〜任務を受けるモノ〜
訓練所に隣接している冒険者集会所は、先ほど行った時よりもだいぶ人数が減っており。閑散としており、受付のメガネの女性は少し退屈そうな表情を見せながらも、良い姿勢で椅子に座っていた。
「あのさ、Aランクの任務を受けたいんだけど…ある?」
「現在一般の冒険者及びAAAの冒険者に開示されております任務は全部で652件、内Aランクの任務は13件ございます」
「どんな内容?」
ルウンがメガネ女性に尋ねると、ものすごい勢いで紙の束をめくり始め、何かを見つけるごとに約1秒だけ止まる、その間に別の用紙に書き写す。弾幕げーをやり込んだルウンの動体視力をもってしても、把握するのに時間を要しなにをやっているかわかった時には、作業は終了していた。
「こちらが、現在開示されておりますAランクの任務の内容と報酬の一覧になります。」
「あ…ありがとう」
凄まじい事務処理能力を見せつけられたルウンは、少し戸惑いながらメガネ女性から用紙を受け取った。
「どうですかルウン、なにか良さげな任務ありましたか?」
紙に書かれた任務内容を見ながら、アリスが尋ねるとルウンは一つの任務を指差して
「これなんかいいんじゃないかなって思うんだけど。」
「えっと…なんですかこれ…スライム群生地での素材回収?どうしてこんなのがAランクの任務になってるんでしょうか…」
不思議そうな表情で任務の内容を読み上げ、回収する素材の項目をみて首を傾げ、依頼主の名前を見て納得する。
「あぁ、またディータ博士の依頼でしたか…」
「ディータ博士?アリスがそんな嫌そうな顔するほどの人物なのか?」
自然に表情に出てしまっていたアリスは、慌てていつも通りの気品のある美少女顔に戻し、ごまかすように言葉を紡いだ。これを蒸し返しては紳士の名が廃ると言い聞かせ、ツッコミを我慢したルウンの心情を悟るモノは誰もいなかった。
「デ、ディータ博士は、国に属する天才的な発明家なんです。お父様が武の頂点とするならディータ博士は知の頂点、信者からは、叡智の神と呼ばれることもあるそうです。」
「へぇ…随分すごい人なんだな。それで?なにか問題でもあるのか?」
「それがですね、ディータ博士は天才なんですが、その…自分の欲求を隠さず手段を選ばない人なんです。前にゴブリンやオークの爪が、なんといいましたか…魔法陣の線を引くのに用いると効果が上昇するという仮説を立てた時は、今回のように高額な報酬を提示して、ある地域のゴブリンとオークが絶滅に瀕するまで狩らせたという前例が…」
「なんつーか、マッドサイエンティストって感じだな。だがゴブリンやオークは魔物とかじゃないのか?人間にとっては不要な存在なんだろ?」
「ええっと…ゴブリンやオークは確かに人間に危害を加える魔物…という認識には間違いないと思います。ですがそれは、人間だって同じだと思います。」
「そうだな、むしろ言葉を喋り、集団として仲間割れも頻繁に起こす人間の方が害悪だと考えられてもおかしくないよな。」
ルウンの言葉に頷いて答えたアリスは、少し思案した後
「少し脱線してしまいましたね。まぁ、任務の内容はさほど難しいものでもありませんし、ディータ博士はなんといっても、貴族の中でも特に資産を豊富に持つことで有名なくらいですから、報酬は破格ですからね」
「それじゃ、お姉さん、俺たちこの任務を受けます」
メガネ女子は、お姉さんという言葉に初めて表情を動かして見せたが、それは、怒っているのか笑っているのか、全くわからない変化で、正しく言葉で表すならば、眉毛の位置が0,2ミリくらい下がった、だけであった。しかし、行動で示した彼女の意思は明確で、右手の人差し指で左胸のあたりに下向きに付けられて読むことができなかった名札のような金属板を指した。
「えっと…クイン=ランタスさん?クインさんって呼べばいいのかな?」
「それでは、AAAルウン=ローレン様、 B アリス=ハーチラス様、任務の登録が完了いたしましたので、期日までに再度冒険者集会所にいらしてください。なお、依頼主により、依頼自体が破棄される場合がございます。その場合はなんらかの手段を用いて連絡を差し上げます。」
華麗にスルーされ、淡々と脈絡なく伝えられ、ルウンは少し残念そうな表情を浮かべ、アリスは気品のある良い姿勢で扉まで歩いて行って、アリスが集会所から出て続いて、ルウンが出て扉が閉まるかどうかの地点で
「クインお姉さんと呼んでいただけることを推薦します」
という言葉がルウンの耳に残った
「まじで?」
あっけにとられ、間抜けに呟いたその言葉を聞いたものは誰もいなかった。