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魔境の番人とポタージュスープ (3/3)

 さて、ポタージュづくりもいよいよ終わりが見えてきた。用意した鍋に潰したポテトを移し、そこへ水も加える。


 それともう一点。番人が新たに持ち出してきた瓶詰がある。中に入っているのは四角く濁った結晶体だ。そこから一口大の大きさに揃っているものを二粒選び、それぞれの鍋に一つづつ落とした。


「なんだそれ」

「肉と香味野菜でとったブイヨンを濃縮して結晶化させたものです。まあ、スープの味のベースをつくる調味料ですね。いつも色々な野菜を煮込むのは大変なので、こうして簡単に使える形で作り置いてあるのですよ」

「へぇー、すごい。じゃあもうほんとに、これを沸かしたら完成なんだ」

「はい」


 軽く煮立たせあくを取り、ミルクを加えてもう一度煮立たせ、塩で味を調えたら完成だ。時間ももうそれほどかからない。


 ただし、調理場が空いていればの話だ。視線を暖炉の方へやれば、火の前はモスタウが占有している。人間の手には大きすぎるフライパンを相手に、真剣な顔で料理をしている。


「待って、今大事なところだから! すぐに空けるから、もうちょっと待って!」


 空気を読んだモスタウがそう声を上げた。手にターナーを持って忙しなく動かしていたが、それを置く。


 そして大きなフライパンの柄を両手で持ち、えいや、と反動をつけて振る。


 と、一瞬、中で焼かれていた物が宙にあがった。それは――


「あっ、オムレツ」

「……でかくね?」


 普通のオムレツの五倍以上ある大きさだ。人数で割っても、一人前結構な量がある。


 なぜ巨大オムレツを作ったか。答えは簡単、卵がよく知る鶏卵の五倍以上ある大きさだったのだ。せっかく珍しいものを使うのだから、小分けにせず、大きな物を作ってやろう。そんな遊び心だった。


 ひっくり返したのち、軽く手を止めて卵を焼き固める。それが終わったらオムレツは完成だ。


「はい、空いたよ! どうぞ、スープ煮てください」


 フライパンを持って移動しながら、モスタウがいい笑顔を向けた。汗までもが輝いて見える。言葉にはしないが、オムレツの出来は上々だったようだ。


 そして入れ替わりで番人がスープ鍋を二つ火にかける。ここから先、鍋を見守りつつスープを仕上げるのは番人の仕事だ。手塩にかけて育ててきたポテトの質を正確に見るためには、焦がしたり煮込みが浅すぎたりとなってはいけないから、他人に任せられない。


 スープが煮えるまでの間に、冒険者たちが食器を用意したりテーブルを片づけたりして、すぐに食事へ入れるよう支度をする。別に頼まれたわけではなく、率先して。もうお腹ぺこぺこで待ちきれない、それが本音だ。



 しばらく雑談に興じた後。


「皆さんお待たせしました。ポタージュができあがりましたよ」

「やった!」

「待ってました!」


 番人が二つの鍋からそれぞれスープを器によそう。二種類が五人分、計十のスープボウルがテーブルに並んだ。


 先に完成していたオムレツは、フライパンのまま暖炉の隅に置かれて保温してあった。それを食べやすい大きさに切り分けた上で、大皿に盛りつける。外見からではわからなかったが、切った断面から、卵でたっぷりの具材を包んだタイプのオムレツということが見えた。


 ポタージュスープとオムレツと。ものすごく豪華とは言えない献立だが、今が魔境の冒険の最中であることを思えば、逆にかなり贅沢だ。山を越え森を抜け丘を歩いてきた道すがらでは、ポテトも卵も口にすることがなかったのだから。


 そして何より労働の後の食事だ。気分が高揚してしょうがない。


「いただきますっ!」


 そんな言葉も惜しいかの勢いで貪りつく。スープをかきこみ、オムレツを食らい、またスープを流し込む。


 うめえ、熱い、でもうまい、幸せ。馬鹿みたいに単純な単語をあげて飯を食らう冒険者たちを見て、番人は苦笑いを浮かべていた。


「あの……一応、品種改良品の試食という名目なので、ポタージュの味の感想をお伺いしたいのですが」


 遠慮がちにかけられたその言葉に、冒険者たちははっとした。荒々しかった食事の様子が、嘘のように静まり返る。冷や汗すら流れるほどに。番人のポテトに対する異様なまでの情熱をさっき見た。恐ろしかった。眠れる獅子の尾は踏みつけるべからず。


 気持ちを切り替えて。各々二つのポタージュを食べ比べる。静かに、じっくり味わうように。外観もよくよく眺めてみる。


「まず、色がだいぶ違うって思った。こっちは普通の白っぽい色だけど、もう一個は結構黄色い」

「潰してる時にもそれ思ったよ。ル……ポテトって、こんなに黄色かったっけ、ってさ」

「味は黄色いやつのほうがさっぱりしてるね。さらさらで、ポタージュっていうかミルクスープを食べているみたい」

「言われてみればそうかも。白いのは結構ドロドロしてて、濃い感じ」

「うぇー、俺全然わかんねー」


 やいのやいのと意見を出し合う冒険者たち。番人は彼らの先入観が無い言をうなずいて聞きながら、自分でも味を確認する。


 おおむね冒険者たちが評した通りであり、品種改良で狙っていた食味でもある。黄色味が強いポテトはきめ細かく滑らかで、しっかり潰してポタージュにすると本当にサラサラになる。もちろん、ポテトの風味は損なわない。一方の白いポテトは粘りが出やすく、ポタージュにするともったり重い口当たりになる。味も強く、このポタージュ一杯でかなりの満腹感が得られる仕上がりだ。


 よし、改良の成果は上出来だ。番人は会心の笑みを見せた。


 と、そこへ「質問!」と手を挙げたレティより声がかかる。


「これのどっちが正解なんですか?」

「正解、とは?」

「ポタージュに合うポテトはどっちだったのかなぁって。全然違うけど、どっちも普通に食べられるし」


 何かを期待するような目が番人に突き刺さる。それも一人のものではない。どちらがポタージュとして正解なのか、そんな賭けでもしていたのだろうか。


 番人は苦笑して答えた。


「味に正解も不正解もありませんよ。強いて言うなら、それは食べた人が自分で決めることです」

「でも、いいやつ探してんだろ? こんだけ違えば、どっちかダメなんじゃないか?」

「いいえ。この二つは甲乙つけがたい。正反対のものでも、必ずしも片方だけが正しいとは限りません」

「そういうものかしら」

「言われれば確かにそうかも。今日みたいにお腹が空っぽの時は、しっかり食べたなーって感じのこっちがいいけど、逆に食欲がない時はさらっとしたやつの方がいいと思う」

「なるほどなー」


 再確認するように、冒険者たちは二種のポタージュに舌鼓を打つ。なるほど確かにどちらが優れているとは言いにくい。せいぜい好みの問題だ。


 モスタウが、ううんと、しみじみとした唸り声を上げた。


「味に正解はない、かぁ。良い言葉だなぁ。料理そのものがそうだよね。どんな食材をつかって、どんな調理をするのも自由。こうしなきゃいけないなんてことはない」

「そうですとも。こういう料理も、私自身では作りませんが、しかし嫌悪する謂れもない。オムレツでしたか? いただきますね」


 そう言って番人は、モスタウが焼いたオムレツにフォークをのばした。


 炒めた具材をたっぷりの卵でくるんだ料理。番人にとっては目新しい料理だ。とはいえ、食材を持ってくるところに付き添っていたのだから、どんなものでできているかは知っているし、ゆえに味の予想もある程度できる。


 使った魔鳥の卵は、普段人間たちが食べる鶏卵とはだいぶ異なるもの。大きさが最たるものだが、黄身の割合が高く、味にはクリームを混ぜたような濃厚さがある。


 中の具は、オニオンやキャベツの仲間である野菜と干し肉を刻んで炒めたもの。風味つけに乾燥ハーブを使っている他、乾燥キノコも粉末にして混ぜ込んである。とりわけこれが食欲をくすぐる芳醇な香りを漂わせている。


 取り皿の上で一口大にフォークで押し切り、少しずつ口へ運ぶ。しかし、あっという間に皿が空になってしまった。


「うむ、美味ですねぇ。これだけの大きさのものを壊さずに仕上げる技術といい、相当な料理人であるとお見受けしました」

「いやあ、それほどでも。褒めていただき光栄です」


 エヘヘと照れくさそうにモスタウは笑っている。


 一方で彼の仲間たちは、番人の食事風景を凝視して、何か言いたげな何とも言えない神妙な顔をしていたのだった。



 人と仲良くなるためには、同じ鍋から同じものを食べると良い。とは誰が言ったか知らないが。それが正しいということは、魔境の関の厨房にて物語られていた。楽しそうな笑い声もしばしば上がり、和気藹々とした空気が漂っている。


 他人と食卓を囲むのは良いものだ。普段孤独に暮らす魔境の番人はしみじみと思いながら、暖炉に置いてあったポタージュの鍋を持って来て、人間たちにおかわりを注いで回っていた。


「さあ、皆さんしっかり食べてください。明日からもまだまだ収穫は続きますからね」


 その途端、冒険者たちがしんと静まり返った。引きつった顔をしている者や、信じられないといった面持の者。それぞれ反応は微妙に違うが、四分の三は不服そうだ。


「……冗談でしょ?」

「まだ俺たちがやるのか!?」

「あたりまえでしょう。そのためにお招きしたのですから」

「そんなぁ」

「ご安心を。労働の対価に衣食住はしっかり保証します。暖かいベッドで休めるのは、悪い話ではないでしょう?」

「確かにベッドは魅力的だけど……そうだけど……!」


 自分たちはアザヘイム踏破を目指す冒険者だ、こんなところで農業に勤しんでいる場合ではない。そんな焦燥感があふれだす。


 そんな中、モスタウがのほほんと笑って言った。


「いいじゃない、ゆっくりしていこうよ。アザヘイムの畑を耕すなんて、なかなかできない経験だよ。うん、もしかしたら冒険よりためになるかも」

「おーまーえーはー、また、そういうこと言って!」

「お前はなんだ、魔物の仲間か!」

「ホホホホ! 我々の仲間になりたいということでしたら大歓迎ですよ。特にモスタウさん、あなたのような方なら」

「あっ、いや。うーん、それは……死んで骨になってから考えます」


 一堂が揃えて上げた笑い声が、関中に、それどころか窓を介して関の外まで漏れ出て、夜闇を飛び回る魔物たちを大いに驚かせた。



 それから。冒険者たちはすべての収穫と諸々の付随作業が終わるまで十日余り、番人との農業生活に身を投じたのであった。時々不平不満は漏らすものの、

なんだかんだ楽しく過ごし、再び旅立つ頃には、番人との別れを惜しむほどになっていた。


 この時に圃場で育成されていたポテトが、後々人間魔物を問わない数多の命を飢えから救うことになるのだが、それはまた別の話。


<魔境の番人とポタージュスープ 了>

Note

【番人の食事風景】

「なあ……あいつ、全身骨なんだよな」

「スケルトンだしね」

「食べた物どこへいくんだ? ああやって口に入れるだろ。それで飲みこんで、その後は!?」

「舌も無いのに味とかわかるのかな……わかってるみたいだけど」

「魔物だから、やっぱり魔法の力で何かしてるんでしょ」


結局本人に聞いてみた。


「食べたものがどこに、ですか。それは難しい質問ですね。なにせスケルトン七不思議の一つに数えられるくらいですから」

「自分でもわからないの!?」

「いいえ! ちゃんと身にはなっています。もし原理が解明できたなら、あなた方は神にでもなれますよ!」

「結局わかんねーってことじゃないかよ」

「むしろ他の七不思議が気になる」

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