『起』(べべ担当)
※使用ワード
『落とした指輪』『女海賊』『回る』『星』
※スペシャルワード
『手に関する描写』『色』『喜怒哀楽』
鳥の視界は壁などあらじ。
下界を見下ろし羽ばたく姿は、まるで我こそは天空の覇者たらんと奢っているかのようだ。
自由な翼が掻く度に、風がその身に潮の香りを染み込ませる。天空の色が澄み渡る青ならば、下界は深淵が如き蒼だと呼べよう。
そう、ここは大海と雲の狭間。命が生まれ、命が還る道筋である。
なれば、その道を我が物顔で飛び回るこの一羽は、奢りに見合った覇者ではあるまいか? そう思えば、かの者の艶やかな嘴から、どこか貫禄じみたものが感じられるやもしれない。
今一度の羽ばたき。
邪魔などされぬ王道。
なれど、あぁなれど。
その歩みは、ただ一度の凶弾により途絶える事となる。
一羽の胸に突き刺さる、鋭い痛み。
そして、一瞬後に遅れての、銃声。
何が我が身に降りかかったのか。それを理解できぬままに、鳥は僅かに上空に持ち上がる。
だが、反動による上昇が終われば、後は力なく堕ちるのみ。
最後の一鳴きすらもままならぬまま、その身は母なる海に捧げられた。
果たして、一羽の物語は幕を閉じ、主役は他者へと引き継がれる。
皮肉か、はたまた当てつけか。神の目は、その凶弾の射手へ。
波を掻き分け、飛沫へと散らしながら進み行く巨体。
木目の一つ一つに感じさせる、職人の意志。
先端には、宝石をあしらった女神像。
美しき女性の腕のようにすらりと伸びたマストに、一身に風を包む慈母が如き帆。
それは、見る者が見ればため息をつくような、見事な帆船であった。
なれど、そこに慈悲の心は無し。
そのマストに括られた旗には、おぞましき髑髏が描かれているのだから。
「せぇぇんちょう!! 弾と火薬の無駄遣いは、やめてくだせぇっていっつも言ってるでしょうに!」
見張りの高台から、下卑たダミ声が響く。
唾を散らしながら遠見の筒を仕舞うのは、首元まで隠れる程の髭を蓄えた老人だ。
たった今、見張りがてらに筒を覗き込んでいたところに、鳥が落ちたのを見てしまったのである。こんな事をする下手人は、この船には1人しかいない事を知っている老人故に、慟哭の矛先はその犯人へ向けられる。
「やっかましいね! あの鳥がアタシを馬鹿にしてたのさ! 一発ぶち込んでやらないと気が済まないよ!」
「鳥に馬鹿にされたってんなら、せめて食えるように落としてくだせぇや! アンタってぇお人は、魚の餌やりが趣味な御貴族様じゃあねぇでしょう!」
「吠えたねウルージ! その眉間に穴ぁ開けられたいかい!?」
「一等航海士を失って、漂流したいんなら好きにしておくんなせぇっ」
怒鳴り合う声は、老人のダミ声に比べると非常に高い。
それでいて、品の無い物言いでさえなければ、舞台役者のように張りのある抑揚だ。これでオペラでも歌おうものなら、こぞって金貨を散らす者も出てこよう。
だが、あまりにも惜しい事に、ここは髑髏印の船の上。そして、その声の持ち主は、よりにもよって【船長】ときたもんだ。
天に掲げた艶めかしき腕には、硝煙曇るピストルが。
折れんばかりに細いくびれは、陽に晒して小麦に染まり。
それでもなお、唇は潤いを持った白桃色。
二~三歩進んで揺れる臀部は、男の視線を大いに誘う。
強気な瞳は太陽を睨み、細めはすれどけして閉じず、真っ向から睨み合う。
なによりも、その笑顔はどうか。
鳥を堕とし、部下を亡き者にせんと嘯きながらも、心底楽しそうに笑っている。
「はんっ、爺が吠えるんじゃないってのさ! ナニも起たなくなったくせしてさ!」
「はっはぁ! 天下の大海賊、ナーデニー・ジャリスから誘っていただけるんなら、老骨に鞭打つ甲斐はあるでしょうがね! それでも飛んだ火薬は帰ってこねぇんだから寂しいもんだっ」
「ほざいてな! アタシは餓鬼が好みなのさっ」
そう、女性だ。
この船……海賊船、【リトルホープ(小さな希望)号】の頂点に立つ船長こそが、この女性なのである。
名をナーデニー・ジャニス。その首には金貨にして800枚がかけられた、帝国きっての大犯罪者。
気に入らない者は、商船だろうと軍艦だろうと、同業だろうと海底送り。ただ、幼い少年少女はけして手にかけないと言われている変わり者。
その褐色の美貌と糞度胸で、海の荒くれ共を率いるバーバリアンだ。
「野郎共ぉ! アタシの読みじゃあ、もうすぐ目的地だ! 絶対に見逃すんじゃないよぉ!」
「「「へい!!」」」
「ウルージ! 昼の星はぶれちゃいないね!?」
「へいへい、カナントスはずぅっと東を向いてまさぁ。俺達船乗りの導き手様は、ぐるぐる回るなんて悪戯はしやせんよ」
航海士ウルージは、波を確認した後に、今一度遠見筒を覗き込む。
その視界の先は、昼間であるというのにうっすらと覗く一等星だ。
「よぉし、それなら真っすぐ! まっすぐ行きな! 風も味方してくれてるんだ、これで見つかんなきゃあ、あの情報屋を吊るし上げるしかないねぇっ!」
「ちげぇねぇや! 俺達の有り金、みぃんなこの航海につぎ込んだんですもんねぇ!」
「はっはっは! これで無駄骨なら、それこそ骨になっちまう!」
「だぁっははは! まぁまずは唄えよ! 顎を落とすにゃその後さ!」
帆柱を人が飛び交い、ロープが躍る。
音楽家が弦を鳴らせば、皆がヨーホーと歌い出す。
この世は薄氷。一枚割れれば水の底。なれば喚いて踊らにゃ損と、手を休めずに笑い、叫ぶ。
さしもの極悪非道の女も、それを否やとはしない。馬鹿共がと笑い、ラムを手に取り煽るのみであった。
「っ……! 見つけたぞぉぉお!!」
と、その喧騒をかき消すかのように、見張りの一人が叫ぶ。
音が止み、全員の視線がそちらに向いた。
だが一人、ナーデニーのみが動いた。ラム酒をビンごとぶん投げて、数多の段差を飛び越え見張りの柱に踊りかかる。
「どこだい!?」
「こっからわずかに西です! すげぇや、伝承の通りの形だぁ!」
興奮に鼻息を荒げる男の元まで、するすると猿が如く昇ったナーデニーは、男から遠見筒をひったくる。
そのまま男の頭に、その豊満な胸を押し付けるという役得を与えつつ、覗き込んだ。
「……あれが……」
その目に見ゆるは、確かな浪漫。
陸地とは常に心躍るものなれど、その伝承を知ればより一層の高鳴りが胸を襲う。
それは、くり抜かれたビスケットのように丸く、大きな穴が開いた島。
中心は海が支配している……ように見えるが、海との繋がりはない。つまり真水という事か。
島の3分の2を占める、巨大な湖。その中心には、途方もない財が眠るという。
いわく、空をも突かんばかりの巨人が、その島を作って財宝を隠したとの事だ。
誰が呼んだか、その島は……
「あれが……【巨人の落とした指輪】かい……!」
巨大な指輪に、例えられた。
べべさん
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◇グループ
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