菓子と戦争
もう、何日目だろうか…いや、何ヶ月目だろうか…いや、何年目だろうか…
この壊れかけの生ぬるい冷蔵庫に入れられてから。
きっと存在すら忘れられていることだろう。
もう彼には必要のないものだ。なぜこのままこの冷蔵庫に入れられているのだろうか。
もちろん、捨てられてしまうよりはずっとましだが。
今日も彼は僕を綺麗に避け、隣のミスターイトウのチョコチップクッキーとアーモンドが周りにまぶしてあるポッキーを取って行ってしまった。
これがあとどのくらい続くのだろうか?
古参が出て行っては新入りが入る。古参が出て行っては新入りが入る。そのループについていけないのは僕だけだろう。もはやこの生ぬるい冷蔵庫のトップに立ったつもりだ。この中のことなら誰よりもわかる自信がある。
なにせ、何年も前からいるのだから。
彼はいつもポケットにチロルチョコを4、5個持ち歩いている。僕もそんなふうにお供になれれば良かったなあ。
―そんなある日。
彼が息を切らしながらバンッと冷蔵庫を開けた。
「もう…これしか…ないんだ!」
そう言うと、僕を冷凍庫の中に入れた。
急に生ぬるい冷蔵庫から冷たい冷凍庫に入れられ、懐かしい、まだ冷蔵庫が壊れていなかったあの時を思い出したような気がした。
僕はこの後どうなるのだろうか…
そんなことを考えながら冷凍庫で1晩を過ごした。
次の日。やはり彼は僕を取りに来た。
彼は僕を胸ポケットにしまった。ここへ連れてこられた時以来の感触だった。
壊れた冷蔵庫よりも少し生暖かい外気に晒され、懐かしい気持ちだ。今は春だろうか。夏だろうか。秋だろうか。冬だろうか。この生暖かさは春か秋だな。そんなことを思っていた。彼は僕を胸ポケットにしまった後、少し迷ってからカプリコとエンゼルパイをカバンに入れた。それから、食料の入ったバケットのようなものからハイチュウをひと袋とハリボーのグミもカバンに入れた。彼は走って家を出た。何年ぶりの外だろうか。彼が走っていると、胸ポケットも揺れる。そして僕も揺れる。
しばらくすると、競技場のような場所に着いた。たくさんの人が何やら言い合っている。
「待たせたな!来たぞ!」
彼が声を張り上げる。
「相手になってやる。」
彼と同い年くらいの男が前に出てきた。
「まず、手始めに…」
彼はハイチュウを取り出した。ぶどう味が炸裂する!
「くっ…柔らかすぎるか…」
「こんどはこちらの番だ。」
ちゃいなマーブルが炸裂する!
「ちゃいな…マーブル…だとっ!?…ぐはっ!」
ちゃいなマーブルは飴の中でも特に硬い飴である。
「せめて…ヴェルダースオリジナルくらいのものは用意しておかなければならなかったか…」
彼はカバンからカプリコとエンゼルパイを取り出した。
「せめてもの…時間稼ぎだっ…!」
相手はびくともしない。
「やはり…ふわふわしすぎている…!」
「…ふっ」
相手は少し笑みを浮かべた。
相手からポッキーが飛び出す。
「くっ…細いものの、かなり硬い…!」
「冷凍庫に入れて置いたからな!」
相手は得意気だ。
「ならばっ…」
彼は胸ポケットの僕に手を置く。手はかすかに震えていた。
「これしか…ないっ!」
バッと僕を突きつける。
「なにっ…!?」
会場がざわめきだす。
「こんな所でこいつを出したくはなかった…だが…もうこれしかないんだ!」
「なん…だ…と!?しかも、初代版パッケージ!?さらに…この硬さは、冷凍庫に入れて置いたな!?」
彼のいる側の観衆からはもう既にバンザイが聞こえてくる。勝利を確信したのだろう。
「どうだ!」
「くっ…降参…だっ…」
より一層バンザイの声が増す。
「じゃああの台詞を言うんだな!」
「くっ…くそっ…屈辱だっ…
この地は…お前らのものだっ…!これでいいだろう!」
「俺たちは、この地を争って何年も何年も争ってきた…じいちゃんから受け継いだこいつが役に立ったぜ…」
彼は僕を握りしめる。
そうか。そうだったのか。僕は決して必要とされていなかった訳では無い。いわば、最終手段、であったのだ。彼がじいちゃんから受け継いだその日から、何年も何年も保管されてきて…やっと今日、役に立ったのだ!
彼の側の1人がやってきて、彼の肩を叩く。
「お前、こんなもの持ってたとはな。こいつ、しかも初代版パッケージのに負けるやつはねぇぜ。助かったよ。」
僕は、彼の、そして彼の仲間たちの役に立てて、心底幸せであった。
…僕の名は、アポロ。