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困惑令嬢と空回り令息  作者: 夕鈴


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第8話 困惑令嬢の休日

イナベラは男爵令嬢である。父に夜会へ参加を命じられた。下位貴族の夜会なので、エリオットファンの令嬢も少ないだろうと安心して参加していた。


「イナベラ様!!」


元気な声に目をむけると、年下の少年だった。

イナベラに声をかける者は少ないので目立っていた。


「一緒に踊ってください」


元気な申し出にイナベラは微笑んで了承した。ベン以外で初めて自分より背の低い相手と踊った。ダンスが下手でも一生懸命踊る姿は可愛かった。ベンも社交界にでたらこんな感じかなと微笑ましく見ていた。

イナベラは少年に誘われて、談笑していた。少年のセイはベンの友人だった。セイからベンの話を聞いてイナベラは楽しそうに笑っていた。


「イナベラ様、俺が立派になったら結婚してくれますか」


イナベラは幼いセイの言葉に笑った。領民の子供にもよく言われることがあった。


「大きくなったらね。立派な殿方になるのを楽しみに待ってるわ」

「ありがとうございます。あの、今度遊びに伺っても」


イナベラはベンが喜ぶ様子を思い出して微笑んだ。


「ええ。立派なおもてなしはできないけど、楽しみにしてます」


セイは破顔した。それからセイはよく男爵家に遊びに来ていた。

イナベラは今日もベンの訓練を見ていた。

ベンは訓練の日に友人を連れてきた。指導騎士は生徒が増えても快く指導してくれた。給金はそのままでよいという言葉にイナベラは感謝していた。いつもお菓子をお礼に贈っていた。ただそれでは物足りなかったので頼りになる人に聞くことにした。

エリオットの母はイナベラにとって、変わっていても尊敬できる存在だった。お茶会や夜会など頻繁に関わっていたため、イナベラは物怖じせずに話せるようになっていた。


「伯爵夫人、殿方はどんなものを贈られれば喜びますか?」


伯爵夫人はイナベラから、男性の話題をふられるたので目を輝かせた。


「どんな方に贈りたいの?」

「お世話になっている方です。お礼をしたいんですが、」

「剣帯はいくつあっても困らないわ。あとは…」


イナベラは伯爵夫人に聞いたものを頭の中のメモに書き込んだ。

伯爵夫人は自分の息子の贈り物に悩んでいるイナベラを微笑ましく見ていた。せっかくなので、息子には内緒にすることにした。エリオットは自分を意味深に見つめる母親に寒気がしたが気にしないことにした。母親がイナベラとエリオットのために時間を作ってくれているのに感謝していた。エリオットの部屋でイナベラに時間のかかる刺繍の用事を考えてくれるのも母だったので、敵にまわすわけにはいかなかった。


***

学園に戻るとイナベラは剣術教師を訪ねた。

剣術教師はイナベラのことを警戒していた。


「先生、お願いがあるんですが」

「なにかな?」

「剣帯や持ち物を見せていただけませんか?」


教師はイナベラの願いに不思議に思いながらも、持ち物を見せることにした。

イナベラがスケッチをはじめたのを眺めていた。

イナベラの頭の中は指導騎士とベンへの贈り物候補でいっぱいだった。せっかくなので、師弟でお揃いにしようと思っていた。


「先生、この金具?はどこで購入すればいいんでしょうか」 

「道具屋に行けばあるだろう。」

「道具屋は入るのにお金はかかりますか?」

「入店するのに、お金はかからないよ。ただ令嬢がいくには」

「先生、私は石ころやパンよりも軽いんです。きっと誰も気にしません」


イナベラの言動は時々教師としては気になるものが多かった。懇願されて、場所を教えることにした。できれば安い店をと願うので、貧民街の店を教えると満面の笑みでお礼を言い立ち去っていった。周りの生徒の数名は見惚れて頬を染めていた。


「先生、口を挟めなかったんですがいいんですか?」

「何が?」

「貧民街の店って治安悪いですよ。護衛も雇えない令嬢が一人で行くのは危険では」

「令嬢が一人で出歩くのか?」

「貧乏男爵家が従者を連れて歩くとは思えません。一応伝えておきますか。もし彼女が一人で行き何かあったら困ります」


イナベラは自分の心配をしている者がいるとは知らずに上機嫌に足を進めていた。次の休みは久しぶりに予定のない日だった。

エリオットとイナベラは庭園で昼食をとるのが日課だった。

イナベラは令嬢達に頼まれて教室で令嬢達も交えてエリオットと一緒に食事をしていた。

エリオットは令嬢に話しかけられ、イナベラは無関心に食事をしていた。イナベラはエリオットが令嬢と仲良くなろうと、どうでもよかった。イナベラの無関心さに耐えきれなくなったエリオットがイナベラを庭園に誘うようになり、教室での食事は幕を閉じた。イナベラはエリオットの小間使いなので庭園で二人で食事がしたいと言われれば断れる立場ではなかった。令嬢達よりもエリオットの方が家格が高いので優先すべきはエリオットだった。


「イナベラ、今度の休みは予定はある?」

「伯爵夫人からのお誘いですか?」

「いや、母上ではなく」


イナベラは言いよどむエリオットのことは気にせず食事を続けた。


「僕と過ごしてくれないか?」


イナベラは小間使いの出番と気付いてうなずいた。


「かしこまりました」

「え?いいの?」

「はい。社交の予定もありませんので」


イナベラはせっかくの予定が狂って悲しかった。でもエリオットには恩がある。小間使いとして優先順位はわかっていた。

イナベラは上機嫌のエリオットと一緒に教室に戻った。

上機嫌なエリオットに友人は引いていた。

放課後に友人はエリオットに捕まり頭を抱えていた。イナベラと二人で出かける予定の相談だった。


「遠乗りは?」

「彼女は馬が得意なのか?」

「僕の馬に乗ればいい」

「怖がるからやめろ。今回は遠乗りはやめておけ」


二人に、イナベラとエリオットの関係を知っているクラスメイトが近づいた。


「エリオット、俺、彼女が絶対に喜ぶ場所知ってるよ」


エリオットはクラスメイトを睨んだ。


「近づいてない。偶然に話が耳に入っただけだ。彼女、貧民街の道具屋に興味持ってたよ」

「は?」


自分を睨むエリオットに怯えながらも事情を話した。

友人がクラスメイトに同情して、助け舟を出した。


「エリオット、彼女の欲しがる低価格の素材の店に連れてってやれよ。絶対に喜ぶから」


エリオットは満面の笑みを見せたイナベラを想像して、クラスメイトを責めることはやめた。

三人で計画を練り上げた。貴族の令嬢なら顔をしかめただろう計画だった。

エリオットは兄に計画書を送ると修正され、新しい計画書が送られてきた。兄はエリオットとイナベラを応援していた。自分に従順で外国語にたくみな義妹が欲しかった。


***


休みの日にエリオットはイナベラを連れて、王都の平民街に向かった。

王都の平民街は治安が良かった。また貴族街と比べると物価は安かった。ただエリオットとイナベラでは金銭感覚が異なっていた。

イナベラは男爵領で過ごしていたため、王都は社交でしか訪れることはなかった。

見慣れない風景に目を丸くしながら歩いていた。なぜエリオットがここに来たのかわからなかった。エリオットは兄に女性は買い物が好きと聞いていたが、隣のイナベラにそのような様子はなかった。兄のおすすめの店に連れていっても、イナベラは穏やかな顔で微笑んでいるだけだった。

商品の値段を見たイナベラが不用意に触り、多額の請求書を送られたらどうしようと怖がっていたことをエリオットは気付いていなかった。平民街とはいえ、貴族が御用達にする店はイナベラには敷居が高かった。

エリオットは計画を変えることにした。もともと友人達と考えた計画に変更した。

治安の悪い貧民街に令嬢を連れて行くなという兄の言葉は無視することにした。治安が悪いなら自分が守ればいいだけである。念のため用意しておいたローブをイナベラに着せて、貧民街を目指した。

馬車で移動して貧民街に着いた。貧民街は薄汚れていた。

エリオットは顔を顰めそうになるのを我慢した。イナベラには見慣れた景色だった。

市に行き、イナベラがじっと見つめる店があると足を止めた。


「エリオット様?」

「好きに見ていいよ」


イナベラは頷いて、ベンのために飴を購入した。

エリオットはクラスメイトに聞いた道具屋に入った。イナベラは商品の多さに驚いていた。

きょろきょろしているイナベラにエリオットは問いかけた。


「何を探しているの?」


イナベラがエリオットにいくつか欲しい物を説明した。エリオットは店主に聞くと、店主が幾つか商品を出した。イナベラの欲しい物だった。

店主はただ見ていただけだったが、イナベラには睨まれているように見えてエリオットの腕に抱きついた。エリオットはイナベラの行動に口角をあげた。イナベラからエリオットに触れるのは初めてだった。怯えているイナベラの頭を撫でて、交渉することにした。

店主は目の前の育ちの良さそうな二人をカモにしようとしていた。

元の値段の5倍の言い値を伝えた。エリオットは物の値段を知っていた。イナベラが自分で払うことはわかっていたので、ギリギリまで価格を下げさせた。イナベラは値段がどんどん下がっていくのに困惑していた。でも安いのはありがたかった。エリオットに言われた金額を支払い商品を受け取ることにした。本当は一人で道具屋に来ようと思っていた。ただ店主が怖く一人で行くのは不安になった。悩んでいるイナベラはずっとエリオットの腕を抱いていたことに気付いていなかった。

店を出て、しばらくするとイナベラは我に返った。


「申しわけありません」

「いや、構わないよ」

「ありがとうございます。あとこちらも」

「欲しい物が買えた?」

「はい。ずっと欲しかったので嬉しいです。エリオット様のおかげです。私ばかり買い物をしてすみません」

「僕も楽しいから気にしないで。そろそろ食事にしようか」


エリオットは食事の店まで考えていなかった。


「何か食べたい物がある?」

「なんでもいいんですか?」

「ああ」


イナベラはエリオットの手を引いて市に戻り、揚げパンを購入した。

一つはエリオットに渡した。戸惑うエリオットは気にせず、ニコニコと食べていた。エリオットは恐る恐る口に入れると、熱さと甘みに顔を顰めた。


「もしかして甘い物が苦手ですか?」

「そこまで得意では・・」

「申しわけありません」


イナベラは甘くないパンを購入して、エリオットの揚げパンと交換した。そしてエリオットの食べかけの揚げパンを食べはじめた。

エリオットはイナベラの行動に動揺して差し出されたパンの味はわからなかった。イナベラはエリオットの眉間の皺がなくなりパンを食べる様子にほっと息をついた。

その後も二人は市を食べ歩いた。エリオットは薄汚い市の食べ物に顔を顰めそうになっても、隣で美味しそうに食べているイナベラを見ていたら、どうでもよくなった。


「エリオット様、ご用はなんですか?」

「え?」

「なにかご用があったんですよね?」


エリオットはイナベラが自分を小間使いと言っていたことを思い出した。


「ただ一緒に出かけたかっただけ。楽しい?」


イナベラは意図が分からなかったかったけど質問に答えることにした。


「はい。とても楽しいです」


にっこり笑うイナベラにエリオットもつられて笑った。兄にいくつかアドバイスをもらっていた。


「よかったよ。他に欲しい物はある?イナベラの欲しい物は興味深いから僕も見ていて楽しい」


エリオットが楽しいならイナベラは甘えることにした。貧民街を一人で歩くのは不安だった。


「糸を見にいきたいです」

「探しに行こうか」


エリオットはイナベラと一緒に服飾店を探して、目的の店に目を輝かせたイナベラを見つめていた。商品を値切ると尊敬した目で見られるのがくすぐったかった。

イナベラの買い物に付き合って気付いたことがあった。イナベラは飴はベンへのお土産と笑っていた。イナベラは自分の物は全然買っていなかった。イナベラが教室でスケッチしているのは、プリントの裏である。色鉛筆もボロボロだった。いつも夜会でつける髪飾りやコサージュは生花で作られていた。

エリオットは男爵家をよく知っていた。儲けがでるとすぐに領民に還元してしまい、平民とかわらない服装と暮らしを送っていた。どうしたら自分の贈り物を受け取ってもらえるかエリオットは悩みはじめた。

伯爵邸に帰ってきたエリオットが悩んでいたので、兄のオリオンは話を聞くことにした。弟に優秀な義妹を迎えてもらうために協力は惜しまなかった。



***


イナベラは剣帯を作っていた。エリオットのおかげで低価格で手に入ったので、金具も多めに買えた。せっかくなのでベンの友人の分も作ることにした。

一つ完成したので、イナベラは剣術教師のもとに向かった。お礼のお菓子も用意した。


「先生、剣を貸してもらえませんか?」

「イナベラ、何に使うんだ?」


教師はイナベラの突拍子のない質問に慣れていた。


「剣帯を作ったんです。ただ本当に剣を止められるか、わからなくて」


教師は剣を渡すのはやめた。この細い令嬢が剣を腰にさして、よろけるのは目に見えていた。

近くの生徒を呼んだ。


「剣帯を」


教師は生徒にイナベラに差し出された剣帯をつけ、剣を身に付けさせた。

イナベラはわくわくした顔で様子を見ていた。


「いかがでしょうか?」

「普通に使えるよ」

「何か気に入らない所はありませんか?」

「いや。大丈夫だよ。よくできてる」


イナベラは顔をほころばせた。

上目遣いの美少女の笑顔に生徒は赤面した。ライアンと家族以外の高評価にイナベラは感動していた。


「よければ使ってください。さしあげます。先生、これお礼です。いつもありがとうございます。」


イナベラは礼をして上機嫌で去っていった。

残された二人は困惑した顔を浮かべた。

教師はイナベラの作ったお菓子を口に入れて、生徒にも分け与えた。

生徒はお菓子の味に驚いた。


「うまっ!!これ売れるよ。彼女、ハイスペックすぎませんか?」


イナベラは成績優秀、刺繍に料理の腕も抜群だった。


「やっかいな男に目をつけられなければ人生変わっただろうに」

「俺、これもらったけど、どうしよう」

「売り物のようによくできてるから使えば?」

「なんでくれたんだろうか」

「たぶんさ、褒められたのが嬉しかったんだろう。彼女、いじめられてるし」

「下位と中級貴族達にだろ?上位貴族は伯爵家の次男の嫁の立場に興味はないよな。」

「可哀想にな。また来たら優しく出迎えてやるか」


教師も生徒も突拍子のないイナベラの訪問を快く迎えることにした。そして、あんまりひどいいじめは仲裁してやることにした。


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