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見習い魔女のミラクルスープ (1/3)

 少女ニーナは、王立魔法学院に通う見習い魔女だ。母も姉も魔法の才能にあふれ、優秀な国家魔術師として活躍している。そんなまぶしい姿をみて育ったニーナもまた同じ道をたどろうと日々奮闘しているのだった。


 そんなニーナは、寮の自室で、火にかかった鍋を前にして地団太を踏んでいた。動きに合わせて、赤い二本のおさげもぴょんぴょん跳ね回る。


「ああん、もうっ! なんで上手くいかないのよう。時間がないのに」


 ぶすぶすと黒い煙を上げる錫の鍋、入っているのは魔法薬……の出来そこない、率直に言えば灰である。


 このたびニーナたち学院生には一つ課題が与えられていた。それは、自作の魔法薬レシピをつくること。


 その試験が明日に控えていた。教室で実際に薬を煎じるところからチェックされ、最後は試験官の目の前で効果を実証する。満たすべき条件は二つ、人を傷つける危険な効果がないことと、使うことで何らかの魔術的利益をもたらすものであること。


 魔法薬は卒業に必須の科目であるし、国家魔術師になってからも避けては通れないものだ。ところが、ニーナはどうにも苦手だった。講義を聞いていても眠くなる、薬草の効果を覚えようにも頭に入らない、実習はあらかじめ与えられたレシピ通りに煎じても及第点。それが、自分でレシピから作るなど。


 ニーナはぷんと頬を膨らませたまま、先の丸くなった羽ペンをつかみ、元からぐちゃぐちゃなレシピメモの上に、さらにぐりぐりと訂正を加える。あーでもない、こーでもない、と下手なりに考えながら。


「よーし、今度の『ニーナスペシャル』こそ何か起こるはず! 何か、すっごいことが!」


 ぺしっとメモを平手打ちして、ニーナは心機一転、新しく薬を煎じにかかった。


 さっきもたまたま失敗しただけだろう。このレシピ、上手くいけば何も起こらないはずないのだ。そうニーナは確信している。なぜなら、ニーナの知る限りの最強で最高の魔法薬レシピに使われる材料を真似して使っているのだから。もちろん、丸っとそのままでは試験が通らないから、色々な薬のレシピを合体させている。


 ここまでやって何も起こらない方がおかしい。何が起こるかはわからないけれども。ニーナは鼻歌混じりに、火にかかる鍋へ薬草を放り込んでいく。窓の外で通りすがりの鳥が「アホー」などと鳴いたが、今のニーナは絶好調、気に留めもしなかった。


「あとはムーラン草にマンドレイクでしょー。それに暴れウルフのコーガンでしょー」


 勢いよく鍋に材料を入れて、ここで少し待つ。


「コーガンがふやけるまで、ぐるぐる混ぜて。そしたら最後の秘密兵器、お母さま直伝、魔女花七色ミックスもどーん!」


 革袋から一つかみした色とりどりの花びらが、鍋の上にふぁさっと舞い落ちた。ぐつぐつの煮える汁は泥水に藻を混ぜたようなひどく濁った色をしていたが、虹を飲み込んだとたんに透き通り、おまけに匂いまでも甘くなる。


 おおっとニーナは声を漏らした。


「来た! これはすごいんじゃないの!? 煮詰めたら、さあ、どうなるでしょう!」


 期待を胸にニーナは鍋をかき混ぜた。きっと何かが起こるはず、とても素敵なことが起こるはず。そう信じて。


 時間は刻々と過ぎていく、ニーナの手も段々と疲れてくる。しかし、鍋の薬は何の魔法も見せてくれない。ただ蒸発してかさが減っていくだけだ。


 これはまた失敗だろうか。いや、そんなはずはない。魔法薬の調合に失敗したらしたで、目に見える変化があるはずなのだ。授業で習ったことで、それだけは確実に覚えている。実習の時にあちこちの生徒の鍋――もちろんニーナのも含む――から、花火があがったり、泡が吹き出したり、鍋が溶けたり、色々な事件があったことを体験しているから。


 だが、今混ぜている鍋はまったく平和である。透明で澄んでおり、匂いは甘やか、危険な兆候は一切ない。


「ってことは、もしかして、もうさっきので完成だったんじゃないかしら」


 はあっと顔を輝かせるニーナ。思い立ったらすぐ行動、鍋を火からおろして、上澄みだけを注ぎ口のついた円筒の容器にすくい取る。酒場のジョッキより一回り大きな容器だったのに、鍋が空になるより先に一杯になってしまった。


 ほんのりと黄褐色をした透明の薬は、勢いよく湯気を立ち昇らせている。最低限この湯気が出なくなるまで粗熱を取り、保存や持ち運びに適した瓶や壺などに移し替えるのが、学院で習った方式だ。


 だが、それまで待っていられようか。冷ましたら何かが変わる、ニーナにはそんな風には思えなかった。


「それに、やっぱりどんな効果かすぐに確かめてみないとね。ダメなら急いでやり直さないといけないんだし」


 ニーナはレードルで薬をたっぷりすくうと、ふうふうと息をかけてから、そっとすすって飲んでみた。


 ほのかに甘く爽やかな花の香りがする。ムーラン草の魚に似た独特の香りも。だが、それ以上に。


「おいしい!」


 ニーナの目はまん丸になっていた。授業でつくった魔法薬でおいしかったものなどない。苦かったり、酸っぱかったり、臭かったり。もちろん相応の効果――折れた骨がくっついたり、杖で使う魔法の効力が倍増したり、筋肉が一時的にモリモリになったりするから、その程度マイナスにはならないのだけれど。


 だが、この「ニーナスペシャル」はまるで違う。言うなれば、スープ。干し魚と根菜、ハーブをじっくり煮込んで作ったスープのようなおいしさだ。


「前代未聞よ、こんなにおいしい魔法薬なんて。んー、さすがわたし! これなら試験もばっちりだわ」


 欲を言えば、何かわかりやすい効果が欲しいところだ。みなが一目見るなり「おおっ」とうなるような。なにか出来ないだろうかと、ニーナは考える。だが、その前に。


「……おなか空いちゃったな」


 魔法薬を煎じるのに熱を上げ過ぎて、晩ご飯を食べることを忘れていた。寮には食堂があって、毎日食事はつくってもらえるのだけれど、時間が決まっている。夜もとっぷり更けてしまった今では、残り物すら何も無いだろう。


 しょうがない、とニーナは鞄に入れた非常食を取り出した。薄紙で包んだビスケット、オーツがたっぷり混ぜ込んであってお腹にたまる。これと今作ったスープ……もとい、おいしい魔法薬で今夜はしのごう。


 熱々の液を円筒の容器から、丸底の食器へ注ぐ。具材が無いと寂しいから、大鍋からマンドレイクの輪切りを拾って追加した。コーガンも肉の仲間として食べられそうだが、見た目がグロテスクだからやめておく。


「いっただきまーす」


 左手にスープの器、右手に銀のスプーン、それでベッドに腰かけて、膝の上には包みを広げたビスケット。慎ましやかな食事を、ニーナはニコニコ顔であっという間に平らげた。じっくり煮込まれたマンドレイクは、見た目こそ劣るものの、味はキャロットのようにほっこり甘くて、大鍋に残っていた物全部お腹に入れてしまうほどに気に入った。


「ごちそうさまでしたーっ」


 言い終わってから、けふ、と空気が喉から漏れる。それはほんのり甘い花の香りがした。スープだと思うと少しミスマッチだが、食べている間は不思議と気にならなかったのである。


 さて。食欲は満たされた、また試験のことに向き合うとしよう。心機一転、ニーナは机に座った。


 さっき作った通りのレシピを清書する。今度は材料や分量、入れる順番も時間も、さらには鍋をかき混ぜる回数まで仔細に書かなければならない。「魔法は緻密で繊細なもの」と先生はよく語り、「魔法を粗雑に扱うことがどれほど恐ろしいか」などともよく語る。が、ニーナはどうもこの辺りが苦手であった。魔法薬の分野ではとりわけ精密さが求められる、だから明日の試験が鬼門なのだ。


 ことなくパスすることを思えば、やはり「おいしい」以外にメリットが欲しい。ニーナはむぅと口を尖らせて、必死に考えた。別の効果を足す、言葉にするのは簡単だが、薬として調合するのは難しい。魔法は赤と青を混ぜれば紫になるという具合にはいかず、赤と青から黄色が生まれたり、混じりあわずにまだら模様になってしまったりするものなのだ。


 一番簡単なのは、今の完成品に別の効果を見いだすことだろうか。ふう、と甘い吐息を漏らして、ニーナは自分の体を見直した。魔女らしい紺色のローブに身を包んだ細い体にも、小さな手にも、ブーツを履いた足にも、残念ながら何も変化は起こっていない。


 じゃあ内面はどうだ。ニーナは腕を組んで、天井を見上げ、そっと目を伏せた。静かに見つめ直す。


「んー……こうしていると、眠っちゃいそう。っていうか、なんかすごく眠い!」


 はっとニーナは気づいた。「眠り薬」という物も世の中にある。もしや、これは。思えば食事の後しばらくたってから、まぶたが急に重くなったような。


「それに、体がぽかぽかする!」


 まるで火が体中を駆け巡っているかのように。決して炎の傍に居るからではない、内側に熱を抱いている。これも、薬の力ではないか。雪ふぶく高山を越える軍隊に「不凍薬」を煎じて飲ませる、魔法薬の講義で聞いた記憶がある。


「そうよ、そうだわ! それに、とっても幸せな気分だもの。試験の前なのに、全然嫌な気持ちにならない!」


 数々の効果の最後を締めくくる、幸福を招くという字面。最高だ、とニーナは思った。勢い余って椅子の上に立ち、歓喜の悲鳴と共に両腕を突き上げた。


「これは、こんなの魔法史に残る奇跡の大発見よ! 名付けて『ニーナミラクルスペシャル』!」


 きゃあきゃあと自分で自分に歓声を送りながら、ニーナは椅子から飛び降りた。


 なにも問題はない、ニーナの自作魔法薬は完成だ。あとは、試験官から文句をつけられないようにレシピをきちんと書くこと。それと、明日もまったく同じように、失敗しないで実技が見せられること。これだけクリアできればいい。


 ニーナはふっと思いつき、窓の近くに駆け寄った。夜空を望み見れば、金色の月が輝いている。そこに向かって、両手を組み、言った。


「神さま、フェオルさま、ジュバレーンさま、お母さま、お姉さま。明日も上手くいくように、見守っていてください!」


 天上の創造主に、偉大なる始祖の魔術師たちに、そして尊敬する肉親に捧げる祈り。己に奇跡のような栄光をもたらしたまえ、と。


 が、言ってから気づいた。神や伝説の人と、母姉を並べるのはどうだろうかと。まるで故人になってしまったようで、聞こえが悪い。ニーナはぺろりと舌を出し、「訂正します」と天に告げた。


 そして再度、同じポーズで祈る。


「神さま、フェオルさま、ジュバレーンさま。お願いします、わたしがお母さまやお姉さまみたいな素敵な魔女になれるように、力を貸してください!」


 月はきらきらと輝いている。星もちかちかと瞬いている。それは天からの返事なのか、きっとそうだとニーナは前向きにとらえた。


 これで大丈夫。ニーナは満足気に笑って、机に向かったのだった。


 はてさてニーナの運命はどうなるだろうか。月も星もまだ知らない。すべてが決まるのは明日の昼、王立魔法学院の教室にて。


【暴れウルフのコーガン】

狼の睾丸。金玉。精巣。それを干したもの。精力がつく珍味として男性諸氏がもてはやす。

魔法薬の材料としても重宝される。すごいエネルギーがつまった素材なのだ。

ニーナは「コーガン」が何なのかは知らない。知っていたら顔を真っ赤にするだろう。

 

【フェオルさま、ジュバレーンさま】

二百年ほど昔、王国に魔法の知識技術をもたらし、学院を開設した伝説の魔法使いたち。国内では神に等しい存在。

フェオルが女でジュバレーンが男。

魔法の才覚に優れているのが女性に偏っているため、フェオルの方がやや優位に扱われる。「始祖さま」と魔法使いが呼んだら、普通は彼女のこと。

ジュバレーンも同じく学院の開祖なのだが、悲しいかな、現在の魔法社会は女尊主義なのである。


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