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ウィッチクラフト・サムライズ  作者: みるくるみ
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第7話 交わり

「中村よ。少し早いが、次の仕事を行ってもらう。」

60歳ぐらいで、無精髭を生やしているが、顔は若々しく、体つきがいい男──東堂が、40代ぐらいで、うっすらと髭を生やしていて、黒髪が若干逆立っている男──中村を確認するように言うと見た。

「はい。今すぐに取り掛かります。…それで、次の仕事とは何でしょうか?」

中村の問に東堂は、ふむ、と頷いた。

「よし、それでは内容を説明しよう。簡潔に言うと──武田尊治、裂傷斬ティアースラッシュを殺して死体を回収して来い。」

東堂の言った仕事の内容に中村は目を見開いた。

裂傷斬ティアースラッシュといえば、東和王国の要注意人物5人の中でも特に危惧すべき人物ではないですか!私でも流石にきついと思うのですが。」

「そうだな。それに、武田尊治の周りには国防軍本部にて育成中の武士が沢山いるだろう。」

「それなら!…いえ、私の無力さゆえに一人では不可能に近いです。」

中村が悔しそうにしているのを一目見て、東堂は鼻で笑った。

「何もお前一人とは言っていない。──祐輝と明宮を連れていけ。それならば、どうだ?」

それに中村は一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐににやっと笑みを浮かべた。

「それならば──余裕です。戦力としては充分過ぎるほどです。」

「そうか。なら3人で攻めよ。作戦の詳細については、今から話そう。まず、東和王国へはあの抜け道を使え。そして、東和王国国防軍本部入口では、その2人を前にし、お前は護衛を装って入れ。明宮が殺されたことが国民に知れ渡っているとは考えにくい。東和王国の中枢への信用が減ってしまうからな。だから、そこを狙え。入ったら後は武田尊治に会い、殺すのみだ。もちろん、抵抗されるのは承知の上でな。…と、これが作戦の全容だが──行けるか?」

東堂の説明を聞いた中村は、納得した、その上余裕です、というように片頬を上げた。

「完璧な作戦です。その作戦、成功させてみせましょう。私の、いえ、私達3人の手で。」

「それを聞けて安心したよ。…さて、追い討ちをかけるようですまないが、準備が出来次第直ぐにここを発ち、作戦を実行してくれ。出来れば、明日の生徒が起き始める時間が良い。そうだな…6時半ぐらいに東和王国の国防軍本部に着けるようにしてくれ。良いな?」

中村は恭しく礼をした。

「了解しました。必ずや、東堂様に吉報を持って帰ってまいりましょう。」

「それと、これだけは肝に銘じておけ。お前達が死んでまで倒す相手ではない──この意味が分かるな?」

中村が少し驚きを表情に出したが、直ぐに戻して敬礼した。

「はい。必ず生きて帰ってまいります。」

「うむ。では、期待しているぞ。」

中村は最後にもう1度礼をして部屋を出た。

東堂は、中村が出ていった扉を見つめ、にやっと笑って呟いた。

「さて、どれだけの成果が出るかな?」




涙でぼやけた視界の中でも2人の姿を捉えることは出来た。1人は、うっすらと髭を生やしていて、金髪で黒縁メガネをかけている20歳ぐらいの男──明宮で、もう1人は銀髪に青い目をしていて、同年代にしては背の低い男──祐輝だ。

感極まって流していた涙を制服の袖で拭い、2人に駆け寄った。しかし、近づく前に首筋に刀を当てられた。

「それ以上は、近づかないでくださいますかね?」

見ると、40代ぐらいで、うっすらと髭を生やしていて、黒髪が若干逆立っている男が俺の首筋に刀を当てていた。

「私はこの人達の護衛です。この人達に危害を加えようとするならば、容赦はしません。」

それを刀から距離を取り、首を横に振って否定した。

「俺は2人に危害を加える気はありません。むしろ、知り合いとして今までどうしていたのか、何故助かったのか、などを尋ねたいだけです。」

(今思ったが、これは不自然じゃないか?事情を知らない生徒達にはただの訪問にしか見えないのだろうが、俺は──2人がどのような目にあったのか知っている。無事であったことには安心したが、やはり不自然だ。)

そう考えつつ、2人の顔を見て驚いた。

(なんだ!?あの感情がない目。まるで死んでいるみたいだ。それに、俺に興味すら示していない?これは流石におかしい。なにか、あるのか?いや、まだ決めつけるのは良くないな。これから観察してみるか。)

さっき首筋に刀を当てられたおかげで冷静に考えを巡らすことが出来た。そして、今俺が置かれている状況についても理解ができた。

周りには冷たい視線を向ける野次馬、俺を突き返した3人、そして突き返された俺。40代ぐらいの男が俺の首筋に刀を当てたぐらいからうるさかった野次馬は静かになっていた。

あまりに俺にとって針のむしろのような状況だった。俺は慌てて謝罪して野次馬の中から出た。

出ると、花凛が待っていた。

「どうだったの?」

花凛の問に俺は俯きながら答えた。

「本当に…先生と祐輝だった。だが…目が死んでいた。それに、冷静になって考えたら分かることだったが、先生は…死んでるんだよな。死者の蘇生は出来るのか?」

それに花凛は首を横に振った。

「できないわ。まだ、そこまで技術が進んでいない。でもそうなると、可能性は2つに絞れるわね。1つは明宮蓮は本当は殺されていなかった、もう1つは、殺されたが、西和王国に何らかの手段によって蘇生された。どちらが濃厚かは分からないけど、どちらにしろ、きな臭いわね。」

「ああ。」

空を見上げると、灰色の厚い雲が覆っていた。

「さて、そろそろ朝食に行くか。腹が減っては戦ができぬと言うしな。それに、何があった時に体力がないと困るからな。」

「ええ、そうね。そろそろ志郎も準備が出来ている頃でしょうし。」

お互いが同意し、まずは志郎の部屋を目指して歩いた。



志郎は既に準備が出来ていて、直ぐに食堂に向かうことが出来た。

食事を持ち、食堂の席に着くと志郎が、そういえば、と思い出したように言った。

「なんだか校門の方が騒がしかったけど、何かあったか知ってる?」

「っ…!」

志郎の問に俺と花凛は言葉を詰まらせて俯いた。

「どうしたの?」

心配そうに志郎が俺の顔を覗き込んできた。

(…いずれ分かることなんだし、今話すか。)

俺は志郎に向き直った。

「校門には、先生と…がいたんだ。」

1度話そうとは思ったが、祐輝のことは話したことが無かったので気が引けて声に出せなかった。

志郎は俺の発言に驚きを隠せないようだった。

「えっ…明宮蓮が、いた?で、でも!前に2人は、明宮蓮は死んでるって…」

「俺達もそうだと思い込んでいた。だが、実際に動いていた。死体では、無かった。」

言っていて、先程の感動と同時にあの死んだような目が頭に浮かんだ。

「本当に?じゃ、じゃあ!久しぶりに話せたんだね!」

「……」

志郎の無邪気な、嬉しそうな言葉に俺は何も返す言葉が無かった。

俺が言葉に詰まっていると、花凛が代わりに真実と嘘を織り交ぜた説明をしてごまかしてくれた。

「正義は明宮蓮に近づこうとしたけど、護衛の人に止められたのよ。それに、人が多かったから、明宮蓮も気づかなかったみたいだしね。」

「そうだったのか。でも!まだここにいるんでしょ?だったら話せるかもしれないよ。」

「…そうだな。」

俺にはそれ以上返せる言葉が無かった。

それからは黙々と食事を取り、食事が終わった頃には、模擬戦の準備をしなければいけない時間だった。

「じゃ、また後でな。」

準備を終え、それぞれの目的地に向かう前に俺がそう言うと、花凛と志郎は頷いた。

「うん。また後でね。」

軽く手を振り、2人と別れた。

2人が見えなくなるのを見てから、教官室に向かった。本当は模擬戦に行かなければならないのだが、明宮と祐輝について訊かないと集中出来なかった。


教官室に着き、扉をノックする直前に話し声がすることに気が付いた。耳をすましてみると、女子の声と教官の声が聞こえた。女子の声は先程聞いた天城っぽい声だった。

しかし、扉を隔てているため、声がくぐもって内容が聞き取れなかった。

ここで耳をすましていても埒が明かないと、意を決して扉をノックした。

「誰だ?」

教官の問に俺は答えた。

「若井正義です。少し気になることがありまして。」

「ああ、若井君か。入りたまえ。」

了承をもらい扉を開けると、案の定、天城がいた。

「そこにかけてくれ。」

教官がそう言いつつソファを示した。隣には天城がいたが、これから訊くことは長くなるかもしれなかったから間隔をとって座った。

「お前、さっきぶりだな。」

天城が軽い挨拶のように俺に言った。

「どうも。」

少し投げやりに返すと、ククク、と笑った。

「何がおかしいんですか?」

「いや、まだ怒ってるのかと思ってな。少しは収まったみたいだな。」

「なっ!?まだ俺は許したわけじゃ…」

「まぁまぁ、若井君。一旦落ち着きたまえ。」

教官の制止で我に返った。俺は座り直して教官に頭を下げた。

「…すいません。」

「いや、いい。まさに今その事について天城君から聞いていたからな。そのような気持ちになるのも分かる。」

その言葉を聞いて、弾かれたように顔を上げた。

「何か問題があったんですか?」

俺の問に、教官は首を横に振って否定した。

「いや、現在首位の天城君と噂の転校生である若井君が戦ったんだ。戦況が知りたくて報告に来てもらったんだ。それに──3人の訪問者についても訊こうと思ってな。」

その言葉に息を呑んだ。3人、それはもちろん、明宮、祐輝、そして2人の護衛の人のことだろう。

「天城君は直ぐに寮に戻ったから知らないと言うことを聞いてな。情報は無しかと諦めていたんだが──若井君は知っているかね?」

教官の問に、コクッと控えめに頷いた。

「あの3人は、明宮先生と日下部祐輝、そして彼らの護衛です。」

明宮と祐輝の死んだような目を思い出し、言葉に詰まりそうになった。

「そうか。3人に、いや、明宮蓮と日下部祐輝に変わったところは無かったかね?」

「目が…目が死んだような目でした。それと、俺が近づいた時は、見向きもせずに興味なんか全く無いみたいでした。まるで、感情を失くしたみたいで。」

俺の言葉を聞いて、ふむ、と教官は考えるような仕草をした。

「まさか、あの術を使っているのか?使えるとしたら…おのれ、西和王国め。」

教官は静かに怒っていた。少し殺気も纏っている。

「教官殿。失礼ながら発言させてもらいますが、その術とは──蘇生魔術リ・ボーンでしょうか。たしか、蘇生魔術リ・ボーンを使うと感情を忘れると聞いたことがあります。」

教官は、天城の言葉に頷いた。

「うむ、そうだ。蘇生魔術リ・ボーンは対象者を蘇生出来るが、副作用として感情を忘れてしまうからな。しかし、蘇生魔術リ・ボーンには、感情を忘れてしまうが、完全に忘れることは無いうえに死んだような目になるとか興味を示さないというような副作用があるは聞いたことないな。まさか、何かの魔術を併用しているのか?だとしたら、何を?……まさか!」

教官が仮定にたどり着いたその時、それはノックの音によって遮られた。

「誰だ?」

教官の決まり文句である問にノックをした人が答えた。

「明宮蓮その他2名です。」

その返答に俺達3人は驚いた。まさに今考えていた事の答えを持つ者達が来たのだから。

「さて、仮定が合っているか確かめないとな。──入りたまえ。」

教官の声が聞こえたらしく、3人が入って来た。やはり、明宮と祐輝は死んだような目をしている。

「やはりこの目は……西和王国、とことん武士をコケにしてくれているようだな。」

教官はボソボソと小声で呟いていた。そこからは抑えきれない殺気が出ていた。

それに気づいているのか、気づいていないのか、能天気な声で護衛の人が近づいてきた。

「どうも、私は中村と申します。私達は色々あって仲良くなりましてね。まぁ、私は護衛という立場なのですが。」

「その色々を、是非お聞きしたいものですな。」

声が怒りで微かに震えている。教官がここまで怒りを表すのを見るのは初めてだし、教官をここまで怒らす原因が何なのか検討もつかなかった。

「それはお話できませんね。何しろ秘密、ということにしておりますので。」

中村の曖昧な言い訳に、教官が、ふん、と鼻で笑った。

「では、その秘密を当ててみせましょう。それは──禁術である蘇生魔術リ・ボーンと、これまた禁術である兵器化プログラムを使っているのではありませんか?それと、腰に付けている短機関銃、隠しているようですが私には丸見えですよ。」

それに中村がにやっと笑った。

「なるほど、こんなんだからさっさと始末したかったんですね。子供を巻き込むのは気が引けるが、仕方ねぇな。祐輝!明宮!生徒二人をまとめて殺っちまえ!俺が裂傷斬ティアースラッシュを殺る!」

そう叫び、中村達3人はそれぞれ1人ずつ俺達に襲いかかってきた。

教官には中村、天城には祐輝、俺には明宮が襲いかかった。

俺は急いで刀を抜き、明宮の長めのナイフを受け止めた。

(明宮先生がナイフ!?それに腰には拳銃まで下げている。これも兵器化プログラムとやらの仕業か。)

ナイフを持った明宮は師匠であった頃とは全く違う戦い方だった。昔は豪快ながらも隙を見せない戦い方だったのが、今では堅実に攻める戦い方になっている。

チラリと祐輝の方を見ると、祐輝も同じような戦い方で天城と交戦していた。

教官はというと、短機関銃を使いつつナイフも使う今までにない戦い方をする中村に苦戦しているようだった。

再び明宮に向き直ると、相変わらず堅実な攻め方だった。

「流石先生です。武器はナイフに変わっても強い。だけど、そんな戦い方で俺に勝てるなんて思ってるんですか?だとしたら──俺も舐められたもんですね!」

感情がないのだから当たり前だが、俺の言葉にも無表情で、ナイフを振り回している。

「はっ!」

さっきまでナイフを受け止めていたところで受け流し、みぞおちを蹴り飛ばした。

明宮は吹っ飛び、扉のすぐ横の壁にぶつかった。しかし、それだけでは流石にくたばらず、直ぐに体勢を立て直して俺に迫った。

俺はナイフを受け止め、弾き返し、蹴りを入れようとするが中々チャンスが見つからない。

(畜生、明宮先生を斬れない。斬らなきゃいけないのに。それに、刀を2本で戦わないとナイフを防ぎきれないから1本に減らして攻撃のリズムを変えることもできない。一体どうすれば……)

考え事をしていたせいで刀の振りが甘くなっていた。それを見計らったのか、明宮が俺の右の刀を弾きに来た。刀が吹っ飛ぶことは無かったが、右腕が伸びきった状態になってしまった。

明宮はここぞとばかりにナイフを使った連撃をしてきた。狙いが関節を的確に狙っていて、全てを防ぐか避けるかをしなければならなかった。

「ぐっ…!」

ある程度は防いだり避けたりできたが、左膝を1センチほど抉られて激痛が走った。

左膝の痛みもあり、攻めあぐねていると、少しずつ、切り傷が増えていった。

(不味いな。このままじゃ俺が負ける。蹴りだけが攻撃手段だと乏しい。しかしどうすれば……

そうだ、あの時と同じ事をすればいいだけだ。何故今まで気づかなかったんだ。こうすれば解決だ。)

俺はにやりと笑い、明宮のナイフを弾くように狙った。

(これで少しは距離が取れるはずだ!)

案の定、明宮は保守しようと一旦下がった。その隙に刀を鞘に収め、収めたばかりの刀を鞘ごと持っていつものように構えた。

明宮はそれを特に気にする様子もなく、迫ってきた──と見せかけて拳銃で撃ってきた。

俺はそれを一部を刀で受け止め、一部を避けた。

明宮は左手に拳銃、右手に長めのナイフを構えて迫ってきた。

(今からが本気ってことか?この辺の後出しみたいな所は先生に似てるな。)

少し苦笑したが、直ぐに気を引き締めて明宮と攻め合った。

鞘ごと振ることで、斬るかもしれないという迷いはなくなり、思いっ切り振ることが出来た。

そこからは、まさにしのぎを削るような戦いだった。

先生には打撲の傷、俺には切り傷や弾丸によるかすり傷がかなりの数できた時、明宮が俺の肩を狙ったナイフを右手に持った刀で思いっ切り弾き飛ばした。それによって、先程の俺と同じように右腕が伸びきった状態になった。

「せやぁっ!」

そのタイミングで右腕を殴った。明宮の右腕がミシミシと嫌な音を立て、その手に持っていたナイフを落として体ごと吹っ飛んだ。しかし、直後に吹っ飛びつつも狙いを定めた拳銃に狙われまだ激痛の走る左膝と右肩に弾丸が当たった。少し体をずらし、直撃は避けたものの、抉られた傷が広がったり、新たに右肩を弾丸によって抉られたりしたせいで出血が多かったり、麻痺してきたりして戦える状態ではなくなった。

俺が床に突っ伏すと、明宮が拳銃を構え、俺に銃口を向けた。

(……そうか。痛みっていう感情もなくなってしまったのか。じゃあ、今までの攻撃は無意味、か。)

そんなことを考え、自嘲の笑みを浮かべた。

(やっぱり、明宮先生には届かないか。ふっ……舐めていたのは俺の方か。そういえば、校長先生に言われていたな。実力に溺れるな、って。言われた時は大丈夫だと思っていたが……実際に体験しないとわからないっていうのは本当だな。)

自嘲の笑みを一層強くして明宮の顔を見た。相変わらずの無表情だが、俺には昔の表情豊かな頃の明宮と重なって見えた。

「短い人生、だったな。」

人生を締めくくるような言葉を呟き、脱力すると明宮とは別の気配を感じた。

「まだ終わるべきではないぞ、若井正義。」

頭上からその言葉を聞いた直後に明宮の拳銃を構えた手が吹っ飛んだかと思ったら、次に膝の下辺りを血を纏った刀が斬り払い、俺の頭上数センチ上を通った。

斬られたところから血が吹き出し、俺の顔や制服にかかった。

呆然としていると、先程の声の主──天城刹那の姿が、明宮を見ていた俺の視界に入った。

「お前は私の生きる意味のなりかけなんだからな。勝手に死んでもらっては困る。」

明宮の手や脚が斬られた衝撃となぜ祐輝と交戦していたはずの天城がここにいるのかという困惑が混ざり、なんとも言えない複雑な感情を抱いていた。

「おい、何か言え。まさか、くたばったとかではないだろうな?」

挑発的な天城の口調で、なんとか声を絞り出すことが出来た。

「くたばっては…ないですよ。」

それを聞いて、天城は安心したように、ホッ、と息を吐いていた。

「良かった。せっかくの生きる意味が死ぬところだった。」

俺はフラフラしながらもなんとか立ち上がり、天城に言った。

「その生きる意味とは何なのか、これが終わったら教えてもらいたいですね。」

そう言い、相手であった祐輝の状況が気になったので、把握しようと周りを見回すと、祐輝が床に突っ伏しているのを発見した。祐輝の両手も明宮と同様に斬られたらしく、手が生えていた部分が布で止血されていて、血が染みてきていた。そして、意識がないらしく、動く気配がなかった。

「それは、またの機会にでもゆっくり話そう。さて、あまり長く話している時間がないから簡潔に話す。まず、お前の友達…だったか?を斬ってすまなかったな。」

俺は天城が人情を考えた上での謝罪をしたのだと思うと、そのようなことをするのか、と驚いた。

「…いや、そうしなければ殺されてたんだろ?だったら、何も言えない。俺は、私情でそこまで責めるような人じゃない。」

そう言うと天城は、ククク、と笑って言った。

「むしろ、私情に塗れているように見えるがね。まぁ、その話はまた今度でいいだろう。それで、ようやく本題に入るが、私が斬った手などは私が治す。もちろん、禁術ではない治癒魔術でな。それで、お前にはこの二人を気絶させて置いて欲しい。後で連れていくからな。死にかけのお前でも、それぐらいは出来るだろう。その間に私は教官と一緒に中村とかいう男をどうにかする。分かったな?」

「その必要はないぞ、天城君。」

その声の方を弾かれたように向くと、教官が戦っていた。戦況はというと、中村の機関銃で距離をとって攻めさせず、相手が守り始めるとナイフで一気に攻めるというような特徴的な戦い方に、流石の教官でも情勢は少しずつ悪くなっていっていた。

「し、しかし教官殿!失礼ながら苦戦を強いられているように見えます。なので、手伝うことを許可して頂けないでしょうか?」

「まぁ、それはそうなんだが。まぁ見ていてくれたまえ。」

不安げに眺める天城を中村が一瞥して、教官を挑発した。

「いいんですか?本気を出さないと、あなたの生徒が安心しませんよ?それに、こんなのが本気だというのなら、裂傷斬ティアースラッシュの名が泣きますよ?」

それに教官がにやっと笑った。

「確かに、お前は強いからな。それに、天城君を安心させないと上に立つ者の1人として、他の者に誇れない。そろそろ、普通の刀で相手をするのは終了だな。さて、そろそろ本気でやらせてもらうぞ!」

教官はそう言い、中村と距離を取って今持っていた刀を鞘に収め、もう1本の刀を抜いた。そして、抜いたと同時に叫んだ。

「唸れ!白虎!」

叫ぶと、教官にまとわりつくように剣呑な空気が漂った。

「はっ!」

教官が刀をひと振りすると、刀の斬撃に続いて左右に黄色の曲線が見えた。そして、その曲線に当たった中村の服の袖に虎の牙に抉られたような跡が出来た。

「なるほど、これが噂に聞く妖刀の力ですか。確かに、素晴らしいですね。次は、その白虎とかいう刀を持ち帰りたいものです。」

そう言い、中村は短機関銃で教官を狙い連射した。教官はそれを濃い残像が残るような動きで避け、一部の弾丸を斬り、一気に迫った。

それに、中村はナイフで応戦した。形勢逆転し、一気に教官が優勢になった。

今度は、教官が中村を挑発した。

「お前も、そろそろ本気を出さないと私に殺されてしまうと思うが?」

それに、中村は残念そうな声音で答えた。

「まぁ、確かにそうなのですが、後ろにいるあなたの生徒さん達が予想以上に仕事が速かったものでね。大佐の言葉を肝に銘じてしまっているので、そろそろ引き上げさせてもらいます。」

中村はそう言って、明宮と祐輝を完全に気絶させた俺達に短機関銃の銃口を向けて連射してきた。

俺と天城は弾丸を後ろに飛んで避けると、明宮と祐輝に向かって1つの風、中村が向かっていて、明宮と祐輝を抱え、教官室の扉を蹴破り、窓を割り、軽やかに飛んで去って行った。

それを呆然と見送り、見えなくなった後もその方向を見ていると、大人数の足音が聞こえ、教官室に大勢の生徒や教師が押し掛けてきた。

口々に、何があったかとか訊いてくるなかで、その人混みをかき分け出てきた2人に俺は目を見開いた。そこには、花凛と志郎がいたのだ。

「正義!!」

2人が声を揃えて叫び俺の方へ走ってきて、先に着いた花凛が俺に抱きついた。

「なっ…!?花凛!?」

傷跡がズキっと傷んだが、歯を食いしばって声に出さずに耐えた。

「心配したのよ!?模擬戦の1回戦の後、あなたのところに行ったらいなくて、周りを探していたら先生達が見覚えのない結界が張ってあるっていうし、志郎ともそこで会って、ずっと、心配していたのよ!?」

花凛の声は微かに震えていた。たまに小さく、しゃっくりのような声が聞こえてくるので、泣いているのだと悟った。

「…すまん。心配かけてしまって。次からは、気をつけるよ。」

俺が謝ると、志郎も少し怒ったような口調で言った。

「ほんとだよ!もし正義がいなくなっちゃったらって考えたら…怖くて仕方がなかったよ!」

「本当に…すまなかった。」

今までの殺伐とした空気から解放され、安心していると、教官の咳払いが聞こえた。

「若井君。楽しそうな空気を邪魔するのは悪いと思うのだが、少しいいかね?」

それで花凛は現状を改めて理解したらしく、顔を真っ赤にして離れた。

「は、はい。なんですか?」

俺が先程の照れが収まらず、照れつつ答えると、俺の体を指差した。

「と、話す前にその怪我に治癒魔術をかけて治してもらいなさい。その状態では普通に立っていても痛いだろう。」

確かに、ずっとズキズキと傷んでいたので、治せるならば治したいと思って頷いた。

「誰か若井君に治癒魔術をかけてくれ。」

「わ、私がやります!」

そう言って、手を挙げたのは花凛だった。

「花凛って治癒魔術使えるのか?」

そう言うと、花凛が少し不服そうにした。

「舐めないでほしいわ。私はバランス良く魔術を修得しているの。だから、治癒魔術だって使えるのよ。」

「そうだったのか。じゃ、頼む。」

そう言うと、花凛は治癒魔術を展開して俺にかけた。すると、弾丸などに抉られた肉がボコボコと再生する感覚がした。その感覚が終わると、血は止まり、痛みも消え、抉られた部分は継ぎ目などなく埋まっていた。

「ありがとう、花凛。恩に着るよ。」

俺が感謝を述べると、花凛が俺から視線を外した。

「感謝される程のことではないわ。」

花凛に軽く頭を下げ、教官の方を向いた。既に、天城は準備を終えていた。

「すいません、お待たせしました。」

「いや、構わん。さて、では行くぞ。」

そう言い、教官はボロボロの教官室に集まった先生や生徒達に道を開けさせて出て、隣の応接室に移動した。

応接室は、教官室を少し狭くしたようで、内装は特に変わらなかった。

入ると、教官がソファを手で示した。

「座りたまえ。」

言われた通りに俺と天城はソファに腰掛けた。

「さて、呼んだ理由は他でもない、先程のことについてだ。」

俺と天城は頷き、教官の次の言葉を待った。

「まず、天城君には感謝するよ。若井君を助けたのに加え、敵を行動不能にまで追い込んでくれた。」

「俺からも。助けてくれてありがとう。」

2人の感謝に天城は首を横に振った。

「いえ、敵を倒すのは当たり前のことですし、こいつを助けたのは生きる意味がこいつに見つかりそうだったからです。どれも自分の為にやったことですので。」

また、生きる意味、という言葉が出てきて気になったが、ここで訊くのは無粋だと思ったのでやめた。

「それでも、私達は感謝している。まぁ、素直に受け取ってくれたまえ。」

一通りの感謝を終えた後、教官が改めて俺達に向き直った。

「さて、本題なのだが、あの2人は戦ってみてどうだったかな?」

「手を斬っても表情ひとつ変えませんでした。感情を忘れるという程度ではないと思います。」

「俺は、祐輝の戦い方と明宮先生の戦い方が似ていると思いました。それと、チラッと見ただけなのでなんとなくですけど祐輝の方からは慣れのようなものがあるように見えました。」

俺達の感想を聞き、教官は頷いた。

「なるほど。やはり兵器化プログラムの使用が濃厚だな。それで、若井君。明宮の戦い方に違和感は?」

俺は大きく頷いた。

「俺が教えてもらっていた頃とは全くの別物でした。」

「そうか。私もそうだと思う。明宮はもっと豪快ながらも隙を見せない戦い方だった。つまり、兵器化プログラムは戦い方まで変えてしまうのか。」

教官は、ふむ、と考え、改めてというように訊いた。

「さて、他に報告することはあるかな?」

その問いに俺は報告ではないが、先程からの疑問を訊いた。

「あの、先程から気になっていたんですけど兵器化プログラムとか蘇生魔術リ・ボーンってなんですか?」

その言葉に教官が少し考え込んだ後頷いた。

「若井君になら言っても大丈夫だろう。まず蘇生魔術リ・ボーンだが、これは死者を生き返らせる魔術で、日本で取り決めた50個ある禁術の1つになっている。この禁術というのは、強力すぎる魔術を使用禁止と定めたものだ。しかし、蘇生魔術リ・ボーンの場合は、定めた時の宗教が関係していてな。その頃、ほとんどの国民が神崇教という宗教を信仰していた。今ではほとんどないのだが、この神崇教は、死者を保護している神は崇めるものであり、その保護された死者を呼び戻すのは外道であり裁くべきもの、という考えがあってな。死者を生き返らせる魔術である蘇生魔術リ・ボーンは外道の手段であると禁術にされたのだ。その他にも魔力を大量に消費するために使用できる者が限られてしまうということなどもあるが、主な理由はこれだろう。しかし、その何百年後かに、神崇教への信仰が薄れていったため、蘇生魔術リ・ボーンを禁術から無くそうという動きを国民が起こした。だが、これはその時にいた将軍で無敵の龍王という二つ名を持つ男──鬼塚龍人によって否決となった。この頃は、鬼塚龍人が裏から政界を操っていたようなものらしいから、これぐらいは余裕だったのだろう。そしてこの事から、国民に禁術のことが広まらないように、国に関わる極秘情報となり、今では禁術を知る者は数える程しかいないだろう。」

そこまで聞いて、ふと疑問に思ったことを天城に訊いた。

「そういえば、天城は蘇生魔術リ・ボーンのことを知っていたが、何故だ?禁術を知る者は数える程しかいないのに。一介の生徒に知ることができるのか?」

俺の質問に対して天城はあっさりと答えた。

「簡単な答えだ。私が普通の生徒ではないということだ。そうだな、詳しく言うと──私は和家の養子なんだ。」

「えっ…!」

俺は天城の言葉に驚きが隠せなかった。しかし、俺はまた疑問に思ったことを訊いた。

「で、でも、苗字は天城だろ?なんで苗字が和じゃないんだ?」

俺の質問に対して、また天城はあっさりと答えた。

「それも簡単な答えだ。ただ単に私が目立ちたくないから苗字を変えてもらっているだけだ。」

シンプルな答えだったが、何故だか驚いてしまった。

「き、教官も知っていたのですか?」

それに教官が頷いて肯定した。

「だが、天城君が和家の養子ということは今この場にいる私達しか知らない。目立ちたくないというのが苗字を変えた目的であるから、若井君も秘密にしておいてくれたまえ。」

それに俺はぎこちなく頷いた。それを見て、教官が咳払いをして話し始めた。

「話を戻そう。次に兵器化プログラムだが、これはその名の通り人を兵器化するプログラムで、蘇生魔術リ・ボーンと同じ禁術で、その理由としては人を兵器化するなどは許されるものではないからだ。兵器化プログラムには一時的に操るものと脳に物質化したものを埋め込み、取り除かれるまで操り続けるものがある。つまり、人間型の兵器をつくるような感じだ。そして、完全な兵器とするために感情を完全に無くす、というような魔術だ。これは蘇生魔術リ・ボーンの副作用より酷いもので周りのものへの興味さえも無くしてしまう。そして、これらの副作用は蘇生魔術リ・ボーンの副作用と合わさってより強いものになっているだろう。と、説明としてはこんなものだ。」

教官の説明を聞いて、この2つの禁術についてかなり理解できた。蘇生魔術リ・ボーンは死者を蘇生させるが、大量の魔力消費やその時の宗教によって禁術となった。兵器化プログラムは危険度がかなり高いために禁術となった。そして、副作用として感情が完全になくなってしまう。

ここまで頭の中でまとめていると、教官が訊いてきた。

「他に何か報告や質問はあるかね?」

それに俺と天城は首を横に振った。

「そうか。ならば、模擬戦に戻りたまえ。若井君は1回戦からできるように取り計らっておく。」

教官の言葉を聞き、頭を下げた。

「ありがとうございます。」

「これぐらいはどうということはない。さあ、行きたまえ。」

俺はもう1度礼をして、応接室を出た。




「手強かったかね?」

無精髭を生やしているが、顔は若々しく、体つきが良い60歳ぐらいの男──東堂がそう訊くと、40代ぐらいで、うっすらと髭を生やしていて、黒髪が若干逆立っている男──中村が申し訳なさそうな表情で頭を下げた。

「すいません、東堂大佐。明宮と祐輝を使ったのにも関わらず失敗してしまいました。」

「中村よ。私が何故『お前達が死んでまで倒す相手ではない』ということを言ったと思う?」

中村が頭を上げ、さらに申し訳なさそうな表情をした。

「明宮と祐輝を失わないため、ですか?」

それに東堂は、ふむ、と頷いた。

「3分の2は正解だな。正解は、お前も含めた3人を死なせたくなかったからだ。少佐という立場でありながらこの西和王国軍の中でもトップに近い実力を持つお前達を死なせる訳にはいかないからな。」

東堂の言葉に、中村は驚きを隠せないといった表情で立ちすくんでいた。

「それに、お前達3人は大将のお気に入りだ。もし死なせた場合、大将に合わせる顔がない。」

「し、しかし、私達が作戦に失敗したことは事実です!これだけでも、指揮する立場であった私には処罰を受けるに値します!」

驚きの中で口をついて出た言葉は明宮と祐輝を庇うものだった。しかし、自分が言ったことは事実であり、異論が唱えられるものではないと中村は自分でも分かっていた。

しかし、中村の言葉に対して、東堂は首を横に振った。

「いや、処罰はない。実のところ、作戦は今の時点では失敗ではない。お前が持ってきた情報次第で成功にも失敗にもなる。つまり──最初から情報収集が目的ということだ。」

その言葉に中村は唖然としていた。それは、裂傷斬ティアースラッシュを殺せなかった自分は処罰されて当然だと思っていたのが違ったからではなく、東堂が裂傷斬ティアースラッシュを殺すことはあわよくばとして自分を動かし、命令として死ぬなと言ってギリギリまで戦わせて情報を集めるという回りくどい方法を取ったことが原因だ。

「情報収集が目的ならば、私に言ってくだされば最善を尽くしましたのに。何故ですか?」

中村の発言に東堂はにやっと笑った。

「少しでも自然に情報収集をするためだ。情報収集を目的だと伝えると敵が勘づくかもしれないから、というのが大将達の考えだそうだ。」

そう言われても中村は、まるで自分の実力を認められていないようで不服だった。しかし、それを表情には出さずに、まるで納得したかのように頷いた。

「理解しました。…では、私が得た情報を報告したいと思います。」

「うむ。」

中村は自分が得た裂傷斬ティアースラッシュが持っている特殊能力を持つ刀のこと、祐輝達を倒した生徒のことなどについてを報告した。

一通りの説明を終えると、東堂は満足そうに頷いた。

「うむ、予想以上の情報を集めてきてくれた。この作戦は成功と言って良いだろう。ならば、この話は終わりだ。これ以上後悔することも何も無い。それで良い。さて、そろそろ祐輝と明宮の修復が終わる頃だろう。回収しに行ってくれたまえ。」

東堂の言葉に中村は少し戸惑いながらも恭しく礼をして、

「失礼しました。」

と言って扉から出ていった。

東堂は中村が出ていった扉を見て、ため息を吐いた。

「そろそろ中村を使うのも限界だな。新たな特攻役を探すか。」

そう言い、東堂は怪しげに方頬を上げた。

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