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見習い魔女のミラクルスープ (2/3)

 そして、日が天頂高く昇るころ。魔法学院の大講堂に生徒たちが集まって、各々鍋をかきまわしていた。誰もが真剣な面持ちである。もちろん、赤毛の少女ニーナもその中に居た。机の上に置いた手製のレシピと、錫の大鍋の中を交互に見ながら。


 魔術師たるもの通っては避けられない試験、生徒たちがいつになく真顔になるのは当然だ。しかし、それと同じか以上に、試験官たる教師陣も気を張り詰めている。二十人あまりの生徒たちの間を、二人の大人が巡回して、不正が無いか、危険が無いかと目を光らせる。


 また前には、最終的な完成品の審査をする試験官の席――今日は学院長自ら座っていた――があり、厳格な顔つきで見習いたちの様子を眺めまわしていた。もしこの中で学院の規律が乱されたら、即刻退場処分、悪質ならば退学もありうる。


 と、一人の女性徒がぴっと手を上げた。他の生徒たちもざわざわとさざめく。


「うそっ、早い」


 ニーナも思わず声を出した。挙手は薬の完成の合図なのだから。ニーナの鍋は、まだ倍くらいに時間がかかる。


 教師の一人が挙手した生徒に歩み寄り、杖を取り出すと冷却の呪文を唱えた。火の上で湯気を昇らせていた鍋は、一瞬で黙り込む。


 それから女性徒は仕上がった薬を硝子瓶に移すと、得意気な顔を周りに振りまいて学院長の前へと歩み出た。


「ずいぶん早かったわね」

「火ネズミの心臓を落として、加熱の時間をこの上なく短縮しました。今までにない調合法で作った凍結薬です」

「凍結薬は食糧輸送におおいに役に立ちますね。それが短時間で精製できるのなら便利この上ない。では効果はいかほどに?」


 と言って学院長は杖を取り、呪文を唱えた。すると生徒の背後に、彼女の身長サイズの水球が現れた。


 女性徒は満面の笑みで瓶の栓を抜き、水球に向かって中身をこぼす。すると、瞬時に水は凍り付き、部屋の気温すらがくっと下がったようになった。ちらちら盗み見ていた他の生徒たちも、静かに感心の声を漏らす。


「合格」


 学院長も満足そうに伝えた。


「やっだあ、凍結かぶりだよぉ」

「……こうしちゃいられないわね」


 ニーナの周りから焦ったような声が聞こえる。自分よりすごいものが先に出てきたら、自分の評価が下がるのではないだろうか、そんな人間心理だ。


 だが、ニーナはまったく慌てなかった。製法の差はあれど、凍結薬は授業でもやったポピュラーな薬だ。そんなものより、「ニーナミラクルスペシャル」の方が、唯一無二な効果をもっている。何といってもおいしいし、幸せになれるのだから。


 ゆっくりと落ち着いてレシピ通りに、そして昨日試した通りに進めていく。すでに魔石のかけらや薬草が入った鍋に、ムーラン草を浮かべるように加えて。独特の魚臭が匂ってきたら、輪切りにしたマンドレイクを、飛沫が立つほど豪快に放り込む。


 マンドレイクが鍋の底に降りたら、続けて暴れウルフのコーガンを中心に落とす。これが柔らかくなるまで混ぜながら煮込む。その頃には汁全体が濁って汚くなる。


 そして最後に加えるのが、母の調合による魔法花の混合品を一つかみ。レシピには内訳もきちんと記してある。


 これを手に取るニーナは心臓が飛び出そうな心地だった。これを入れて、液が透明になるかならないか、それで勝負が決まるのだから。


 花びらが湯気にまかれながら液面に舞い落ちる。そして薬は――濁りが消えて、昨日とまったく同じ透明になった。


「やった! できた、できた!」


 ついはしゃいだ声を出してしまい、講堂中の注目を集める。ニーナが自分の鍋と向き合っている間に、試験をパスして高みの見物に回っていた生徒も複数出ていたからなおさらだ。


 近くに居た教師が飛んでくる。少し苛立った面持で。


「失点、一。厳粛なる試験の場、風紀を乱すことは許されません」

「……ごめんなさい」


 教師はやれやれとばかりに短く息を吐いて、それから杖を前に出した。薬が完成したのなら、冷却呪文をかけなければいけないから。


 しゅんとしていたニーナは、慌てて教師の前に躍り出て、わたわたと腕を振りながら制止した。

 

「待ってください! このままでいいんです、冷まさなくて」

「おや、そうだったのですか。では早く前へ提出なさい、後が詰まりますから。調合票も忘れないように」

「はぁい」


 澄ました顔で返事をしたが、内心では「偉そうなこと言ってられるのも今のうちよ」などと思っている。それほどにニーナはこの薬に自信があった。他の試験も全部スルーして、今日にでも「国家魔術師になって下さいお願いします」と請われるかもしれない。なぜなら、飲んだだけで幸せになれる奇跡の薬を作りだしてしまったのだから。


 約束された未来を夢見て、ニーナは春満開と言った面持で、足元に置いた布袋からレードルと器を取り出そうとしゃがみこんだ。


 その上から、教師がニーナのレシピを覗きこんでいる。材料に目を通して、調合法も確認して。それからひどく怪訝な色を浮かべた。思うところがいくつもある。が、最後の審判は学院長に委ねられているから、結局何も言わずに、次に挙手した生徒のもとへと足を進めた。


 そんなことなど露知らず、ニーナは得意気にレードルと器を掲げた。器は、ぴかぴかに光る水晶製のスープボウル、ニーナのとっておきの食器だ。


「なにあれ」

「あの子なに考えてるの」


 周りがどよめき立つ。普通魔法薬をスープボウルに入れたりしない。蓋ないし栓のできる容器でないと、中身が飛び散って惨事をもたらしたり、不純物が入って薬の効果が変わったりしてしまうから。規則として明文化されているわけではないが、魔法使いの間では暗黙の了解となっている。


 だが、普通がどうしたことだろうか。特別な薬は、取り扱いすべて特別であって不思議ではない。みなは一体なにを驚いているのだ。心の内でそんな風にうそぶきながら、ニーナは熱々の薬を器についだ。上澄みだけでなく、マンドレイクの輪切りもきちんと入れて。またざわめきが大きくなったが、無視だ。


 左手にスープボウル、右手に銀のスプーンと調合票。必要なものを持って、ニーナは学院長の前へ歩み出た。なんの悩みもなく、堂々胸を張って歩くのは、なんと気持ちのいいことだろうか。


 そして難しい顔をして肘掛け付きの椅子に腰かけている学院長に、「ニーナのミラクルでスペシャルな薬です」と言ってスープボウルを渡した。


 重いボウルを両手で持ち、膝の上へ。透明の液体は蒸気と共に花の香りを昇らせている。そして通常の薬と理解しがたいほどにかけ離れているのが、マンドレイクの輪切りが沈んでいること。こんなもの普通ならば失敗作として廃棄処分だ、入学したての生徒でもわかる。


 学院長は眉間に深い谷を刻みながら、ニーナの顔を見て深刻に告げた。


「魔法薬の素材が濾し切れておりませんが。失敗したのなら、時間内に限りもう一度作り直してもよいのですよ?」

「いいえ、失敗じゃありません! これは、こういうものなのです」

「そうおっしゃるなら、まあ、良いでしょう。それで、どのようにお使いになるのですか? このあなたの下品……えー、ストレートながらに情熱的な名前のお薬は」

「飲んでいただければわかります」

「魔法薬の効果は自分で実証すること、試験規定なのですが」

「でも、学院長に口に入れてもらわないとわからないのです。わたしが飲んで説明しても、この薬のすごさは伝えられません。お願いします」


 スプーンを学院長に差し出す。渋々と言った風であるが、受け取ってくれた。


 熱々の薬を学院長はスプーンですくって一口、二口。褐色色のマンドレイクもすくい取って、不信な顔をしながらぱくりと。眉間の皺はそのままに、よく噛みしめて、ごくりと飲み込む。それからまた汁を二口、三口、ゆっくりと舌で確かめるように。


 そうだ、これでよい。ニーナはしたり顔で見守っていた。そろそろ効果も現れるころだろう、そうすれば学院長の難しい顔も一瞬で晴れやかになるはず。


 やがて三分の一ほど飲んでから、学院長はスープボウルを脇へ置いた。ハンカチを取り出して口をぬぐう。


「ニーナさん」


 猫をなでるような優しい声が、見習い魔女の名を呼んだ。

Notes

【凍結薬】

飲む用途の魔法薬が多いが、それ以外の使い方もある。この凍結薬がその代表格である。

食糧の保存は人間の悩みの一つ。だが、この凍結薬があれば一安心。生鮮食品も冷凍保存可能になるからだ。

他にも最近、王国の貴族たちの間で、砂糖をとかしたミルクに凍結薬を振りかけた氷菓がブームになっている。


【魔石】

魔法力を持った鉱物。「○○の魔石」といった具合に機能を区別する。

結界の魔石、通信の魔石、飛行の魔石、波動の魔石など。

魔石の力を引き出すのは魔法使いにしか出来ない。十分に活用するには、熟練をつむことも必要。

魔法薬の調合に使われるときは、魔力基材の役割を果たすことが多い。


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