第6話 模擬戦『トーナメント』―早朝―
空が雲で覆われている午前4時──。
いつもより1時間早く起床した俺──若井正義は、昨日も来ていた、伸縮性があり、丈夫で、軍服らしさがある黒の制服を着てから、洗顔などのいつも通りの行動をした後に、腰に2本の刀を下げて部屋を出た。そして、
「さて、行くか。」
ボソッと呟き、俺は用事を済ますために演習場に向かった。
演習場に着き、扉を開けると、そこには用事の原因である人物がいた。その人物は、セミロングの黒髪で、可憐な容姿をしているが、威圧を感じるような雰囲気を漂わせている。今から行うことの影響だろう。
「指定時間丁度ね。」
確認するように言った人物──花凛に対して、俺はため息を吐いて言った。
「そこまで厳しくしなくてもだな。…まぁいい。じゃ、早速やるぞ。」
俺の言葉に花凛は目を輝かせた。
「ええ!やりましょう!」
「あ、少し確認するが、身体強化の魔術はかけておくのか?それとも開始の合図の後か?」
「かけておきましょう。それと──刀に硬化の魔術もかけておくのよ。」
その言葉に思わず息を呑んだ。動揺を悟られないように、花凛に訊いた。
「…本当に硬化の魔術をかけるのか?」
すると、花凛はキッと俺を睨み、怒りで少し声を震わせて言った。
「あなたは、私が相手として不足しているから、斬ってしまうとでも言うの?自分の身も守れないような弱者に見えるの?」
「そういう訳では無いんだが…」
「まぁ、なんだっていいのよ。とりあえず本気の勝負がしたい、それだけ。あの時に約束したわ。」
「まぁ、そうなんだが。約束して次の日の早朝は早くないか?」
俺の言葉に花凛は首を傾げた。
「なぜ早朝がダメなのか理由があるの?むしろ、私には早朝が一番良いと思うのよ。だって、もう模擬戦のトーナメント戦が始まってしまうもの。」
「…まぁ、そうか。」
「そうそう。じゃあ…やりましょう。ではまず私から準備させてもらうわ。」
そういい、花凛は魔術をかけ始めた。やはり、慣れていることもあり、すぐにかけ終わった。
それを見計らい、俺も魔術をかけた。
「じやあ、開始の合図は私が出す。それでいい?」
それに頷き、俺はいつもの構えで2本の刀を構えた。
それを見て、花凛はクスクスと笑っていた。
「相変わらず変な構え。」
「俺の先生は自由がモットーだったんでね。」
軽口を叩き合った後、お互い真剣な表情で刀を構え直した。
「それじゃあ──始め!」
花凛の合図と共に俺は花凛に向かって走り出した。同様に、花凛も走り出している。
お互いの距離が2mもなくなった頃に、両者はほぼ同時に攻めた。両者の太刀筋の残像が残るような初撃は空中に火花を散らしてぶつかり合った。
威力は俺の方が大きく、花凛は弾かれるように距離をとった。
(──行ける!)
距離をとっている花凛を追いかけて斬りこんだ。斬った──そう思った瞬間、
「水龍よ、唸りなさい!」
花凛の呟きが聞こえた頃には花凛の姿が歪んで消え、周りには水飛沫が舞った。当然、消えた花凛には刀は当たらず、地面を思いっ切り斬り、放射状のヒビができた。
急いでその場を離れ、周りを見回した。すると、後ろに気配を感じた。気配を刀を振り払って狙うと、ギィン!と鈍い音がした。刀に力を加えつつ見ると、花凛が俺の刀を受け止めていた。
「この速さでも反応するのね。あなた、異常ね。」
花凛が苦笑して言ったので、俺もつられて苦笑し、
「まぁ、速さには自信があるからな。さて──そろそろ終わらせるぞ!」
「やれるものならやってみなさい!」
その言葉と同時にお互いが距離をとり、全力で走って迫った。
そこからは疾風怒濤の攻防だった。それによって、お互いに切り傷が何箇所も出来た。
俺を表すのが速さなら、花凛は力だ。攻撃を受け止める度に重たく響く。特に、歪んで消えたあの時から、それまでとは比べ物にならない程重たく響く。
花凛の重たい一撃を受け止めては攻める。刀を受け止められたら少し距離をとり、再び攻める。これを5分程繰り返した。その時には花凛も俺も、息を切らしていた。
「はぁ…っはぁ。さすが、だわ。」
「そっちも、な。…今度こそ、終わらせるぞ。」
そう言うと、花凛は苦笑して言った。
「さっきも、聞いたわね、それ。でも、そうね。やりましょうか!」
言い切ると同時に花凛が迫り、俺に向かって刀を振り下ろした。俺はその刀を避け、横から刀を払った。
すると、思ったよりも軽い感触で刀が飛んだ。
(軽い?)
不思議に思っていると、後ろに気配を感じた。その気配を感じた時についさっきの疑問が解決した。
(花凛は拳でとどめを刺すつもりなのか!)
予め分かりそうなことを今になって気づいたことに少し悔しく思いながらも避けるために全力で前に飛んだ。そして、すぐに振り返ると、案の定花凛の拳が空を切っていた。
「あら、気づきましたのね。でも──不意打ちだけではないのよ!」
その言葉と同時に花凛は俺に迫り拳を叩き込んだ。俺はそれを避け、花凛の目の前の地面を刀で叩きつけた。
砂埃が舞い、視界が一気に不鮮明になった。
「ケホッ、ケホッ!何のつもりなの?」
俺は花凛が動揺しているうちに2本の刀を鞘に収め、それらの刀を鞘ごと持って、花凛に叩きつけた。
花凛は両方の腕でそれらを受け止めたが、その直後に首に衝撃を受け、目眩を起こし、バランス感覚を失って倒れ、そのまま気絶した。
花凛との戦いが終わり、気絶した花凛を柵を背もたれにして座らせ、俺も人一人分あいだを空けて腰を下ろした。
(ちょっと強くやりすぎたかな。)
あの決着の時、俺は花凛のうなじを手刀で叩いて気絶させたのだが、気絶させたことによって模擬戦に影響が出ないか、ただひたすらに不安に思っていた。
チラッと横目で花凛を見ると眠るように気絶している。
(そういえば、刀で殴った腕は大丈夫だろうか。)
怪我していれば治さなければ、と思って花凛の制服の腕を覆っている部分をまくろうとした。すると、
「きゃあぁぁぁ!」
と、声がしたかと思えば、急に脇腹に痛みが走った。
少し転がった後、起き上がって声の発生主であろう花凛を見ると、耳まで真っ赤にして俺を睨んでいた。
「な、な、何をしているのよ!」
叫ぶように言われ、慌てて弁明した。
「ち、違う!刀で殴ったところが怪我していないか気になってだな…」
「っ!」
俺の言葉に、花凛は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに元の調子に戻って言った。
「それでも!気絶したところを襲うなんて!流石に…痛っ」
腕を抑え、苦痛に顔を歪める花凛を見て、俺はため息を吐いて言った。
「やっぱりか。じゃ、湿布とってくる。待っててくれ。」
「取りに行かなくても良い。ここにあるからな。」
今から振り向こうとした方向に1人の女生徒がいた。その女生徒は栗色のロングヘア、細い脚、慎ましい胸も魅力だと感じる目を引くような美しさを持っていた。
(誰だ?どこかで見た気がするんだが。……あ、生徒代表の人か。名前は、天城刹那さんだったな。)
自分の問に自己完結して、改めて天城刹那に向き合うと、俺に湿布を差し出していた。
「さっきの見ていたんだ。良い試合だったな。最後のは怪我したかなと思ったから取ってきたんだ。」
「あ、ありがとうございます。」
俺はそれを受け取り、花凛の元に向かって貼ろうとしたら、
「自分で貼るわよ。」
と言われ、湿布を奪われたので、花凛に任せることにして天城刹那の方を向いた。天城刹那は相変わらず無表情だった。
(優しい人なのか?それにしても、いつから見ていたのだろうか。)
そう考えていると、天城刹那が俺の疑問を見透かしたかのように、俺が心の中で思った疑問の答えを言った。
「私は2人が息切れし始めた辺りから見ていたのだが、お互いに冷静な状況判断ができていたと思うぞ。」
褒められて、俺は素直に照れくさくなり、俯いた。
「とまぁ、そこで本題に入るのだが──若井正義、私と試合をしないか?」
その言葉に俺はもちろん、花凛が唖然として天城刹那を見ていた。
「いや、俺は花凛との戦いで疲れてしまっていて全力が出せないので次の機会では駄目でしょうか?」
それに天城刹那はため息を吐いて言った。
「駄目か。なら──無理矢理やるしかないな!」
そう言い切ると同時に身体強化の魔術をかけ、刀を抜き、俺を斬ろうとした。
それを同じように身体強化の魔術をかけてギリギリで受け止めたが、花凛以上に刀が重たく、足元の地面が2センチ沈んだ。
「いきなりは、やめてもらえませんか?それと、なんでそんなに、急かすんですか?」
刀を受け止めつつ訊くと、片頬を上げて言った。
「駄目だと言ったからやらせてもらっただけだ。そして、なぜ急かすのかと言われれば、トーナメント戦の前にお前が生きる意味になれるのか、つまらないやつなのか確かめたかったからだ。」
「生きる意味?どういうことですか?」
俺の問に呆れたような表情をして言った。
「…そんな事なんだっていいだろう。こちらの都合だ。それよりも、そんなに話している余裕がこの先いつまで続くかね?──ふっ!」
天城刹那が言い切ると同時に、鍔迫り合いしていた刀を引き、素早く刀を構え直し、俺の脇腹を狙って斬ってきた。俺はそれを弾き、弾いていない方の刀で脇腹を狙った。しかし、天城刹那がこれをいつの間にか戻した刀で弾いた。
このようなことを繰り返し、何度か続いた時に先に体力が切れてきたのはもちろん俺だった。
「そろそろお前も終わりだな。」
「そんなことは、ないですよ。まだ、やれる。」
息を切らしつつ言うと、天城刹那は急ににやっと笑って言った。
「そうだ。最後に、私の一撃を止めることが出来たら試合を一旦やめよう。ただし、止められなければお前の負けだ。まぁ、負けた場合は斬ってしまっているから、死んでいるけどな。」
「なるほど。その勝負、乗った。」
「分かった。なら、行くぞ──はっ!」
俺に来ると思って受け止めようとすると──天城刹那の気配が消えた、否、後ろに行った。
(何故だ?──まさか、花凛を!)
理解した頃には天城刹那は既に花凛に迫っていて、刀を振り上げていた。
(くそっ!こうなったら、もうあれしかない。でも、間に合うか──いや、やるしかない!)
俺は急いで術を展開し、発動させた。その後、花凛の方を見ると、恐怖に怯えた花凛と、その30センチ程上で静止している刀があった。刀は赤い半透明の物に受け止められている。
「ほう、術壁を使うか。なるほど、まだ生かす価値はありそうだな。」
納得して刀を鞘に収め、帰ろうとする天城刹那に向かって、怒りを抑えきれず、震えている声で言った。
「おいお前、何故俺を斬らずに花凛を斬ろうとした?」
すると、天城刹那はあたかも当然というように、
「お前の実力を引き出すにはこれが一番だと思ったからだが。それがどうかしたか?」
その言葉に怒りが頂点に達した。
「お前、人間をなんだと思ってる?」
「なに、か。もちろん、自分も含めた全ての人間はただの動く肉塊だな。ついでに補足すると地球の害虫。」
「なっ…」
「だってそうだろう?人間なんていなかったらこんな世の中にはなっていなかった。無駄な感情を覚え、私利私欲にまみれ、無駄な行動を起こす。人間なんて生まれない方が良かったんだ。そのせいで、あんな悲しみを覚えてしまう…」
「……」
最後の方は聞き取れなかったが、とにかく、天城刹那は自分を含めた人間を人間と見ていない。ただの害虫としか。
「とにかく、そういうことだ。じゃあな。」
天城刹那は扉に向かって方向転換し、歩き出した。しかし、途中で一度立ち止まって言った。
「そうだ。私のことをお前、と言うな。見下されているようで虫唾が走る。これからは天城か刹那のどちらかで呼べ。」
そう言い残し、天城は去っていった。
天城が去った扉をしばらく見つめた後、花凛の方に向くと、怯えは収まっていて、既に平常心に戻っているようだった。
「正義、ありがとう。今生きていられるのはあなたのおかげよ。」
急にお礼を言われ、照れくさくなって顔を背けた。
「そうか。…それにしても天城は、強かったな。」
「ええ…」
それきり、お互いに考え込んでしまった。しかし、そこでふと頭に浮かんだ疑問を訊いた。
「そういえばさ、花凛。さっきの戦いの時に『水龍よ、唸りなさい!』って言ってたが、あれなんなんだ?」
俺が訊くと、それに花凛が淡々と答えた。
「あれはね、妖刀の封印解除の合図みたいなものなの。」
「妖刀?」
「そう、神を元に作られて、特殊な能力を得た刀、それが妖刀。私の『水龍』は玄武、蒼龍、白虎、朱雀の四神に継ぐものなの。能力としては、水を利用した光の屈折による擬似空間歪曲よ。そして、妖刀は、封印解除した後は持っているだけで身体能力が強化されたり、というような副効果もあるの。」
「なるほど。だからあの時歪んで消えたように見えて、その後の花凛の攻撃が重たかったのか。」
「ええ、そういうこと。そして、今現在四神を所持している人物としては、石田光影、真田現道、龍造寺天堂、そして──教官殿ね。」
教官殿、という単語が聞こえて驚きを隠せなかった。
「え…それ、本当か?」
「ええ。というより、知っていなかったの?皆知っている事だけれど。」
訝しげに見る花凛に俺は正直に話した。
「あ、えっとだな…俺は歴史とか現代のことに関してはさっぱりでな。ここにも、実技の期待点だと、思う。」
そう言うと、花凛は大きくため息を吐いた。
「あなたって、実技だけなのね…
まぁいいわ。これから少しずつ覚えればいいのよ。」
花凛の口調が若干慰め気味で少し恥ずかしくなった。
「あ、あと龍造寺天堂もここにいるわよ。えっと確か……そうだ、西側の寮監をしているのよ。」
「な…!あの人が、四神の妖刀持ち?」
(西側の寮監って、最初に見たあのヨレヨレのスーツの男の人だよな。あの人が妖刀持ち……)
唖然としていると、あと、と花凛が申し訳なさそうに補足した。
「明宮蓮は妖刀持ちの候補だったのよ。そして、妖刀持ちと明宮蓮を合わせて東和王国の5英傑って言われているの。」
その言葉に驚きが増し、言葉を発することが出来ないほどだった。
「そして、今は新しい候補を探している最中らしいわ。」
花凛の説明を一通り聞いた後は驚きが隠せず、ずっと唖然としていた。そして、再び聞いた先生の名前に、怒りと罪悪感が混じった感情が込上がってきた。
「…はぁ。先生は本当に死んでしまったのだろうか。」
「……」
重たい空気になり、しばらく二人とも黙っていると、校門の方で騒ぎが起きているようだった。
「何事?まだ、6時半よ。」
「行ってみるか?」
俺が誘うと、花凛は頷いた。
「ええ。気になるわ。」
校門に近づくにつれて声が鮮明に聞こえるようになってきた。
「本当に何事なの?悪い出来事ではなさそうだけれど。」
(花凛の言う通り、歓声に喜びの色があるし、悪い出来事ではないだろう。)
「だが、どんな出来事かがまだ分からないな。もう少し近づこう。」
そうして近づくと、歓声の内容も聞こえるようになってきた。
「明宮様ー!」
「隣のイケメン誰!?」
「もう1人も渋くて良くない!?」
明宮、という歓声を聞いて、俺は弾かれるように走り出し、人混みをかき分けて先頭に立った。
「嘘……だろ?夢じゃ……ない、よな?」
気付けば頬を涙が伝っていた。なぜなら──俺が会いたい人物が2人もいたのだから。
「先、生…!そして──祐輝!」
人混みに囲まれて立っているのは紛れもなく、明宮先生と祐輝だった。