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1-1

空に憧れ、空に焦がれ、空を求める。


手を伸ばしても届かず、されど見上げるにはあまりに近い場所。


ある種の人間にとって空は何よりも魅力的であり、狂おしいほどに愛おしいものである。


その空も天素の発見により飛行技術が格段に進歩すると、人々にとって身近なものとなった。


天素飛行技術の粋を集めたマシンである箒機(ホウキ)による空のレース、ブルームフォーミュラは瞬く間に人気を得て、人々を熱狂させた。




ブルームフォーミュラ業界やファンの間では今一人のフライヤー(箒機乗り)の話題で持ちきりである。

最高位のレースであるBF1入り確実と言われながらも、女性として初のBF2シーズン優勝を果たすと若くしてブルームフォーミュラ業界から姿を消した女王、ミシェール・スミスがレーシングチームを立ち上げて四年ぶりにブルームフォーミュラに帰ってきた。


チームのエースはミシェールが自ら育てた日本人の少女、空野翼。

その名の通り空を飛ぶために生まれたのか、BF3にエントリーするや連戦連勝、瞬く間にBF2昇格資格(BF3で10戦以上の経験と4回以上の優勝)を獲得。


彼女には師匠ミシェールの果たせなかった女性初のBF1フライヤーという期待がかけられている。



流し読みしていた月刊ブルームフォーミュラファンから目をはなし、天見昴は教室の窓から空を見上げた。

手を伸ばしても届かず、されど見上げるにはあまりに近い場所。


天見昴は工業高校に通う高校二年生である。

平均よりやや小柄な体に少し大きめの目を持つ頭を乗せたレーサー向きの体格。

彼の父はフライヤーだった。

祖父もそうであり、昴自身もライセンスを取得しており、マイナーレースに何度も出場している三世フライヤーである。


いずれはレーシングチームと契約してBFメジャーのレースに参加し、BF1フライヤーを目指している。

しかし現実は厳しく、昴の勝率は低い。


ブルームの操縦技術はそれほど劣っているとは思わない。

三世フライヤーとして幼少の頃より祖父や父に英才教育を施されてきたのだ。

それで他者より劣っているような才能しかないのだったら、とっくに辞めている。

問題はマシンだ。


昴の駆るマシンはすでに何世代も型落ちした旧式である。

入念な整備によって不具合などは起きていないが、どうしても限界反応や直線での伸びに差がでてしまう。


「同じ年齢で同じメーカーの箒機に乗ってるのに、ずいぶんと差があるな」


雑誌の中で表彰台の上で笑う空野翼に昴は自嘲めいた笑みを向けた。


「スバル昼飯食わないのか?」


購買帰りの長身で角刈りのクラスメイト、田中信太郎がパンを片手に昴の席へ寄ってきた。


「減量中。あと僕の名前はスバルしゃなくてコウ」


よく間違えられるが彼の名前は昴と書いてコウと読む。

昴という字はコウとは読まない。

昴と昂の字を混同した昴の父親が考えた名前であり、周りも誰一人その間違いに気付かなかった。


「知ってるよ。あだ名みたいなもんだろ」


悪びれもせずに田中はそう言うと昴の隣の席の椅子を引っ張り出して座る。


「減量中って、その体格で必要なのか?」


田中は昴が箒機に乗っていることを知っている。

その上かなりのブルームフォーミュラマニアだ。

なにせブルームフォーミュラ好きが高じて工業高校を受験したくらいだ。

昴にとっては学校で最も話の合う友人と言える。


「マシンが劣っているなら乗り手を少しでも軽くするのは当然だろう」


箒機は既に弄れるだけ弄っている。

これ以上はむしろ性能を落とすというギリギリまでチェーンしても追い付けないのなら、乗り手を改造するしかない。


「箒機替えれば良いのに」

「そんな金はない!」


レーシング箒機は高い。

一般の乗用箒機と比べその値段は倍以上となる。


「どこかのチームにトライアル受けに行ったらどうだ?」

「そのチームで使う慣れない箒機に乗って試験に合格できると思うか?」

「世知辛いな」


トライアルで見られるのは当然速さもだが、それ以上に箒機の性能を引き出す能力を見られる。

昴とて物心ついた頃には箒機に乗っていた人間である。

どんな箒機でもある程度は乗りこなす自信はあるのだが、チームに求められるレベルで性能を引き出す事はおそらくできない。

それをやるには昴の操縦技術は尖りすぎている。


「僕の箒機と同じ設計思想の箒機をメインに使うチームがあれば良いんだけど」


昴の箒機はかなり特殊な設計思想で作られている。

箒機は空を飛ぶマシンである。

なので当然空中での安定性が高い事を求められる。

しかし昴の箒機はまったく逆に、わざとバランスを崩して設計されているのだ。


「あんな変態箒機使うようなチームあるわけないだろう」


バランスの悪さが生み出すのはアクロバットな機動だ。

乗りこなせば任意の方向に落ちる(・・・)事ができる。

その変態的な運動性能は他の追従を許さない。


「あるにはあるけどね」


昴は雑誌を指差す。

その指先は空野翼に向いていた。


「ガーランドウィングか」


空野翼の所属するチーム、ガーランドウィングで使用される箒機GW-01スカイウィングは昴の箒機と同じく、わざとバランスを崩して設計がされている。

公表されているスペックや実際に飛んでいる姿から、同系統の箒機に乗る昴にはそれがわかっていた。


「ってこれ最新号じゃないか!」

「朝開店前の本屋から無理矢理買ってきた」


寄越せとばかりに田中が雑誌を掴み取り、穴が開くほど凝視する。


「おおおお、俺の翼チョー可愛えええええ!」


空野翼の人気は高い。

実力もあり、女王ミシェールの弟子という話題性に加え、美少女と呼んでも何ら支障のない容姿が彼女の人気を高めている。

そして田中は空野翼の大ファンであった。


「広告塔には最適だね。スポンサーも喜んでお金出すだろう」

「妬んでんじゃねえよ。素直に翼可愛いって言えよ」

「嫌だね。だってそいつ僕の永遠のヒロインであるミシェール・スミスの弟子なんだぞ。羨ましい」


昴は自他共に認めるミシェール・スミスのファンである。

自宅の部屋にはポスターが張られ、歴代の彼女の愛機の模型を初めとしたグッズの数々が飾られている。

それだけでなく、レース場やイベントで撮った写真に加え雑誌の切り抜きを集録した自作ミシェール写真集や、新聞や雑誌にwebニュースをプリントアウトした記事を集めた自作ミシェール全集を神棚に奉っている。

もちろんレース動画は地方のマイナーレースも含めて入手可能なものは全て高画質永久保存済みだ。


「ミシェールも綺麗な人だったけど、もう過去の人だろう。時代は翼だぜ」

「はっ、空野翼など所詮は小娘。ミシェールの芸術的飛行技術の半分も継承できていない不肖の弟子、いやさ出来損ないの弟子よ!」

「なにおう! 翼のVスラッシュの切れ味は全盛期のミシェールそのもの、いやむしろ超えていると言っても過言ではない!」

「あんなもん箒機の性能頼りに強引に昇ってるだけじゃないか。高性能ブースト積んでる箒機乗れば誰でもできるレベルだ」


Vスラッシュは一見単純な技のように見えるが、地面に向かって逆さまに突っ込む度胸と、機体剛性を把握し負荷を最低限に抑える技量、タイミングを見極めて瞬間加速システムを発動させるセンスが要求される高度なマニューバである。


「空野翼のはVスラッシュと言うよりUスラッシュだ」


それに、と昴は続ける。


「ミシェール・スミスの本当の得意技はVスラッシュじゃない」


昴がそう言うのと予鈴のチャイムが鳴るのは同時だったので、その言葉は田中には聞こえなかった。



学校が終るとその足でサーキットに向かうのがレースを間近に備えた昴の日常である。

富士岡スカイフィールド、それが昴の地元サーキットの名前だ。

自宅付近のバス停から10分程度で向かえる昴にとっては自分の庭のようなサーキットである。


受付を済ませフライトスーツに着替えた昴は、サーキットのガレージに預けている愛機、ガーランド社製GB-4000初期モデルを迎えに行く。

白いシンプルな機体色は長年の酷使により、歴戦の勇士じみて、いい感じに色褪せている。

GB-4000の初期モデルは古い機体である事に加え、強すぎるクセからまっとうなフライヤーなら乗りたがらない箒機だ。

これが後期モデルや後継機のGB-4000ver2であれば人気があるのだが、初期モデルを好んで乗るのはレトロ趣味かマニアくらいである。


ガレージから愛機を出したら、専用に割り振られたピットまで箒機を押す。

箒機の下部にはランディングギアがあり、箒機自体も軽量に作られているので、昴一人でも押して歩くことが可能だ。

箒機はその名の通り箒を模した形をしている。

機首は長く細く伸び、後部に天素機関と座席があり、そこに跨がって機首に備え付けられたハンドルを掴むと、まるで魔女が箒に乗って飛ぶような格好となる。


昴は箒機がしっかり地面に接地していることと、周囲の安全を確認してからヘルメットを被り、箒機に跨がった。

座席に備えられているベルトをパイロットスーツの金具に繋ぐ。

そしてキーを挿し込み、右に目一杯回す。

これで安全装置が解除され、それに連動して昴のヘルメットのバイザーに各種計器がARで表示された。

ハンドルを握った状態で前方やや下部の位置に速度メーター、天力計、高度計、バッテリー残量が表示されている。

そこから少し右に頭を向けると機体の状況が示されており、現在はオールグリーンとなっている。

反対に左にはレースシステムとリンクしており、現在順位とタイムとラップタイムが飛行中に表示される。

また、左右にはそれぞれ後方カメラとリンクした映像が見えるようになっており、これは手元の操作で切り替える事ができる。


フラップやエアブレーキなどの動きを確認して、昴はキーを半分左に回す。

天素機関が大気中の天素を吸引口より取り込み、ついに箒機が地面より浮かび上がる。

ランディングギアを上げ、脚をフットレバーに乗せると、昴の体は完全に宙に浮いた。

ピットレーンを低速で飛行し、他の練習者とタイミングがずれるようにしてコースに出る。

制限速度と高度が解除されると、昴は機首を上げると同時に右手のハンドルのトリガーを引き、シフトを一速から二速へ入れ替えて一気に加速。

続いて三速へ。

空が一気に広がり体を打つ風の心地よさが、まるでおかえりと自分を迎えているように感じる。

この感覚を感じる度に昴は自分が陸の生き物ではなく、空の生き物なのだと実感する。


最初のリングが近づく。

リングへの侵入は常に次のリングを意識しなくてはならない。

既に何度も飛び、授業中もずっとイメージトレーニングを行っている。

ここは右へ大きくバンクするように曲がりながら通過するのが最適。

ハンドルとフットペダルを操作し思い描くラインに乗せる。

今の速度ならアクセルは開きっぱなしで問題ない。

機体が右に緩やかに傾き、大きく曲がりながら上昇。

家電メーカーのロゴの入ったARのリングを通過する。

機体の傾きは止まらず、昴の体がほとんど逆さまになると今度は曲がりながら下降する。

その途中で天素機関がシフトアップ可能な天力数に到達する。

車やバイクなどのエンジンと違い、天素機関には回転数というものはなく、天素機関の稼働により高まる天力ごとにシフトレベルが存在する。

三速から四速へ上げると尻に感じる天素機関の音なき咆哮が高ぶる。

もっと速く、もっと高く、もっと遠くまで!


(焦るなよ)


愛機に言い聞かせる丁寧なカーブで次のリングを捉える。

その次のリングの位置を見越して侵入ラインを決める。

ここは真っ直ぐ入れば問題ない。

機体を立て直してスポーツ飲料のロゴの入ったリングを通過。

そこでさらにアクセルを開く。

次のリングを左にドリフトで突っ込めば、正面にその次のリングがくるのだ。


(スピードの乗りが悪い)


問題があるほどではないが、少し不満を感じる。

機体コンディションに問題はない。

昴が左手のハンドルのスイッチを親指で入れると、バイザー越しに見る空にオレンジ色の靄のようなものが表示される。

大気中の天素をARで表したものだ。


(天素濃度が低い)


午前中からずっとサーキットは練習者用に開放されている。

そのため空が引っ掻き回され、大気中の天素が散っているのだ。

もちろん飛行に支障があるほど散っているわけではない。

そうなったらサーキットの運営側が一時飛行を中止させ、天素を撒いてコース整備が行われる。

天素濃度が高ければ加速力と上昇力が上がるし、天力も早く上昇する。

天素は流動するので箒機で飛ぶときは天素濃度にも気を配らなくてはならない。


(上空はかなり濃いな)


目線を上に向ければ一面オレンジ色の空となっていた。

基本的に天素は高度が上がれば濃くなる。

昴はこの後の飛行プランを頭の中で修整して左手のスイッチを戻す。

そしてドリフトの準備をした所で、バイザー越しの視界に後方からの接近アラートが点灯した。

左後方のカメラ映像を出すと黒字に赤いラインが無数に入った派手なカラーリングの箒機が接近してきていた。


(速いな。譲っておくか)


昴はまだ流しの一周目。

ここはラインを開けてやり過ごすのが余計なトラブルを回避する賢明な判断であった。

昴は右に機体をスライドさせて後方の箒機にインコースを譲る。

しかし後ろの箒機は昴の後ろにぴったりと張り付き、左右に揺れる。


(こいつ…!)


挑発だ。

昴のことを格下と思い、遊んでいるのだ。

そのまま二機はドリフトに入る。

左に急激に方向転換した箒機は慣性の法則のままに横向きに進む。

視界が横向きに流れ、強烈な横向きのGが体にのし掛かる。

リングが右手から近付いて……通過した。

そのまま横滑りは続く。

次のリングが視界の端にかすかに入った時だった。

昴の左から黒字に赤のラインが入った箒機が並んだ。


(インコースから!?)


先にドリフトに入ったのは前を飛ぶ昴だ。

その時はまだ真後ろに居た。

そして同じ侵入角度でドリフトに入ったのも見ていた。

向こうの方がスピードは出ていた。

それでもインコースから並ばれたのは、箒機の性能差だ。

それは良い。

昴は自分の愛機の性能が現行機に劣っているのを自覚して受け入れている。

問題は、


(ぶつける気かよ!)


このままだと相手の箒機が昴の箒機に接触する。

殺しきれない慣性を外側の箒機にぶつける事で、ビリヤードのように押し付けるクッションと呼ばれる技だ。

決して好まれる技ではないが、ルール上で認められている。

このままだと昴の箒機は大きく弾かれ、予定していたラインに乗れない。

一瞬だけ悩み、昴は機首を下げて下降して回避を選んだ。

しかし昴の予想を裏切り、黒字に赤のラインの箒機はドリフトを終え、嘲笑うかのように前方へ飛び去った。

相手の箒機の性能を読み間違えた。

悔しさが胸の中でグルグルと暴れるが、今からではもう追い付けない。

大きく息を吐き、悔しさを追い出す。

技術ではなく箒機の性能で負ける。

もはや慣れたことだ。



それから三周飛んでピットレーンに戻ると、黒字に赤いラインの箒機がランディングギアを下ろして停まっていた。

数名のスタッフが箒機の周りに集まって作業を行っている横を通り、その隣の自分のピットへ降りた。


(よりによって隣か)


今日はもういい気分で飛べないだろう。

こういう時はさっさと切り上げるに限る。

充電中の予備バッテリーを充電器ごと片付け、箒機に載せる。


「おやぁ? もう帰るのかい」


隣から声がかけられた。

イラッとしながらも、それを面に出さないよう気を付けながら昴はそちらに向き直った。


「はい、今日はコース確認のために流すだけのつもりでしたから」


これは嘘ではない。

レースまで残り3日。

限界まで攻めてマシンにダメージを蓄積させても、懐事情的に大がかりなメンテができるわけでないので無理をするべきではない。


「そうなのかい。いやぁ、それが賢明だろうね」


箒機と同じデザインのカラーリングが施されたフライトスーツを着た太った男がニヤニヤと笑いながら言う。


「なにせ骨董品だぁ。レース本番前に壊れてしまうかもしれない」


フライトスーツの上からでもわかる贅肉を揺らしながら笑う男の顔を、頭の中でボコボコにモンキーレンチで殴りながら、昴は愛想笑いを浮かべる。


「頼むから部品を撒き散らすような壊れかたはしないでくれよ。他の出場者の迷惑だから、ねぇ?」

「ええ、善処します」

「本当に頼むよ君ぃ。僕はプロを目指しているんだ。君みたいな素人の遊びに付き合って怪我なんてしたくないからね」


昴は頭の中で男を箒機にくくり付けて地面で引き摺ってやった。


「プロですか。凄いですね」

(その体型でそんな台詞を吐けるのが)


昴はニコニコと愛想よく振る舞う。

こういう輩は相手にしないのが一番だ。

目をつけられたらレース中に悪どい妨害を受ける。

例えば必要のないクッションとか。

その程度ならまだ良いが、中にはわざわざルール違犯の反則行為までして妨害をしてくる者もいる。

目の前の男がそういった馬鹿でないと期待したいが、保証はない。


「おぉっと、整備が終わったようだ。本番ではせいぜい邪魔にならないように頑張りたまえ。アデュー!」


人差し指をピッと払って男は去っていく。

その仕草が微妙に似合っているのがまたイラッとする。

男は整備スタッフと言葉を交わし、箒機に跨がった。

カワベ重工製ツバクラメ3。

一般販売されている国産レーシング箒機の中では最高級と言ってもいい。

かなり弄った形跡も見られ、整備スタッフも連れている所を見ると金持ちの道楽と言いたくなるが、それなりの腕はあった。

三日後のレースでは厄介な敵となりそうだと予感しながら、昴は片付けを再開した。



軽く整備がてら調整してガレージに箒機預ける頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

証明に照らされる下でまだ練習を続ける者もいるが、昴が出場するレースは午前中に行われるので、ナイトレースの癖を付けてしまわないように明るい時しか飛ばない事にしている。

もっとも、今日は飛ぶ気にはなれなかったのだが。


「言われっぱなしでヘラヘラと愛想笑いだなんて、格好悪いとは思わないのかしら?」


突然そんな声がかけられた。

その声のした方を見ると、外灯の下にテンガロンハットを目深に被った少女の姿があった。


「もしかして僕に言ってる? カウガールの知り合いはいないけど」


なんとなく映画みたいな台詞になってしまったが、気取ってるとか思われなかっただろうかと昴は少し不安になった。


「おあいにく様、牛を追ったことは無いわ。私が追いかけるのは前を飛ぶ箒機だけよ」


なんとも気取った返しだと昴は感心した。

使える機会があれば真似してみようと心のメモに記入しつつ、昴は相手をじっくり見た。

おそらく年齢は同じくらいだろう。

長い髪を後ろで二本の三つ編みにして垂らしている。

身長は昴と同じくらい。

体格はフライトスーツの上に着たフライトジャケットで隠れてよく見えないが、細そうだ。

しかし貧弱という印象は受けず、猫のようなしなやかさを感じる。


女性に無遠慮な視線を送るのは一般的にはマナー違反だが、この世界では初対面で値踏みの視線を向けられるのは常だ。

こんな時間にこんな場所にフライトスーツ姿で居るのだから、フライヤーだと推察できる。

その証拠に遠慮のない眼を向けられても彼女は堂々としたものだった。

国内で女性の、それも若いフライヤーとなれば珍しいので出場するクラスが違っても大抵は知っている相手なのだが、昴の脳内データベースに該当者はいなかった。

となると新顔か、遠方からの参加者だ。


「君はあんな事を言われて悔しくないのかな?」

「あんな事がどんな事なのか知らないけど、フライヤーなら空で答えを出すだけさ」


口の端をつり上げて格好つけてみせるが、どうやらお気に召さなかったようで、少女はため息を吐いた。


「箒機に圧倒的な性能差があるわよ」


痛いところをつかれ、昴は何も言い返せなかった。


「技術に関しては、まあ君に分があると思うよ。あんな難しい箒機を乗りこなすくらいなんだから」

「そりゃどうも」


少女は皮肉を口にしたのだろうが、昴は精神衛生上の都合から素直に受け取っておくことにした。


「でも、性能差をひっくり返すほどじゃない。それは自分でも理解しているよね?」

「まあね」


今日間近でツバクラメ3の性能を見れて良かった。

あれは本当に圧倒的だ。

レースはマシン性能が全てでは無いとはいえ、大きな割合を占める。


「もしかして組んでる?」


他の出場者と組んでいるのかと少女は訪ねている。

組むことは卑怯ではない。

公式には認められていないが、禁止するルールは存在しない。

ルールで禁止されていないという事は、やっても良いという事だ。

地方のマイナーレースでは組むのはむしろ当たり前の戦術である。

昴もフライヤー仲間とよく組んで飛んでいる。

だが、


「今回はソロだよ」


いつものメンバーの賞金の山分け定員が昴がエントリーした時には埋まっていたのだ。

こうなると自力で勝つしかない。


「それでよく大口叩けたわね」


呆れたように、いや実際に少女は呆れていた。


「少ないけど勝算はある」

「へえ?」


ハッタリではない。

本当に微かだが勝算はあるのだ。


「良ければ聞かせてくれるかしら」

「念のために聞くけど同じクラスじゃないよな?」

「ええ、だから安心して。あ、スパイでもないわ」


クラスが違うのは聞くまでもなく知っていた。

昴が出る今回のレース参賀者に女性フライヤーは存在しない。

だから本当に警戒していたのは彼女が他の選手のスパイだという可能性である。

本人の口からスパイでないとの言葉がでたが、証拠はない。

だが、まあ実はどちらでも良い。

別段聞かれても、さほど勝敗に影響のない話だったりする。


「まず僕に喧嘩売ってきた奴は、チームも含めて新顔だ」


初めて見る顔なので間違いない。

あんなムカつく相手なら絶対に忘れない。


「マシンの性能も今日見させてもらった。調子に乗って飛ばしていたから限界反応も把握できた」


最初の挑発めいた行いの後から昴はずっとツバクラメ3を観察していた。

マシン性能とフライヤーの能力は分析できている。


「それはこの富士岡スカイフィールドの古株全員がそうだ」


ツバクラメ3を観察していたのは昴だけではない。

態度の悪い新顔がどれ程の者なのか、古株は注目していたのだ。

それに気付かず彼はまるでタイムアタックでもするかのように飛ばしていた。

整備スタッフがレース慣れしていれば、その事を注意するのだが、そんな素振りも無かった。

フライヤーと一緒になってガンガン飛ばして喜んでいた。

チーム全員がレース初心者だという証拠だ。


「アイツのマシン性能は一番だ。腕もまあ悪くない。でも断言できる。アイツが表彰台に上がる事はない」


レース当日は組んで飛ぶ古株達に散々抑えつけられ、満足にパフォーマンスを発揮できることはないだろう。


「地元の洗礼ね。怖い怖い」


怖いと言いながらも少女は楽しそうだ。

それで昴は理解した。


彼女はかなりやる(・・・・・)


「でもそれってあの人が負けるだけで、君が勝つわけじゃないよね?」

「まあ、そこは……要努力?」


組んで飛ぶ古株達が誰を勝たせるようにしているのかを早い段階で見極める事ができれば、本当に微かだが勝つ見込みはある。


「無理ね、君は勝てない」


バッサリだった。

さすがに腹が立つ。

そもそもフライヤーなど血の気の多い生き物だ。

特に初対面の相手に陸の上で舐めた事を言われるのは頭にくる。


「そしてこの先も勝てない。組んで飛ぶにも引き立て役で終る。そして最終的に三流フライヤーとして現役引退」

「おい」

「引退後は公道免許を取ってトロトロ飛びながら、まあこれはこれでなんて自分を誤魔化して満足したふり。御苦労様」

「喧嘩売ってるのか!?」


少女の口は笑みを浮かべていた。

挑発的な笑み。

だが不思議と嘲る印象は受けない。


「時速20㎞、高度60㎝」


それは日本の公道で定められた箒機の制限である。

天素機関のシステムに直接ロックがされるので、どうやってもそれ以上にはならない。


「そんな狭い空で君は満足できないわ」


歌うように少女は言う。


「だって君は本当の自由な空を、無限に広がる空を知っているから」


空には領空や旅客機の航路といった見えない区切りがある。

だから自由な空というのは本当は存在しない。

人が生身で到達できる高度も限界がある。

丸い地球に無限の空など存在しない。


そんなことを言う奴は本当の意味で空を飛んだ事のない奴だ。


なんとなく昴は祖父の言葉を思い出した。


「お前、何が言いたいんだ?」


少女は一度フッと笑うと、目深に被っていたテンガロンのつばを押し上げた。


「私なら君を勝たせてあげれる」


傲慢な言葉よりも昴は彼女の顔に意識が向かった。

知っている顔だ。

知らないはずのない顔だった。


「別のクラスの選手とどうやって組むんだ?」


喉がカラカラに乾く。

声を絞り出すだけでも辛い。


「組むんじゃないわ。私が君を特訓してあげるの」


ずっと意識していた相手だ。

こんな所で会うだなんで夢にも思わなかった。


「あと三日で何ができる?」

「あら、今日を入れて四日よ」


夢にくらいは思ったかもしれない。

実際に夢に出てきた事はある。

その時と同じ顔だ。


「もう一度言うわ。私なら君を勝たせてあげれる」


傲慢で高慢ちきで自信に溢れていて、大胆不敵な笑みを浮かべる子憎たらしいが、なんとも魅力的な顔。


「何が狙いだ。賞金か?」

「君より賞金額の高いレースに出てるのよ」


ああ、なんてムカつく。

想像していた通りの性格だ。


「欲しいのは練習相手、いいえサンドバッグよ」


無茶苦茶な要求だ。

もしこれが交渉のつもりなら最悪だ。

女の子じゃなければ殴っていたかもしれない。


「弱い者いじめして調子を上げるのか。随分とゴキゲンな方法だな。参考にさせてもらうよ」


回れ右して帰りたい。

だがそんな勿体ない事を体が拒否する。

体だけじゃなく、心も魂もだ。

唯一反対しているのが脳みそだけという時点で既に手遅れなのだろう。


「それでどうするの?」


彼女が右手を差し出す。

細いが力強さを感じるフライヤーの手だ。


昴は一瞬悩む。


しかし一瞬後には悩みを捨て、その手を取った。


「いいだろう。試すだけ試してみよう」


どうせタダだ。

タダで自分より上のクラスの現役フライヤーの技術を学べるのだ。安いものだ。


「契約成立ね。あ、私の名前は……」

「知ってるよ」


知らないわけがない。

この業界の時の人の名前だ。


空野翼・・・

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