〜試されるモノ〜
兵士に案内されたルウンは、あたりをきょろきょろと見回して、まるで体育館みたいだな、という感想を漏らした。バスケットコート1個分超あるスペースは4分割され、仕切りとして薄めの布が天井から幕のように垂れ下がっていた。そして分割されたスペースの真ん中には案山子のような木製の人形が置かれていた。
「それではルウン=ローレン。ここでは貴様の力量を試すことになる。真ん中に立つのは腕のある魔術師が作り出した魔人形だ。魔法でも打撃でも剣撃でも構わん、その魔人形に命中すればその攻撃に対するエネルギー量を計測することができる。一概に力があれば良い冒険者である、とは言わないが、実際問題として力がなければ務まらないのも事実だからな」
と兵士の話を中学で受けていた授業と同様に、右から左へ聞き流す。おそらく、兵士の話は終わっていないのだろうが、そんなの関係ないとばかりにルウンは、魔人形へと足を進め
「へぇ…これが俺の力を測定してくれるのか」
と、魔人形の素材を確かめるように表面を撫でたルウンの耳に
「測定完了しました。推定ダメージ量計測不能、A A A への挑戦
を許諾します。」
「あれ、まだ何もやってないんだけど…」
そんなルウンのぼやきは、兵士たちの耳に届くことはなく、慌ただしく動き出した周囲に対して、呆然とするルウンと、さっきまでオロオロしていたのだが、今では何かを悟ったような表情を浮かべるアリスは、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。
ただ、誘導されるがままにルウンは、体育館みたいな先ほどの建物を後にし、今度はとてつもなくでかい、いわゆるコロッセオのような建物へと案内され、その建物の中の一室で腰を下ろしていた。
「なんか急に慌ただしくなった割に、俺に対する態度が急変したな」
ルウンが同じ部屋の中にいるアリスに向かって声をかけると、対面式に木製の長机を挟んでおいてあった椅子を引いて座る動作をしながら
「当然といえば当然ですね。測定不能なんていままで出たことはありませんし、万が一故障という可能性もありますが、事実だった場合に喧嘩腰でいって、喧嘩を買われてしまった暁には、自分の墓標に何を供えてもらうか考えなくてはならなくなるからでしょうね。」
「そういうもんかなぁ、それにさっき俺はまだ攻撃してなかったんだが。あの程度で恐れられるようじゃなぁ…そういえば、次は対人戦闘なんだろ?万が一殺してしまったらどうしよう… 」
目を細めため息をつきながらルウンはアリスに質問をする。
「それに関しては、問題ありません。このハーチラス王国には、世界最強の治癒魔法使いがおりす故、誰もがためらいもなく戦えるのです。」
「いや、いくら治癒魔法が優秀とはいえ、まさか死人までは無理だろう?」
「いえ、|カイネ=ハーチラス…母様の治癒魔法は、治癒魔法であってそうでない。究 極 魔 法の1つなのです。その本質は時の逆行。母様は生まれながらにして、わずかな魔力しか持っていなかったことが悔やまれたものですが、同時に安堵したことでもあります。もし魔力が膨大にあって、長時間時をまきもどせるなら、この世界はすぐにでも彼女の思うままに改変されてしまうでしょうけど。」
「なるほどな」
怪我をする前にその体を戻してしまえば当然、死んだことすらなかったことになる。理屈ではわかるが、それは相当にすごい力だなと、思うことしかできず、同時に対人戦では気にせず戦えることを喜びに覚えているルウンがいた。
あまり時間をかけず、先ほどまでの態度が嘘だったように兵士が丁寧な態度で案内をする。コロッセオの地面は押し固められた土、ルウンが少しばかり蹴ってみるが、わずかに砂が飛ぶばかりで、亀裂ができたり陥没したりしないほどの強度を保つ。そしてその中心に立つ、紺色のシャツに革製の茶色のズボンを履いた大柄な男が仁王立ちで立っていた。
「お、お父様!!?」
強化された聴力が、そう叫ぶアリスの声を拾う、聞き間違いでなければ、間違いなくお父様と呼んだ。次期国王がこんな場所で何してんだ!と思わなくもないが見た目は明らかに武人であり、構えた様子に一部の乱れも慢心も恐怖心もない。
「A A A の認定試験を行う、構え!」
長髪の髪を後ろで1本にまとめた、男がコロッセオ全体に響き渡るほどの大きな声で開戦を合図した。直後、ルウンの腹部に拳が近づいており、とっさにバックステップで避けようとするが、飛び退く速さよりも、拳の方が早く、多少軽減されたものの大きく吹き飛ばされてしまう。
「っっくはぁ!!」
一瞬止まった呼吸が再度開始される、ルウンは正直なところ甘く見ていた、そして慢心していた。チートなスキルによる相当な筋力向上、これさえふるえばすべての敵に勝てると思い込んでいたが、目の前にこの男は、ルウンを上回る戦闘能力を有していた。
「娘をたぶらかし、一夜をともにした貴様は、この俺の手でボコボコにしてくれよう」
大きく振りかぶった割には、圧倒的なモーションの速さで拳は音速を超えるかの速度でもって、ルウンの顔面へと近づく、それに対抗するようにルウンは顔面に近づく拳をかわしカウンター狙いで男の腹部を殴りかかろうとするが、パンチを放った右手とは逆の左手で、ルウンの攻撃はすべての力を受けながされ、空を切ることとなる。
「結構本気で殴ったんだけどな」
「甘い甘い、俺には打撃系は聞かねぇよ。だが見たところ魔力はもってねぇ見たいだし、俺を倒す術はないと思った方がいい、調子に乗ったな青二才、娘はやらんよ、父親の名にかけてな」
かなり本気で踏み込み、超加速を得たルウンだったが振るわれた拳は、ただ空を切るのではなく、そっと掌や肘などで攻撃を受け流されていた、空振りの方が、被ダメージは少ないはずだが…と疑問に思いながらも攻撃の手を止めないルウンは、苛立ちからか拳に乗せる力を手加減を込めない純粋な力の塊へと変貌させていく。それでも男に届く衝撃波微々たるもの
「うぁ!!がっ!!?」
まともに当たらない攻撃にルウンは悪手を選択してしまったと言える、大きく振りかぶった攻撃は、確かに力を込めるに易い動作、しかし同時に対策を練らせる時間を相手に与えることになり、当然のごとくルウンの体はカウンターの餌食にあって大きく吹き飛ばされ、コロッセオの壁面に激突し砂埃を上げ一部の壁を壊した。
「なかなかの筋力をもってるようだが、まだまだ修行が足りないな。なに誰かの教えを受ければ、貴様はまだまだ強くなる。だがその程度では娘を近くに置いておく資格などやれんな…」
と声に出して笑いながら、倒れているであろうルウンに声をかける、この大柄の男にしても完全に腹部にカウンターの一撃、それも幾度となくかすり、集めたルウンの力のエネルギーを圧縮した一撃を与えたわけで、砂埃の晴れた先は血反吐を吐き倒れたルウンの姿だと思っていた。
バギィィィイイ
コロッセオの地面に亀裂が入る。コロッセオの地面は数トンの火薬を集めても、高位魔法使いが1000人集まっても地割れなど起きないようにしてあった、それが今、ルウンの怒りにあわせ、悲鳴をあげコロッセオだけでなく、周囲の建物にまで影響を与えた。
「っくそ…お前のせいで嫌なこと思い出しちまった。あの忌々しい…」
そこまでいって言葉を止める、ここは異世界なのだ、今では元がつく同級にされたいじめについて言葉にしようとしたが、それは無駄だと知り、口を閉ざし拳を固める。
大柄の男は、真に差し迫った命の危険、本能の警鐘に素直に応じ、真剣な眼差しをルウに向け隙のない構えをとった。そしてその両手には魔法で精製された真っ青な手甲を装着していた。
ビギィ!!
再び地面が割れ、力任せの蹴りで飛んでくるルウンは男の5メートル前で右足を地面につかせ、大きく振りかぶるように、だがその速さは音速を超え衝撃波を生み出しつつ、男へと迫る。拳の軌道を読み、確実に威力を散らし、逸らそうとするも、圧倒的力量により、確実に男を狙っている。
バァアンッ!
本日3度目の轟音は、ルウンの拳が、男の手によって完全に威力を殺され逸らされたにもかかわらず発生した、ルウンの拳が空気を割る音だった。
そしてそれが、この試練の終わりを告げるゴングとなり、ルウンはカウンターで食らっていた、顎への一撃によって、気絶させられていた。