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1頁 目覚め

 儂を覚醒へと導いたのは、聞き慣れない言葉の応酬だった。


「ダー! ミファ、フィノエファン!」だの「モー、ンエヌエ!」だのと意味不明、理解不能な言葉が頭の上を飛び交っている。

 なんとも五月蠅い。ゆっくり眠れないではないか。

 とうとう我慢できなくなった儂は、目を開け身体を起こすと、その異常性に目を疑った。


 まず、儂は自分が自室の布団の上ではなく、硬い石床の上に寝ていたことに気づいた。

 周囲には煌びやかな宝石が飾り付けられた燭台が灯り、ブロックのような壁でできた四方型の部屋にいる。足下には魔方陣にも見える不気味な紋様が描かれた石床。そして視線の先には男三人、女三人の見た目に若い六人が一方向に向け口々に言葉を上げていることに気づく。


 相変わらず何を言っているのか意味不明だが、語気の荒さから抗議の声をあげてるように思える。

 だがなにより気になるのは六人の服装だ。全員が統一感皆無の個性的な格好をしていた。


 ファンタジーゲームにでてきそうな軽装にマントのイケメンな男。

 学生服のようにも見えるが明らかに派手な格好のオールバックのごつい男。

 全身黒一色に、口元を覆うボロボロのマフラーのようなものを巻いてる厨二全開な長身長髪の男。

 短いシャツにショートパンツでへそを出したロングヘアな女。

 修道服のようにも見えるシスター然とした優しそうなセミロングの女。

 それに甘ロリともいうべきか派手なロリータ服をきたツインテール幼女。


 そして六人全員の髪の色がこれまたカラフル。赤、青、紫、金、緑、桃色と目に鮮やかな彩りを見せている。

 明らかに普通じゃない六人。そして寝間着姿で禿頭な儂。そして儂の手には寝る前に読んでいた異世界物ラノベが握られていた。


 儂は一度深呼吸をすると、目を閉じ落ち着いて考える。そう、さながらミステリー小説に登場する名探偵のように。

 周囲の状況、個性的な服装の面々、意味不明な言葉。足下にある魔方陣のようにも見える不気味な紋様。

 コスプレ会場かなにかと疑いたいが、残念ながら寝ている最中に連れてこられるような心当たりはない。

 そして儂の手に残るこのラノベの導入文は確か――今のこの状況に似ている。


 これは、あれか。あれだよね。夢じゃないならあれしかないよね?

 長く伸びた顎髭を引っ張る。痛い。うむ、夢じゃない。

 とすれば、ここはお約束ということでこう言うしかあるまい。


「異世界召喚キター!」


 六人の鋭い視線が一斉にこっちに向いた。特に学生服と厨二くんが恐ろしいまでの眼光でこちらを睨んできた。

 あっ、そんな目で見ないで。儂、そういう視線だめなんです。

 気まずそうに視線を逸らすと、六人はまたも意味不明な言葉を上げながら先ほどと同じ方へと向き直る。


 どうも六人全員が、いや儂をいれれば七人全員がお互いの言葉を理解していないようだった。

 全員、喋っている言葉の発音やアクセントや音調がバラバラすぎる。意思疎通もできず、ただ奥へとそれぞれが声を上げているのだ。言ってしまえば七カ国語同時放送状態。


 うーむ、儂の知ってる異世界召喚物はどれも言葉の融通が効く物ばかりだったんだが、現実はそう都合良いものではないようで。

 

 しかし、いったい奥に何があるというのだろう。と、そこで儂を含めた七人を取り囲むように薄白い光がたち昇っていることに気づく。

 霧がかったように白く立ち上る光。光の外へはでようとしない六人。

 気になって触ろうと手を伸ばそうとした矢先、学生服のごつい男が光に向かって拳を振るうのが見えた。が、拳は光に当たるとその運動を停止する。

 音はない。だが男の腕が伸びきる前に、拳が光にさえぎられている。

 いらだたしげに学生服が叫ぶ。咆吼のような声だ。というか怖いのでやめてください。お願いします。


 儂は恐る恐る、重い腰をあげると、六人の後ろから奥を眺めた。

 六人の視線の先、そこには二人の美少女が立っていた。


 年の頃なら十六、七。美少女と呼べる二人の少女のうち、一人は白髪で、サイドの髪は胸元まで伸び後ろ髪はショートヘア、くりりとした大きな瑠璃色の瞳に、薄い唇。真っ白い清潔なローブのような服は首もとから足もとまでを覆っている。


 見るからに魔法使いと思える格好をした少女は、小脇に大きな本を抱え立っていた。

 荒々しい声に晒されながらも、まるで気にもとめない表情で佇む少女は、儂ら七人の顔を一人ずつ観察するように眺めると、後ろに立っていたもう一人の少女に、天使のような透明感のある声をかけた。


「ルノーティア、エルメ、カノン」

「テフ、ノーアル、ヴィラレイト。ミュタン、タールテイラ」


 少女の後ろにいた、少し背の高い別の美少女が答える。凛としたよく通る声が響く。

 長い黒髪を赤いリボンでポニーテールにまとめ、白い振り袖つきの上着に、赤いスカート。そのスカートから覗くスラリとした綺麗な足には、金属製の脛当てのような物を纏っている。整った顔を彩る赤いやや釣り目がちな視線は、少女を捕らえながらもこちらを観察しているようだ。


 気になるのは、装飾された白い鞘に納まる刀のようなものを、その腰に携えていることだった。

「魔法少女に武士娘?」

 思わず声にだしてしまうが、周りの六人は儂の言葉が理解不能だと言うように、関心を示さなかった。

 

 二言三言、少女と武士娘が会話をかわす。その間も六人はここからだせと言わんばかりに激しく声を荒げていた。というか学生服がとにかく暴れていた。

 会話を終えた少女がこちらへ向き直る。


 いったいなにが始まるのだろう。なんとなく状況把握ができた今になって、不安が押し寄せてきた。

 そもそも光の壁に取り囲まれ、捕らえられた囚人のような状況だ。そこに集められた七人はお互いに言葉が通じない。

 壁の外にいる少女も当然言葉が通じず、その視線は、こちらを観察するように向けられている。

 そして何の前触れもなく、少女は小脇に抱えた本を取り出すと、開き、声を発した。


「デイ・トゥ・ノラトゥーラ! シゼラウス!」


 透明感のある透き通った、だが力強い言葉に応えるように、開かれた本が中空に浮かびページが捲れていく。

 神々しく輝く発光。どこからともなく吹き荒れる風。何かが起こっているのは理解するが、何が起こるのかという不安に苛まれる。

 七人全員が声もだせず事態を見守るしかなかった。


 数秒の出来事がとても長く感じられた。思わず目を閉じてしまう。

 夢ならここで醒めて欲しいと、心にもないことを願うが、それは叶うことはなかった。


「ウィ……ミラーテルト」


 長い静寂の後、少女が口を開いた。いつしか本は閉じられ、発光現象や吹き荒れていた風は止んでいた。


「ラ? ミラーテルト、ルウテ?」

「ラ……? ラ、フィーラ!」


 マント男とシスターが驚いたように声をもらす。

 それは次々と伝播し、気づけば六人が少女と同じような言葉遣いに変わっていた。

 なんじゃ、なにが起きたんじゃ?

 依然として言葉がわからない儂は、六人の驚きに満ちた声に違和感を感じる。

 そんな儂のことなど気にもとめず、少女はマント男に指を差し告げた。


「ヴィ、オーサ、ラ?」

「……オーサ、ラ」


 マント男が答えると、次はあなただと言わんばかりに学生服へと指を差し、同じ言葉を告げる。

 一人、また一人と順番になにかを確認するかのように指さし確認を行っていた。

 六人はこれまでと打って変わったように大人しく返答しているようだ。

 言葉が……通じている? いったいなぜじゃ?

 さっきの本が光った現象、あれが原因なのは間違いないと思うが、だとしたらなぜ儂だけ言葉がわからないままなのだろうか。

 一人疎外感を覚えながら不安げに少女を見ていると、ついに儂の順番となった。


「ヴィ、オーサ、ラ?」

「……えっと、なんじゃ……? びー? お皿? え、なんて?」

「ター? オーサ、ラ? ギレンタ?」

「あー……。すまんのう。おさーら、ぎれんーた、……まるでわからん」


 申し訳なさそうに謝ると、少女は少し驚き、考え込んでしまう。

 六人が哀れみを込めた視線でこちらを見ている。なんで、そんな目で見るの。なんかもう儂、帰りたい。

 途方に暮れる儂だったが、少女は今一度本を取り出し、儂を指さし告げた。


「デイ・トゥ・ノラトゥーラ! シゼラウス!」

「わっ、またか」

 

 発光する本、吹き荒ぶ風。また先ほどと同様の現象が起きる。

 そのとき、突然電撃に打たれたような頭痛が走った。

 あまりの激痛に呻きながらよろけ倒れ込む。六人の息を呑む声が聞こえるがこちらはそれどころではない。

 頭痛の次は目眩が起こり、急に視界がぐるりと回る。

 自身に起こった出来事に対応ができない。ただただ呻きながら治まるのを待ち続けた。

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