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飛行元素、天素の発見により人類の飛行技術は格段の進歩を遂げた。
その天素機関を備えたレースマシン、箒機による新たな空のレーシングスポーツ、ブルームフォーミュラは瞬く間に人々を熱狂させた。
空を切り裂くシルエットが螺旋を描く軌道で駆け抜ける。
モニターにはCGで表示されたチェックポイントのリングが表示されており、先程の機体がスローラムで配置されたリングをバレルロールで潜り抜けた事がわかる。
客席から歓声が沸く。
これほど魅せる飛び方をする選手は少ない。
【ミシェール・スミスがついに先頭に出た!】
実況も興奮している。
当然だろう。
このまま一着でゴールすれば女性初のシーズン優勝者の誕生となるのだ。
その歴史的瞬間を今か今かと、このレースを観戦する全ての人間が待ち望んでいた。
そしてファイナルラップ。
第一リング、第二リングを潜り、第三リングへ向かう。
第三リングは第二リングのほぼ真下という嫌らしい設置となっている。
空中には何も無いが、レースシステムと同期したグラスをかけることで観客はモニターにCGで表示されているように、AR表示されたリングを見ることができる。
これはレーサーも同様で、ヘルメットのバイザー越しの視界にはAR表示されたリングがはっきりと見えている。
機首を真下へ向け急降下。
位置エネルギーが加わった心臓が凍りつくような加速。
しかし誰も彼女の心配はしていない。
それどころか期待を込めた眼差しで見ている。
第三リング通過。
第四リングは上方。
ほとんど反転させるかのように機首を上げる。
だが慣性によって下降は止まらない。
下降限界高度が近づく。
そこを越えれば安全規定違反により失格となってしまう。
限界まで残り20メートル
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そこで機体が変化した。
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折り畳まれていた翼を展開。
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青い、空色の光を放ちながら、弾かれたように急上昇。
そのマニューバはまるで、『\』と『/』の二つのスラッシュを繋げたような軌跡がV字を描く事からこう名付けられた。
【Vスラッシュだ!】
再び沸く歓声。
本来はロングストレートで使用される瞬間加速システムを用いた急速反転機動Vスラッシュ。
それは彼女の代名詞とも言える得意技である。
他の選手が果敢に彼女を追いかけるが、二位ですらすでに8秒以上の差が付いている。
そして最終コーナーを抜け最後のホームストレート。
【今ミシェール・スミスが一着でゴールイン! 女王の誕生です。やりました! この歴史的瞬間に立ち会えた事に感謝します。ありがとう!】
チェッカーフラグが振られ、空の女王は誇らしげにウィニングフライを行う。
この空を征した女王ミシェール・スミスの名は永遠にブルームフォーミュラの世界に刻まれた。
だがミシェール・スミスはそのレースを最後にブルームフォーミュラの表舞台から姿を消した。