〜美味なるモノ〜
「なるほど、あなたはあのローレンさんの子供でしたか」
ルウンが握っていたアリスの手を名残惜しそうに、そっと放すと小さくてもしっかり耳に聞こえる声でそう言った。
「ん?アリスは俺の両親を知っているのか?」
俺がそう返答すると、アリスは小さく首を左右に振って
「私が知っているのは、あなたのお父様にあたる、グレン=ローレン様だけです。」
「悪いんだが、教えてくれないか?俺は何も聞かないですぐに飛び出してしまったから…もしかしたら、もう一度戻ることがあるかもしれない、だから俺の父親がどんなだったのか、聞いておきたいんだ」
真剣に見つめるルウンの視線に、アリスは一つ頷いて答え
「まず、貴方にはこの世界のことをお話しする必要がありますね。」
そう言ってたちがると、アリスはその辺ん落ちていた少し長めの枝を拾って、地面に図を描いて見せた。少しいびつな円が2つ、その両方に真ん中に二重丸が描いてあった。
「この世界は球体でできています。世界自他が回っているようで、その影響で太陽が見えたり、月が見えたりするらしいのです。ちなみにこの二つの円は繋がっていると思って下さい」
なるほど、とルウンは心の中で呟いた。その辺りは地球と同じなのだろうと思ったのと同時に、自転や公転の単語が出てこないことから、この世界の科学力の低さがうかがえる。そんなことをルウンが考えている間にも、アリスの説明は続いており、描き込まれている地図はかなり詳細になっていっており、簡単に説明すると、大陸は全部で3つあり最大面積を誇る人間が住むところでは名は『アルスヴェルグ』6割が陸地4割は海となっており、その中には50もの国が存在する。そして、その大陸からドーナッツ状に海に囲まれた大陸が2つちょうど真反対の位置に存在していた。それらは人間が住む大陸から100キロの海で隔絶されており、赤く見える大地が悪魔の住む大陸『ダルヴィン』、白く見える大地が天使の住む大地『ハルスティン』と呼ばれているらしい。らしいというのは人間には100キロの海を超えることができず、確認したものはいないがごく稀に大陸を渡ってくる悪魔や天使が居ることで、情報が伝わってくるとのことだ。
一通り説明が終わる頃には、日が少し傾いていて、暗かった森が一層闇を深くしていた。
どんなに頑張って火を起こそうとしても、筋力パラメーターが高すぎるせいか、先端が尖った木が突き刺さったり、土台にしていた石が砕け散ったりと火を起こす前に、周囲の物がなくなりそうになっていたが、スキルのオンオフが出来ることに気がつき、『脳筋』と『馬鹿力』のスキルをオフにしたら、少し時間はかかったものの火を起こすことに成功した。因みに、オフにしたら魔法を扱うことができるのかと思ったが、答えは否で魔法の使用を阻害しているのは、称号の方らしく、称号の方はオフにすることができず、結局魔法は挫折することにした。
「称号ってのは不便なもんだな…」
「称号をお持ちなんですか…ますます不思議な方ですね」
独り言で呟いたことに、アリスは反応した。日が完全に沈み、焚き火による明かりだけが唯一の光源といっても間違いではない森の中。暗がりで美少女と二人きり、青春、思春期真っ盛りのルウンがアリスに襲いかかってもおかしくはないと、思いつつもそれに行動を移そうとはしなかった。理由としては理性が邪魔をした、というのが挙げられるが、最たるものは、アリスが美少女過ぎたからだ。いつだか、恋愛の教本で見たことがある、男は女のかけている部分を好きになるという、つまり完璧すぎる見た目の目の前の女性、すなわちアリスは、最早別格すぎて、別次元の生物に見えているのかも知れないと、自分を納得させた。
「称号って普通持ってないものなのか?」
ルウンは頭の中を巡っている当て付けのパッチワークのような理論を表に出す事なく、アリスの言葉に思った疑問をそのままアリスに返した。
「そうですね、軍隊長や師団長クラスの方々であれば、『統率する者』のような、支配下の生物の忠誠心と引き換えに力を授けるといった称号を持つ人がいますが、極めて稀と言えるでしょう。あなたのお父様である、グレン様は『戦う者』というユニーク称号を持っていらっしゃいましたね、確か能力は戦っている間は死なない限り全力で戦う事ができるという代物でした。」
またRPGのキャラクターが持ってそうな称号だな、などと思いながら、焚き火の上で枝に刺さって脂をポトリポトリと落としているライビットの肉が焦げないように見ていた。ルウンは転生する前、小学生の頃父方のじいちゃんに、獣のさばき方を見せてもらった事がある、正直小学生に見せるものにしては、刺激が強すぎるだろと思ったが、その衝撃は今になっても覚えているほどで、見よう見まねでライビットを捌いてみたが思いの外上手くいったようだ。
捌くのにも使っていた石で作ったナイフで肉を力任せに切ろうと、力を入れる。しかしライビットの肉は思ったよりもずっと柔らかく、スッと抵抗もなく切れてしまった。
「こんなにでかいモンスターだったから、固いもんだと思ってたよ」
一口サイズよりも少し大きめに切り分けながら、肉に対する感想を言っていると
「ライビットの肉は一応高級食材ですからね、上品な甘さと雪のように優しく溶ける肉感、これだけのライビットの肉があれば10人近くのフル装備は揃えられるんじゃないでしょうか。」
「へぇ…あんなに弱いのに高級食材か、狩り尽くされたりしないんだな」
切り分け、大きめの葉っぱを皿としてルウンとアリスの2人分に分けていた。その様子を手伝いながら見ていたアリスは、もともと大きな目を更に見開いて
「ライビットは決して弱くありません!単体のモンスターランクとしてはBですが、必ず2匹1組で行動し分厚い毛皮と、その肉の柔らかさのせいで殴る蹴る叩くなどの、衝撃波全て吸収されてしまうため、鋭い刃物や貫通力の高い兵器などで討伐するのが基本となっております。ルウン様のように素手で殴り倒すというのは、だいぶ常識から離れたことだと思います。」
「そうなのか…」
確かにあんなに危険視されていた巨大蜘蛛を素手で殴り飛ばし、たかが木の枝で石を砕く腕力が平均よりも高いのは気づいていたが、まさか常識はずれだとはと胃思うルウンだったが、さほどそれに興味を持つことなくライビットの肉を枝で刺して口に放った。
先ほどアリスの言っていた言葉を思い出す。しかし彼女の表現は今ルウンが感じている物の1%も表現しきれてい無いと断言出来る。口に含んだ瞬間なんの調味料も使ってい無いのに感じる、自然な甘みとエサとして食べているのか、ハーブなどの香りが鼻を通る。香ばしく焼けていた肉は、歯を立てた瞬間にパリッと心地良い音を出し、同時にふんだんに含まれた脂で口を埋める。しかしその脂もしつこさはなく肉本来の味わいをさらに引き立たせるソースの役割を担っていた。そして本体とも言える肉は、柔らかい中にもしっかりと繊維が存在し、噛めば噛む程に味わいを深くしていき、溶けていくことを拒むようにルウンは必死に咀嚼し、ひとしきり堪能したあと、名残惜しそうに一口目を飲み込んだ。
《スキル『味覚強化』を獲得しました。物を食した時他の感覚を犠牲し、味覚を感知できる限界値まで上げることができるようになります》
頭の中に聞こえるスキル獲得の声など、すでにルウンには聞こえておらず、お腹が満たされていたはずの胃袋には、丸々1頭半のライビットの肉が綺麗におさまった。




