甘いコーンとたまごのスープ (2/3)
翌日、エリザは王都西の森へ来ていた。木立がまばらな入口近くは何度か来たことがあるが、今日は薄暗い奥へ奥へと入っていく。幸い、狩人が使う細い林道はあった。それでも本来ならば、娘が一人で出入りするような場所ではない。獰猛な獣が住んでいるし、野盗の類がねぐらを作っていることもあるから。
それでもエリザは甘いコーンを諦めきれなかった。不思議な力を持つ魔女ならば、魔法の力でなんとか解決してくれるかもしれない。そんな望みをかけて、エリザは森を行く。まったく怖くないわけではないが、それよりも、騎士団長への思いが勝っていた。
「魔女さん、魔女さん」
時々口に出し、辺りの景色にも注意しながら。噂では魔女は真っ赤な服を着ているとのこと、森の中ではさぞ目立つはず。今のところ、それらしい存在はみかけていない。
「魔女さん、魔女さん。居たら、返事してください」
返事はない。自分で踏んだ小枝が折れる音に肩を弾ませるほどに、森は静まり返っている。
探索を始めてかなり時間が経って、足も疲れて来た。日が暮れるまでに戻らないと危険、そろそろ帰ることを考えた方がいい。それでも、エリザはまだ前進を続けていた。
「魔女さん、魔女さん――」
その時だった。エリザの頭上高くで、葉っぱが騒ぎ声を上げた。
びくっとして上を見上げるエリザ。その背後に、人影が降って来た。そして。
「君の言う魔女って、こんな感じの?」
「わっ、出た!」
「……ひどい言い草、呼んでおいてさ」
すらりと高い背に真っ赤なローブを纏い、色彩豊かな長い髪を垂らした魔女が、呆れ顔で立っていた。
「わざわざ訪ねてくるなんて、一体なんの用なの?」
派手な魔女がそう聞いてきたから、エリザは単刀直入に答えた。南西の島にある甘いコーンが欲しいのだと。
「わかりますか?」
「うんうん、知ってる知ってる。あれ、おいしいんだよねえ」
「じゃあ、どうにかして、王都に持って来てもらうことって、できませんか」
「うーん……」
「魔女さんの力でも難しいんですか」
「いいや。持ってくるのは簡単。でもね、色々と契約的な事情があって、『はいわかりました』って言うわけにいかないんだ」
「契約?」
「こっちも人に使われる身で」
魔女は肩をすくめて手を横に開いた。
契約、人に使われる身。エリザはなんとなく理解した。この魔女は、誰かに雇われているのだ。だから、仕事を頼むのなら同じように雇用しろ、暗にそう言っているに違いない。
さて、魔女を雇うのにいくらかかるのか。エリザには見当がつかなかった。ただ、自分がもらっている給金の何倍もするだろうと思う。胸の前にやった手を不安げに握った。
「ちょっとなら、お金も用意できるから。ちょっとだけですけど……だから、どうにかお願いします」
「お金かあ。うーん……いや、違うなあ」
魔女はぴんと指を立てて笑った。
「心がいい。君のあったかい心を分けてほしいな」
「へっ!? そんなの、どうやって?」
「お話を聞かせてよ。それが対価に見合うものだったら、こっちも力を貸す。それでどう?」
エリザはもごもごと口ごもった。急に話をしろと言われても、しかも魔女を満足させられるような話、何も思いつかない。酒場でお客さんと会話をするのは好きだし得意だ、でも語って聞かせるのとは全然違う。
魔女は「どうしたの?」という表情で小首を傾げている。
しかたがない、自分の話をしよう。どうして甘いコーンを探しているのか、事情と、騎士団長への気持ちを、ありのままに。
恋心を正直に打ち明けるのは小恥ずかしかった。しかし、これも大好きな団長のために。エリザは頬を染めながら、たどたどしくも自分の物語を紡ぎあげたのだった。
魔女は終始おだやかな表情でエリザの話を聞いていた。そして終わったときには、好感のある静かな笑い声を上げた。
「健気だねえ。好きな人のために頑張れるって、いいなあ」
「そ、そうです。だから」
「うん、わかった。今の話なら、ご主人様も許可してくれると思うから」
魔女の笑顔に、エリザは晴れやかに破顔した。
すると、魔女がエリザの頭の上にすっと手を伸ばした。はっきり見られない位置だが、髪にピンを刺されたような感触だ。
それから魔女はエリザの隣で助走をつけてから、強く踏み切って跳んだ。重力をものともしない高い高い跳躍の後、張り出た枝の上に両足でぴたりと着地する。
そして、ぽかんと口を開けて見上げるエリザに向かって、にこやかに手を振った。
「じゃあねお嬢さん。約束の物は手に入り次第お届けするから、待ってて。気を付けて帰りなよ。……ま。君の大事な人がそこまで迎えに来ているみたいだから、心配いらないかな」
「えっ」
エリザは慌てて後ろを振り返った。しかし、林道には誰の姿も見えなかった。
と、その時。頭上でがさがさ、ばさばさと激しい音がした。もう一度魔女の方を仰ぎ見る。しかし、赤い人影はもうどこにもなかった。
「不思議な人……」
エリザは呟いた。そういえば、と頭に手をやる。触れた物を手に取ってみれば、それは鳥の羽。魔女のローブと同じ、鮮烈な赤色をしている。
ふと、巨大な鳥が南の島へ、優雅に飛んでいく光景が脳裏に浮かんだ。現実がどうかはわからないけれど。エリザは赤い羽根を胸に抱きよせ、ざわめく木の葉の向こうにある空を、やわらかい笑顔で見上げていた。
目的も無事に果たしたし、そろそろ帰らないと。そう思った時だった。木立の向こうから、おーい、おーいと呼ぶ声がする。男の声だ、それも複数いる。
「あっ、居たぞ!」
そんな一言のあと、細い林道を若い男たちが駆けてきた。恐れることは無い、王都の騎士団だ。酒場でも見知った顔である。彼らはエリザの周りを囲みながら、次々に言った。
「よかったあ、生きてた!」
「エリザちゃん、大丈夫か? けがは無いか?」
「魔女に襲われなかった?」
「危ないぞ、こんなところで何してたんだよ」
「その……ちょっと、色々」
これではまるでお姫様、エリザは恥ずかしさを笑ってごまかした。それにしても、ちょっと留守にしただけでこの騒ぎ、大げさすぎやしないだろうか。
おまけに林道からはもう一人やってくる。なんとまあ、騎士団長自らお出ましだ。途端にエリザは顔を真っ赤にし、俯いてしまった。
恥じらい半分、申し訳なさ半分で、目をあわせられないでいる。そんなエリザに、団長のいかめしくも優しい声が降って来た。
「心配したんだぞ」
「はい……」
「帰って来ないと店のご主人が探していた。王都のどこにも見つけられずにいたら、門番が一人で外に出て行ったと。森には獣が多い、魔女も居るという噂だ、それなのに」
「……ごめんなさい」
「何もなくてよかった。ああ、ほんとうによかった……痛っ、イタタタ……」
団長が脂汗を流しながら腹を抱える。足もふらふらとたたらを踏んで、膝を折る寸前だ。団員たちが慌てて支えに回るも、団長は頑なに拒否した。
「そんなこと言ったって、大丈夫ですか!?」
「無理して出てくるから……」
「俺たちに任せといてくれればよかったのに」
「ええい、うるさい。喋っとらんで、帰還するぞ。……エリザちゃん、行こうか」
どうにか普段の凛々しい立ち姿を取り戻した団長は、少しだけためらった色を見せてから、エリザの手を取った。彼女の心臓がどきんとなったのには、気づいていないらしい。
温かく大きな団長の手。エリザもしっかり握り返して、引かれるがままに王都への道を歩いた。日は傾きかけている、それなのに、森の風景は来たときよりも明るく見えた。
酒場に戻った後、夫妻には向こう見ずなことをするなと叱られた。どうしてだとも聞かれた。心配された手前適当なことは言えない、素直に理由を話した。すると、当然ながら、呆れられた。
「あのねえエリザ。気持ちはわからないでもないけど、ちょっと軽率すぎるよ」
「それで何かあったら、団長さんはどうすればいい。勝手な好意でも、あの方の性格では、深く気にされるぞ」
「……反省しています」
心からの言葉である。現に、団長は病をおして探しに来てくれた。自分の願いが裏目に出てしまった。
はあ、とエリザはため息をついた。こうなってしまったら、なおのこと本来の願いを遂げなければならない。甘いコーンがどうしても必要だ。
「お願いします、魔女さん」
エリザは大事に持っていた鳥の羽に願をかけた。今は信じて待つしかない。
それから二日経った。この日、眠りから覚めたエリザは、いつものようにベッドの上で伸びをした。そのまま目覚ましがてら、小さな自分の部屋を見渡す。ベッドがあって、机があって、椅子があって、服の入った引き出しがある。質素なものだ。
ところが、机の上に見慣れないものがあった。目ぼけ眼をこすってよく確認すれば、それは三本のコーンであった。しかも、王都で見かける物とはまるで違う。茎はずっと太く、葉っぱの間から覗く粒は鮮やかな黄色。大きさも一回り大きいし、なによりふっくらぷりぷりとしていて、見ただけでも格別だとわかるほど。
そして、傍らには赤色の羽根が添えてあった。エリザが元々持っていた物ではない、あれは大事に引き出しにしまってある。
エリザは迷惑などかえりみず、腹の底から歓声を上げた。ベットから飛び降りて、窓辺に走る。
「魔女さん、ありがとう!」
青空に向かって叫んだ声は、果たして届いただろうか。
【胃痛】
もちろん病気で痛むこともある。だた、そうでなくとも痛いことはある。
例えば悩みごとを抱えていたり、何かを我慢していたり、非常な不安にかられたり、恋煩いをしていたり。そんな苦悶の心が、胃の痛みとなって現れる。
この場合、なによりも苦悩の原因を取り除くことが先決なのだが。