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リレー小説・◇(べべ・しいたけ・シンG・桜子)  作者: べべ・しいたけ・シンG・秋の桜子
3/4

『転』(シンG担当)

※新たに使用したワード

なし


※スペシャルワード

『色』青、スカイブルー、瑠璃、群青、青蘭、紺青、褐色かちいろ、黒

『喜怒哀楽』不敵な笑み



 眼前に広がる広大な湖を目の前にし、ナーデニーたちは湖畔近くの大木の影に身を潜めた。


 前方は鮮やかな淡青色の湖面、後方は謎の大男が追ってきているであろう森林。


 逃げ道は自ずと湖畔に沿った左右いずれかに絞られそうだが、ナーデニーはあえてそこで足を止めた。


「文字通りの鉄面皮たぁ、洒落たモン用意するじゃないの! ちったぁ愛想よくしろってんだぁ!」


 ナーデニーはマスケット銃に次弾をつめながら、口の端を上げた。


 額に浮かぶ汗が、この事態が彼女の想定を超えたものだと証明しているが、それでも彼女は虚勢の仮面を脱がない。


 たとえ相手がどうにもならない強者であっても、未知の存在であっても、彼女の度胸と矜持は揺るがない。恐怖を抱けば、仲間にも逃げ腰が伝播し、自分自身の足も竦んでしまうことだろう。そんな無様は、世界中の誰が許そうと、ナーデニー・ジャリス自身が許さない。


 戦略的撤退はアリだ。逃げの一手に見えるが、気持ちは常に前を向いているからだ。相手を蹂躙するために時間を稼ぎ、結果的に淘汰するのであれば、それは立派な戦術と呼べよう。だから彼女は()()()()で足を止めたのだ。思考を整えるには十分な時間を稼いだ。ならば、これ以上先に背を向ける行為は、逃亡と同義でしかない。それは彼女の美学に反する。


 ナーデニー・ジャリスの精神は、決して顔を背けず、下を見ることはない。

 常に見据えるは――己の欲望のまま掴み取る栄光の光のみだ。

 光を掴むのに必要な要素は何だ?


 ――それは不撓不屈の精神。


 善悪の区別に左右されることなく、己が信ずる道を切り拓くための――胆力こそ、窮地に活路を見出すカギとなるのだ。他人の価値観や批評など知ったことではない。自分がこの道を進むと決めたその瞬間より、彼女は『迷い』や『恐怖』という凡夫が抱える枷を引きちぎったのだ。枷が外れた獣が進む道は常に『前進』のみ。その道を塞ぐ者がいるというのであれば、その喉笛を食い千切って進むまでだ。


「船長っ! どうするんで!?」


 逃げるのを止め、普段と変わらぬ雰囲気を醸し出す船長の姿に、ウェッジたちは自然と動揺が収まり、普段に近い言葉遣いで指示を仰いだ。


 銃弾すらも弾く化け物は追跡速度はさほど速くなく、今もナーデニーたちから離れた場所を一定の速さで進んでいる。しかし、鷹の目で追跡されているのではないかと思えるほど、正確にこちらの足取りを追ってきていた。


 ――距離を取ることは可能だが、逃げ切ることは難しい……そんな印象だ。まあ尤も、度胸を売りにしている女海賊の首領が、これ以上背中を敵に見せるなどという屈辱を繰り返す選択肢など、当然にして無いわけだが。


「馬鹿なこと聞いてんじゃないよ! アタシたちは何だい!?」


「「泣く子も黙りゃ、猛る益荒男ますらおも逃げ出す――誇り高き【リトルホープ(小さな希望)号】の乗組員でさぁ!」」


「上等――だったらヤルこたぁ一つだけだねぇ!」


「「へい!!」」


 ビックスとウェッジは互いに銃弾を装填し、マスケット銃を構え直す。


 彼女たちが掻き分けた木々の隙間を押しのけ、自然あふれる獣道に似つかわしくない巨体が近づいてくるのを木陰から視認する。


 ナーデニーは腰にかけていた鉤縄を手にし、頭上の太い枝に鉄鉤をひっかけると、猿も驚きの速さで大木の上へと登っていった。


 生い茂る木々の葉の中に姿を隠し、彼女は地上の二人へと指示を出す。


「野郎ども、存分に奴の気を惹きつけな!」


「「へい!!」」


 そうこう言っている間にも、化け物は距離を詰めていた。


 ビックスとウェッジは同時に木陰から身を乗り出し、マスケット銃を容赦なく撃ちこむ。


 銃撃音と共に直撃した手応えはあるものの、やはりダメージにはならず、化け物は悠然と彼らに向かって足先を固定している。


「ちっ、カタブツめ!」


「不感症ってな、こーいう奴のことを言うんかねぇ!」


 次弾を装填し直し、再び銃弾を撃ち込むも、迫りくる巨体が止まることはなかった。


 青く光る右目は二人の男を見据え、右手に握りしめた斧を構える。


 勝機、と捉えたのか――獲物を狙い定め、化け物は足元の枯れ枝を粉砕して、一気に駆け抜けてくる。


 しかしビックスとウェッジの二人に焦りはない。


 なぜなら――彼らの船長が、笑っていたからだ。


 いつだって彼女が豪快に笑い、先陣を切っていった戦場に敗北の二文字は無かった。どんな危険な綱渡りもあの笑みがある以上、絶対の自信を持って渡り切れる。


 そう――今だって。



 黒い影が両者の間を通り過ぎ……直後にガキン、と金属音が鳴り響いた。



 化け物の巨体はここで初めて、自分の意思以外で足を止めることになる。


 鉄鉤だ。


 先ほどナーデニーが大木を登る上で使った鉤縄の鉄鉤が――今度は化け物の顎先に引っかかっていた。食い込まないのは化け物の持ち前の硬さ故なのだろうが、引っ掛けることには成功したようだ。


 頭上の太い枝に支柱にロープをかけ、ナーデニーは鉄鉤と反対方向から飛び降りる。すると、ナーデニーの体重によりロープが引き上げられ、てこの原理で化け物の顎先が真上へと向けられた。


 その巨体の分厚い双肩にナーデニーは両足をかけ、肩車のような体制で着地した。


 そしてすかさずマスケット銃の銃口を半開きになった化け物の口腔内へと突っ込み――、



「ヘイッ、化け物……口の中も硬ぇかどうか、試してみようじゃないか……ええ?」



 と、軽いノリの言葉と共に、銃声が鳴り響いた。


 グラリ、と巨体が揺らめき、悲鳴すら上げずに化け物は前のめりに倒れ込んだ。それを追いかけるようにナーデニーも土の上に着地する。


「「船長!!」」


「ボサッとしてんじゃないよ!」


 ナーデニーは化け物が持つ斧を足で弾き飛ばし、さらに弾丸を込めて後頭部へと撃ちこむ。それだけで彼女が何を言わんとしているか理解し、ビックスとウェッジも続いてマスケット銃を撃ちこんでいった。


 それぞれ2発ずつ、計6発。


 しかしその銃弾のいずれもが皮膚上で変形した状態で止まっていた。つまり、何らダメージにもなっていない証左である。


「ちっ、やっぱり効かないか……でもさぁ」


 そこまでは予測の範疇。ナーデニーは右足のつま先で大男の顔面をひっくり返し――そうとするが、あまりの巨漢の重さに上手く行かない。危うく自分が転びかけそうになるという不格好を晒す結果となり、彼女は心底不快そうに舌打ちを響かせた。


「ビックス、ウェッジ! こいつを仰向けにさせなぁ!」


「「へい!!」」


 男二人で巨体を何とかひっくり返し、仰向けとなった男の顔面を思いっきりナーデニーは踏み潰した。


 化け物の青い右目と、ナーデニーの猛禽類のような目が直線で結ばれる。


「銃弾が効かない身体かい……ハッ、こちらの守人様とやらは大層お堅い身体をお持ちのようだ。でもさぁ……その【巨人の落とした指輪】みてぇな青い瞳。どうにもおあつらえ向きの弱点に見えて仕方ないよねぇ? なぁ、どう思う――化け物さんよォ!」


 返事は望まず、ナーデニーは一切の容赦を見せずに引き金を引く。



「――――あ?」



 着弾と共に、キィンと甲高い音を立てて、何かが眼前へと舞い上がる。


 宝石だ。


 青い……いや、まるで【巨人の落とした指輪】の中心を占める湖のような……どこまでも透き通ったスカイブルーの宝玉。どうやら……化け物の右目に嵌め込まれていたのは、淡い輝きを放つブルーサファイアだったようだ。奇跡的な角度で撃ちこまれた銃弾によって、はじき出された青い瞳は、クルクルと宙を舞っていく。


 反射的に彼女は宝玉を手に取る。


 同時に――彼女の視界が暗くなった。


 ハッとした時には既に遅く、彼女の目の前には右目を失った化け物が立ち上がっており、近くにいたビックスとウェッジは男の左腕一振りで後方へと吹き飛ばされていた。


「やべっ」


 彼女の軽口すらもそこで止まる。


 大男の振りぬいた右腕がナーデニーの身体を掬い上げ、とんでもない力で遥か上空へと吹き飛ばされていった。


「はぁぁぁぁぁっ!?」


 常軌を逸した状況に、流石の彼女の素っ頓狂な声を上げざるを得ない。


 青空と湖面がクルクルと視界の中で交互に入れ替わり、徐々に青い水面へと自分が落ちていっているのを理解した。


 思考が追い付く前に彼女は水面へと叩きつけられ、そのまま水中へと沈んでいく。


「がぽっ……っ、……!」


 少しだけ水を飲んでしまったが、すぐに口を閉じ、水面へと上がろうとする。


 しかし、泳ぎになれているはずの彼女だが、なぜか一向に身体が浮いていかない。


「…………!?」


 装備が重いのか、と判断し、彼女は棄てるべき装備の優先度を頭の中で整理する。


(だぁ~、くっそ! アタシの装備は魚の餌にするほど安くねぇーんだぞ!? かぁーっ、けど四の五の言ってる場合でもねぇな!)


 慌てて皮鎧や上着、ブーツを脱ぎ捨てる。


 そして再び浮上を試みるが、やはり全身が重く、水面は遠ざかるのみだ。


(……はっ? や、やべぇ……っ、いったい何だっての!? 海賊のアタシが溺死なんて冗談にしても笑えないっつーの!)


 一瞬、右手に握ったままの宝玉も棄てるかどうか迷うが、これもお宝の一つだ。ギリギリまで放棄はしたくない。


 水面から映し出される太陽の光を道しるべに、ナーデニーは両腕両足を必死に動かし、空気を求める。


 残り時間は少ない。既に脳への酸素の供給が不足し初め、意識が朦朧とし始めていた。


(仕方ない……命あっての物種、ってなぁ!)


 戦うための道具である短剣、銃弾の入ったポーチをも棄て、ほぼ下着だけの姿になったナーデニーは右手の宝玉も棄てる決意をした。


 その瞬間。


 水面から差し込む太陽光が、右手に持つ宝玉に差し込み――別の場所へと光を反射した。


「――――…………!」


 細い一筋の光の線は、海底へと向かい、やがて別の何かに反射して角度を変える。


 まるでこの湖の中に鏡のような装置が幾つも設置してあるかのように、光は何度も何度も反射を繰り返し、一本の道を築くかのように水底の奥へと続いていった。


 酸素の足りない頭の中に、二つの選択肢が生まれる。



 夢か、現実か。



 海賊首領ナーデニー・ジャリス、汝はどちらを選ぶ?


(ケッ、決まってんだろ……アタシを誰だと思ってんだい!)


 彼女は水面を目指すのではなく、奈落へと舵を切った。航海士のウルージがこれを見れば、何をしているのかと罵るだろうか。否、彼ならばきっと「へへっ、我らが船長がご乱心なさったぞ! 俺たちを地獄へと案内してくれるそうだぁ! お前ら地獄の海を荒らしに行くぜぇい!」とノッてきてくれるかもしれない。


 そんな偶像を思い浮かべながら、彼女はナーデニー・ジャリスとしての笑みを浮かべ、光の線を辿って真下へと泳いでいく。


 湖は予想以上に深く、太陽光が届く範囲によって色を変えていく。


 スカイブルー、瑠璃、群青、青蘭、紺青、褐色かちいろ…………そして黒。


 沈む、沈む、沈む。


 世界が暗いのか、意識が昏いのか、訳が分からなくなるほどの時間、彼女は潜った。


 闇に浮かぶは一筋の光のみ。


 彼女の頭の中には、もうこの光をただ無我夢中に追い求めること以外、浮かばなかった。


 とうに動かなくなってもおかしくない両腕は、彼女の執念に突き動かされ、水を掻いていく。比重が重くなっている水中を泳ぐのは、体力を相当消費しているはず。それでも彼女の腕は止まらなかった。


 やがて、道標である光すらも彼女の視界から消え失せる。


(ちっ…………時間切れ、かよ)


 薄れゆく思考の中で、最後に思い浮かべたのはそんな言葉だった。


 両目を閉じ、慣性に任せるようにして全身から力を抜いていく。最後に……彼女は苦し紛れに宝玉を持つ右手を伸ばした。


 その行為に何の意味も持たぬことは理解していても、やはり彼女の奥に眠る海賊の本能がそうさせたのだろう。



 そして――。



 右手は柔らかい海藻のような中にめりこみ、まるで吸い込まれるようにしてナーデニーの全身を取り込んでいった。


「っ!?」


 何が起きたか理解するよりも早く、ナーデニーは地面へと叩きつけられる。


 下が水分を多分に含んだ柔らかい土だったため、衝撃による痛みこそ無かったが、しばらく酸素を取り込んでいなかった身体が急激に酸素を取り込む苦痛は半端ではなかった。


「げほっ、ぐぇ……! ごほっ、ご、お、……っ、うぇ、ゴホッゴホ!」


 胸を拳で何度もたたき、乱暴に肺の水を吐き出す。


「げぇ……く、くそぉ……喉、いってぇ……なぁ……ゴホッ!」


 酸素が回り始めた脳は頭痛を発し、胃液と共に吐き出す水は喉を焼いた。


 それでも……生きている。そのことを実感したナーデニーは、涎をそのままに無意識に口の端を上げた。


「はぁ、はぁ、はぁ~…………ゲホッ、あぁ~……んでぇ、ここは、なんだってぇ?」


 右手の宝玉を確認してから、彼女はその場に座り込んだ。


 天井から垂れている海藻のような植物。それらは全てが青白く発光しており、人ひとりが通れる程度の横穴を照らしていた。


「はぁ……あー、ここって、記憶が確かなら湖の底、だよなぁ……どうなってんだ? ――あん?」


 ふと自分の胸元を見下ろしてみれば、谷間にビチビチと動く尾びれが。


 呆れたようにナーデニーは谷間へと侵入した魚の尾をつまみ、引っ張り上げる。


「アタシの胸にアタックしてくるたぁ根性あるんじゃねぇの。生で齧りついてやりてぇところだが、今は食欲がねぇ……その勇気に免じて今回は見逃してやるよ」


 なんて言うものの、ここは空気がある陸地のような場所。放置すればこの魚はやがて死に至るだろう。だから彼女は自分が入ってきた入り口であろう――天井を埋め尽くす発光する海藻にめがけて魚を放り投げた。


 すると魚はズブズブと海藻の中へと引きずり込まれていって、数秒と経たずにその姿を消していった。


「…………くっそ、ナイフや短剣だけじゃなく、採取瓶まで捨てちまったじゃねーか」


 反射的に採取しようと腰に手をまわしたが、そこには自らの美貌を支える肉体のみがあるだけで、いつもの必需品の姿は無かった。


「まぁいいや……道は分かったんだ。後でどうとでもなるだろうさ。それより……」


 ようやく身体機能が正常に働き始めたのを認識し、ナーデニーは立ち上がって軽く屈伸運動をする。


 硬直していた筋肉が解れたのを確かめ、彼女はゆっくりと薄暗くも幻想的な、空洞の先を見据える。



「鬼が出るか蛇が出るか……へへっ、面白いじゃねーの。このナーデニー・ジャリス様を存分に愉しませる宴の準備はできてるんだろうねぇ!」



 不敵な笑みを浮かべた彼女は、一度拳と掌をぶつけ合わせ、未知の空洞の中へと足を進めていった。


シンGさん

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