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0頁 ここは異世界、森の中


 生涯学習という言葉がある。

 簡単に言ってしまえば、自発的意志に基づいて、自分で考え、生涯に渡って学ぶことだ。

 これは別に学校の勉強に限らない。趣味や娯楽、ライフワークでもいい。自分に必要だと思えるなら、それに挑戦し、経験し、継続しながら学ぶこと。そうして自己を充実、啓発し高めていくのだ。


「だからっ……ハァッ、といってっ……これは、ゼェ、無茶じゃったっ!」


 夜の帳が落ち、鬱蒼とした森の茂みを掻き分けながら、全力で走る。

 後ろを振り返る暇などないが、背筋に迫る殺気は本物だ。老体に鞭打ちながらとにかく走る。

 儂、篝火翁かがりびおきな六十四歳。現在、緑の小鬼、毛むくじゃらの豚人等の所謂モンスター数体に絶賛追いかけられてます。はい。


 どうしてこうなったと聞かれれば、「儂やりたい!」と年甲斐もなく、はしゃいで手をあげて志願したからに他ならないわけじゃが。いやね、ゲームなんかで得意だったから楽勝だと思ったの。マラソン(ネトゲ用語)。


 身体強化の魔法で老骨でも問題ナッシング、とか調子こいていられたのは初めの数分、いざ走り出したら足は問題ないけど息があがって、正直しんどい。というか無理。

 なにが生涯学習じゃ。なにがモンスターと戦って経験値ためたいじゃ。自分が老人であることを忘れてはしゃぎおって……! 数十分前の自分を叱りたい。


 後悔の海に溺れていると、目の前の木に後方から飛んできた矢が突き刺さる。


「げぇ! 飛び道具っ」


 こりゃマジでヤバイかもしれん。帽子を抑え、狙われないようにジグザグに動きながらとにかく走った。


 追われ続けること数分間、木々の隙間が大きくなり、開けた道が見えた。


「ゼェ……ハァ……ヒュゥ……!」


 白目むきそうな気分のまま、一気に駆け抜ける。飛び出した先には、森と森の間にできた大きな街道。


「オキナ様ー!」

「ハァハァ、アーティ……か、ゼェハァ」


 対面の森から長い青髪を靡かせながら、少女が軽快に飛び出してくる。儂と違って汗一つかかず、まだまだ余裕を持て余してる様。

 とがった長い耳が特徴的な小柄な少女――アーティリアは儂を確認するとそのまま大きな道沿いを南に進む。儂も休む暇なく追いかけた。


「オキナ様……大丈夫ですか?」心配そうな顔で尋ねられる。

「ヒィ……ハァ……だい……じょうぶ……じゃないかもっ」


 情けない声を上げながら後ろを振り返ると、儂が釣り上げたモンスターは、アーティリアが連れてきたモンスターと合流し、その数を数倍に膨れあがらせていた。

 アーティ、一体どんだけ釣ってきたの。ばかなの。

 命がけの逃走劇はその危険度を増した。


 降りしきる雨のように飛び交う矢は、当たりどころが悪ければ一発アウト。当たり所がよくても痛くて耐えられそうもない。敵の命中精度が悪いことだけが唯一の救いだが、いつまでもつだろうか。

 死にものぐるいで走り続ける。と、アーティリアが並走して手を伸ばしてきた。


「オキナ様、手を。合流ポイントもすぐですし、『跳躍』します」


 助かった! すぐさまアーティリアの手をとる。柔らかく小さい手はスベスベで、手汗べっとりで皺クチャな儂の手を重ねるのは犯罪じゃないかとドキドキする。うわ。儂、恥ずかしい。

 そんな儂の気など知らずしっかりと手を握ってくると、アーティリアは空いてる手で腰に下げたバッグから一冊の本を取り出した。――魔導書だ。


「我が意に応えよ! メイトロー!」


 力ある言葉が発せられると、それに応じるかのように魔導書はぼんやりと光り、中空へ浮かびながら、ページが勝手に捲れていく。


跳躍とびます!」


 瞬間、空間がうねり、歪む。フッと身体が重力から解放されるように浮かんだと思うと、一気に前方へ向けて引っ張られた。

 刹那ののち、儂とアーティリアはモンスターの群れから数十メートル離れた位置に出現する。


「続けて跳躍ますよ!」


 儂の答えを待たず、またも空間がうねる。先ほどと同様に、儂らはモンスター達から一気に距離をあけた。

 アーティリアの持つ≪魔導書メイトロー≫。その力は瞬間移動に他ならない。

 離れすぎては意味がないが、それでも距離を開けたことで、心身ともに余裕ができると思わず安堵する。


「ハァ、ゼェ……アーティ、助かったぞぃ」

「オキナ様、まだ合流地点まではありますから、がんばってくださいね」


 ニコリと微笑むアーティリアに励まされ、今一度老体に鞭打つと、儂らは駆けだした。


 合流地点には二人の少女が待っていた。

 一人はアーティリア瓜二つな緑髪の少女。もう一方はサイドが胸元まで伸びた白髪ショートカットの少女だ。


「アーティ! オキナー!」


 緑髪の少女――リゼフェルトがにこやかに手を振っていた。

 おのれ、リゼフェルト。暇そうにしおって。……まぁリゼフェルトの役目を儂が強引に変わってもらったのだから暇なのは当たり前なのじゃが。


「お待たせしました。この辺一帯のモンスターは全部引っ張ってこれたと思います」

「うん。わかった。あとはまかせて」


 アーティリアの言葉に、白髪の少女――ミュタンが淡泊に答える。


「ゼェ、ハァ……ミュタンさんや、大丈夫なの……あの数」

「あははっ、オキナ汗だくー」


 リゼフェルトに指さされながら大笑いされるが、事実なのでとりあえず無視する。


「問題ない。オキナもアーティも離れてて」


 そういってミュタンは一歩前にでる。大きな青い瞳、その視線の先にはモンスターの群れが迫っていた。

 ミュタンはゴソゴソと白いローブの袖をまさぐると、一冊の本を取り出す。


「ファルトル……か?」

「これが手っ取り早い」


 儂の言葉にそっけなく答えると≪魔導書ファルトル≫を開き力ある言葉を発するミュタン。


「開け、神の記憶よ!」


 アーティリアの時よりも、激しく神々しく光り輝く魔導書。それは個々が持ち得る魔力総量の差を明白に見せつけているに他ならない。

 光に向かい、がむしゃらに走り来るモンスター。

 一切の怯みを見せることなく、ミュタンは魔導書を掲げ、唱える。


 一節、戦場にもたらされしは一条の光。光輝、その身を現す神の煌耀。

 二節、その力は破壊をもたらす一柱の光。その魂は天と地を貫く光の王。

 三節、悠久の時を超え、今一度、神の奇蹟を顕現せん。


 輝きを増す魔導書、吹き荒ぶ風。ローブを靡かせながらミュタンはその名を告げる。


「我が意に応えよ……ファルトル!」


 音もなく光が放たれた。

 モンスターの群れが、一条の光の柱に飲み込まれていく。モンスターから怨嗟の声があがった。眩しくてよく見えないが、モンスターの群れが溶けるように蒸発していくのが見えた。


 相変わらずふざけた威力に腰がひける。というかこれはあれだ、小型のコロニーレーザーとでも言うべき見た目と威力だ。

 呆然と眺めていると次の瞬間、遅れて伝わってきた爆音と衝撃波が辺り一帯に響いた。


「どわぁっ!」


 油断していた儂は思わず声をあげて倒れ込む。


「あはははっ。オキナ驚きすぎー」

「はぁ……ミュタン様。さすがです」


 おのれ、リゼフェルト。笑いすぎじゃろ。アーティリアはなんかウットリしてるし。


 光が止むと、大量にいたモンスターの群れは消失し、焼け焦げた地面が白煙をあげているだけだった。

 というか、これははやりすぎじゃないのかのう? なんか地面もぐつぐつ煮えたぎってるんですけど……。街道なのに大丈夫なのか?

 そんなものは知ったことかと、ミュタンはホコリを払うように胸元まであるサイドに伸びた髪をかき上げると魔導書を袖口に仕舞った。


「さ、依頼のモンスター退治は終わり。帰ろう」


 ミュタンの言葉にアーティリアとリゼフェルトが続く。


「はい、ミュタン様。では荷馬車の準備をしてきますね」

「お腹へったなー。今日のご飯は何にしようかなー?」


 立ち上る白煙につられ、見上げた空には蒼と朱の二重月。ここが自分のいた世界ではないことを、いつでも実感させる。

 視線を戻せば、その先には尖った長い耳の双子に、白いローブの女の子の美少女三人組。

 そして、神の奇蹟を再現する≪魔導書グリモワール≫。


「やれやれ。生涯学習とはよく言ったもんじゃ。ほんと、学ぶことだらけな世界じゃのう」

「オキナ~。早く~!」

「あぁ、いまいくよ」


 そう、ここは異世界。異世界ヴィラスイール。

 儂は今、異世界で生きています。


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