表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/29

幻想世界のにじいろスープ (2/3)

 体を横たえた状態で気が付いて、はっと目を開く。しかし視界は真っ黒のまま変わらない、何度まばたきしても同じだ。真っ暗な空間に居るようだ。


 上体を起こして周りを見回す。やはり四方どこを向いても景色は同じ黒、床も壁も天井も無い空間が延々続いているように見える。だが不思議なことに、自分の体だけは、陽の下に居るのと変わらないくらいくっきりと闇の中に浮かんでいた。


「ここは、どこ……?」


 不安げに絞り出した声は、どこにも反響せずに闇の中へ通って消えた。もちろん、誰からの答えはない。


 ここは一体どこなのか。ニーナは城のある亜空間から境界を跨いで飛び出した。しかしその先に外の世界への道は無く、言うなれば、崖から飛び降りたようなこととなった。すなわちここはどこの世界にも属さない時空の谷、次元の狭間とでも言うべき場所。無論、人間が入り込むべき場所ではない。


 とんでもないことになった、どうにかして脱出しないと。ニーナは血の気が失せた頭で思いながら立ち上がり、ふらふらと前へ歩き出す。


「誰か、誰か助けて。ジュバレーン様……プーちゃぁん……!」


 親しき者の名前を呼んでも、助けに来てくれるはずがない。魔女らしく知っている呪文を唱えてみても、脱出の手助けになりそうな効果は全然得られない。空間を破るための魔法なんて、見習い魔女のニーナにはとても及ばない域だ、仮に知っていたとしても使えない。


 さまよえばさまようほどに、もう駄目だ、終わりだ、詰んでいるという現実が身に染みて来る。それに伴って涙があふれてきた。


「こんなの……ヒック、ひどいよ……。死にたくない、助けてよ……誰か……お母さん、お姉ちゃん……先生……フェオル様……誰かぁ……」


 助けて、ここから出して、お願い。その場に膝から崩れ落ち、嗚咽とともにわんわんと泣きじゃくる。もう、そうすることしかできないから。


 ポタン、ポタンと雫が床を打つ。涙が落ちた音、いや、それにしては妙に大きい。


「……え?」


 ニーナは涙でぐしゃぐしゃになった顔をぽかんとさせ、自分の膝先を見つめた。


 床に白い染みができている。雫の音と同じ数で、壊れたミルククラウンの形だ。ニーナが見ている最中にもまたポタン、ポタンと音が響いて、それと同時に小さな白い花が咲いた。


 よく見ると。それは染みと言うより穴のようだ。奥行があるし、白の中でもやもやとしたものが流動している。


 ――なんだろう。


 前のめりになって穴をのぞきこむ。小さいからよく見えない。ほとんど床にへばりつく格好になって、鼻先まで近づき、視界が白い穴の向こうの風景で埋められるくらいになる。すると――ヒュゴッ!


「きょわあっ!?」


 ニーナは一瞬で頭から穴に吸い込まれた。体が宙に舞い、そして、また落ちる。今度は意識が飛ばないし、視界は明るいけれども。


 やがて、ぽてん、と柔らかく着地する。でも打ったお尻はじんわり痛い。


「いたたた……。今度は、なに……」


 周りを見たニーナは唖然とした。今度はさっきと違う意味合いで。


 ニーナは花園の真ん中に居た。自分を受け止めてくれたのは、ふかふかの土と色とりどりの草花たち。周りをみると気持ちよさそうな木陰を作るピンク色の花木があったり、おしゃれに造られた花壇があったり。虹色の花が咲く薔薇のアーチには特に目を引き付けられる。甘い香りも漂っているし、さらさらと水路を流れる水の音も聞こえる。


「きれー」


 行きたかったイースタニアの庭はきっとこんなところだ、そうニーナが想像していたものが目の前にあった。にわかに気分が高揚する。先ほどまで泣きじゃくっていたのが嘘のような笑顔だ。


 では、ここはイースタニアなのだろうか。たぶん違う、とニーナは思った。空も、花園の外側の風景も、白く濃い霧に覆われている。それなのに晴れた日のように明るい。世界の常識と違っている。きっとここもまだ亜空間だ。


 なにか情報が欲しい。それがありそうな場所、薔薇のアーチの向こうへニーナは目を向けた。


 家がある。お城の尖塔の上だけをすぱっと切り取っておいたみたいな、一戸の家としては少し変わった外観だ。屋根や壁の感じは、ニーナが元いたナンクアッドの城にどことなく似ている造りでもある。アーチからの道に繋がって入口も見えている。開けっ放しだが、ここからでは中の様子まではわからない。


 とりあえず行ってみよう。ニーナは立ち上がり、どきどきしながらアーチをくぐり、家の前に向かった。


 この家にはもともと玄関扉というものが存在しなかった。四角い間口はぽっかりと空いている。他に窓もないから、ニーナは玄関からそっと中を覗き込んだ。


「うわあっ、すごい」


 思わず感嘆の声が漏れた。室内は意外と明るく、はっきりと全貌が見渡せた。


 向かって左側はいかにも魔法使いの居住といった雰囲気である。書物や魔法道具で一杯の棚が壁沿いに並び、古めかしい書斎机の上にも怪しい薬瓶や水晶玉なんかが置かれている。限られた空間に多くのものがあるのだが、きちっと整理されていて、雑然とした風には感じさせない。ニーナはなんとなく元いた魔法学院の学院長室を思い出した。自身やジュバレーンの部屋とは対極にある雰囲気で、ちゃんとしていてすごいと思う反面、少々抵抗感がある。


 対する右側は広々としたキッチンだった。調理用の大型暖炉には今も静かに火が燃えている。調理をする台も広々としていて使いやすそうだし、前の壁には思いつく限りの調理道具がフックに吊るされている。ガラス戸のついた棚には多種多様な食器が見栄えよく揃えられている。


 色々と興味深いのだが、ニーナの目線はキッチンの中央に置かれたテーブルに釘づけになった。そこには、今まさに食事を始める準備が整ったという風に、色々な食べ物が並んでいる。鍋のまま置かれたスープに、こんがりと焼けたソーセージ。みずみずしい青菜のサラダに、からっとあがったフリッター。パンやフルーツの盛り合わせも、一つとなく同じ種類のものがない。


 ニーナはごくりと唾を飲みこんだ。夢のような食卓だ、見ているだけでお腹がすく。ほかほかと立ち上る湯気、いい匂いも漂ってくる。ああ、お腹ぺこぺこだ。こんなごちそうを目の前にして、指をくわえて見ているだけだなんて!


 家の中には誰もいない。そして外も、見える範囲には誰もいない。念のため家の周りをくるりと一周回っても、誰かが見ている様子はなかった。


 ちょっとだけなら食べても大丈夫なんじゃないだろうか。パンとかフルーツだと数が合ってなくてばれてしまいそうだけど、あのたくさんあるスープなら。スプーンですくって一口くらいなら、きっとわかりやしない。


 ニーナはきゅーきゅーと鳴くお腹を押さえながら、ささっとキッチンへ忍び込んだ。テーブルの上に揃えてある食器は構わないようにして、戸棚を探し新しいスプーンを取りだす。丸く深く少し大きめの、スープを食べるのにぴったりのスプーンだ。


 さっそくテーブルに向かってスープ鍋を覗きこむ。


「はぁあぁぁ……! すごい、おいしそう! いい匂い!」


 ニーナは恍惚とした表情を浮かべた。色とりどりの具材をたっぷり煮込んだスープだ、見るだけでおいしくないわけがないと伝わってくる。


 ちょうど食べやすい大きさに切られた赤カブやキャロットは、角も取れて柔らかくなっている。トロトロになったオニオンや、スープにしてしまうのがもったいないくらい柔らかそうな肉も食欲をそそる。一方で、鮮やかな緑の青菜は煮溶けていない。色味と食感を保つため後から入れたのだろう。


 食感と言えば合間に浮かぶ黄色のコーンも見逃せない。プチプチとした食感で、しかも噛むとジュワッと優しい甘味が出る。これは大陸では珍しい野菜だ。でもニーナはしばらく前に食べたことがあった。プリズマがおみやげだと言って出先から持ち帰ってきたものを、茹でて食べたのだ。びっくりするくらい甘くておいしかったのを覚えている。


 他にも少し変わった具材が入っている。一つは青色のキノコ、見た目は毒キノコだが、実際はそうでない。とてもいい出汁のでる食用キノコだ。もう一つは上に浮かべられた紫色の花。ただの飾りではなく、ちゃんと食べられる花だ。お腹の調子を整える薬草でもあるから、城の薬草園にも植わっている。


 様々な具材を贅沢に使ったスープは、見た目だけで虹色の宝石箱のようにニーナを魅了した。ごくりと生唾を飲みこむ――もう見ているだけじゃ我慢できない!


「いただきます!」


 一口だけ、それじゃあ足りない。全部の具材をひとつずつ食べてみたい。きっとばれやしないだろう、こんなにたくさんあるのだから。ああ、まずはどれに行こう。オレンジ色の綺麗なキャロットか? それとも、おいしそうなお肉にしちゃおうか? それとも――


「だめよ。食べてはいけない。幻想として思うだけ、夢に見るだけ。こちらがわに触れてはいけない、こちらがわに取り込まれしまうわ」


 突然響いた女性の声にニーナの心臓が縮みあがった。バッとスプーンを後ろ手に隠し、足をもつれさせながら声の方へ振り向く。


 書斎とキッチンの境に、いつの間にか女の人が立っていた。いや、人なのだろうか。見た目は人だけれど、なんとなく人じゃない気がする。長い髪は白く透き通るようで、肌も驚くほど白く美しい。人間かどうかはわからないけれど、装飾の麗しいドレス然としたローブを着た気品のある魔女である。魔女だと思ったのは、部屋にある物から。


 その魔女は凍り付いているニーナのもとへ歩み寄ってきた。どこかふわふわとした足どりだ。ローブの上に透明感のあるケープを纏っていて、それが歩くのに合わせてひらひらと揺れる。その姿は蝶のようにも思えた。


 そして歩きながら説く。怒ってはいない、むしろ優しくほほえんでいる。


「食べるということは、食べた物を肉体に取り込み、食べたもので古い肉体を新しいものに置き換えることと言ってもいい。置き換えてしまったら、もとのものはなくなってしまうでしょう。幻想のもので置き換えてしまったら……ニーナという女の子は、現から永遠に失われてしまうわ。だから、食べてはいけない。わかったかしら、未来の大魔女さん?」


 不思議な魔女は最後ににっこりと笑って、ニーナのおでこをツンと指でつついた。

Notes

【魔法学院の学院長室】

開祖のフェオルを始め、歴代の学院長が執務室として使用していた部屋。

魔法学院の一番高いところにある。

突然ここに来いと呼び出された時は、表彰がある時か、説教がある時か。

ニーナには後者の思い出しかない。


【青色のキノコ】

食べられる青色のキノコ、そんな奇異なものファンタジーワールドだけの産物

…というわけでなく、現実にも存在する。

ルリハツタケ(Lactarius subindigo)で図鑑を検索。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ