『結』(桜子担当)
※新たに使用したワード
『棘』『闇鍋』『ダイス』『右手が疼く』
※スペシャルワード
『色』蒼碧青、白、金銀、薔薇色、青白、漆黒、その他諸々
『喜怒哀楽』
『手』
「………さぁて、何があるのか、おっとその前に……」
彼女は握りしめていた宝玉を、指先でたわわな胸元の谷間へと押し込む。両の手をあけておくためだ。武器などなくても、組み手にも心得がある彼女は、この先何時でも動ける算段をする。
カララン、金色の瞳で見据える、漆黒の闇に溶ける奥から、何がが転がる音が微かに届く。立ち止まり耳をすませるナーデニー、辺りは青白く、天井の海藻は、チュルチュルと粘着質な音をたてている。
「………イヤな予感がするね、アタシのカンは当たるんだよ」
ゴクリと息を呑みつつも、目には愉しむような光か輝く。お宝の青をキュッともう一度押し込みつつ、少しずつ立てる音が、大きくなっている天井を見上げる。
「………うずく、ほしい、サカナ、うずく、右手が疼く………」
チュルチュルとした中に、声が混ざる、それを聞き取る。来たね、きたね!そうこなくっちゃ!彼女に流れる破天荒の血潮が、熱を持ち身体中を駆け回る、ゾクリとした喜びが彼女を包む。
「ほしい、ホシイ………ああ、疼く、右手が疼くぞぉぉ!」
ジュバ!盛り上がった海藻の一部が弾けた、シュウッ!ウゥ、ヌメヌメとした触手が、しかと見据える彼女に向かい、触手を伸ばして向かってくる。
「は、ん!そうきたか、お生憎様だね、ワタシはまんまと捕まり、身体中を這わせる気は、さらさらないね!逃げるが勝ちさ!」
ザッとステップを踏み、くるりと回ると、それを交わす。そして裾短な白を翻し、ポッカリと口を開く黒の中へと駆けて行く、一度地面に落ちたソレは、蛇の様に鎌首を上げると、追い立てるようにその背を追っていく。
「…………イヤだね、追いかけてくるよ!全く誰の右手なんだい!しつこい男は嫌われるよ!」
後ろをちらりと見やる、ナーデニーを捕まえようとするモノが青白い燐光を放ちながら、ヌメヌメと近づいてくる。
カララン、転がる音が近くに聴こえた。目の前にダイスが転がる。その動きは彼女を誘うよう、胸元の青が淡く光を放った後に、それに呼応する。
『………、ワレノ眠りを覚ましたモノよ、欲しいモノがあるならダイスに従え、ナ、ヲナノリついていくと言え』
「はあ?何!石が話してるし!欲しいモノ?何でもいいのかい?え?宝玉さん」
『…………、ワレノ眠りを覚ましたモノよ、欲しいモノがあるならダイスに従え、ナ、ヲナノリついていくと言え』
ちっ!それしか言えねーのかよ!使えねー、こうして逃げ回っていても、アレに捕まりそうだね、ナイフ一本有れば斬ってやるのに………、棒切れ一本落ちてやしない、ナーデリーは苛ついた。
距離が狭まったのを感じる。腐った腸の様な匂いが来る。カランコロンと白く光りながら、転がるダイス、コレは、弾む息の中で、不敵な笑みが|顔にうかぶ。
「欲しいモノ、あるさ!山のようにね、ついていってやろうじゃいか!ワタシを誰だと思っているんだい!海賊船、リトルホープ号のキャプテン!ナーデニー・ジャリスさ!」
カッ!転がるダイスの一閃が、ナーデニーに向かってくる。
カッ!胸元の宝玉の青の一閃が、ナーデニーを光で包み込む。
二つの色がかさなる。カランコロンと、響く音がした。
…………カランコロン、ほらぁキャプテン!オラァの勝だ!今夜のお代は頼んだぜ!
「あ?………ビックス!お前イカサマしてないだろうね!」
ワタシはは軽い目眩を感じていた。ここは………陸に上がった時に行く『闇鍋』じゃねーかよ。手にしたエールを一気に飲み干す。
「そんな事はしねーぜそれともキャプテン、金がねーのかよ」
「バカ言うんじゃないよ!」
私はペシッと彼の頭を叩くと、テーブルの上にヒョイッと、上がる、そして煙草や怪しげな香料の香りがけぶる狭い店内にたむろう輩に、手にした新しく運ばれた酒器を掲げる。
「さあ!今宵のお代はワタシが持つからね!リトルホープ号、キャプテン、ナーデニー・ジャリス持ちだよ!飲んどくれ!」
ウオオオ!姐さん!アリガトよ!とアチコチから、輩共の声が立ち上る。フフフ、楽しい、あー、なんて楽しいんだい、ワタシはテーブルの上で立ちのまま、それを飲み干した。
カランコロン、ダイスが跳ねる、音がナーデニーに届く。
「海賊の処刑か、ナーデニー見ておきなさい、お前は将来ウィルソン家に嫁ぐ者、王に逆らう輩の行く末を」
は?ここは………ワタシはわたしの中に入っていた。
まだ日に焼けぬ肌は白い、黒の髪をピンクのリボンで束ね、お気に入りだった薔薇色のドレス、しかし金色の双眸は、無垢に真実を捉えると、にこやかに笑みを浮かべている父親に問いかけている。
「おとうさま、おとうさま、どうしてみんな縛り首なの?わたしと同じような子供もいてよ、王さまはおやさしいのではないの?」
「奴らは人間ではないのだよ、覚えておきなさい、国を持たぬ無礼者は括られ晒すのさ、後は海に捨てフカの餌となる」
そんな!幼いわたしは目を見開いた。その視線には同じ年頃の、少女が置かれた樽の上に自ら登っていた。首に太い輪がかけられた。目の前で人が殺される。
その少女の黒の色がわたしと出会う、にっこりと彼女は笑って………兵士がガコン!と樽を蹴り飛ばした。ごめんなさいと、わたしは彼女に謝る。とても哀しくて、涙をぽろぽろと流した。
カランコロン、ダイスが転がる、音がナーデニーに届く。
「お前の婚約披露パーティーなのだけど、ああ、また港に出てたの?生臭い匂いが………、それに真っ黒!いい加減になさい!ナーデニー、そんな召使いの様な裾短なドレスなんて、はしたない、そして下人の様に日に焼けて!ジュリエッタやマリエーヌを見習いなさい」
一つ上の姉と一つ下の妹に比べられ、当てこすられる私は、家が決めた男との、婚約披露パーティーを間近に控えていた。その頃の私は刺繍もダンスもドレスも、興味はなかった。外に出たい、私の興味は海にあった。
あれから………毅然とした黒い目の少女の事が忘れられなくて、あれこれと忙しい親の目が届かないのをいい事に、屋敷を抜け出し港へと日々出歩いていた。
そこで出会った様々な人々に世界。商船、漁船、海賊船、物珍し気に眺める私に声をかけ、攫うこと無く様々な事を教えてくれた海の男達。それに惹かれていった。
「おもしろい嬢ちゃんだな、ここに来る度出逢うが、良いとこの娘さんだろ?」
ある日、私はうるさい家をでて、海へと来ていた。幼いときには白い肌だったのが、日に焼け褐色に染まっている、一人で眺めていると、顔なじみになっていた船乗りが、声をかけてきた。まあね、と他愛の無い話をしていると、権力にモノを言わす男の声が響いた。
「そこの無礼者!我が婚約者を誑かすとは!捉えよ!」
何故か………私の婚約者であるお坊ちゃんが、大勢の護衛を引き連れ現れた。お茶会とやらをすべからく、すっぽかしていた私に苛立ちを持っていたのだろう。私の居場所など、すぐにわかる。
「やめて下さい!少しお話をしていただけですわ!離しなさい!無罪の者を殺してはなりません!」
私は咄嗟に船乗りを庇う、だがしかしその懇願も虚しく彼は私の目の前で殺された、ふつふつとした怒りが湧いてきた。そして、数日後、私は、家の中にあった金銀宝石を持てるだけかばんに詰め込み、家を出奔した。
その夜は、王族の使者達も列席する、婚約パーティーの夜だった。
カランコロン、ダイスが動く、音がナーデニーに届く。
「ドナ・ナーデニー・ジャリス。愛している」
「なら、全てを捨ててワタシに捧げな」
目の前に跪く男がいた。ワタシと敵対する国の海軍の男。あちらこちらで出逢い、時に鉄の玉をドンパチお見舞いし、ある日は刃を合わせているうちに、どうしてだか、私達は恋仲となっていた。
その頃はワタシは既に一味を率いる、リトルホープ号のキャプテンの立場にあった。あれからワタシは金に物を言わせて、ある船に乗り込むと、家業のイロハを学んだ。素質があったのだろう、その色に染まるにそれほど苦労はしなかった。
男は由緒正しき血筋の産まれと言っていた。しかし職務に忠実なだけで、犠牲者を出さぬように気をつけていたし、ときなに闇鍋で出会う事もあった。
その時は身分隔てなく、笑い、肩を叩きあい盃を酌み交わす男は、ワタシ達の仲間内でも、彼自身を敵とみなす者は少なかった。
そしてある日、彼が着の身着のままで転がり込んできた、そう、男は全てを捨て出てきたのだ、そしてワタシは全てを受け入れた。
共に海の藻屑になる迄と、皆の前で誓った。それからは喜び多い日々を過ごした。あの嵐の夜の時までは、
その夜彼は、吹き荒れる暴風雨から船を守るため、総員でマストを畳む作業の中、甲板に押し寄せた大波に攫われそうになった、見習いの少年を助けて………、誓いを破り、先に藻屑になっちまいやがった。
ワタシの中は空っぽになった。声だけが遺る。
『世界を見よう、この何処までも広がる大海原を旅して、二人で知らぬ世界を眺めよう』
一人で旅をしたいと心から願った。しかしワタシには守るべき者達がいた………。
カランコロン、ダイスの目が決まる、ナーデニーはその数をつかむ。
「分かったか、ホシイモノ、ツカマエタカ、真の望みを」
胸元の宝玉が彼女に声をかけてきた。あー、わかったとも、ワタシが望むモノが、ニヤリとした笑みがうかぶ女海賊。
白の光が強くなる、ナーデニーの持つ石の青が、ちゃぷりとした水の温度を持ち、褐色の肌も、ぬばたま色の髪も碧の色に染める、双眸の金を残して、その流れに身を任す彼女は、たゆたゆと進んでいた。
しばらくすると、身体が軽くなったのか、フワリと宙に浮かんだ。そして染まった色が、透き通る蒼天へと、大空の色へと変わりゆく。
『そうか、ワタシはだから鳥が疎ましかったのだ。だから撃ち落とした。真の自由を持っている彼ら達が、目障りだったのだ』
そう呟くと、クスリと笑った、彼女の奥深くに沈んでいた心に、深く刺さっていた棘が、ひゅるりと風に溶かされて行く。
『共に広い世界を見よう』
アイシタ男の声が聞こえた。
ナーデニーは大きく翼を広げた、蒼天の色の蒼を、そして羽ばたく、自由を求めて………。
彼女は鳥となり、世界を見るための旅路に飛んでゆく。
鳥の視界は壁などあらじ。
下界を見下ろし羽ばたく姿は、まるで我こそは天空の覇者たらんと奢っているかのようだ。
自由な翼が掻く度に、風がその身に潮の香りを染み込ませる。天空の色が澄み渡る青ならば、下界は深淵が如き蒼だと呼べよう。
完
桜子さん
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