無いね
あつい、風呂に入ろう。
どうしようもなく、てってってーな日々だ。
風呂場に鏡があるのは何かの悪意か?
こんな日はあつめの風呂に限る。
汗をかくと体がかゆくなるのだよ。
何故だろうね。
どこまでが体かもわからない。
どれ、セルフタッチでもするか。
手から足まで、顔面から背面までね。
時々分からなくなるんだ。
自分の体がどこにあるのか。
そして、どこまでが体かもね。
どうやらコレは赤子がするらしい。
どこまでが自分の体かを知るために。
だから、たまにはこういうのも悪くない。
折角の週末だしね。
さて、困った。
どうにも、私の体に無いところがある。
関節が硬くて、背中のすべてに触れられないんだ。
うなじから背骨をたどっていった辺りか。
どうしようか、私の中では私の背中に穴が開いているのだが。
ふと、頭によぎるのはハネ、翼だ。
よく天使とか、背中から翼が生えているように想像する。
あれはひょっとすると、人はみな背中に。
自らの背に穴があることを知っていたのではないか?
そして、その不完全さを受け入れられるモノと、そうじゃないモノがいた。
そうじゃないものが、自分に確認できないから、外部から考えた結果なのか。
それとも、己の心から何かが生えてくると考えたのか。
人の背から翼が生えるという発想は、そういうことなのではないだろうか。
己から発芽したモノ、と。
さて、どうしようか。
想いを馳せても暑苦しい浴室で汗だくで、私の中では、私の背中に穴が開いているわけだが。
他のところも両の手で触ろうとするだろ?
腰より上の背には思い通りに手が触れられないんだな、これが。
股下、鼠径部、大腿、腓腹筋、足元は表裏触れるのに。
首から上もそうだ。
耳の裏、顎、首、鼻、頭頂部、生え際。
しかし、この髪は面倒だな。
触っても、触られたという感覚がない。
神経がないのだろうか。
根元の皮膚にはあるのだがな。
さて、これで大体の部位は触ったかな。
そのとき、気付いたんだよ。
一番使ってる手や腕がまだだってね。
腕を触り、手首を触る。
先に腕を触ったのにちに、手首を触る。
両手を合わせ、指を絡ませ、動かす。
これで背中以外は体を認識できる。
しかし、腕と手首がつながるには時間がかかったな。
そう、背中を触っているのは、確認するためには手で触れる必要がある。
だから、私の中では最初から手はあった。
でも、腕はなかった。
自分で確認するまではね。
すると、手と、腕のつながり、つまり、手首がない状態になる。
人との繋がりを欲する人が手首を切るのは、そこに己を見いだせないからなのかもしれない。
もしくは、触る以上の刺激で自分を、己の体がつながっているのだと、認識したいのかもしれない。
さて、そろそろ風呂から出ようか。
外で書いた汗とはまた別の、汗をかいた。
それでいいと思う。
さて、君たちの反応次第かな。
これ以上は。