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6頁 来訪者


「しくしく……どうしてこんなことに……ぐすぐす」


 上品な設えの客間の中、一人嗚咽をあげながらベッドの上でうずくまる。

 異世界召喚なんていう、一生のうちに一度でも起こったら超幸運なビッグなイベントだというのに、役立たずの烙印を押され、ハブられ、旅立ちすらできないなんて。ありえないじゃろ。


 老人でも何かの役に立つかもしれないじゃないか。別に杖をつかないと歩けない訳じゃないんじゃ。ちょっと足腰が弱くなってきて体力が少ないだけじゃないか。

 もしかしたら、そのうちレベルアップとかで魔法とか使えるようになるかもしれないじゃろ。あっ、魔法は使えないとかなんか言われた気が……。


 あとできることと言えば、本の分類ができて、綺麗にブッカーかけれて、機械いじりができて、漫画アニメの知識があって、ゲームで鍛えた効率プレイができて……。


「……考えると、ホント役立たずじゃないか! 儂ダメオタク!」


 はぁ、一人で考えてて鬱になってきた。儂、もう帰りたい。半年帰れないけど。


 ベッドに倒れ込むように横になると、天井を眺める。王宮というだけあって個室であっても上品な模様の描かれた天井に、不思議な色合いの明かりが灯っている。


 案内してくれたメイドさんが言っていたが、魔法具によって作りだされた明かりであるとか。

 手をかざして左へと振ると、不思議な事に、明かりはゆっくりとその明度を落としていく。

 メイドさんが言うには、魔法具は魔法が使えない者でも魔力があれば操作ができるアイテムなのだとか。まったく不思議な物じゃ。ここが異世界であると再度実感する。

 ……ふむ、メイドだけに明度の調節も得意です、と。わはは、儂、ナイスダジャレ。


「はぁ……」


 小さなため息が漏れる。

 いまごろ一緒に召喚された面々は儀式についての説明を受けているのだろうか。もしかしたら儀式の成功を祈願して小洒落たパーティなんかが開かれているのかもしれない。


 きっとあの六人は順調に旅を進めるのだろう。

 リーダー性のある冒険者のクルトを筆頭に、戦闘が得意そうな大桐、シーナ、ザインの三名、パーティの要たるヒーラーのルトラシカ、ペルティという魔法使いもいる。

 旅をしながら絆を深め、儀式を成功しこの世界を救った英雄として迎えられるに違いない。

 ……そしてそれを観衆と共に儂は眺めるのだろう。

 思考を重ねれば重ねるほど、薄暗くなった部屋同様、儂の心も暗くなる。


 ……あぁ! いかんいかん。こんな風に考えてたらどんどん心が暗くなる。それはとても良くないことと、わかっているはずじゃ。

 どんなときでも希望は残る。それが儂の六十四年の人生で学んだことじゃろ。

 考えていても仕方がない、きっとこの後何か起こって儂の冒険も始まるはず。うん、そう信じよう。根拠もなにもないけれど。


「よし、寝よう」


 布団に潜り込み、スイッチを切り替えるように、心を入れ替える。

 元々考え込むタイプであったが、過去の経験からうまく切り替えができるようになったのは、儂の誇れる点じゃ。まぁそれができるようになったのはずいぶん歳を重ねたあとじゃったけど。


 窓の外を覗けば、空に映る二つの月。蒼と朱の二重月が幻想的な色合いを魅せる。ここが真に異世界であることを告げているようだった。

 ぼんやりと眺めていると次第に瞼が重くなってくる。そういえば寝ている最中に召喚されたのじゃった。


 いろいろな出来事が重なったこともあるが、身体が睡眠を求めていた。

 瞼を閉じる。

 あぁ、そういえば日記を付け忘れたような。って、そうじゃ、日記帳がないのか。ここ十年近く毎日つけていたので、新しい出来事があるとつい日記を書きたくなる。


 そうじゃな。せっかく続けていた日記だ。明日にでも何か紙をもらって付けていくとしようかのう。

 ここは異世界、ヴィラスイール。旅にでなくともきっと素敵な出来事が起こるはず――。

 そうして、異世界召喚された初日。儂は眠りについた。



 翌朝、目が醒めると同時に耳に響いてきたのは、部屋のドアをノックする音だった。


「うーん……はいってます」


 布団に潜り込んだまま胡乱な返事を返すと、一瞬音が止まる。が、すぐにまたノックが始まった。

 一定の間隔で、ずれることなく繰り返されるノック。

 このまま二度寝を決め込んでしまえと思うも、だんだん気になってきて、結局、二度寝することなく布団からでることにした。

 柔らかい暖かな布団から抜け出し、ベッドに腰掛け一つ欠伸をつき、落ち着いたところで来訪者へと声をかける。


「どうぞ、開いてますよ」


 儂の声に合わせてノックは止み、数秒の沈黙のあとゆっくりとドアが開いた。


「おや、あなたさんは……」


 ドアを開け部屋へと入ってきたのは、白いローブをきた白髪の少女――たしかミュタンといったか――だった。


「寝ているところを失礼する。えっと、オキナ……殿」

「ああ、いいですよオキナで。儂のような老人のことなど好きに呼んでくだされ」


 敬語が苦手そうな感じだったので、呼び捨てで構わないと告げるとミュタンはわかりやすく一息ついた。よほど堅苦しい言い回しが苦手なのだろう。


 それよりも、儂はこのとき、早くも展開が進んだと心の中でガッツポーズを取っていた。

 儂らを召喚した魔法使い然とした少女。そのミュタンが、朝から儂のような役立たずの老人の元へ訪れる。これはきっと何かあるに違いないと確信していた。


「それで、ミュタンさんでしたか。何か儂に用ですかの?」


 ミュタンへと話を促す。

 ミュタンは昨日出会ったときの、何事にも無関心な雰囲気とは打って変わって、両手を合わせ、その指を忙しなく動かしている。視線は部屋を見回すようにキョロキョロとしていた。


「実はオキナ、に頼みがあってきた」


 キタ! キタよ、これ!

 やはり希望は捨てるものじゃない。昨日の今日で少々展開が早いような気もするが、これは儂の冒険、始まるに違いない!


「ふ、ふむ。頼みとな。な、なんですかのう、その頼みとは」


 高まる期待を押し殺しながら、ミュタンへと答える。期待しすぎて声がソワソワしてしまった。


「実は……」

「実は……?」


 グッと両の拳に力が入る。腰は早くもベッドの上から浮き始めていた。

 さぁ、始めよう。儂の異世界ドラマティックファンタジー冒険譚を!

 ミュタンが決意したように儂を視界に納めると、口を開いた。


「――実は、オキナが持っていた本を見せて欲しい」

「へ? 本?」


 え、本って、え?

 期待を裏切るミュタンの言葉に、儂の腰がストンと柔らかなベッドの上に落ちた。

 儂の冒険譚、早くも終了。


 大きなため息がでた。期待しすぎていただけに、そのショックは、どうしても欲しかったフィギュアが予約開始数十秒で売り切れになったときの様。

 大げさなほど首を項垂れ、落ち込む。

 するとミュタンは、何を思ったか目の前まできてしゃがみこみ、儂の顔をのぞき込むようにして言った。


「ダメ、だろうか?」


 上目遣いの懇願。老人とはいえ儂も男。美少女にこんな風にお願いされれば、心臓が高鳴るという物。というか、その大きな瞳でのぞき込まないで。天使すぎて、儂ホント恥ずかしい。

 期待を裏切られたショックと美少女の懇願によって、儂の心はもうめちゃくちゃじゃよ。


「オキナ……本」


 ミュタンが可愛らしく言葉を重ねる。


「あぁ、本、ね……。本ならそこの棚の上にありますよ」


 心の動揺を押さえ込みながら、どうにか本の場所を口にし、ベッドの脇にある棚を指さす。


「見て良いのか!」

「え、えぇ……どうぞ」


 途端、飛び上がるように立つミュタン。そのまま棚の場所まで軽快に移動すると本――ラノベを開く。

 あぁ、そういえばあれラノベだった。また美少女に美少女(二次元)の肌色満載挿絵を見られるのか。うぅ恥ずかしくて目を開けてられんぞい。

 思わず顔を手で覆って時が過ぎるのを待った。


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