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魔境の番人とポタージュスープ (1/3)

 混沌の地アザヘイム。山脈沿いに広がる樹海を抜けた丘陵地に、魔物たちが築いた道がある。北へ、アザヘイムの深奥へと続く道だ。


 その道の起点には小さな城がある。関門を兼ねた館として建築された。とはいえ門扉は建造以来百数年間開けっ放しであるし、番人も常に道を見張っているわけでもなく、そもそも城を大きく迂回して北に抜けることができない地形ではないのだから、実際に関門として機能しているとは言い難い。事実、アザヘイムの人間ならざる民の通行を妨害した記録は皆無である。


 ただ、人間の冒険者を足止めするという意味では十分仕事をしていた。山脈を越え、広大な樹海を彷徨い、涼風吹きすさぶ丘を歩き、疲弊しきったところに突如現れる人的文明があると示す城。警戒もするが、それよりも、安全に休めるかもしれないという期待が勝る。よって冒険者たちは誘蛾灯に引き寄せられるように、城へと侵入するのだった。


 今日も四人組の冒険者が城内の食糧や道具を漁ろうとやってきて、あっけなく番人に捕まった。人間よりもずっと大柄な番人は、ケタケタと笑いながら人間たちの武器と荷物を取り上げ、両手に二人ずつ引きずると、着の身着のまま外へ放りだしたのだった。



 寒々しいほど澄んだ空の下、むしゃくしゃした女の奇声が響き渡った。周囲に散っていた彼女の仲間たちが、どうしたどうしたと集まってくる。全員泥だらけだ。


「おい、大丈夫か? リン」

「もう無理。なんでこんなことしてなきゃいけないのよ。オッゾ、さっさとアイツ倒して逃げましょう。今度はこっちが不意打ち食らわせてやればいいのよ」

「やめとけ、こっちも愛剣取り上げられてんだ。ありゃその辺の魔物と比べ物にならん強さだぞ、命があっただけましとみるべきさ」

「じゃあ、このまま一生アイツの奴隷で芋掘りしてろって? それなら死んだ方がまし」


 屈強な戦士面をした女は、手にした鍬で地面に苛立ちをぶつけた。傍らには掘り起こしたばかりの芋がごろごろと転がっている。白くて丸い、人間がルートッドと呼んでいる芋だ。


 館の隣につくられた広大な芋畑。番人に捕まった四人の冒険者はここで働かされていた。延々と畝に沿って芋を掘り起こす作業だ。太陽が一番高くに居る頃から始め、もうはっきりと日が下ってきたとわかるほど作業をしているのに、終わりはまったく見えない。やり慣れない農作業ということもあり、心身共に疲れ切っていた。


 口ではリンを宥めたオッゾも、内心では現状に不満を持っているし、顔つきには疲弊がありありとにじみ出ていた。もう一人、一番身が細い女も、張っていた糸が切れてその場にへたり込む。握っていた鍬も置いてしまった。


 ただ残りの一人は、こんな状況でも妙に笑顔だ。丸い顔の額に滲んだきらきらとした汗を袖で拭いながら、いい顔で言う。


「でも、やりがいがあっていいよねぇ。すっごい良い畑だもん」

「は?」

「あぁ!?」

「だって、これほんとにいいルートッドだよ。今まで見たどこのやつより、大粒だし張りがある。やっぱりアザヘイムのものはアザヘイムで作らないといけないってことかな。あぁ、このまま茹でて食べたいなぁ」

「モスタウ、おまえ、よく――」


 暢気なことを言っていられるよな。そんな言葉尻は、人間たちの輪の外より響いた怒号によってかき消された。鼓膜を突き破るかの勢いに、四人ともども身を震わせる。


 重低音で叱咤の声を轟かせながら、太陽を背にしてやってくる真っ黒な影。彼こそ件の門番であり、畑の主だ。魔法使いを思わせる黒いローブを纏っていて、シルエットこそ人間と同じだが、大きさがまるで違う。彼の頭に手を伸ばそうと思えば、大の大人同士で肩車してやっと届くかといったところ。もちろん幅も相応にある。そんな巨体が鍬を手にずんずん近づいてくるのだから、恐怖感は半端でない。冒険者たちは思わず縮んだ身を寄せ合う。


 団子になった人間たちを見下ろす番人。どんな目つきをしているかはわからない。なぜならば、眼球も、表情を形作る筋肉も皮膚も、ついでに髪の毛一本すら無いから。番人は巨大な生ける骸骨(スケルトン)であった。


 番人は歯をカチカチを鳴らしながら、へたり込んでいる人間たちにまくしたてる。


「ほら、いつまでも喋っていないで、早く自分の担当に戻りなさい! 日が暮れてしまいますよ!」

「だって、もうヘトヘト……」

「へばってる場合ですか! まだこのあと運ぶ作業もあるんですよ!? 太陽が落ちると、肉食の魔物が餌を求めて飛びまわります! 私は肉がないからいいですけど、あなた方は困るでしょう!? 骨だけの死体になりたくなかったら、急ぎなさい!」

「はーい……」


 尻を叩かれる前に、と人間たちは立ち上がり、各々に割り振られた畝へと戻っていく。一人を除いて、既に死体が歩いているようなノロノロとした足取りだ。


 その姿を見ながら、番人はげんなりとした息を吐いた。


「まったく、最近の冒険者は骨が無い。この前の三人組も人の顔を見るなり死にたくないと逃げ出して。絶対数が増えた分、質が悪いものも増えたとみるべきか……」


 ぶつぶつと独りごちながら、番人も自分が掘り返していた畝まで戻る。


「そう思えば、五体満足の健康体でここまでたどり着いただけでも僥倖ですかね。本当にいい時期に、いい人材が来てくれた。巡りあわせに感謝しなければ」


 カカカ、と番人は笑った。畑に響いたその声に、冒険者たちが肩を震わせたことには気づいていない。


 そう、ちょうど人手が欲しかったのである。


 この広大な圃場ではポテト――ルートッドと人間は呼ぶが、それは彼らが勝手につけた名称で、起源であるアザヘイムでの正式名はポテトなのだ――の品種改良を行っている。それがちょうど収穫の時期を迎えていた。一人で収穫作業を行うには少々広すぎて、適期を逃してしまうものが出て来る。しかたがないので例年手伝いを雇うのだが、この辺りの原住民や魔物は色々と農作業に向いていない。乱暴すぎたり、怠け者だったり、仕事が雑だったり。


 番人が理想的と思う人材は、山脈の向こうに文明を気づく人間族である。農耕に対して理解があり、柔軟に物事を進める知恵もあり、器用だ――不器用な人間でも、十回中八回他人の頭に鍬を突き刺すなんてことにはならない。


 だからこの時期に食料を盗もうと人間の冒険者がやってきたことは、他に代えがたい幸運だった。侵入に気づいて思わず、


「よっしゃあ! 手伝わしちゃろ! イヤッホウ!」


 と、浮かれた声を館内に響かせた。


 しかも全部で四人も、全員が若く健康で活きが良いときた。こんなこと、まずありえない。この機を利用しなかったら、この運命を準備してくれた神に失礼だ。


 かくして始まった異種族共同の農作業は、時々人間が尻を叩かれながらも、粛々と進められていった。



 そして日没間近。なんとか予定分の収穫作業が終わり、日で軽く乾かした芋はすべて倉庫に運び入れられた。品種ごとに風通しの良い籠にいれて、指定された札を付けて保管する。籠を上げ下げする重労働だし、別の品種を混ぜないようにだとか、札を取り違えないようにだとか、かなり気も使う。


 全部の作業が終わった頃には、人間たちはくたびれきっていた。泥だらけ埃まるけの全身が重い、倉庫の床に横たわる始末。


「森で、オオカミに追っかけられた時より、きついかも……あちこち、痛い」

「全身運動だからねぇ。レティよくめげずに頑張ったよ、偉い偉い」

「おいオッゾ、いつ逃げる」

「今は無理だろう。俺もさすがに、走れねぇよ」

「そんなことよりお腹空いたよー……」

「僕もー」


 ぐったりとしたまま交わされる会話を中断したのは、「よろしい!」と番人が上機嫌に言う声だった。一同ぐったりとした顔のまま、そちらを見る。


 長らく棚の点検をしていた番人が振り向いて、手を叩きながら歩いてきた。おそらく拍手をしているのだが、骨だけの掌ではそれらしき音が鳴らない。


「いやー、皆さましっかり仕事をしていただいてありがたいです。保管状態にも間違いなし、完璧です。どうもご苦労様でした、今日の作業はこれで終わりです」

「あぁ、そう……」

「では身ぎれいにしたら、次は食事にしますよ」

「えっ」

「えぇ?」

「はい? どうしました?」


 意表をつかれた顔をする冒険者たち。そしてその顔に面食らう番人。何とも言えない沈黙が間に流れた。


「あ、あの、飯食わしてくれるんですか?」

「っていうか、体洗っていいの? 着替えとかも……?」

「な、なに言ってるんですか。あたりまえでしょう。私のわがままで労働をしていただいたんですから。一体どこの世界に、人をこき使っておきながらも一切対価を支払わないでいいという常識があるのですか」

「でも、アタシたちのこと奴隷として捕まえたんじゃ」

「誰がそんなことを。失礼ですね。私こんな悪人面ですけど、礼節はしっかりしていると自負していますよ」


 番人は腰に手を当てて、ふんと鼻を鳴らし胸を張る。今まではただただ恐怖の対象だったその姿が、急に親しみのあるものに見え始めた。


 冒険者たちは顔を見合わせた。間抜けていたそれが、徐々に徐々に明るく綻んでくる。


「やった、ご飯だって!」

「助かった……」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

「いえいえ。では、早速」


 番人はにこやかにそう言うと、倉庫の出口近くに並べてある籠の山に歩み寄った。今日収穫したものでなく、もともとそこにあった山だ。


 そこから一籠取って人間たちの前に戻ると、目の前にドンと置いた。


「これを運んでください」

「……飯は?」

「仕事終わりじゃないの?」

「食べるのは当然ポテトですよ。私では二籠一度に運べないので。じゃ、ついてきてくださいね」


 そう言い残して番人は自分でも別の籠を持つと、颯爽と倉庫を出ていく。館の構造もよくわかっていないのに、置いて行かれては困る。人間たちも慌てて立ち上がった。芋が山ほど入った籠は、男二人が協力して持ち上げる。

 

「なんだか、料理も俺らですることになる気がする」

「まあ、おいしいご飯のためだからしょうがないよねぇ」


 はは、と乾いた笑いが上がった。結局こき使われる羽目になった。


 しかし食事が待っていると聞いた途端、不思議と働く元気が出てきたし、気分もよくなってきた。籠の重さも搬入作業をしていた時よりずっと軽く感じられた。


Notes

生ける骸骨(スケルトン)

生物の骨に魂が宿ったもの。アンデッド系のモンスターとして知られる。

野ざらしの屍に彷徨う魂が宿ることで生まれた自然発生的なタイプと、

魔法使いの力によって白骨に魂を吹きこまれた人為発生的なタイプと2種に分かれる。

原則として成長・老化および変形は起こらない。時間的な寿命は無いが、骨格が破壊されると死ぬ(魂の消滅)

体型は素になった屍によるため、小人や巨人、あるいはドラゴンやケルベロスといった人外のスケルトンも存在しうる。


【品種改良】

――そもそもなぜポテトの品種改良をしようと?

「まあ、一番は暇だったからですよね。土地はあるのだし、一つ畑仕事でもしてみようと。なぜポテトかと言うと、やっぱり私が好きな食べ物だったからですね(笑)」

――趣味の世界ということですか。それにしては、ずいぶんと本格的ですが。

「逆に趣味だからこそ好き放題深く突っ込めたと言うべきですね。場所も魔界の外でしたし。これが(大臣検閲により削除)」

――そうは言いますが、今では魔界の栽培種ポテトの半数近くを占めることになっています。どうですか?

「それは嬉しいですよ。私の血と汗の結晶が世間に広く認められたということですから」

――血、ないじゃないですか。

「(苦笑)」

(魔界中央印刷局発行「この魔人がすごい! 界暦2811」インタビュー記事より)


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