4.それから
リィンジークの意識が回復したのはそれから3日後のことだった。
『……母上?』
「ああ……良かった。気がついたのですね、リィン」
泣いていたのか目元が赤い母親の背後には、泣きじゃくる妹と安堵した様子の父親がいる。
『私は一体……?あれからどうなったのですか?』
「それはここで話すべきことではないな」
「リィン、貴方は3日も目を覚まさなかったのです。 まずは家に帰ってゆっくりしましょう」
『3日!?』
「そうですわお兄様。まずはゆっくりなさって下さいな」
リィンジーク達がいるのは王宮の医務室だ。確かに詳しい話しをするのに適した場所ではない。
本来であればまだ入院が必要なリィンジークだが、身の安全を考慮して帰宅が許された。身の安全という言葉に疑問を感じながらも、身体の怠さから何かを感じ取ったリィンジークは、公爵夫人と妹に支えられながら帰宅した。
馬車に揺られること40分。王都カルヴァーナの公爵邸に着いた。
既に邸の入口である両開きの大扉も開かれ、出迎えの使用人達が並んでいる。彼らが「お帰りなさいませ!」と一斉に頭を下げる中、3人はリィンジークを先頭に入っていく。
筆頭貴族の名に相応しい大きなエントランスホール。その正面の階段端に家令と侍女長が並んで立っている。
「「お帰りなさいませ」」
「リィンを診てもらいたいの。準備はできていて?」
『母上、私は……』
「リィン、貴方も自分の身体のことは分かっているでしょう?母を安心させるためだと思って診てもらいなさい。ね?」
「お兄様、わたくしもとっても心配しましたのよ?お父様だって……」
『……分かりました』
「皆様、此方へどうぞ」
事情はまだ何も知らないリィンジークだが、確かに身体に異常を感じてはいる。大人しく頷いた。
母親から事情を聞いた後、リィンジークは医師の診察を受けた。
「先生、リィンはどうなのでしょうか?」
「非常に強力な毒が用いられた影響でしょう。お身体にかなりの影響が出ておりますな。幸い毒は全て取り除かれておりますので後遺症が残ることはないでしょうが……。暫く静養なさった方がよろしいかと」
「そうですか……」
「若様、ご気分は如何ですかな?」
『……良くはないですね』
王宮の医官と同じくかかりつけの医師もまた暫くの静養をリィンジークに勧めた。
衝撃的な話を聞いたことと身体に感じる疲労感のせいで気分が優れない。医師の問いかけに鷹揚に返した。
ともかく今は何も考えずしっかりと休養を取ること。そう言って医師は帰って行った。
入れ替わるように寝室の扉がノックされる。
『どうぞ』
「「「失礼します」」」
入ってきたのは、リィンジークの専属侍女のマリーと同じく専属護衛のニコ、それにハンスだった。だが彼らは領地の公爵家本邸いるはずである。それが何故ここにいるのか。リィンジークは訝しむ。
「お久しぶりぶりでございます。若様」
『ああ……どうしてここに?』
「若君、我らは奥方様に呼ばれてここにいるのです」
「今回のことで皆様の警護を強化されるそうで」
『……そうか』
今回の事件。本命は我がローゼンフェルト公爵家だ。陛下の処罰も済み、公爵家としても報復したとはいえこれで終わるとは思えない。
「今回の件では領軍も動かしこの邸も慌ただしくなります。貴方の傍には貴方が一番信頼している者達を置いておきたいのです。忙しないとは思いますが、本邸の準備が整うまでここにいなさい。いいですね?」
『はい』
「それでは後を頼みましたよ」
「「「畏まりました」」」
『……はぁ』
「若様?ご無理をなさっていませんか?」
『いや……そうかもしれないな』
退出する母親を見送ったリィンジークは溜息をついた。それを見とがめたマリーが体調の悪さを指摘してくる。甲斐甲斐しく世話をしてくれる3人に大人しく身を委ねた。身体が言うことをきかない。
「若様、もうお休みになって下さい。我々は控えの間におりますので」
『ああ』
退出していく3人を見送った後リィンジークは目を閉じた。
「では、私は奥方様に報告してきます」
「分かった」
マリーは夫人に報告するために居室に向かい、控えの間にはニコとハンスが残った。
「……なぁ、ハンス」
「ん?」
「若君はなんで怪我をなさったんだと思う?普段の若君なら無傷で切り抜けられたはずだ」
「そうだな……油断していたか、防げない何かがあったのか……」
武術にも優れたリィンジークが小娘ごときに遅れを取るとは思えない。
各々が考えに耽るなか、王都の夜は更けていく。