの顔が赤く染まった。貴族の令嬢としてはありえないことは知っていた。
「聞かなかったことにしていただけますか?」
イナベラは恐る恐る隣を見た。
「お嬢様、大丈夫ですか?様子がおかしい」
領民は気安く活発なイナベラの静かで見慣れない態度に余計に心配していた。
耐えきれずにエリオットが噴き出した。イナベラはさらに困惑した。
イナベラは変わってなかった。昔、目を奪われた無邪気で活発な少女は健在だった。エリオットにもいつかは見せてほしいと思いながら、
「怒ってないし気にしてない。むしろ喜ばしい」
「お嬢様、好きな男の前だから大人しくしてたのか。悪いな。これやるから許してくれよ」
「ありがとう」
エリオットは果物を受けとって、立ちさる男に手を振った。
「帰りましょう。これ以上の無礼を許すわけには」
「これは?」
「屋敷に帰ってお母様に切ってもらいます」
「いつもはどうやって食べてるの?」
「内緒です。行きましょう」
イナベラとエリオットが屋敷に戻ると、ラットがベン達の指導をしていた。
ラットはエリオットの姿に警戒した。イナベラはラットに近づき礼をした。
「ラット様、いつもありがとうございます」
「構わないよ。顔の傷が消えてよかったな」
「はい。ご心配をおかけしました。今度はちゃんと使っていただけるんですね」
「見事なものが多いから普段使うのが勿体なくて」
「いくらでも贈ります。ベンが喜ぶので、使ってくださいませ。お揃いが嬉しいみたいで、兄ができたと喜んでます。」
ラットと話すイナベラにベンの友人が集まってきた。
「イナベラ様、今日は見てないの?」
「お客様がいらっしゃるの」
「俺、早く強くなるから」
「応援してるから頑張って」
「そしたら結婚してね」
「大きくなったらね」
イナベラはベンの友達に好かれていた。ラットにとっては見慣れた微笑ましい光景だった。ただラットは自分のクラスメイトが嫉妬深い男だと知っていた。
「イナベラ、お客様を放っておいていいのか?」
「戻ります。ラット様、終わったらお茶の用意をベンがするので寄って行ってくださいね。ラット様の為に、ベンがお菓子を焼きましたのよ。私の腕のかわりに頑張ってくれたんです」
自分に笑いかける後輩は可愛い。ただ冷たい目で自分を見るエリオットが怖かった。イナベラの体をエリオットに向けてそっと背中を押すとイナベラはラットを見つめて頷いてエリオットの隣に帰っていった。ただその行動さえも嫉妬されていることにラットは気付いていなかった。
「エリオット様?」
エリオットの冷たい顔にイナベラは怯えていた。エリオットはイナベラの怯えた顔を見て慌てて優しい顔を作った。
「ごめん。考え事してた。いつも見学してるのか?」
「時々そこの木陰に座って見学してます。お恥ずかしいですが私の弟を夢中で見てしまいます。他の子達もどんどんたくましくなって」
「羨ましいな」
エリオットはこぼれた本音に慌てた。イナベラの手を引いて、木陰に腰掛けることにした。
イナベラの目を釘付けにして、綺麗な笑みを向けられるベン達が羨ましかった。
イナベラは無言でベン達を見ているエリオットに首を傾げた。しばらくするとエリオットの言葉の意味がわかり笑ってしまった。
「ごめんなさい。我慢できなくて」
「いや、笑いたいなら笑って。我慢しなくていいから」
イナベラはお腹を抱えて笑っていた。理由がわからなくても自分を見て楽しそうなイナベラにエリオットの気分が浮上した。笑いもおさまり息を整えたイナベラはエリオットを見つめた。
「エリオット様が兄に憧れているとは思いませんでした。手のかかる無礼な子ですがベンを弟として可愛がっていただけると嬉しいです」
「え?」
「私、ライアンはお友達ですが、時々兄のように思えるんです。立場は逆ですが、憧れる気持ちはわかります」
エリオットはイナベラが勘違いをしていることに気付いた。でもせっかくなので利用することにした。ベンに会いに来るという建前があれば彼女は快く迎えてくれる気がした。
自分よりもラットとの親しそうな様子も悔しかった。
「でも僕よりラットの方が懐いてないか?」
「剣のお師匠様ですから。それに伯爵家のエリオット様への無礼は許しません。」
イナベラはラットも貴族だと知らないことを察した。ラットは派閥が違うので、夜会で会ったことはなかった。行動範囲の狭いイナベラはラットと学園内に会うことはなかった。
「寂しいな」
「え?」
「家格の違いはわかるよ。でも私的な場では距離を置かれている気がする。気安く話す姿が羨ましい。僕は男爵家の不敬を咎めたりしない。もう少し、」
「ベンは公私が分けられるか・・」
「ベンは絶対に大丈夫だよ。しっかりしているから」
「確かにあの子はエリオット様の前では、お行儀が良いですね。わかりました。ベンにエリオット様への礼儀を厳しく話すのはやめます」
「時々、会いに来てもいいか?」
「はい。きっと喜びます。今度は事前に教えてください」
「おもてなしも準備もいらない。今日のような簡素な服でいいよ。僕はその服で領民と話す君の姿が好きだよ」
イナベラはエリオットの言葉に目を丸くした。
「エリオット様はうちが嫌いだと思ってました」
「え?そんなことない。一度も嫌ったことはない」
「お父様のこともですか?」
「もちろん。尊敬しているよ。子供の頃からよくしてもらっている。僕は男爵領で過ごす時間が好きだったよ」
イナベラはエリオットが嘘をついていない様子に笑った。昔はわからない。でも今は嫌われてないならいいと思った。
「エリオット様は変わってますね」
エリオットはイナベラの手を握り、瞳を甘くして見つめた。
「いずれは僕の前で無防備に笑ってほしい」
「姉上、お茶しよう。訓練終わった」
駆けてきたベンが雰囲気を壊した。ベンは自然にエリオットの手を振り払いイナベラの手を取り立ち上がらせた。
「エリオット様もよければ」
エリオットはベンの目が笑っていない無邪気な顔にあえて邪魔されたことを理解した。
ベンは敵だと思ったことはイナベラには生涯秘密にすることにした。向けられた敵意にイナベラとの距離を近づけるために徹底的に利用することにした。
ラットはお茶には参加せずに帰りたかった。ただ辞退しようとして、イナベラに悲しい顔を向けられ、エリオットの殺気に逃げることは諦めた。
ベンの友人達はイナベラが好きだった。最近はずっと領にいるので頻繁に遊びに来ていた。
「イナベラ様、いつまで男爵家にいるの?」
「あと一月で帰れるといいんだけど。治りが悪いみたいで。学園に帰れば補講だらけで恐ろしい」
顔を青くするイナベラにエリオットは伝え忘れたことを思い出した。
「イナベラ、テストで平均点以上をとれば補講はいらない。復帰した初日はずっとテストだろうが」
「テストですか・・。全然お勉強してません」
「過去問持って来た。あとでみてあげるよ」
「教科書持って帰ってきたので大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
無言になったエリオットにラットは助け船を出すことにした。
エリオットの機嫌を良くしないと明日の自分の身に危険を感じていた。
「イナベラ、過去問なんてエリオットはいらないんだから有り難く受け取ればいいよ。それにエリオットは人に教えるのうまいから、せっかくだから教えてもらえよ」
「ラット様?」
「後輩の面倒みるのは先輩として当然だよ。エリオットは暇人だから、」
「貴重なお時間を私がいただくわけには」
「人に教えるのも勉強になるんだよ。俺もベン達の訓練で学ぶことは多いし」
「姉上、僕と一緒にお勉強しよう」
ラットはベンよりもエリオットを選ぶことにした。わが身はかわいいものである。そしてベンが無邪気な少年ではないことをラットも気づいていた。
「姉弟でエリオットに面倒をみてもらいなよ。お礼を気にするなら、今度の武術大会に応援に来てあげてよ」
「そんなことでお礼になるとは思えませんが」
「男には男しかわからないことがあるから。可愛い女の子に応援されると男は嬉しいんだよ」
「ラット様、エリオット様の周りは美しい方ばかりです。私などいてもいなくてもかわりません」
イナベラがエリオットの溺愛に気付いていないことは知っていた。ただここまで、気付かれてないとは思わなかった。
「エリオット、そうなのか?」
「僕はイナベラが来てくれるなら嬉しい。席も用意するよ。嫌じゃなければ」
自分に何かを頼む時にいつも気まずそうな顔をするエリオットにイナベラは小さく笑った。
「私はエリオット様の為になるなら、喜んで伺います」
「嬉しいよ。ありがとう。次の休みも来ていい?」
「はい。お待ちしております。ご指導よろしくお願いします。でもお忙しければ無理はしないでください。」
上機嫌なエリオットを見てラットは安心した。これで明日、学園で報復されることはないだろう。
ベンが不機嫌に睨んでいるのは気にしないことにした。
「任せてよ。」
「エリオット様はお友達が多いですね。まさかラット様とお知り合いだったとは」
「クラスメイト」
イナベラは固まった。エリオットのクラスは上位貴族ばかりである。
「ラット様、私、なんてことを。今までの不敬の数々」
頭を下げるイナベラにラットが気まずい顔をした。
「ごめん。ライアンに面白そうだから黙っておけって」
「ライアン、酷い。復学したら甘いお菓子を食べさせます。でも、見つかりそう」
「イナベラ、ライアンには敵わないからやめとけよ。」
「そうですね。人を玩具みたいに」
「態度も今まで通りでいいよ。俺は公的な場面でさえしっかりしてもらえばいい」
「わかりました。」
「ライアンには言うなよ。」
「はい。話しません。」
エリオットはやはり自分よりもライアンやラットのほうが親しそうで複雑だった。
ベンの友人はお菓子を食べ終わった。お腹が満たされたので、イナベラに構ってもらうことにした。
「イナベラ様、この人誰?」
イナベラの顔が青くなった。
「子供の不敬を咎めないから。男爵家で僕が権力を使うことはないから安心して」
エリオットの言葉に安堵したイナベラがベンの友人に向き直った。
「伯爵家のエリオット様よ。私達の家からすれば雲のように遠い家柄の方だから無礼はいけませんよ」
「なんでそんな人がここにいるの?」
イナベラはきょとんとした。訪問理由を聞いていなかった。
「エリオット様、ご用件は?」
ラットはお茶を吹き出すのを我慢した。
「本を」
「お返しするのを忘れてました。持ってきます」
イナベラが慌てて自室にエリオットに借りていた本を取りに戻った。
「エリオット、お前」
「会いに来たって言って引かれてたらと思うと」
「協力してやるから、報復すんのやめて」
「感謝する」
ラットはいつも余裕のあるクラスメイトの滑稽な様子が愉快でたまらなかった。
「エリオット様、お返しするのが遅れて申しわけありません」
「構わないよ。また持ってきたからあとで貸すよ。ベンにも用意したんだけど」
「ありがとうございます。ベン、良かったね。弁償できないから汚さないようにね」
「うん。気をつける」
ベンと仲良く話すイナベラにベンの友人が声をかけてきた。子供との談笑を聞き流していたエリオットは会話の内容に顔を顰めた。
「イナベラ様、僕、馬で合格もらったんだ」
「すごいわね。私は馬が苦手だから羨ましい」
「僕が教えてあげるよ」
「本当?」
「今度、ベンと一緒に来て。良い馬が手に入ったって父さんが言ってた」
嬉しそうに笑ったイナベラが了承を伝える前にエリオットは口を挟んだ。
「イナベラ、乗馬はもうやめないか?」
「いえ、試験もありますし、学園に帰るまでに頑張らないと」
「姉上、腕が治るまでは危険なのでやめて」
「片手での操作も」
「駄目。治ったら僕がいくらでも練習に付き合うから。今は絶対に駄目」
「ベンは心配性ね」
エリオットにもベンにも笑いごとではなかった。
「イナベラ、馬は僕が教えるよ。子供だけだと危険だ。お願いだから乗馬は僕のいるところでして」
「エリオット様?」
「頼むから。今回は運が良かったけど、死ぬことだってあるから」
「下手ならせめて上級者に教われよ。落馬した人間が片手で操作するとかありえないから。学園の馬で落馬は相当ひどい腕だよ」
ラットの酷評がイナベラの胸を貫いた。最愛の弟が頷いてるのが一番悲しかった。
「わかりました。よろしくお願いします」
エリオットにとって初めてのお見舞いは無事に終わった、
有意義な時間だった。
翌日機嫌のよいエリオットを見てラットは安堵した。これから頻繁に相談されることになるとは思っていなかった。
***
イナベラはエリオットの訪問を気にしなくなった。
ベンと一緒にエリオットに勉強を教わっていた。ベンの友人のフィンが訪ねてきた。姉とエリオットを二人っきりにしたくないベンはエリオットに訓練を頼んだ。イナベラの前なのでエリオットは快く了承した。イナベラはいつもの木陰で見学していた。
イナベラはベンの誕生日に贈り物をあげたかった。でも剣は高価である。利き腕が治るまでは稼げないので悩んでいた。
「姉様どうしたの?」
幼女がイナベラの腕を引いた。親に隠れて、男爵邸に遊びにくる子供だった。
幼女の視線に気づいて腕を広げると嬉しそうに膝の上に座った。両親が忙しい為、構ってもらえず寂しい思いをしているのは知っていたので、会えたら甘えさせてあげるようにしていた。
「姉様、お話聞かせて」
イナベラは物語を話しだした。いつも領民の子供やベンに読みきかせていたので、得意だった。
語りおえると、エリオット達が傍に座っていることに驚いた。
「終わったんですか?」
「ああ」
「姉様、もっと」
イナベラは迷った。
「イナベラ、僕のことは気にしないで。好きなだけ聞かせてあげて」
「ベン、エリオット様をお願い」
「僕も聞いてていい?」
エリオットはイナベラの言葉を遮った。ベンが嬉々として邪魔するのをわかっていた。
「お耳汚しをお許しください」
「イナベラ様、騎士の話がいい」
フィンの要望に応えてイナベラは騎士物語を語りだした。
静かに話すイナベラをエリオットは見ていた。男爵領で過ごすと知らないイナベラに出会えた。
幼女に慈愛に満ちた笑みを見せる姿は美しかった。
「姉様、この綺麗な人はだれ?」
幼女はエリオットを指さした。
「人を指すのだめよ。エリオット様よ」
「エリ様?」
「難しいね。」
「姉上、きっともう会わないから覚えさせなくていいよ」
「エリでもオットでもどっちでもいいよ」
「エリ様でいいって。言える?」
「うん。エリ様。」
「上手ね」
「うん。覚えた。そろそろ帰る。姉様またね」
「気をつけてね」
イナベラは駆けていく幼女を見送った。
「誰?」
「領民の子です。よく遊びに来ます」
男爵邸の奥にある庭で訓練していた。ここに来るには門を抜けて屋敷をこえてくる必要がある。領民が簡単に来れる場所にエリオットは心配になった。男爵邸には騎士がいない。武術はベンしかできない。警備隊も場所が離れている。
「イナベラ、危険じゃないか?」
「うちは盗むものは領主印くらいしかありません。泥棒なんてきませんよ」
エリオットは騎士を手配することを決めた。男爵夫妻も善良である。夜盗に襲われることもある。領主は危険と隣り合わせである。伯爵邸の執事は全員武術の嗜みがあった。
男爵領の経営に隠れて手を回すことを決めた。




