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甘いコーンとたまごのスープ (3/3)

 さて。想いが詰まった甘いコーン、これを団長に喜んでもらえる料理に仕上げないといけない。とにもかくにも、まずは自分が味をしらなければ。エリザは一粒もぎとって、試しに口に入れてみた。


 ――甘い。粒の中に甘味がぎゅっと詰まっていて、噛むと一気にあふれて来た。ちょっぴり青くさい感じがあるけれど、調理すれば消えてしまう、その程度のものだ。なるほど、団長が誉めそやしたのも頷ける。


「どうしよっかなあ」


 コーンを掲げ持って考える。ノザンベルに元々あるコーンを食用にするときは、粉に挽いて使うことが多い。だが、このみずみずしい南のコーンを石臼にかけるなど二重の意味でできない。色も綺麗なのだから、このまま調理したいところ。


 うーん、とエリザは考える。一番近いのは豆だろうか。酒場で出している豆料理は、素揚げにしたものやフリッター、ハーブとガーリックをきかせた炒め物など。味としてはともかく、どれもこれも傷んだ胃には刺激がつよそうである。


 最優先すべきはお腹に優しいことだ。刺激が少なくて、食べやすくて、好き嫌いもなくて、おまけにエリザでも作れるような、そんな料理は。


「スープかなあ」


 悩み過ぎてもしかたがない、こういう時は真っ先に思い浮かんだものが一番いい。決まりだ、スープだ。エリザはきゅっと拳を握った。



 エリザは開店前の酒場で仕込みをしている主人にコーンを見せ、料理を作る許しをもらう。というのも、普段はスープを酒場で提供することがないからだ。ここの調理場は小さい、一度に多くの鍋を火にかけて置いておくことはできないから、じっくり煮込む必要がある料理は邪魔になってしまう。それに、大抵の客は酒をじゃぶじゃぶ飲むから、水っぽいスープは好まれないのだ。


 エリザがつくるスープは、本当に騎士団長のためだけのもの。店の営業を考えると、駄目と言われても仕方があるまい。


 ところが、店主は苦笑しながらも、エリザに許しをくれたのだった。ただ、余っている食材で済ませるようにとの条件はついたが。それくらいなら、飲み込める。


 今、髭の店主は鍋に湯を沸かして、冷菜につかう鶏肉をゆでている。それが終わったら、一度試作をすることになった。


 ぐらぐらと沸く大湯の中から、白くゆで上がった肉が引き上げられた。そして主は分厚いふきんを持って、鍋の取っ手を掴み、ゆで汁を捨てようと――


「あっ! ちょっと待ってください!」

「なんだ? どうしたエリザ」

「そのゆで汁、捨てないで。スープに使わせてください」


 肉を取った後の骨を煮込むと、スープに使う上等なベースが出来る。エリザはそれを知っていた。だとしたら、肉をゆでた後のゆで汁も、うまみの染み出たスープになっているのでは、と思ったのだ。 


 店主も合点がいったよう、にやりと笑って、鍋をそのまま調理場の脇に置く。白い湯気立つゆで汁は、微かに白濁しているし、わずかだが鶏の油が浮いている。うまみを足す目的なら、十分役に立つだろう。


 それから二人で相談して、甘いコーン以外の具材を決めて、一杯分だけ試作した。その結果。


「うん、おいしいおいしい。いいじゃないかエリザ」

「団長さん、喜んでくれるでしょうか」

「もちろんさ」


 酒場の主人の太鼓判をもらい、後は待ち人が来ることを願うだけ。煮込む時間が少ない食材を選んだから、団長が来てから作っても十分だろう。


 

 酒場が開いてややのち、まだお客さんがまばらなころ。騎士団長がやって来た。一緒に居る二人の若い部下もエリザの知った顔、森に捜索に来てくれた中に居たから。


 団長一行は勝手知ったるようにカウンターの席につく。別のテーブルでの接客を終えたエリザは、小走りでそちらに向かった。


 前に回り込んで思う。団長さん、また少しやつれてしまった、と。途端にエリザの顔に影が忍び寄る。が、ぷるぷると頭をふるって追い払う。お客さんを迎える時は笑顔で、看板娘のつとめだ。


「団長さん、この前はありがとうございました。来てくれて嬉しかったです」

「うむ……まあ、危険なことは慎むようにな」

「はい、気を付けます。それで、この前のお礼として、ひとつ料理を振る舞いたいんですけど」

「そう気をつかわずともいい。お代は払わせてくれ」

「いえ、あの。お店のメニューじゃなくって、私の手料理なんです」

「君の?」

「ええ。だから、それでもよろしければ、ぜひ作らせてくださいっ」


 団長は口をあんぐりあけて呆けている、ずいぶんらしくない表情だ。両側の部下から遠慮気味に小突かれ、ようやくぎこちない笑みで頷いたのだった。


「まあ、断る理由がないな。うん、頂こう」

「じゃあ! ちょっとだけ待っててください」


 エリザは調理場に飛び込んだ。代わりに女将が給仕に出る。


 エリザは小鍋に取っておいた鶏のゆで汁を入れた。さらに、予め軸から外して置いた黄色いコーンの粒を山盛り投入する。それから、鍋を火にかけた。


 沸き立つのを待つかたわらで、リーキを輪に刻む。店主に比べれば包丁づかいが甘い、少し切るだけでも時間が倍はかかる。おまけに太さもばらばらになってしまったが、そこは半人前として許してもらいたいところ。口に入れてしまえばおんなじだし、とエリザは心中で言い訳した。


 スープが煮立つまで少し待つ。ややして、鍋の中で煮えるスープの波に乗り、黄色い粒たちが楽し気に踊るようになった。


 エリザは刻んだばかりのリーキを加え、さらに塩も少し振りいれた。それから木製のレードルで鍋を混ぜ、ここで味見をしてみよう、と。


「んー……もうちょっと」


 塩をつまんで、ぱらりと入れた。もう一度混ぜて、さらに味を見て、エリザは納得の笑みを浮かべた。


 最後の仕上げだ。エリザは器に玉子を一つ割り、二又のフォークでかき混ぜ溶きたまごをつくる。白身を切るように、念入りに混ぜる。


 それを少しずつ鍋の中へ注ぐ。糸のように落ちた卵液は、煮立つスープに飲み込まれると、雲のように固まった。少しずつ少しずつ注ぎ、さらにフォークで混ぜながら、ふわふわとしたたまごを作っていく。


 最後の一滴まで落ちきったら完成だ。鶏のおいしさが程よくきいた、コーンとたまごのスープ。優しい塩味の中でコーンの甘みが弾けておいしさは文句なし、たまごとリーキで栄養もあって、おまけにするすると飲みやすい。完璧だ、とエリザは頷いた。


 エリザは熱々のスープを器に入れて、スプーンと一緒に団長のもとへ持っていく。両隣の騎士たちはすでに、揚げ豆をつまみにエールをあおっている。だが、団長は両手を揃えて、エリザの料理を待っていてくれた。たったそれだけのこと、しかしとても嬉しい。


「すいません、お待たせしました」

「いや、構わんよ。何が出来たのだい?」

「はいっ! 甘いコーンとたまごのスープです」

「スープとは、わざわざ作ってくれたのか。普段は出していないだろう」

「はい。だって、団長さんのためですから。スープなら胃に優しいかなって思って。私、団長さんにちゃんとご飯食べて、いつまでも健康でいて欲しいから」

「ああ……ありがとう、エリザちゃん。だが、君は一体どこでこのコーンを。王都にあるなんて聞いたことなかったが」

「それはー……秘密で、お願いします」


 エリザは後ろ手に組んで、視線を宙へ泳がせた。うっすら頬を染めて、きまりの悪いように口をすぼませている。


 団長は察しがついたらしい。「魔女か」と音なくして口が形づくる。しかし、エリザに向かっては何も言わなかった。ただただ、苦笑いをこぼすのみ。


 そして、団長はスープを食べた。ふうっと吹いて、一口、二口。ゆっくりと甘やかな味わいを噛みしめながら。くたびれやつれていた顔が、みるみる元気を取り戻していく。


「おいしい。それに、懐かしい。前にこのコーンを食べた時は、騎士になったばかりだったのだよ。エリザちゃんとそう変わらない歳の頃だ。……ああ、懐かしい。いつの間にか、歳をくってしまったなあ」


 しみじみと語りながら、スープを食べる手はまったく止まらない。みるみる内に減っていく。


 食べっぷりが良いのはいいことだ。だがエリザは、そして部下たちも、わずかばかりに不安を覚えている。神妙な顔をする三者を代表して、団長の右に居る騎士が声をかけた。


「団長、そんな勢いで食べて、腹は大丈夫なんですか」

「ああ、まったく痛まない。不思議な程にな。だが、久しぶりに気持ちよく飯が食べれる。ありがたいことだ」


 笑った団長は少し若返ったようにすら見えた。周りもほっと一安心、緊張を解いて談笑を続けた。


 そして、あっという間に器を空にした団長が、少し照れくさそうにエリザに言った。


「エリザちゃん。もし残っていればで構わんが、もう一杯頂いてもいいか。おいしかったんだ」

「……もちろん!」


 誰も見ていなかったら、エリザは歓声を上げて踊り回っていただろう。自分の手料理を褒められて、嬉しくないはずがない。


 ――団長さんさえ良かったら、毎日でもご飯を作ります。そんな風に喉から飛び出しそうになるのは、ぐっと押さえた。他人に聞かれるのは恥ずかしいから。


 エリザはここ最近で一番の笑顔で鍋に向かう。隣で調理する店主にしか聞こえない程度に、鼻歌なんて歌いながら。


 その背中に、カウンターからの声が届く。向こうもなにやら楽しそうだ。少しだけ、聴覚を集中させてみると、


「団長、いい機会ですよ。言っちゃったらどうです」

「むしろ今しかないんじゃないですか」

「うるさいぞ……」


 などと聞こえてきた。なんの話だろうか、わからない。ただ、団長は少し困っているようだ。エリザは頭の中で団長の下がり眉を思い描いて、ふふっと笑みをこぼした。


 二杯目のスープを持って、エリザは団長のもとへ。するとどうしたことか、団長はひどく難しい顔をしていた。


 また胃が痛いのだろうか。そう思ったが、少し違う気がする。両肘を立てて手を口の前で組み、少し俯いて考え事をしているような。目線もぼーっとして、心ここにあらずといった風に。


「団長さん、大丈夫ですか?」

「え? あ、ああ……いや、大丈夫だ。なんでもない」

「はい、おかわりです」

「ありがとう、エリザ……ちゃん」


 団長は妙に口ごもり、その上なぜか、酸っぱいものを食べたように顔をしかめた。同時に、両隣が脱力し、何とも言えない声を上げた。


「もーっ、団長、いつもの威勢の良さはどこにやったんですか」

「男気見せてくださいよ!」

「ええい、黙っとれ! おまえら、人の弱みにつけこんで……」

「弱み!? いえいえ、俺たちは応援してるだけですよ」

「そうですよ。今まで団長の気持ちなんて知らなかったから」

「やかましいわ!」

「ほら団長、スープ食べてください。せっかく、エリザちゃんが、団長のために作ってくれたんですから」


 にやにやと言った部下の頭を、団長は軽く平手で打った。その顔は酔っぱらっているわけでもないのに、真っ赤に染まっている。


 それから団長はむずがゆそうに座り直すと、スプーンを手に取り食事に戻った。ながらに、ちら、とエリザを見て、しかしすぐさま気まずそうに視線を逸らした。


 わけがわからない。騎士たちのやりとりを、ぽかんとして見ていたエリザの感想は、そんなものであった。


 しかし。久しぶりに団長が元気そうに喋る姿を見られたし、今もおいしそうに黙々と食べてもらえている。だから、なんでもいい。


 甘いコーンとたまごのスープに込めた思いは、きちんと想い人に届いた。エリザは普段の看板娘としての笑顔の何倍も素敵な、幸せに満ちた笑みを見せたのだった。


(甘いコーンとたまごのスープ 了)


【ゆでた鶏肉ククヘン

「冷まして、塩振って、サラダ菜を添えて。フリッターに飽きた人にゃ、あっさりしたこれがおすすめだ」

「でもねー、閉店まで余ってると嬉しいな。私が食べられるから。野菜と一緒にパンにはさむの!」



【リーキ】

「スープに使うなら、大きく切って煮込めば具材になるし、細かく刻んで最後に乗せたっていい。関係ないが、焼いたってうまいぞ」

「オニオンみたいな匂いだけど、こっちのほうがなんとなく体に良さそうな味がする、かも」


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