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困惑令嬢と空回り令息  作者: 夕鈴


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第13話 困惑令嬢と空回り令息の家族

エリオットとイナベラの婚約披露パーティまで時間がなかった。イナベラは事が早く進んでいく理由がわからなかった。婚約披露パーティの前にいくつか夜会への参加をエリオットの兄のオリオンから命じられた。社交は実践が一番、何かあったらフォローするから行ってこいと送り出された。

イナベラは上位貴族が怖かった。中級貴族の伯爵令嬢達は不条理の塊だった。どんな理不尽な命令を出されるか身構えていた。いつものドレスは刺繍中だったため、伯爵夫人が見立てた青いドレスを身に纏い参加した。お古ではなく、エリオットがオーダーメイドで注文していたのはイナベラだけが知らなかった。

イナベラは怖い気持ちを必死で隠して平静を装いながら、夫人と談笑を交わしていた。

オリオンはイナベラの社交を観察していた。あまりに酷いならフォローするつもりだった。ただ想像よりはマシだった。怯えていることはわかっても穏やかな笑みで言葉をかわす様子は並だった。探り合いは難しいがエリオットの隣に置いておくには大丈夫だと判断した。

頑張る義妹にグラスを差し出した。

イナベラはオリオンを見て、安堵の笑みを見せてありがたくグラスを受け取った。

エリオットは令嬢に囲まれていた。イナベラはオリオンの視線に気づいて笑った。優しいところは兄弟一緒だと感心していた。


「オリオン様、私は第三夫人でも構いません」


オリオンはイナベラの言葉に噴き出すのを我慢した。つい最近婚約した令嬢の言葉ではなかった。


「本妻じゃなくていいのか?」

「私はエリオット様のお役にたてればそれだけで満足です。それに人気があるのはよく知ってます」

「どんどん増えたらどうする?」

「立場上婚姻を結んでいただけるのはありがたいです。私は一番最後でも構いません。侍女でも喜んで受け入れます」


イナベラはエリオットの好意をわかっていなかった。オリオンは愚弟は婚約できたことに浮かれて現状に気付いていないことに笑ってしまった。穏やかにエリオットを見つめる目に嫉妬はない。


「何番目になっても男爵家の支援は約束するよ」


オリオンの言葉にイリアナは顔をほころばせた。


「ありがとうございます。私は伯爵家のお役にたてるように頑張ります」


伯爵家にとって男爵家の支援など簡単だった。普通の令嬢はお礼を言うだけで、役に立つように頑張るなんて絶対に言わない。オリオンはイナベラが弟のために使用人に膝をついて謝ったことも、そのあと見苦しい姿を見せ困らせてすみませんと謝罪した姿も知っていた。エリオットは扱いづらい弟だった。

素直で真っすぐな義妹はありがたいと思うことにした。


「オリオン様じゃなくて、義兄様でいいよ」

「では義兄様、よければお受け取りくださいませ」


伯爵家次期当主からの男爵家への支援の約束は有り難かった。イナベラは優しいオリオンへのお礼を考えていると自分の持ち物を思い出した。

伯爵夫人への贈リ物は後日用意することにして、刺繍したハンカチを渡した。

オリオンは差し出される布を受け取ると驚いた。

入手困難と言われる刺繍入りのハンカチが5枚もあった。


「義兄様、足りなければいくらでもご用意しますが10枚目以上は料金ください」

「いくら?」

「2枚で銀貨1枚。義兄様とエリオット様だけです。お友達に怒られますので内緒にしてくださいませ」


オリオンはイナベラが刺繍が得意なことは知っていた。ただ貴族の中で噂される謎の刺繍使とは知らなかった。材料はイナベラの友人が用意していることはわかった。


「義妹よ、ここだけの話だ。ハンカチ1枚いくらで刺繍している?」

「銀貨2枚」


オリオンはこのハンカチが金貨で取引されているのを知っていた。品が良く高価で入手困難で、女性に贈ると今一番喜ばれるものだった。イナベラの裏に凄腕商人がいることも理解した。まさか愚弟が金の卵を見つけてくるとは思わなかった。

落ち着いたら話を聞くことに決めた。そして自分に隠していた弟を絞めることも。

イナベラは突然黙り込んだオリオンに戸惑った。


「義兄様、ご迷惑でしたか?」

「いや、驚いただけ」

「こんな刺繍で銀貨2枚なんて恐れ多いですよね」


朗らかに笑うイナベラに心配になった。


「材料を用意したら俺の頼んだものも刺繍してくれる?」

「御兄弟ですね。私にできるものなら喜んで。ですが勇者と魔王は無理なのでご勘弁を」

「は?いや、頼まないよ。紋章と花以外もできるの?一番大変だった刺繍は?」

「瀧です。」


オリオンはイナベラの刺繍が気になって仕方がなかった。


「イナベラ、帰ろう。男爵邸には使いをだすよ。泊まっていいから詳しい話を聞かせてほしい。行こうか」

「義兄様、エリオット様は?」

「あいつは勝手に帰ってくるから気にするな」


イナベラは戸惑いながらもオリオンのエスコートを受け退席した。

刺繍の話を聞きたいと言われたイナベラは男爵邸から持参してほしい物を手紙に書き使者に託した。

伯爵邸にはイナベラのスケッチブックとベンに贈ったハンカチが届けられた。

伯爵は帰宅するとオリオンとイナベラが談笑する姿にもう一人の息子の不在を不思議に思っていた。


「兄上!!」


エリオットが駆け込んできた。


「僕のイナベラとなんで二人で帰ったんですか!!」

「夜会よりも気になることができてな。愚弟よ。お前は俺に報告してないことがあるだろう」

「は?どうして僕のイナベラのことを報告しないといけないの?」

「彼女が噂の謎の刺繍使って言わなかっただろう」

「母上は知ってる。兄上は気づかなかったの?」

「俺は本物を見たことがなかった」


兄弟喧嘩をはじめた二人にイナベラは戸惑った。

伯爵が手招きするので、そっと抜け出すことにした。


「すまない」

「いえ、あの私、刺繍をしてお金を稼いでいたんですが、いけませんか?」

「構わないよ。あの二人の喧嘩はいつものことだから気にしないで。怖がらせてすまない」


イナベラは曖昧に微笑んだ。


「長いから、おいで。お茶をしようか。お菓子があるんだ」


イナベラは伯爵に甘えて逃げることにした。

伯爵は目の前で幸せそうにお菓子を食べるイナベラがこれから息子達に振り回されていくことが申しわけなくてたまらなかった。

イナベラと伯爵は現実逃避しながらお茶をしていた。イナベラは伯爵の話を楽しそうに聞いていた。

ただ穏やかな時間は続かなかった。


「伯爵、坊ちゃん達が」


伯爵は久しぶりに本格的に喧嘩をはじめた二人に長いため息をついて立ち上がった。


「イナベラ、待ってなさい」

「いえ、私も行きます」


イナベラは顔色の悪い伯爵が心配だった。

オリオンとエリオットが冷たい空気を醸し出しながら口論をしていた。剣に手をかけているのも怖かった。イナベラは婚約したことを後悔しそうになった。


「二人共、やめないか」


伯爵の言葉は届いてなかった。イナベラは二人の喧嘩の原因は自分だと思い出した。


「私の命がせめて石ころ程度の価値があればいいんですが」


伯爵は隣のイナベラの呟きを拾って驚愕した。


「イナベラ、君は大事な義娘だ。石ころ以上の価値はあるよ」


イナベラは伯爵の言葉に胸が暖かくなった。


「私、伯爵家の方にそんなことを言っていただけるとは思いませんでした。」


嬉しそうに笑うイナベラに伯爵は息子との関係が心配になった。


「私は覚悟を決めました。何かあれば咎は私個人でお願いします」


イナベラは覚悟を決めてエリオットの腕をぎゅっと掴んだ。

エリオットの冷たい瞳に見られて怖くて逃げたくなるのを必死に耐えた。


「エリオット様、私が悪いのです。私、なんでも差し出します。ですから。お怒りをおさめていただけませんか」


エリオットは自分を見て怯えるイナベラに思考が止まった。自分の腕を掴む手は震えていた。


「私、なんの取り柄もありません。さしだせるものなど、」


混乱しているイナベラを抱き寄せた。兄より愛しい少女が大事だった。


「怖がらせてごめん。怒ってないよ。置いて帰られて寂しかっただけ」

「申しわけありません」

「悪いのはイナベラじゃないよ。でも心配するから帰る前に僕に教えて」


イナベラは聞こえる声が優しくなったので恐る恐る顔をあげると穏やかな顔のエリオットがいた。安心して全身の力がぬけた。崩れ落ちるイナベラをエリオットが抱きとめた。

イナベラは慌てて体に力を入れて、エリオットの腕から離れた。


「兄上、詳しい話は後日に。今日はもう疲れた」

「そうだな。イナベラ、怖がらせて悪かった。またゆっくり話そう」


剣で斬り合いはじめそうな兄弟喧嘩を止めたイナベラに尊敬の視線が集まった。

イナベラは向けられる視線に戸惑いエリオットの腕に抱きついたので、エリオットは使用人を視線で黙らせた。

エリオットはイナベラを連れて自室に行くことにした。

お茶とお菓子を用意させた。


「兄上はイナベラの刺繍の腕に目をつけた。」

「私はお役にたつなら光栄です」

「嫌なことは僕に教えて。」


イナベラはエリオットの心配していることがわかった。彼は自分に好きに過ごしていいと言ってくれた。でもその言葉に甘えすぎてはいけないことはわかっていた。


「私はエリオット様のお役にたちたいんです。ライアンと一緒に新しい物を考えられなくなるのは寂しいです。でも伯爵家の利のほうが大事なことはわかってます。遠慮なく私を利用してください」


顔を歪めるエリオットにイナベラは微笑んだ。


「そのかわり、エリオット様のお暇な時間を分けてください。エリオット様やベン達に贈る物を一緒に考えてください。ちょっぴりお小遣いをいただけたら嬉しいです。我儘すぎますか?」

「どこが。もっと我が儘言ってよ。それにちょっぴりのお小遣いは材料費だろ?」

「あとお土産代です」

「それで幸せなのか?」

「はい。」


エリオットはイナベラの言葉に笑った。

ライアンとの時間が無くなることをもっと寂しがると思っていた。ただ自分といられればいいなんて言われるとは思っていなかった。イナベラがエリオットの傍にいたいと思ってくれるのが嬉しくてたまらなかった。


「僕の時間なんていくらでもあげるよ。婚姻したらずっと僕の部屋にいてお茶を淹れてよ。君がいると仕事がはかどる」

「頑張ってお茶を淹れる練習します」

「今のままでも十分美味しいよ」


イナベラはエリオットをじっと睨んだ。


「エリオット様、遠慮されると困ります。お菓子のときも思いましたが正直に不満は教えてください。ライアンなんてクッキーの焼き加減まで文句言うんですよ。私、エリオット様が美味しくないお茶を無理して飲んでたの知ってますのよ」

「え?」

「エリオット様の好みのお茶の淹れ方と全然違ってましたもの」


エリオットは余計なことを言った使用人を絞めることを決めた。


「新人はお茶の淹れ方がヘタなんだよ。イナベラは知らないだろうけど飲めたものじゃないんだよ。だから細かく決まりを作ったんだ。あれは飲めるお茶であって好きなお茶じゃない。僕はイナベラが僕のために淹れてくれるお茶が好きだよ」


エリオットが自分への評価が甘いことに気付いていた。

イナベラは自分のお茶よりも使用人たちのお茶の方が美味しいことを知っていた。


「私、どんどん駄目になってしまいそうです」

「そしたら僕が代りにするよ。僕の隣に座ってるだけでもいい」


エリオットの願うことはイナベラにとって不思議でたまらなかった。


「エリオット様は不思議です。」

「そろそろ部屋に送ろうか」


エリオットはイナベラが怯えてないことに安心した。

イナベラを部屋まで送ったあとに使用人にとっては恐怖の時間が待っていた。

オリオンは弟からイナベラがライアンと手を組んでいることを聞いて驚愕した。ライアンは広く浅い付き合いを好む人間だった。利がなく人と付き合うような男ではなかった。

伯爵家のためならライアンとの商売から手を引くいうイナベラの言葉に、そのままライアンとの付き合いを続けさせたほうが利になるとして好きにさせることにした。



***


婚約披露のパーティの打ち合わせが行われていた。

イナベラはベン用の礼服が想像よりも早く必要な時期が来てしまったので焦っていた。お金が足りなかったので、必死に刺繍をして稼いでいた。

そのため自分のドレスのことを忘れていた。

ドレスの話に茫然とするイナベラにエリオットが笑った。


「いつものドレスでいいよ。あれが一番似合ってる」

「え?」

「大事なんだろう?」

「でも伯爵家の」

「イナベラ、主役は貴方とエリオットよ。二人が選んだドレスを着なさい。もしも、それで伯爵家の恥なんて言われたら」

「もちろん報復しますよ。僕の妻のドレス姿は誰よりも美しい。医務官を紹介しましょう」

「大事な義妹の門出だ」


イナベラはエリオットや伯爵夫人の冷たい空気に引いていた。

伯爵だけが気づいていた。伯爵はイナベラに優しく微笑みかけた。


「イナベラ、うちのことは気にしないでいい。二人の決断に任せるよ。それに私も君のあのドレスは素晴らしい物だと思うよ。伯爵家の者としてなにも問題ない。」


父を見つめて安堵の息をついたイナベラにエリオットが怯えさせたことに気付いた。エリオットは優しい笑みを浮かべてイナベラの頭を撫でた。


「イナベラが新しいドレスが欲しいなら贈るけど、僕はあのドレス以上に君に似合うドレスを知らない」


冷たい空気がなくなり、エリオットの顔が優しくなっており、イナベラはふんわり微笑んだ。それにドレスが褒められるのは嬉しかった。


「いいのでしょうか」

「もちろん」

「ありがとうございます」

「イナベラ、髪と化粧はうちでしましょう。私が髪を結うわ」

「はい。よろしくお願いします」

「俺はイナベラのドレスよりも伯爵家として問題がある者を知っている」

「え?」

「愚弟よ。お前、自分の服はどうするんだ?ちゃんと用意してあるんだろうな」


エリオットの眉間に皺が寄った。


「忘れてた。僕、イナベラの靴とショールのことしか考えてなかった」


「エリオット様、私、いりません」

「もう頼んであるから贈らせて。絶対に似合うから。僕のために仕立てるからお代はいらないよ」

「お前、自分のことを考えろ。」

「困ったな。僕、イナベラの隣に立って見劣りしない自信ないな。母上、適当に選んでもらえませんか」

「イナベラ、ドレスは前のまま?」

「同じものを着るわけにはいきませんので、刺繍を加えます。まだデザインがまとまってないので、思いついたら図案を送ればいいでしょうか?」

「いつ?」

「1週間はいただけたらと」

「それなら間に合うわ。」


伯爵夫人はイナベラに選ばせたかったが、時間に余裕がなかった。自分の愚息が婚約披露のパーティを最短で組んだ所為である。これから学園に戻り、ドレスの刺繍や招待客を覚え等忙しいイナベラの仕事を増やせなかった。

手のかかる息子の世話は母として引き受けることにした。


イナベラはドレスのことを思い出して時間が足りない気がしていた。

打ち合わせが終わり、礼をして慌てて学園に戻ろうとするイナベラをエリオットが強引に腕を引いて衣装部屋に連れて来た。


「エリオット様?」

「ベンに着せるの選んで」

「はい?」

「僕達のお古。今から新しい物を仕立てても間に合うかわからないだろう?」

「こんな高価なものを」

「うちにあっても使わないから。」

「ありがとうございます。弁償代が安いものは」

「あげるよ。ベンは僕の将来の義弟だ。僕達の門出に贈らせてくれないか?新品だと受け取ってくれないだろう」

「なにからなにまで申しわけありません」

「もう少し我儘を言ってほしいんだけど」

「たくさんお願いしてます」

「仕方ないか。ベンに一番似合うの選んで」


イナベラは楽しそうに弟のために選んだ。エリオットは羨ましかったけど今回は我慢することにした。

ベンの服は男爵家に送ってもらった。イナベラは手直しは母に任せた。

イナベラはライアンに相談しながら、デザインを考えた。

エリオットの母親は送られたスケッチを見ながら、自分の息子が喜ぶ趣向をこらした義娘に微笑みを浮かべていた。各々が準備に追われながら日々を過ごしていた。


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