〜力を欲するモノ〜
もういやだ…
暗い、何もない、音もしない、自分以外誰もいない、孤独、死にたい死にたい…なんで死ねない…
何 で 死 ん で な い
たしか俺は、都内有数の進学校の校章が入ったカバンを無造作にゴミ箱に投げ捨てた。
そして紺に統一された制服も脱ぎ捨て、走り出す。
事に気付いた何人かが悲鳴や怒号を上げる、しかし俺はそれには一切気を止めず点字ブロックで踏みきってぽっかり空いた穴に飛び込んだ。
直後、轟音と共に体に激痛が走る。腕がちぎれ、視界の半分が失われる、体が柱に当たり、俺の意識はあっさりと消え去った。
「一人の少年が電車に飛び込み自殺しました。ホームは一時騒然となり…」
テレビから女性アナウンサー声が聞こえ、その音の方向を見た。間違いなく先ほどまでそんなものはなかったと断言できる。しかしそれは確かにそこにいる。
美しい、その一言に尽きる金髪を後ろに一本で結っており、その先端は床についてさらに流れていた。
「誰だよ…」
悪態ついたような声を出すが、内心壊れそうだった精神が会話を求めていることを実感している。
「私は、この世界の神と呼ばれる存在です。特に性別に執着はないですが、貴方のいた世界の価値観では、女神といったほうがいいのかもしれませんね。」
テレビの電源をリモコンで操作すると、画面は俺が電車に飛び込む直前の顔のアップになり、神と自称したそれは、こちらに振り返り、神々しいまでに透き通り全てを見透かすような金色の瞳をこちらに向け口を開いた。
「俺は死んだんじゃないのか?」
神だか、女神だかしらないが、俺の知識の中ではこんな何もない世界に該当するものなんかないことから、常識ではあり得ないことが起こっていると判断し、疑問としては至極まっとうなものを口にした。
「死にましたよ、それはもう滅茶苦茶に一つの駅を血の海に染めて。少し放置しておいたのは貴方を反省させるためです。貴方にはこれから私の世界に転生していただきますから」
はぁ!?俺の声と思考が同時に悲鳴をあげた。
「俺の命をなんだと思ってんだよ!俺はもう逃げたかったんだよ、親からもクラスメートからもゴミを見るような目で見られ、生まれつき体が弱いってだけでいじめにあい、教師にも体罰を受け、居場所をなくし、挙句学校で現金泥棒の罪を被せられたんだ。もう死ぬしか道は残ってなかったんだよ!」
「それは貴方がもともといた世界でのことでしょ?それならやり直せばいいじゃない、貴方が向かう先は貴方が望むように、初めから誰に指図されるわけもなく、生きていけるのですよ。」
「つまり、今流行りの異世界転生ものってことか?」
「あははっ、そういえば貴方がいた世界の読み物にそう言った類のジャンルがありましたね、全く貴方の世界の神様は適当なんですから。本来知的生命体がいる世界では、他の平行世界や異世界などを認識できないように、考えつかないように思考に制限を掛けるものなんですが…。まぁ一つ違うことがあります」
床に流れていた髪は、立ち上がっても少し床に残っており、それは低身長ことにも原因があったと言える。体を纏うのは一枚の布で作ら服でこちらに歩み寄ってくる際には、スリットからチラチラと磁器のような白い太ももが覗いていた。
人差し指をピッと立てて、こちらを少し睨むようにして
「これはフィクションではなく、現実だということです。」
「いや待て、俺は何も転生するということを認めたわけじゃない!」
「でしたら、死後の世界に戻りますか?」
くるっとターンして俺に背中を見せる。そして付けっ放しのテレビを指差して
「今はまだ、あちらの世界では貴方は死んだことにはなっていません。死んだ世界の貴方の魂をあちらの神が拾う前にこっちに引っこ抜き、感知されないように、時を巻き戻しましたから。あちらの神は、わたしよりも格下ですからね。たかが100億歳未満のペーペーです。 」
100億歳でペーペーかよっと思ってしまったが、それは口に出さず
「もし、俺が戻ったらどうなる」
振り返り、数えるように指をおりながら言葉を続けた。振り返る時にスリットから見えないものをみようと凝視してしまったのは、中学生としては正常な反応だろう、と自分に言い聞かす。
「別に、ただもう一度腕がちぎれたり、激痛が走ったり、意識が飛んで、死ぬだけです。さすがに2度目はないですから、普通にあちらの神に引き取られ、それなりの刑を与えられ、規定の罰を刑期分まっとうすれば、ピッカピカの新品同様の魂になって同じ世界で生まれ変わるだけです。」
そういえばと、痛まない左腕をさすり、感じた痛みを思い出す。
「…例えばだが。俺の場合罰って何になるんだ?自分で言っちゃなんだが、死ぬ前はそこそこ善行を行って、悪いことなんてしたことがない自信がある。」
俺がそう言うと、目の前の神は、けらけらと笑って見せた。
「そんなのそちらの人間が勝手に考えたこじ付けでしょう?善を行えば天国へ、悪を行えば地獄へって。正直馬鹿じゃないかと思うのも通りこして、関心する覚えました。特に人を殺そうが、ものを盗もうがその世界になんのマイナスもないんです。まぁ若干神への心証が悪くなって、ほんの100年くらい刑期が伸びるくらいですが。実際に罪の重さ、刑期の長さに関わってくるのは、死に方です。」
「死に方?」
その部分だけ、鸚鵡返しをしながら、頭のなかでは、宗教などの考え方や法律などのあり方は、人間が生きて行くためだけにあったのだと考えていた。
「そうです。そのなかでも若くして自殺というのは数ある死に方のなかで最悪なんです。魂は無限にあるわけではなく、長く生きて知識と経験と魂のかけらを吸収して死んで初めて、収支がプラスになるのです。しかし自殺してしまえば回収するのにもロスが大きく、ロスした分は霧散し誰の物にもなりません。ゆえに神は二度とその魂が自殺を起こさないように、とても重い罰を与えるのです。」
「…」
俺は黙り込むしかなかった。目の前の神が言っていることが本当だとすれば…いや本当だとしよう。俺がやったことはその世界を陥れること以外の何物でもないことは明らかでだった。
「先ほどのように明確な意識を持ったままで、何もない暗闇で1億年過ごしてもらうくらいでしょうか?私にしてみれば軽すぎる気もしますが。」
1億…俺が生きてきた人生の700万倍の期間を…精神が狂ってしまう。きっとそれだけの期間魂に恐怖を刷り込めば、いくら転生時に綺麗にすると言ってもわずかながら残ってしまうのではないだろうか…ゆえに次のその魂の持ち主は自殺など選ばないのだろう…
「…わかった…いや到底理解は追いつかないが、ここはそれを信じよう。それで?あんたの目的はなんなんだ?さっきの話からすればあんたが俺の魂を引っこ抜くことは両方の世界に負担がかかるのだろう?わざわざそんなリスクを冒して、俺を救うためってわけじゃなんだろ?」
そう言い切ると、少しの驚きと関心を表情に浮かべ、それを隠すようにムッとした顔に作り変え
「非常に聡明なのはわかりましたが、私のことを”あんた”って呼ぶのは酷くないですか?貴方が本来信仰する神ではないにしても、一応位が高い神なんですよ?まぁ 名乗らなかった私も、私ですが…」
「それでは、改めまして。私 高位神のキイラスと申します。愛を込めて、ぜひキイちゃんとでもお呼びください。」
見た目通りの年頃の少女のように少しおどけて見せたが、残念ながら俺にはロリコンの気は無く
「それで?キイラスさん、どうして俺が呼ばれ、この後何をすればいいのか教えていただけませんか? 」
「意外と冷めた性格してますね…ちょっと呼んで欲しかったんですけど…まぁいいでしょう。貴方を呼んだ理由は世界の発展に協力して欲しいのです。」
「発展?しかしさっき、キイラスさんは俺が元いた世界の神様よりもずっと年上なんですよね?でしたらキイラスさんの世界はあれ以上発展しているのではないでしょうか?」
「女の子に対して、年齢の話をするのはとても失礼だと思うんですけど…」
とジト目でこちらを睨むが
「性別に執着がないと言ったのはキイラスさんの方じゃないですか」
「うっ…全く良い性格してるね。友達とかいなかったでしょ!」
「いたら自殺なんて選択しなかったと思いますよ」
淡々と返事を返そうとしたが、自分で言ってて少し心に虚無感を覚え、少し顔をうつむかせてしまった。それに関して慌てたのかキイラスさんは口早に
「あぁ…えっと、それでね。実はあたしの作った世界は、まだ出来上がって30億年くらいしか経ってなくて、そこに住む人間の思考に枷がついてしまっているのです。恥ずかしながら、世界を0から作ったのは初めてで、本当なら長い時間をかけてその思考の枷を外し、世界を発展させていかなければ、世界は早々と終息してしまうのです。しかしどう頑張っても、外部からのアクセスでは思考の枷を外すことはできず、やむなく他の世界の人間を連れてきて、少しずつ枷を外しているのです。」
「ん?ってことは俺の他にも転生者がいるってことか?」
「もちろんです!あ、ですが貴方のいた世界の方はいませんのでご安心ください。」
「そうか…まぁそれは正直どうでもいいことだが。時間をかけてゆっくりじゃダメなんだな?いや、キイラスさんの性格からしてせっかち…なんですね。」
「くぅ…本当に賢いんですね…私のことをこの短時間でそこまで…このままじゃ神としての威厳に関わります!とっとと行ってきてください!!」
パァンと両の掌で胸のあたりを押されたと認識すると、俺の意識は再び闇へと落ちていった。
「お前盗んだんだろ?みんなの財布をよ!」
「俺、みんなが体育館行ってるときコソコソ教室に戻るの見てたぜ!」
「先生には正直に言ってみろ、お前が盗ったんだろ」
「またお前は、俺の顔に泥を塗るのか」
「全くどうしてこんな子に育ったのかしら」
「こいつ、ガリガリだな!俺が鍛えてやるよ」
「おいおい、顔はやめとけよ。」
「早く死なねぇかな」
力が…欲しい…力があれば全部、あいつを殴って、殴って、殴って。力で全部黙らせればよかったんだ
力が欲しい!!
《称号『力を司る者』を獲得しました。ユニークスキル『力を司る者』を獲得しました。筋力ステータスが2000プラスされます》
《スキル『大力』を獲得しました。10×レベル 筋力ステータスがプラスされます》
《スキル『強力』を獲得しました。50×レベル 筋力ステータスがプラスされます》
《スキル『強力』を獲得しました。100×レベル 筋力ステータスがプラスされます》
《ユニークスキル『馬鹿力』を獲得しました。 400×レベル 筋力ステータスがプラスされます》
力が欲しいとは言ったが。これでは脳筋もいいとこだな。無駄に考えすぎる俺にとってはちょうどいいかもしれないな。
《検討します》
へ?
《称号『脳筋』を獲得しました。魔法の使用不可、記憶補助系、思考補助系スキルの習得が出来なくなりました。オリジナルスキル『脳筋』を獲得しました。1000×レベル 筋力ステータスがプラスされます》
《『脳筋』(笑)》
何笑ってんだよ!あ…あれ?体が消えて…きえ…
俺の意識はそこで完全に消えた。
目を覚ますと、
光に目を眩ませたのか、目薬をさした直後のように視界がぼやけていた。体の感覚が鈍い…まるで高熱で寝込んだ翌朝のような気分だ。しかしなんだろう…ほんの少し不安を感じてしまう、まだ何も認識していないのに、無性に不安だ
「うぎゃぁああ、おぎゃあああ」
泣き出してしまった…自分なのに自分ではない感覚。それに明らかに出た声は聞きなれた自分の声ではなく、赤ん坊の泣き声だった。
…これ…俺の声か?
「おおぉ…ルウンよ。よくぞ無事に生まれてきた」
視界がだいぶマシになると、俺の顔を真上から覗いてきた白髪というよりは、銀色に輝くダンディな男が、おそらく俺に向かって話しかけていた。やはり現状から推察するに、俺は本当に転生してしまったのだ、フィクションの世界なら若い姿からスタートとかになるんだろうが、現実はやはり赤ん坊からだ。
「ルウン…あぁルウン」
顔を悲しみと喜びで埋め尽くし、皺だらけにしながら俺を抱き上げ胸に押し付けるように、少し強く抱きしめた。その暖かさは遠く遠く忘れられた、人の温もりだった。
俺の両親も、俺が生まれた日はこんな風に抱きしめてくれたのかな?
そんな感傷に浸っていると、狭い部屋に一つだけある、木製の扉が勢いよく開かれた。
「おお!よかった、無事生まれたようだな!」
祝福しに来たのか、少し高そうな、銀色の中世の甲冑に身を包み、赤い派手なマントを纏った男が勇み足で入ってきた。しかしその男は、かなり強引に女性の腕から俺を奪った、正直ちょっと痛かった。
「ローレン夫妻よ、この子供は約束通りトラクアの生贄に捧げる」
えええええ!!黙り込む男女二人とは裏腹に、俺の心の声は悲鳴に似た叫びをあげていた。