第12話 困惑令嬢の作品
エリオットとの婚約が決まり初めて男爵領に帰ってきた。両親はイナベラとエリオットの婚約に喜んでいた。イナベラは両親からの話に目を丸くしていた。
「お母様、本当なんですか?」
「ええ。極秘にしてほしいって頼まれたの。貴方のドレスを贈ってくれたのはエリオット様よ。自分が贈っても断られるから、どうかって。伯爵家のエリオット様に頭を下げられて驚いたわ」
「せっかくだから社交界デビューをさせてあげてほしいと。高価な物ではないから受け取って欲しいとな。うちのこともよく手伝いに来てくれていたしな。よい婚約者を選んだな」
両親の話にイナベラの胸が暖かくなった、エリオットに本当に優しいのか疑ってすみませんと心の中で謝罪した。ベンだけが冷たい視線で3人の様子を見ていた。
「私はこんなによくしてもらって、ご恩をお返しできるのでしょうか」
男爵夫人はエリオットが娘に惚れこんでいるのを知っていた。絶対に振り向かせるので他の男と婚約させないように協力してくださいと頭を下げたことを教えるつもりはなかった。
男爵夫妻の中ではエリオットは好印象だった。
目的のためなら手段を選ばない狡猾な男だと気づいているのは一番幼いベンだけだった。
「貴方なら大丈夫よ。二人で幸せになりなさい」
「私はお役に立てるように精一杯がんばります」
頑張りすぎる真面目な娘にアドバイスを与えることにした。
「お母様がいいことを教えてあげるわ。たまには我儘を言って甘えなさい。貴方はいつも誰かのために自分を押し殺してきたでしょ?男の人は甘やかすのが大好きなのよ」
イナベラは茶目っ気たっぷりな我が母に見つめられ、照れている父を見て真実だとわかった。
イナベラはエリオットが喜ぶなら努力しようと思った。
我儘をいうために努力するのは違うと突っ込むものはいなかった。
「姉上は婚約したら僕とは」
寂しそうなベンにイナベラは思わず抱きしめた。
「婚約者ができてもベンが大事なことはかわらないわ」
「エリオット様より僕が好き?」
「もちろんベンが大好きよ」
イナベラはベンを甘やかすことにした。次の社交のない休みは男爵領でベンと過ごす約束をした。ベンはイナベラの言葉に無邪気な笑みを浮かべて喜んでいた。ベンは婚約が決まってもエリオットにイナベラとの時間を譲る気はなかった。
***
イナベラはクラスメイトに話しかけられなくなっていた。
絡まれない生活にほっと息をついた。イナベラはひとりぼっちの生活に慣れていた。教室では話しかけられると厄介ごとばかりだったので、放っておかれることに安堵を覚える習慣ができていた。
エリオットに物がなくなることは絶対にないと言われたので、休憩時間にスケッチをしていた。指導騎士とベンとベンの友人に贈るためのハンカチのデザインを考えていた。ベンがお揃いを気に入っていたので、最近はお揃いの物をいつも贈っていた。
昼休みに不機嫌な顔をしたエリオットが迎えにきた。
手を引かれるまま庭園に移動し食事をはじめた。いつも嬉しそうに食べるのに、無表情で食事をするエリオットは怖かった。
「ラットを知っているか?」
「ラット様ですか?」
イナベラにエリオットの友人の知り合いはいなかった。
とぼけているイナベラに顔を顰めたエリオットは剣帯を渡した。
イナベラは剣帯を見て思い浮かぶ人物が一人だけいた。
「もしかして、騎士のラット様ですか?」
イナベラの言葉にエリオットの眉間の皺が消えた。
「え?騎士?」
「はい。ベンの指導騎士のラット様にお礼で贈った剣帯です。」
「お礼?」
「はい。ベンだけでなくベンの友人も指導してくださいますので。給金はそのままでいいとおっしゃるので、せめてもと」
「他にも色々贈ってるよな?」
「ベンがお揃いを喜んでいまして・・。師弟や友人とお揃いの物が最近はお気に入りなんです。可愛いのでついつい色々贈ってしまいまして」
恐る恐る話すイナベラにエリオットの頭の熱が冷めてきた。
ラットの持つイナベラの刺繍した持ち物に嫉妬していた。エリオットはベンに貢ぐイナベラのことを良く知っていた。
エリオットはベンが可愛げのない性格だと知っている。姉の贈り物を取引に使っていることも予想していた。ベンが目的もなくイナベラの手作りを他人に渡すとは思わなかった。
黙り込んだイナベラが自分に怯えた目を向けていることに気付いて怖がらせたことを反省した。
「ごめん。イナベラの手作りで僕の持っていないものをラットが持ってたことが面白くなかった。イナベラには怒ってない。怖がらせてごめん」
イナベラは気まずそうな顔をするエリオットが自分の刺繍を気に入っていることを思い出した。
怒っていないことに安堵の息をついた。イナベラはエリオットが喜んでくれるなら、なんでもするつもりだった。
「エリオット様のためでしたら喜んで刺繍します。ただ何を刺繍したら喜んでいただけるかわかりません。教えてください」
「僕のために考えてくれるの?」
「はい。」
イナベラは鞄からスケッチブックを取りだして、エリオットの言葉を聞きながら描いていった。エリオットは自分の言葉を絵にかえるイナベラに感心していた。イナベラはなんの取り柄もないというけど、エリオットはとんでもないと思っていた。
「情報を漏らしたりしないから、新作を作るとき僕に一番にくれる?」
イナベラは母の言葉を思い出した。言いずらそうに願うエリオットが可愛く見えてしまった。
「私、おねだりしてもいいですか?」
上目遣いで甘えるイナベラに即答した。
「もちろん」
イナベラは図々しいかと迷いながら、エリオットの顔を見て探りながらゆっくりと言葉を零した。
「エリオット様用のスケッチブックをください。このスケッチブックは借り物です。また一緒に考えてくださいますか?」
イナベラの初めてのおねだりにエリオットは思わず抱き寄せた。
「喜んで。嬉しいな。ずっと羨ましかった。」
エリオットの嬉しそうな声に安堵してもう一つだけお願いすることにした。
「ライアンからの材料を使うわけにはいかないので、お買い物にも付き合ってくれますか?」
「いくらでも付き合うよ。材料は僕が買うよ。」
エリオットの材料をイナベラの稼ぎで買っていたら散財してしまう。
材料費は自分で用意してもらうことにした。
「ありがとうございます。助かります」
上機嫌で自分を抱きしめているエリオットの腕の中でイナベラは母親に上手く我儘が言えましたと心の中で報告していた。イナベラは新作のスケッチはエリオットに見せて、欲しいと言われたら作ることにした。エリオットはイナベラがスケッチブックを見せるために、自分から話しかけてくれることを喜んでいた。そしてベンに贈っている物の多さに引いていた。自分との差に、笑みを浮かべるベンを思い浮かべて複雑な気持ちになっていた。




