3頁 王の間
「ヴィラスイール……異世界召喚か」
マント男が静かに呟く。その呟きは静かに、だがハッキリと部屋に広がった。
異世界ヴィラスイール。本当に異世界召喚なんだと、心が躍る。
齢六十四歳。まさか人生終盤にもなって、こんな出来事に遭遇するとは、ワクワクがとまらんぞ。
「あ、あの。異世界ってどういうことですか? ここはルピオカの地ではないのですか?」
「ヴィラスイール? ルピオカ? 聞いたことねぇな。雅堂じゃねーのかここは」
シスターと学生服がそれぞれ声をあげる。おそらく自分達のいた元の世界のことを尋ねているように思われるが、儂には二人があげた地名に聞き覚えはない。
個性的な服装の面々に、共通点のない地名。さらに最初、言葉が通じなかったことを考えると……ひょっとして?
思案していると少女が儂の考えを肯定するかのように頷いた。
「あなた達は皆、異世界より私たちがこの世界ヴィラスイールへと呼び出した。確証はないけど、あなた達それぞれの言葉が通じていなかったことから、元の世界は皆バラバラだと考えられる」
「では、ここは僕らが考えている自分達の世界とは、まったく別の世界だというわけですね」
「そう」
マント男の確認に少女は頷く。
全員がバラバラの世界から集められた。その事実に驚きを隠し得ない。というか地球以外の世界が存在することが驚きだ。他の世界とはどんなところなのだろう?
六人を見渡すと確かにおかしな格好をした連中だ。いや、六人から見たら儂もおかしく見えるのかもしれない。なにせ一人寝間着だし。なんで儂だけ寝間着……。
「それでぇ、なぜあたし達なんですぅ?」
「そうそれよー、なんであたい達が選ばれたのさー」
ロリ幼女(ロリータ服を着た幼女の意)とへそ出しちゃんが気になる質問をすると、少女が答えた。
「特にあなた達を選んだ理由はない。というより召喚の際に誰かを選択するということはできなかった。あなた達は偶然、無作為に選ばれたにすぎない」
「はぁ!? なんだそりゃ。俺らを選んで呼び出したんじゃねぇのかぁ?」
「すべて偶然」
事も無げに言う少女に、一同は驚きを隠せなかった。
「では偶然、全く接点のない別々の世界から僕ら七人が集められたと?」
「私たちが必要としたのは異世界人で、それは共通の世界である必要性はなかった。とはいえ、私たちもまさか全員が別々の世界から呼び出されるとは思わなかったけれど」
「なるほど。僕らがここにいる理由はわかりました。……それで、世界に迫る危機というのは?」
「それにつきましては、我々の王よりお伝え致します。これより王の待つ部屋までお連れ致しますが……そのまえに」
マント男の質問には答えず、武士娘は少女へと視線を送ると何かを確認しているようだった。
「カノン、こっちの準備はできてる」
「わかった。皆さん、王の間へとお連れする前に不躾ではありますが、所持品の確認だけさせて頂きたい」
「所持品の確認だぁ?」
「あなた方を疑うわけではないのですが、我らも王の身を守らねばなりません。武器となるようなものを持たれては、こちらもそれなりの覚悟をせねばなりません」
そう言いながら武士娘は自身の腰にある刀に手を添える。学生服の呻く声が聞こえた。
どうやらさっきの一件が尾を引いているらしい。
「確かに。僕らはあなた方が召喚したとはいえ見ず知らずの人物だ。この中に悪意を持つものがいる可能性も考慮する必要がある、と」
「おっしゃる通りです」
「わかりました。僕は構わないけど、みんなどうだい?」
マント男がイケメンオーラを出しながら皆に同意を求める。いつのまにか儂ら七人をまとめるのはマント男の仕事になっている。さすがイケメン。隙がない。
「私は構いません」「構わねぇよ。どうせ手ぶらだしな」「あたしもぉ」「ま、あたいも持ってた荷物どっか行っちまってるしねー」「……ラグルステリーシャ。我に異論はない」と皆が同意する。待て、厨二くん、だからそれはなんなんだ。
「儂も、いいですよ」
どうせ持っている物といえばこのラノベだけだ。特に問題はなかった。
「皆様のお心に感謝を。それでは一人ずつこちらへ」
そう言って武士娘が扉のある方へ案内する。
順番は特に決めたわけではなかったが、なんとなく扉に近い順に並ぶことになった。
マント男、シスター、ロリ幼女、学生服、へそ出しちゃん、厨二くん、儂の順だ。
厨二くんの背が高いので横からのぞき込むように前を見ると、不穏な空気もなく、まあまあにこやかに所持品の確認が行われていた。
一人一分程度の簡単なチェックが行われ、チェックが終わったものは扉を通って外へでていく。扉の横には少女が立っていた。
特に問題は起きないまま、厨二くんの番となった。
ここまでくると会話もよく聞こえてくる。
「これは……短剣ですか。意匠を凝らした素晴らしい一品ですね」
「ほう……我がレヴォルトグラウスに目を付けるとは。チャウリルカの乙女よ、気に入ったぞ」
「はぁ、それはどうも。と、他にはなさそうですね。この短剣ならばいいでしょう。所持して頂いても構いません」
「ラダーテトラシュカ……。感謝する」
厨二くんが何をいってるのかさっぱりわからんが、厨二どころかマジの邪気眼なんじゃないかと思い始めてきた。レヴォルトグラウスってなんだ。チャウリルカの乙女って武士娘のことか? ラダーテトラシュカに関してはマジで意味がわからん。
思わず噴き出しそうになるのを堪えながら待っていると、厨二くんが扉をでていく。
「さて残るは、ご老人あなたですね」
「あぁ、はいはい。よろしく頼みますよ」
ぺこりと頭を下げる。
「では所持品を。といっても特に武器になるようなものはお持ちではなさそうですね」
「武器といえば、さっきの厨二く……いや彼、短剣のようなものを持たせたままで良かったのですかのう?」
沸いて出た質問をする。
「あぁ、所持品検査とは言っておりますが、ただどんな武器をもっているのか、それを確認したかっただけですので。あの短剣ならば攻撃するにしても方法は限られますから、対処も容易いものです」
なるほど、先の学生服との一件もあるが、相当腕に自信があるようだ。
「しかし、なにか特殊な力でもあったらどうするのですかの?」
異世界物のお約束、特殊能力や異能力が彼らにあった場合、その対処はできるものではないだろう。
「それについては、表面的にですが確認していますよ」
そういってチラリと後ろにいる少女に視線を投げかける武士娘。
なるほど、武士娘が武器を確認しつつ、後ろの少女もなにかしらの方法でそういった能力のチェックを行っていると、そういう訳ですか。
「とはいえ、あなた方は異世界人ですからね。私たちの予想も付かない方法を持っているかもしれない。いざとなればこの身を盾にしてでも王をお守りしますよ。そうならないことを祈っておりますが」
そういって武士娘は微笑んだ。ああなんて素敵な笑顔。自信に満ちあふれていると、そう感じた。
「さて、ご老人。とくに隠し持った物とかはなさそうですね」
「そうじゃのぉ。こんな服装じゃしなぁ。所持品といえば、この本くらいですかのう」
「ほう、その小さい物が本、ですか。一応確認させて頂いても?」
「えぇ? まぁ……どうぞ」
確認させて欲しいと言われ、思わず途惑いつつラノベを手渡す。
いやだってね、これラノベなの。可愛い女の子とかの肌色満開な絵がいっぱいなの。表紙はカバーで隠れてるけど中を開けば一発でバレちゃうわけ。
十八禁じゃないにしても、この歳になってこんなオタク趣味全開のものを年端もいかない少女に見られるって、そりゃ恥ずかしいわけですよ。ほんと。
若干挙動不審になりならがキョロキョロと視線を動かす。
と奥にいる少女がジーッとこちらを見ていた。あ、なんか恥ずかしい。見ないで。
「む、これは……ふむ……」
武士娘がページをめくる手を止めてじっくり見ている。
ちょっとちょっと、挿絵のページじゃないだろうな……。ああ勘弁してください。思わず顔を手で覆う。
「いや、失礼。この世界にはこのような質の良い紙で、しかもこのような手のひらサイズの本を見ることはないので。素晴らしい技術のある世界の住人のようですね」
「はぁ、それはどうも」
ラノベを返してもらいながら、曖昧に返事する。
「それではどうぞ、お通りください」
扉への通行を許可され、言われたとおりに扉を開け部屋の外へでる。
扉を閉めようとしたとき、微かな話し声が聞こえた。
「ミュタン、あのご老人の本……」
扉がしまり、あとは聞こえなかった。一体儂の本がなんだというのだろう?
疑問を抱いていると、二人が扉から出てきた。
「お待たせしてすみません。ご案内します。付いてきてください」
武士娘はそう言うと歩き出す。続いて七人が、最後に少女が付いてくる形となった。
王がいるという部屋までは五分ほどかかった。途中長い石造りの階段があり腰の弱い儂には少々つらい道程だった。
とはいえ煌びやかな廊下に、窓から覗く中世を思わせる庭園を見ると、ここが真に異世界だと実感させ、心が躍る。
ようやくついた王の部屋の扉は、それに相応しく大きく重そうな扉だった。
「私だ、異世界の住人をお連れした。王への謁見を求む」
「はっ、伺っております。どうぞお入りください」
門番はお決まりの台詞を言いながら扉を開いていく。
扉の先はまさにファンタジーRPGの王の間と同じ雰囲気の大広間にいかにもな兵士が立ち並ぶ。
奥の玉座に座る王は、これまたゲームで見覚えのある王冠に口ひげを伸ばした、それでいて若く見える穏和そうな人物だった。
王の前に七人が整列し、王を守るように少女と武士娘が左右に並ぶ。
ある種異様な光景だ。周囲にいる兵士はさも当然であるような態度を示しているが、日本でいえば女子高生くらいの女の子が首相を守るように立っているのだ。
この二人の少女は一体何者なのか。地位や立場が気になった。
様々な想像が頭をかすめる中、武士娘が口を開いた。
「王よ、異世界の方々をお連れしました」
武士娘が告げると、王は大きく頷いた。
「異世界の者達よ、よく来てくれた。余がヴィラ王国の国王ヴィラ・テ・ルーアだ。歓迎するぞ」
「ヴィラ王国? ヴィラスイールとか言ってなかったっけ? なんか違うの?」
へそ出しちゃんがぼそっと呟く。
「ヴィラスイールとは三大陸と島々からなるこの世界そのものの事を言います。我が国ヴィラ王国は三大陸のうち、東に位置する大陸を治める王国です」
へそ出しちゃんの呟きを武士娘が拾い補足してくれる。
「ということは他の国も存在するのですね?」マント男が言った。
「勿論です。ここヴィラ王国は人が主体となった王国。北の大陸を治めるのは魔人王が治めるデメルアス王国、南の大陸には妖精族が治めるエルテーシア王国があります。その他にも島々には独立した小国がいくつか存在しています」
武士娘が細かな説明をしてくれた。
人に魔人に妖精か。頭の中で勝手に翻訳されていくが、この世界では人以外の種族が存在し国をもっているのか。
思っていた以上に大きな世界なのかもしれない。
「僕らは、ヴィラスイールに危機が迫っていると聞きました。つまり、その三国を含めた全てが危ないということでしょうか?」
物わかりの良いイケメンが質問すると、ヴィラ王は頷く。
「うむ、その通りだ。少々長くなるがそなたらを招いた経緯を話そう」
ヴィラ王は静かに語り出した。